2017.04.16

4月12日の花

∞∞∞2017/4/12∞∞∞∞∞∞∞
~~~12日に咲いていた花々~~~
 
30年前に植えたソメイヨシノ 当時は他の桜を知らなかった
今なら早咲きの城ヶ崎桜か、葉の色を愛でて山桜を植えるだろう
 
ガーデン入口のキャロライナジャスミン
 
イカリソウ
 

​黄色いイカリソウ 葉の色がきれい
 

​ウラシマソウ  
伸びた弦を浦島太郎の釣竿の糸に見立ててこの名がある
 

​シラユキゲシ
 
イベリス  この場所でもう10年も咲いている
 
黄色いスイートアリッサム
昨年珍しいので買って、夏の間枯れない程度に水をやっていたら今年こんなに大きく咲いた
 
アマギカンアオイ  これは10日前の撮影
 
辛夷(こぶし)  これは3月20日撮影
 

​番犬
 

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季節が来れば花は咲く  森下一義

ロビーの渡り板

∞∞∞∞2017/04/09∞∞∞∞∞∞
~~~ロビーの病状~~~
わが家の飼い犬ロビーの最近の病状である。
 
一昨年8月に悪性腫瘍を発見して以来抗がん剤を服用している。
昨年7月には肛門まわりの手術をした。その後週に一度点滴を受けている。
癌に関してはなんとか抑え込んでいるようだが、副作用であろう、眼が見えなくなり、耳が聞こえなくなり、臭覚も殆ど無い状態だ。哀れでならない。
最近は眼が殆ど明暗も判じえない。
食欲だけは旺盛で、しっかり排泄する。
体重は最盛期11kgから現在9kgである。
 
 
眼が見えないのでトイレの場所が判らない。
それで出来るだけ外に連れ出して散歩するのだが健気に歩く。
日中は2時間おきに、夜も遅くまで、朝は5時に連れ出す。妻と手分けしてだが妻も大変だ。
 
食欲があり歩けるうちは面倒をみてやろうと思っていたが、ここにきて足が弱ってきた。
後ろ足がよろける。
 
~~~渡り板~~~
玄関前の段差と、側溝のグレーテイングに間に合わせの渡り板を設置した。
いつまで使うことになるか。
 
 
 
~~~認知症?~~~
いろんな症状を医者に話すと、「認知症も進んでいるのでしょう」と言う。
 
さて、どうしたものか。
 

松崎大沢温泉桜祭り

∞∞∞2017/4/6∞∞∞∞∞∞∞
~~~伊豆の桜異変~~~
どこもそうらしいが今年の桜開花は大狂いである。
河津の桜まつり(河津桜)の会期は2/10~3/10だったのに、2月のうちに花が終わってしまった。
伊豆高原の桜まつり(染井吉野)は4月1日からなのに未だに咲いていない。
わが家の近くの大島桜は例年3月中旬に咲くのに今年は4月に入って咲いた。
 
近所の大島桜  4月4日撮影
 
~~~松崎那賀川・大沢温泉桜祭り~~~
例年3/30~4/2に行くのだが今年は4/6に設定して出掛けた。
それでもまだ早く3分咲きであった。
 
この川上が婆娑羅峠、下田に至る   下流5、6kmも川沿いに桜並木が続いて松崎港へ
 
昼食はスーパー青木で買ったお弁当
 
ありました!  那賀川の流れに任せ花の盃  一義
 
ときめきて花見衣や枕もと  信子
 
珍しく2人の短冊が並んで提げられた
花明り色濃き川の流れかな  信子
あの辺り婆娑羅の峰か花の雲  一義
 
もう15年もこの桜祭りへの投句を続けているが、この5年ほど投句数がめっきり減っている。
短冊の数は最盛期の5割くらいか? 世の中の俳句熱はむしろ高まっているようなのにどうしてだろう?
こんなに楽しく風流な俳句イベントはないのに。
 
