2019.02.10

バンクシーの鼠

東京都の小池知事が大事にしまいこんだストリートアートと称する鼠の絵を覚えておられるだろう。
作者は<バンクシー>という画家である。
 
 
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アッハッハッ
これは私が描いた鼠である。
 
 
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実は eBay で933円で売っていた。
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これを買ってコピーして切り取って拡大してなぞったのである。
東京に行ってどこかに描こうか。
 
ストリートアーチスト 黒潮丸
 

2019.02.01

銅の髪

「プレバト」というTV番組がある。夏井いつきという俳人が主宰する番組である。ご覧になっている方も多いだろう。
彼女は松山の住人で俳句甲子園を発案し盛り立てた張本人である。
 
昨夜のプレバトでこんな句が飛び出した。
<着ぶくれて慰安婦像の銅の髪>  東国原英夫
 
参ったね。
慰安婦問題に関して日本人の気持ちをこれほど的確に現した言葉は無かったのではないか。
東国原 畏るべし。
 
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何年か前、やはり東国原にこの句があった。
<向日葵や畜魂二十九万頭>  東国原英夫
 
宮崎県知事として口蹄疫で29万頭もの動物を殺処分したことを思っての句である。
この時夏井いつきが「句碑を建てなさい」と言った。
 

2019.01.25

ある「会葬御礼」

「履きなれたデッキシューズ」などのヨット随筆で知られる田邊英蔵氏が1月22日に亡くなられたそうだ。93才。
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どなたか告別式に出られた方がその「会葬御礼」をFacebookにアップして下さった。
喪主の田邊麻里子氏とは随筆中にしょっちゅう出てきた8頭身美人の副長氏であろう。
素敵な会葬御礼だ。
われらかくありたし。
実は22日に先立つ2日前、1月20日に私は熱海後楽園ホテルに行ったのであった。
熱海マリーナを見下ろすカフェで海の仕事を志す某青年と語り合ったのであった。
田邊氏は熱海後楽園ホテルのオーナーであった。
 
Facebookには現蒼龍の写真も掲載された。
和歌山に在り、高齢のオーナーが新しいオーナーを求めているとのことだ。
 
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2019.01.18

インフル禁足

11日に39度超の高熱が出た。クリニックに行ったがインフルは検出されず、抗生物質で熱は治まった。
15日に別のクリニックに妻の付添で行って、ついでに自分も診てもらったらインフルA型が検出された。
帰館してナースに報告したらたちまち3日間18日までの妻共々の禁足を命じられた。食堂にも行けない、新聞を取りに行くことも出来ない。食事は3度3度部屋まで配達してくれる。
熱は無く、飲む薬も無く、無聊をかこったが高齢者の集団生活ではやむを得ない措置であろう。
やっと今日一杯で解放される。
 
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禁足の間、たまたま買ってあった「皇后考」(原武史 講談社 2015)を読んだ。
650ページもある大冊でとても読める本ではないと思っていたのだが、手に取って読み始めたら面白くて面白くてまさに「一読巻を置く能わず」であった。
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何が面白いかというと知らないことが書いてあったからである。
明治天皇には5男10女があったが皇后美子には子が無かったとか、大正天皇の行状とか、皇后節子が長男裕仁よりも次男雍仁を可愛がって元老たちが心配したとか、そんな話である。
初め2割くらいは面白がっていたが、だんだん馬鹿らしくなってきて後半はすっ飛ばした。ババジジの話しはもういい。
 
改元も元号もどうでもよい。服飾のようなものである。
 

2019.01.09

「安楽死を遂げるまで」

重いテーマの本であり、間に何冊か入ったりしてやっと今日「安楽死を遂げるまで」(宮下洋一 小学館 初刊2017/12)を読み上げた。
 
1976年生まれでスペインに生活するフリージャーナリストの著者が、スイス、オランダ、ベルギー、アメリカ、スペイン、日本の世界6ヶ国の医師、患者、家族を訪ね、安楽死の「瞬間」にまで立ち会ったルポルタージュである。
非常に真面目で厳粛な記録であり決してジャーナリステイックな筆致ではないが、トータルとしてやはりジャーナリストによる作品である。
 
私にはとても348ページにわたる内容を紹介する力は無いのでAmazonの紹介文をそのまま引用しよう。
 
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オランダの死因3〜4%は安楽死。「死に方」を考える

本書は欧米で活躍するジャーナリスト、宮下洋一氏が自殺幇助団体の代表であるスイスの女性医師と出会い欧米の安楽死事情を取材しながら死をめぐる思索を深めていくノンフィクションだ。

実際に自殺幇助の現場に立ち会った著者は、ヨーロッパ人の強い自我に衝撃を受ける。安楽死はオランダの死因の三~四パーセントだと言われても、日本人である著者はその数に驚きを隠せない。取材を進めるうちに著者は、病による苦しみを抱え、安楽死を望み、自ら死んで逝く人々のまなざしのなかに包み込まれていく。荘厳な個の最期に同情の入り込む余地はなく、彼岸へと去っていく者によって此岸に立つ不安を覚える。

