554 posts categorized "8-偶感"

2009.11.11

森繁久弥とメイキッス号とふじやま丸と佐島マリーナ

森繁久弥が亡くなった。
大きな役者だった。

TVでいろんな人が思い出を語り、業績を偲んでいるが、彼と海との関わりが全然出て来ないのが淋しい。

これから書くことは私のうろ覚えの記憶なので間違いもあると思うが、書いておきたい。
森繁が最初に船を持ったのは「メイキッス号」である。1959年に石原慎太郎に紹介された「天山」という35フィートのヨットが気に入って譲り受けたものという。
そして1964年に白崎謙太郎設計により73フィートの鋼鉄製ケッチ「ふじやま丸」を建造した。
これがいかに大変なものだったか。例えば船舶法、船員法などにより船であり続けるためには専任の船長、機関長が常時必要なのであった。
台風で陸に乗り揚げる事故もあった。
このあたり「アッパさん船長」(現在中公新書にあり)に書いてあったと思うのだが、三河みとマリーナに寄贈してしまって手元にない。

病は嵩じて「ふじやま丸」を係留していた三浦半島佐島にマリーナを作ってしまった。
あれだけ規制の厳しい時代に個人でマリーナを作ったのである。苦労や思うべし。長男の森繁泉が運営にあたった。
しかしさすがに持ちきれず、日産が肩代わりした。現在の日産・佐島マリーナである。

私が出光の社員としてマリーナ建設にかかった頃(1990年前後)、日本マリーナビーチ協会の専務理事をしていた森繁泉さんに大変お世話になった。
おかげで随分海の世界の方たちと知り合うことが出来た。
ちょうどその頃「メイキッスⅢ世」(イタリア製57フィートボート)が東京湾マリーナにあり、私の「ウインディ・ホリデイⅡ号」もそこにあった。

1991年、森繁久弥は「メイキッスⅢ世」で日本一週の航海に出た。泉さんの運転である。
これが最後の海行きではなかったか。
「海よ友よ-メイキッス・日本一周航海記」が出ている。

ご冥福を祈ります

 

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2009.11.06

松井は馬鹿か?

松井は馬鹿か・・・
とニューヨーカーは思っているに違いない。

7年もニューヨークに居て英語をしゃべらないとは、馬鹿である。

この一事をもって松井はヤンキースに残留できない。


 

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懐古の集まり

どういう風の吹き回しだろう。
この2週間の間にいにしえを懐古する集まりが3つもあり、珍しく3つとも参加したのであった。

1.出光ラグビー部OB会
  我々がオイルメンリーグに初優勝した当時の部長を囲む会があり、その時代のメンバーが集まるというので普段は出席しない私も出たのであった。
  会えば懐かしい。
  別れ際にある後輩から、「歴史を刻むためには証人が必要です。先輩には出てもらわないと困る。」と言われたのが妙に応えた。

2.中学同窓会
  10数年ぶりの集まりであった。卒業以来58年、何回か会合があったらしいが私は殆ど出ていない。58年ぶりに会う顔も多い。
  卒業時の同クラスが10名集まったが、そのうち3人が長い介護の末に連れ合いを亡くし、1人が現に介護中であった。
  そういう年令であることを自覚した。

3.出光同期入社の会
  退社以来10数年、最近はほとんど毎年会合があるようだが私は初参加であった。地元熱海での開催であった。
  初参加であるにもかかわらず、皆が歓迎してくれたのは有り難いことであった。
  ほぼ40年にわたり同じ釜の飯を食ったことは消し難い絆である。誰それ彼それの失敗譚、成功譚、結婚話、それぞれ生活に結びついて今に続く。

1.は江戸の園芸展、2.はマリーナとナーセリー、3.はMOA美術館とアカオ・ハーブガーデン、どの会合も現在の趣味とセットに出来たのが良かった。


 

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2009.10.29

中学の同窓会

愛知県の三谷温泉で「豊橋中部中学4回生(昭和26年卒)」の同窓会があり、参加した。
卒業以来6回の同窓会があったそうだが、私が参加するのは3回目である。正確には58年だろうが「60年記念」と銘打たれていた。
典型的な地方都市の新制中学であり、特に語るべきことはない。