松崎町外の人でも投句できるし短冊を提げてもらえます。
松崎町役場から用紙を送ってもらい、句(4句まで)に1000円添えて送ればOK。
 
~~~なるせペダル~~~
伊豆高原から松崎まで、湯ヶ島、船原温泉、土肥、堂ヶ島を経て2時間のドライブである。
誤アクセル操作の「なるせペダル」を装着してから初めての長距離ドライブであった。
どうもまだしっくりこない。アクセルの踏み込みならぬ<右へのタッチ>が思うように反応しない。
加えて3日前から風邪気味で元気がなかった。今年の正月以来なんだか元気がないことが多い。年令相応か。
 
というわけで往復4時間半のドライブには相当の覚悟を要した。(帰路は婆娑羅峠から下田経由)
あと何年続けられるか。
というより来年も行けるかどうか。
 
夜、生垣に車側を擦ったり、黄信号を渡ったりするような夢を見た。
よほどのストレスがあったのだろう。
 

雛と獺

∞∞∞2017/3/29∞∞∞∞∞∞∞
~~~雛の句~~~
<雛もあり娘もありて子規悲し>
今週の朝日俳壇の入選句である。作者はオランダ在のモーレカンプふゆ子さん。
雛の句が今頃出るのも、遥かオランダからとことこと届いた投稿句らしく風情がある。
 
この句を見て「やられた」と思った。
元句は<雛あらば娘あらばと思いけり―子規>である。
私は全く俳句読みではないので、子規の句といって<柿食えば・・・>とこの句しか知らないほどこの句が好きだ。
病床六尺の子規が<娘あらば>と詠んだ気持ちが哀れでならない。
雛を出すたびにこの句を想い、このブログにも何度も書いた。
 
今年は骨惜しみして雛を出さなかったら、オランダのふゆ子さんにとられてしまった。
何とか巻き返したいと思った。子規の命日を糸瓜忌とか獺祭忌というらしい。
<雛と娘と酒瓶ありて獺祭忌―黒潮丸>と作って命日の9月19日までとっておこうと考えた。
一発アウト! 9月に雛は出さない。
 
 
 
正岡子規 享年35才!
 
~~~かわうそ~~~
関係ないけど、籠池某の顔はなんとなく獺を思わせる。
 
 
 
 
   
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
糸瓜顔の  森下一義
 

忖度

∞∞∞2017/3/27∞∞∞∞∞∞∞
~~~忖度~~~
諸兄は「忖度」について辞書に出ている程度の意味は既にご承知であろう。
池田信夫が次のように書いている。
<森友学園の騒動で、「忖度」という古風な言葉がよく出てくるのはおもしろい。これは臣下が天皇の「御意」をおしはかることで、これに対して天皇は臣下を「しらす」という形で受動的に統治する。天皇は監査役のようなものだから、臣下は「上奏」する説明責任を負うが、天皇は事後承認するだけなので無答責である。天皇が判断すると、失敗した場合に責任を負って退位しなければならないからだ。>
「忖度」が天皇制上の用語であることを、池田氏はどこで知ったのであろう?
ということは漢語ではないのか?
出所は書いて欲しい。
 
~~~わが家の「忖度」~~~
私の妻は家庭でどういう躾を受けたのか、私に対し自分の意見は常に質問の形で言うのであった。
自分の意見として断言しなかった。
 
例えば今夜の料理を言う時に、「魚にしますか?」と言って、「今夜は魚です」と言い切らないのであった。
 
一々が質問だから、私はそれをまともに受けて一から考えて返事していた。
妻は自分の意に反する返事に傷ついたことも多かっただろう。
 
結婚後40年もしてから私はそれに気が付いた。
もっと「忖度」してやるべきだったと反省している。
 

2017.03.25

良い貿易と悪い貿易

∞∞∞2017/3/24∞∞∞∞∞∞∞
~~~エコノミスト~~~
「自由貿易は・・・」に続いてエコノミスト誌(3/28)の「良い貿易・悪い貿易」特集を読んだ。
前者に比べて古典的、歴史的な視点での論文が多かったが、いずれにしろ「自由貿易万歳」の論調ではない。
その時々の大国の事情に合わせての貿易体制だったとの論文が多い
 
はて、われ等が学生時代から受けてきた教育は何だったのか?
 
われ等が経産省の役人はどう考えているのだろうか?
相変わらずトランプ憎し、TPP恋しなのだろうか?
 
~~~dマガジン~~~
エコノミスト誌をスマホのdマガジンで読んだ。
 
画面が小さくて老眼には厳しく滅多に見ないのだが、今月はこれを読んだので540円の元をとった。
 