スイス、オランダと当事者たちとの対話を重ねるなかで著者は次第に「安楽死を選べる」ことによって「死を選択しない自由」が生まれることを知る。多様な死に方のオプションがあって初めて人は「生きること」を自らの意思で再選択できるのでは、と。

思えば命は自然からのギフトだ。あたりまえに享受してきた「生」に限りがあると知るとき、人はもう一度能動的に、命をつかみとらねばならず、その瞬間から新たに「生きる」という行為が始まるのかもしれない。本書は「安楽死を望む人々」を取材しながらも、誰もがそれぞれの「死に方」をもっている、という人間存在の多様性へと啓かれていく。死に方とは「生き方」なのだった。

欧米を回った著者は日本に戻り、安楽死に関わった日本の医師たちのその後を追う。西洋から東洋へ。ふいに文章のトーンが変わり、読者は曖昧な薄暗い世界へ引き込まれていく。終末期における医療現場の混乱、対話の不在が露呈する死の臨床。救いはないのか。

しかし、著者の優れた共感力は、薄皮を剥ぐように医師の内面へと迫る。次第に日本的な死生観が医師の語りを通して顕現してくる。その思いは著者にではなく、苦境を支えてくれた地域社会に向けて独白のように語られるのだった。著者は、医師たちのモノローグの中に彼らと自分のつながりを敏感に感じ取っていく。

西洋をていねいに取材してきた著者の結論は、実に予想外であった。終章に著者は記す。西洋的文化の中で見失っていた「生かされて、生きる」感覚を日本での取材を通して発見した、と。これは、西洋を体験した著者だからこそ探り当てた東洋の真珠であると思う。著者の目を通して、読者もまた西洋と東洋の死生観を俯瞰することになる。

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2019.01.08

日産自動車

ゴーンさんはどうなることやら。
 
今日「日産自動車極秘ファイル2300枚」(川勝宣昭 プレジデント社)を読んだ。
30年前、労組委員長として日産に君臨した塩路一郎に対して立ち上がった著者ら7人の戦争記録である。
かねて関心のあった歴史だから面白く読んだ。
ただ国鉄改革3人組の葛西、井手、松田に比し、日産7人組は誰も偉くならなかった。
川克、石原、久米、辻、塙と続いた経営陣は7人組に目を掛けることなく、結局日産を駄目にし、ゴーンの登場に至る。
そしてまたゴーンを引き倒す。
 
昔日産に片山豊というエースが居た。
東京モーターショーを立上げ、北米日産の社長としてダットサンを売りまくり、「ファレディーZ]を世界一のスポーツカーに育てた。
日産の経営陣は片山の能力を恐れ、遂に本社に戻さなかった。
 
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日産にマリン部門があった。
ボートを作り、マリーナを運営した。
佐島マリーナは森繁久弥が個人で作り、日産が引き継いだ。
今福山が、桑田が、YOSHIKIが個人でマリーナを作れるだろうか。
私は森繁さんの縁で東京湾マリーナに艇を置くことが出来た。
 
三河みとマリーナの近くに日産マリーナ東海があった。
新門司マリーナとマリーナ河芸は三河みとマリーナと同時期の建設である。
 
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私は日産には随分たくさんの油を買ってもらったが、トヨタは難攻不落でどうしても出光の油を売り込むことが出来なかった。
 
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こうして日産にはご縁があるのだが、なんとも冴えない会社である。
 

2019.01.05

新生活レビュー

中銀ライフケア水口での生活をレビューしてみよう。
 
環境については先に書いたが眺望、日照、気温、騒音等、​予想以上に快適である。
どういうわけかとても暖かく、私の部屋などエアコン無しで明け方21-22度である。
 
室内、ユーティリティ
殆ど言うことは無い。
食事は原則食堂だからキッチンの狭さは気にならない。
全体のスペース78㎡はマンション暮しを決めた時から覚悟したことだから不満は無い。
先住者が余程余裕のあった人らしく、すべてに良い。
花と小鳥が身近にいないのはつくづく淋しい。
風呂は自室で入るのと大浴場に行くのと半々である。
ゴミ出しなど不便は無い。
 
食事
上々である。
毎食、2種類からチョイス出来る。味に不満はなく、量は多すぎるくらいだ。1食減らしている人も多い。
妻もご飯以外はほぼ完食で、9月10月頃を思うと様変わりだ。よかった。
3食全部食べて2人で月8万4千円で、食べない分は返金される。
自宅の時より安上りだ。
 