卒業時9組あったから同窓生400-500人と思われるが88名参加であった。
クラスごとに集まり、わがクラスは10名(男子6、女子4)参加だった。半分は60年ぶりの対面であった。
写真の右は級長だったO君、左は終生の友人S君である。

私は中学1年の6-9月を肺浸潤で休学した。敗戦後の栄養不足の結果であろう。
S君はその間私にうなぎの肝や骨を煮たものを届けてくれた。
彼の父親は豊川で魚を獲る漁師であった。うなぎの身を売ったあとの骨を調理して届けてくれたのであった。
昭和23年当時とはいえ、川漁師は厳しい商売である。
S君は結局高校に進まず、海苔問屋に就職した。
そして海苔一筋に努め、最後はその会社のトップにまで上りつめた。

同クラス10名中、3名が長い介護の末に連れ合いを亡くしていた。
そういう年令なのだ。
家内息災でいられることを妻に深く感謝しよう。

翌日、三河みとマリーナに寄り、豊橋二川のガーデンショップ・ガーデンガーデンに寄って帰宅した。
「みとマリーナ」はわが作品、「ガーデンガーデン」は伊豆・静岡には無いほどの大きなガーデンショップである。

マリーナとガーデン、わが生涯の2大趣味である。
付け加えるとすればサッカー、ラグビー、麻雀、読書であるか。

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2009.10.23

出光ラグビー部OB会

昨日は早く出て3つの用を足した。

久しぶりに母を見舞った。95才になる。
私の実家は東横線元住吉で母と末弟一家が住んでいるが、しばらく前から母を近くの老人施設に預けている。
歩いて行ける場所で、本人も望めばいつでも自分の部屋に帰れるから安心している。と思う。
身の回りのことはなんでも自分でするし、歩いて食堂にも行く。その元気さはつくづく有難いと思う。
しかし95才である。2度の脳梗塞を経て、次第に欠落が進む。私の顔を見て判別はするが、子供は何人だったかと何度も聞く。
だんだんに受け入れていかねばならない。

次に原宿の「太田記念美術館」に行った。
東邦生命の太田さんの浮世絵美術館である。駅から3分。
特別展「江戸園芸・花尽くし」をやっていた。
これについては別に書こう。

ついで大崎ニューシテイエリアに行き、「出光ラグビー部OB会」に出席した。
長く部長を務められたK先輩が喜寿を迎えられ、そのお祝いの有志の集まりであった。
私が出光ラグビー部に在籍したのは約45年前、昭和36年から5年ほどだが、その頃からあと15年くらいのメンバーが集まり、楽しかった。
このあたりならまだ顔が判る。出光ラグビー部は創設55年になるそうで、私は東京を離れたりしてそれ以降の人は判らない。
ここでラグビーの自慢話をしても仕方がないが知らない人のために書くと、昭和30年に創部して出ると負けだったチームが次第に核を持ち始め、
私が主将となった昭和38年のオイルメンリーグで初優勝したのだった。
40年に秩父宮でトライしたのも大切な思い出だ。
集まったメンバーはこういった記憶を共有している人たちだった。

長生きするといろんな付き合いが増え煩わしいのも多いが、その中でも身体と身体をぶつけ合った仲間は格別である。
板子一枚下は地獄の世界を共にしたヨット仲間も忘れ難いが。

来週は豊橋中部中学の同窓会である。何人顔が判るか。

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2009.10.22

オープンガーデン講習会

加藤和彦の<やるべきことがなくなった>としての自殺はまことに見事であった。
800年の昔、平知盛が<見るべきほどは見つ いざ自害せん>と壇ノ浦に身を投じたのと並び、百代に残る言葉となろう。

そしてわが日常は。
昨日は静岡県農林水産部主催の「オープンガーデン講座」が伊東市で開催され、その講師を務めた。
定員40名が申込み多数で抽選となる盛況だったそうだ。
プロジェクターは伊東市、パソコンは県庁から、データは私が持参と3者持ち寄りで心配したが、無事に投影することが出来た。
時間の関係でわが庭を含め3つの庭しか巡れなかった。写真はO庭、半分の20名。

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皆さんを送って帰宅したら、妻があおい顔をしている。
一昨日飼犬ロビーがゴミの中から肉を包んでいたサランラップを咥えて飲み込んでしまった。
今日になって何度も吐き、ついに水を飲んでも吐くようになったという。