~~~辛夷~~~
 
 
庭の辛夷(こぶし)が咲き出した。別名<田打ちざくら>というらしい。
田を打つ時季か。
 

自由貿易は・・・

∞∞∞2017/3/22∞∞∞∞∞∞∞
~~~自由貿易~~~
「自由貿易は私たちを幸せにするのか?」(コモンズ 上村雄彦・首藤信彦・内田聖子 2017/2)を読んだ。
ノンポリで経済音痴の私がこんな本を読んだのは新聞広告を見たからである。
そして読んで、感動している。
 
<日本ではいまだに「自由貿易イコール農業・工業の関税問題」と認識されている。だが問題の本質はルール作りの不正義であり、誰もが当たり前に生きていける地域や国を強者から取り戻すということだ。>
 

 
 
本書では、タフツ大学の試算によればTPPによって2015年からの10年間でアメリカも日本も経済成長率はマイナスになるという。参加国全体で77万人の雇用が失われ、特にアメリカでは45万人の雇用が失われる。労働分配率は減少し、不平等はより拡大する。
アメリカでも日本でもそのように説明されてこなかった。
 
また本書では「自由」と「貿易」の意味が変わってきているという
「自由」は多国籍巨大企業のための「自由」となり、各国の伝統・統制すら障害としてISDS(投資家対国家の紛争解決制度=実態は投資家よりの制度)により後進国、弱小国へ賠償を求める。
「貿易」は本来の生産物の国際移動から多国籍巨大企業の社内取引に変貌している。
 
~~~トランプとTPP~~~
トランプ新米国大統領は何をどう理解したのか知らないが、TPPを破棄した。
 
本書を読んだ私にはトランプが救世主のように思える。よくぞ破棄してくれた。
 
~~~安倍と自由貿易~~~
先般のG20で保護貿易非難を強く打ち出さなかったのはアメリカに配慮したためであるとの新聞論調であった。
果たしてそうであろうか?
世界の各国はアメリカ主導の「自由貿易」に嫌気がさしてきているのではないか?
TTIP(EUとアメリカとの自由貿易交渉)の頓挫もむしろ歓迎されているようだ。
 
そういう中で欧州歴訪に出た安倍は各国で「自由貿易」を呼びかけて得意になっている。
メルケルもオランドも多分「この男は自由貿易を分かっているのか?」と思っているの違いない。
 
メガ経済連携協定はTTPもTTIPも、RCEPもCETAも、すべてこの半年で停滞あるいは頓挫の状態になっている。
それが世界の潮流である。
 
~~~RCEP~~~
RCEPはASEAN10ヶ国と中国、印、韓、豪、NZ、日の合計16ヶ国の大規模な自由貿易協定である。
 
日本国民は賛成するも反対するも、中味を何も知らされていない。
そう、大規模自由貿易協定はすべて秘密裏に進められる。締結後の秘密も求められる。
 
多分日本や韓国、中国の大企業がASEAN諸国を収奪する内容になるであろう。
日本は主導すべきではない。
 
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俄か学士  森下一義
 

2017.03.21

キャリコン3-賞の辞退

~~~賞の辞退者~~~
何かの賞に選ばれながら辞退した人を挙げてみよう。
 
国民栄誉賞
福本豊 1983年 プロ野球選手
 ・盗塁王になって
 ・辞退の弁 「立ちションベンも出来なくなる」
イチロー 2001年 プロ野球選手
 ・大リーグで首位打者になって
 ・辞退の弁 「私はまだ現役の選手。引退してからにしてほしい。」
 
文化勲章
河井寛次郎 1955年 陶芸家
 ・辞退の弁 「名利を求めず」として芸術院会員、人間国宝も受けなかった
熊谷守一 1968年 画家
 ・辞退の弁 「これ以上 人が来ては困る」
大江健三郎 1994年 作家
 ・辞退の弁 「私は戦後民主主義者であり、民主主義に勝手な権威と価値観を認めない」
杉村春子 1995年 俳優
 ・辞退の弁 「勲章を背負って舞台に立ちたくない。まだ芝居を続けたい。」
 
~~~キャリコンへの疑問~~~
キャリアコンサルテイング協会、キャリアコンサルテイング講習会の目的は何だろう?
 
どういう人が受講するのだろう?
 
この協会を作って天下りポストが幾つ出来たのだろう?
 