館内
我が部屋はフロント(7階)の真下の4階にあり、エレベーターは部屋の直近にある。
フロントにも食堂(6階)にも階段を歩いて行ける。
水口館の部屋によっては長い距離を歩き、エレベーターを幾つも乗り継いで食堂に来る人も居り羨まれている。
期せずしてベストの部屋を選んだようだ。
フロントにはいつも人が居て売店、喫茶もある。
 
交通
何よりもマイカーを手放したことが大きな変化である。まだ慣れない。淋しい。
来宮駅、ショッピングセンター、熱海駅までの自家用バスはやはり少なく不便である。最近路線バスの利用を覚えた。
ついタクシーに頼るが熱海市内は狭く、どこに乗っても700~1400円である。伊豆高原ではちょっと病院に行くにも3千円、5千円であった。
それより来宮駅でもショップでも歩く人は歩いているらしい。下りだと10―15分だそうだ。見習おう。
 
活動
私はネットで<小原流 熱海>で見付けた教室に入門した。教場は起雲閣である。素晴らしい。
水口館で囲碁クラブに入った。2段格で申告したが初戦1級の人に負けた。
問題は妻である。何よりも欲しかった水泳プールが無い。マリンスパ熱海という大きな施設があるが、ここから交通不便で大衆子供向けで雰囲気が悪い。
これまで通っていたホテル内のプール(サザンクロス、ヴィラージュ・・・)が熱海には無い。30分以上ノンストップで泳ぐ妻がプールが無くて泣いている。
卓球クラブを覗いたが全く肌が合わず敬遠した。やり方が気に入らないそうだ。
まだ何もしていない。良くないことだ。
 
総括
10月になって切羽詰まって探した施設だが、結果として非常に良い選択だったようだ。
運営の姿勢も内容もいいし、場所が良かった。
入居者によく聞かれるが価格も割安だったらしい。
 
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2018.12.31

今年の辞世

以前、辞世は毎年作るべきと書いたことがある。
 
毎年とはいかないが今年の辞世を作った。
<舟を捨て庭捨てて次何捨てる> 2018/12 黒潮丸
 
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<波の背を割きて進みしわが帆舟(ほぶね)>  2016/7
​<年々に恥かくことの多くしていよよ近付く彼岸なりけり> 2012​/12
 
 
Voyagetonextage
 

2018.12.28

熱海図書館

熱海図書館に行ってカードを作ってもらった。
来宮駅から歩ける場所にある。
 
伊東図書館に似て古くて狭い図書館だが、それでも図書館は図書館だ。今後大いに利用させてもらおう。
似ているようで伊東とは微妙に違う点もある。
・開架展示の書籍が多い  各作家の展示作品が伊東の倍くらいある。書庫が小さいのか?
・本が傷んでいないと思った  利用者が少ない?
・学生の席が別の階にある
 
初めて借りたのは早坂暁「花へんろ風信帖」である。
実は先信の武田陽信と勅使河原霞のスキャンダルは早坂暁の「華日記」で知ったことだった。
シドニーホバートレースについてはNORCの記録や古い舵誌に当たったが、華道界のことは全面的に早坂の記述に頼った。
それで早坂の随筆集に関心を持ったのである。
 
しかし「風信帖」の名は頂けない。
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「風信帖」  空海
 

2018.12.24

船出

・衣類  ゴミ袋に入れてどんどん廃棄した。
・布団  孫たちが冬に来てもいいだけ揃えてあったが全部お払い屋に渡した
・食器  お払い屋に処分してもらった。
・書籍  4分の1を残し、半分を中古書店に送り、4分の1を廃棄した。
・家具  3分の1を運び、3分の1を残し、3分の1を廃棄した。
 
アルバムは写真に撮る予定であったが戦争が始まるとその余裕が無くなり、15%程度しか撮れなかった。
その中に下の写真があった。
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これは出光を定年退社するにあたり、我が手作りのマリーナからマイボートに乗って船出するところである。
前途に希望があった。
この当時はすぐに年金を満額もらえたこともあり、一刻も早く会社を離れたかったものだ。
 
いま熱海に来てからの写真を探したがこれしか無い。
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これでは駄目だ。正月に孫たちが来るからもっとちゃんとした写真を撮ってもらおう
 
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取りあえず予定している活動
1.小原流生け花
  教場が起雲閣というのが素晴らしい。
2.site「終活曼荼羅」の運営
  終活ばやりでいろんな終活項目が唱えられている。それを曼陀羅図にしてサイトを作りたい。
 
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このような終活項目が20余りありそれだけの仏様が並ぶ。
まだまだアイデア段階でコンテンツはこれからだが、その初っ端のページ「曼陀羅図」がうまく作れない。
HTMLは表のサイズを固定してくれないのだ。WordPressにいいテンプレートがあるが、WordPressに何度挑戦してもうまくいかない。
果たして完成させられるかどうか自信が無いが、とにかくやってみよう。
 
ともあれ新生活の船出である。

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