犬医者に連れて行ったら、血液検査、X線、バリュウム飲用と続いた。最悪今夜にも開腹手術だという。
そしてやっと3時間後に排出してくれた。

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それから翌日の東京での会合に備え、名刺の印刷をした。

千葉幕張に住む中学3年の孫が新型インフルにかかった。
先生も、医師も、周囲も、みんな<いい時に罹った>と言うという。
もっと高校受験が迫ってからでなく、今のうちに罹ってよかったの意味だ。
そんなものか。

凡人の雑事は尽きない。

 

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2009.10.19

やるべきことがなくなって

加藤和彦が亡くなった。
自殺だと・・・
<やるべきことがなくなった>が最後に遺した言葉だと・・・

なんと格好のいい死に方か!
あんな天才だから生き方を真似しようたって出来ないが、死に方は真似出来る。
今後、死に方の一つの規範となるだろう。

無残な生に対する、死の規範である。

幸か不幸か、私には今やっている仕事がある。
<黒潮丸の寄せ植え・花選び>サイトの制作である。
7月からかかって4ヶ月目で、まだ工事中だ。
他に類例のないサイトと思うが、われに才なく、いまいち魅力的に仕上がらない。

そのうちに放り出すかもしれない。
そうしたらまた次の仕事を見付けるだろう。
なかなかやるべきことがなくならない。


わが庭には肥えた○○カブトもあるが・・・

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2009.10.16

「不毛地帯」を観た

昨夜、TVドラマ「不毛地帯」を観た。
山崎豊子「不毛地帯」を読んでいないし、瀬島龍三のことも殆ど何も知らないのだが、一見して<ああ、伊藤忠と瀬島龍三の話だな>と思った。

伊藤忠と瀬島龍三についてはこれから追々語られるのだろうが、私が思ったのは伊藤忠に行った人間の多さである。
わがR組だけでも5,6人行ったのではないか。亡くなった黒澤もそうだった。
実は私も就職試験を受けるところだったが、直前に出光に決まったのでキャンセルした。後から何度かCIから勧誘の電話があった。

ドラマによれば瀬島の伊藤忠入社は昭和35年頃だ。最初に大阪の繊維部に配属されたという。
この通信の読者にもその頃伊藤忠大阪に居た人間が多かろう。

それにしても陸軍大学の首席というのは大したものらしい。
われら末席の劣等生には計り知れないものの考え方が出来るらしい。
行かなくて良かった。

 

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2009.10.13

庭三昧

今月後半から来月始めにかけて庭巡りバス5台来庭の予定で、庭の整備に追われている。
いくらやってもきりがない。

秋撒きのタネを撒いたり、球根を埋め込んだり、来春に向けての作業もこの時期だ。
伊豆ガーデニングクラブのお祭りの「花の苗フリーマーケット」での売品の用意が急がれる。
10/21には県農林水産部主催の「オープンガーデン講座」の講師である。パワーポイントで資料作りだ。

昨日、修善寺虹の郷にハンギングバスケット・コンテストの発表を見に行った。
最初の写真は私の知人の作品、これだけ植え込むには相当の苗代が必要だ。
次の写真は鮎の塩焼きをしている構内の店で、ここで昼飯を食べた。鮎の大きさを見よ。

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今日は「多肉植物のメンテ」講習会で、昨年作った作品を持ち寄って修復した。
昨年作った時の写真と、今回手入れ前の写真を載せる。

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明後日はまた浜松立体花博に行く。
前回は私個人、今回はIGCの行事参加である。

10月は毎年忙しい。

 