こんな協会も資格も無いほうがいい。
 
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何か辞退してみたい 森下一義

ヨット免許反対運動

~~~ヨットの免許~~~
昭和40年代後半の頃だったか、ヨットの「操縦免許」の話が飛び出し大騒ぎとなった。
 
それまで自然の風を利用して自由に動くこと、道の無いところやレールの無いところを自由に帆走することこそヨットの本質と考えていたヨット乗りにとってそれは青天の霹靂の大事件だった。
一体何事ぞ?
 
よく聞いてみれば免許は「動力船」に対するもので、セールだけで走る「ヨット」には適用されないものと分かったが、それにしてもショックは大きかった。
当時「ヨット」といえば殆どディンギーを指し、キャビンを持ちエンジンを備えた「クルーザー」は普及し始めた矢先であった。
エンジンも小馬力で、港の出入りだけに使用する「補機」と呼ばれた。ヨット乗りはいかにエンジンを使用しないで航海するかが尊ばれた。
少し時期は遅れるが、東大船舶工学の教授でヨット「どんがめ」号のオーナー渡辺修治氏が日本一周航海で軽油を70リットルしか使用しなかったことが美談として伝えられた時代であった。
 
~~~反対運動~~~
澎湃として小型船舶操縦士免許に対する反対運動が沸き起こった。
 
 ・スポーツに免許とは何ぞや
 ・水泳やスキーや乗馬に免許を要求するのか?
 ・世界中にヨットの操船に免許を課している国は無い!
 ・免許を取得してもヨットは動かせない
 ・試験にヨット操船に関する内容は全く含まれていない
 
特に舵誌で連載が始まったばかりの「きゃびん夜話」(著者田辺英蔵氏、熱海後楽園社長、「蒼龍」号オーナー)が舌鋒鋭く反対運動の先頭に立った。
ビギナーだった我々も大いに悲憤慷慨したのだった。
まだネットの無い時代である。何で反対意見を表明したのだったか。
仲間内で息巻いていただけだったかもしれない。
 
何か当時の資料はないかと探したが40年以上昔の話で見付からない。
「きゃびん夜話」の中にあると思うが、20年以上にわたり連載されたエッセイでKAZI誌の中から探し出す気力がない。
わずかに日本財団の広報誌「マリーン・エンゼル」に次の一節を見付けた。
昭和四十年代に次第に導入されつつあった小型船舶操縦士制度は、初め自己責任に於いて何の支障もなく海を楽しんでいる我々(私自身も含め)にとっては、煩わしく面倒な法律(資格制度)と思い、導入時に於いて強力な反対運動をした記憶がございます。今となって見れば、様々なプレジャーボートの出現は、海難、水難防止上から、この制度は誠に時期を得た相応しい免許制度だと思うようになってまいりました。  愛知県ヨット連盟安全指導員 中野昌男>
 

お上は強い。
はじめ反対仲間だった漁師には自動的に免許が付与されることになり、戦列を離れた。
私自身が資格免許を取得したのは昭和51年3月である。たしか取得期限が昭和52年だった。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
免許にはまず反対したい  森下一義
 

石原慎太郎へのオマージュ

∞∞∞2017/3/20∞∞∞∞∞∞∞
~~~慎太郎・裕次郎・岡田真澄~~~
私は大学時代、文芸部の大和田政也君に頼まれて「一橋文芸」発行の資金作りを手伝った。
資金作りとはダンスパーテイの開催である。
会場を借り、バンドを頼んで、女子大生にチケットを売る。そして利益を出す。
どうしてか私にはそのノウハウがあった。
 
休刊中の「一橋文芸」を大和田が頑張って復刊し、その号に掲載した石原慎太郎の「灰色の教室」が「文学界」の新人賞を獲った。
次作の「太陽の季節」が「文学界」に載り、芥川賞をとって大ブームとなるのである。
 
芥川賞受賞の前、「一橋文芸」は「石原慎太郎・文学界新人賞受賞記念」と銘打ってダンスパーテイを開き、もう一稼ぎを企んだ。次号の資金である。
名前を使うからには石原先輩に挨拶しておかねばならぬ。私はサッカー部のつながりもあり、その使者にたった。
「先輩をダシにしてパーテイをやらせてもらいます。」と言ったら、「ダシにするとは何事だ!」と頭から叱られた。そういう人であった。
 
当日の会場は阿佐ヶ谷会館だった。
ご本人は来なかったが、代わりに裕次郎と岡田真澄が来た。慎太郎先輩なりのサポートであり配慮であった。
私も誰も一橋生は裕次郎や岡田真澄のなんたるやを知らなかった。売り出す直前の彼らであった。
ところが2人が現れるや会場は騒然となった。女子大生たちは彼らがなんたるかをすでに知っていたのだ。
確かに2人にはオーラがあった。いや、物凄い熱気だった。
 
60年たった今も忘れない。
 
~~~失字~~~
今日の都議会百条委員会で、石原慎太郎は「脳梗塞を患って文字を失った」と自ら述べた。
 
この記事は文字を失った慎太郎先輩へのオマージュである。
 
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パーティプロデューサー  森下一義
 

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