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2009.10.12

「寿命論」を読む

「寿命論」(高木由臣 NHKブックス 09年1月刊 970円)を読んだ。

著者は発生遺伝学、細胞生物学専攻の理学博士、奈良女子大名誉教授。

題名に釣られて読んだが、この本は文学、人文科学、社会科学とは関係のない、まさに<発生遺伝学、細胞生物学>の世界の本だった。

この本の<はじめに>はこう始まる。
~~~~~~生の彼方に死があること、生が誕生と死で縁取られていることは、誰にとっても自明のことに思われる。私たちの生には寿命がある。寿命について疑問があるとすれば、なぜ死を迎えなければいけないのか、なぜ生の期間が生物ごとにほぼ定まっているのかといったことだろう。しかし生物が寿命をもつのは当たり前と思う私たちの常識も、人間が1人として例外なく寿命をもつこと、私たちの身近な動物たちもやはり例外なく寿命をもつことから感じる経験則である。~~~~~~

ここまではいいのだ。これを読んで面白そうだと買ったのだ。
しかしここから先がいけない。私なんかにはとてもついていけない。

<1961年、ヒトの皮膚細胞には約50回という分裂限界があるという衝撃的な論文が発表された。ヘイフリック限界という。>
<原核細胞から真核細胞という細胞の進化が、分裂性細胞から非分裂性細胞という死を内包するものになった。>
<個体の自己同一性は無性生殖(二分裂)の継続によって保たれる。したがって誕生と死という概念は、無性生殖の永続性を喪失した真核生物に特有なものである。>
こんな調子ならまだいいのだが、世界で発表される論文や、自分や研究室の学生・院生の実験結果を図表で示され、どうやら世界の最先端の部分の議論を開陳されるともういけない。
半分以上は眠り読みをしたのであった。

こんな本を読むのも、私なりの三途の川への旅の準備であるか。

 

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2009.10.09

台風見物

昔から台風の海を見るのが好きで、海岸に行っては眺める癖があった。

近年、妻から「いいトシをして、もう絶対にそんなことはやめて下さいよ。」ときつく止められている。
不承不承従っている。

8日の朝、ちょっと雨が降り止んだ時に飼犬ロビーを朝の排泄に連れ出した。
近所で無事に済ませて戻ろうとしたが、もう5メートル行くと伊豆大島がよく見えると思い先に進んだ。
当然のことながら荒れた海の先の大島は見えなかった。

この5メートルが仇であった。
わが家に入る寸前に大粒の豪雨が降り出し、すっかり濡れてしまった。

 

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2009.09.15

ぐい飲み

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写真は笊一杯のぐい飲みである。

それぞれドコかのナニかであるのだが、殆ど忘れてしまった。

  

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2009.09.14

千葉県庁不正経理と横路議長問題


千葉県庁の使い込み?はひどい。
森田知事がどこまでやるか疑問だが、堂本前知事にも弁償させるとは快哉だ。

思い出すが北海道では長らく社会党政権が続き、道庁内で、また道内全体で、大変な使い込み?が続いていた。
よって横路氏の衆院議長就任には絶対反対する。

 

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2009.09.12

徳利と盃

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今朝、「美の壷」という番組で<徳利>と<盃>を取り上げていた。
それで思いついてダイニングの食器棚にあった<徳利>の写真を撮った。

どれも私が現地で買ったものである。
黒薩摩はたしか沈寿官の窯である。まだ司馬遼太郎が「故郷忘じがたく候」を発表する前であった。
残念ながら私がこれらに酒を充たすのは年に数回しかない。

ぐい飲みの類は笊に一杯あるが、それほど愛着はない。

誰に云われたか、あるいはどこかで読んだか、「酒をグラスやぐい飲みで呑むのは邪道で、本来猪口で飲むべきである。」と諭されたことがある。
若い頃酒が弱くて苦しんでいたが、ある座敷で幇間に「酒に強くなるにはどうしたらいいか?」と聞いたら、「猪口一杯の酒を三口に分けて飲みなさい。」と教えられた。
結局強くはならなかった。

 

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2009.09.11

空葬5-葬儀

墓、位牌はともかく、自分の葬儀のことを考えよう。
諸兄諸姉への質問でもある。

~~~~~~
自分の葬儀についてどのように考えているか?
 ○葬儀は残された者が行うもので、どのように行うか死者には関係ない
 ○葬儀のやり方について普段から話している、遺言を書いてある
 ○葬儀は不要である

自分の葬儀をどこで行う予定か?
 ○現在地の近隣の斎場
 ○菩提寺
 ○自宅
 ○自分は関知しない

葬儀の形式
 ○菩提寺(所属する宗教など)の仕来りに従う
 ○葬儀業者の設営に従う
 ○個性的な葬儀にしたい
 ○葬儀は不要である

葬儀の会葬者について
 ○近親者のみ
 ○死亡の連絡先名簿を作ってある
 ○死亡・葬儀通知は不要である 
 ○長年働いた会社の人に知らせてほしい
 ○近所の人に手伝ってもらいたい
 ○弔辞を読む人は依頼してある

 

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2009.09.10

連立政権

民主党、社民党、国民新党の3党連立が決まったそうだ。
それぞれ党首が入閣するという。

新聞情報に<社民党は雇用対策担当閣僚か?>とある。
雇用対策担当とは厚労大臣か?
とんでもないことだと思う。
社民党に厚労大臣をやらせたら鳩山政権はすぐに立ち往生する。

私は、「社民党は環境大臣、国民新党は少子化担当大臣が相応しい。」と考える。

 

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空葬4-繰出し位牌

いきなり<位牌を置こう>などと提言されても、いまどき位牌の形すらイメージ出来ない人が多いのかもしれない。
添付した写真の1は、<モダン位牌>と称して出来るだけ装飾を排したものである。高さ17.5センチと小ぶりである。

これであっても、日常生活の場である居間の棚などに置くには抵抗が強いかもしれない。
位牌を裸で置くのは納まりが悪い。四六時中睨まれている気がする。戒名がない。夫婦双方の親の位牌を並べて置いていいものかどうか。人目に触れさせたくない名前がある。位牌を幾つも置くのは鬱陶しい。

この問題を解決するのが「繰出し(回出)位牌」である。 写真2、3
位牌に何枚もの名札を格納出来るのである。
新しいものではなく、昔から仏壇に位牌が一杯になった時に使用されてきた。

繰出し位牌のメリット
1.屋根と扉があるので、仏壇なしで置いても形になる。
2.すぐに人目に触れない。
3.宗教色が薄い。キリスト教や道教の聖堂のようにも見える。デザインはこれからどのようにも考えられる。
4.誰の位牌でも入れられる。戒名や俗名が入り混じっても違和感がない。
5.写真つきでも入れられる。

如何であろうか。
心の静穏を得られるであろうか。

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2009.09.09

空葬3-位牌

宗教に関心はなくても、時にはご先祖を祀りたい、あの人を偲びたい、何か心の拠りどころが欲しい、という気持ちは多くの人にあるものだと思う。
しかし人間は何か形がないとその気持ちを表すことが出来ない。
*人間、この劇的なるもの-福田恒存

日本人の場合、仏壇の前で手を合わせるのがその形であった。
だが現代の都会生活では仏間どころか、ほんの小さな仏壇を置く余裕すらない。
檀家寺、墓、あるいは仏教そのものと縁が切れている。
その結果我々は、そして子供たちは尚更、先祖に思いを致す、先祖を敬うという習慣すら失ってしまった。
多くの人が故人を偲ぶよすがを持たないままに暮らしている。

ここで私は<位牌>を置くことを提案したい。
<位牌>の語に宗教色はない。英語でいえば<memorial tablet>か。

各家庭に<位牌>があってもいいではないか。

 

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2009.09.08

空葬2-焼骨

温度を上げる、時間をかけることで骨は100%煙になるものかどうか、粉骨をしている業者に聞いてみた。

答えは、
「焼くだけで全部煙にすることは無理でしょうね。薬品を使えば可能かもしれません。ただし遺族の心情からいって難しいのではないでしょうか。」

たしかに葬儀のあとの精進落としの席で空葬の話題を出したら、近くに息子を亡くした女性がいて、「何も残らないのはとても耐えられない」と言っていた。

 

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2009.09.07

空葬のすすめ

昨今、墓についての議論が喧しい。
これには宗教観、小家族化、葬儀費用の不明朗など、いろんな問題が重なっている。
墓について考えるのが厄介だから、いっそ散骨して墓は要らないとする人も増えている。

散骨といっても市営焼却場で焼いた骨をそのままでは撒けない。
別に業者に頼んで粉骨にしてもらって撒くのである。
その撒き場所にも問題があるようだ。

昨日、ある葬儀に参列して考えた。
<いっそのこと一歩進めて一切を煙にしてしまったらどうなのか。あえて粉骨を残すまでもなく、全てを空に返すのも仏の教えに適うような気がする。>

空葬のすすめである。

 

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2009.08.29

総選挙-三題

いよいよ総選挙である。

わが三題。
1.マニフェスト
  残念ながらわが提言をマニフェストに取り上げた政党はなかった。
  浸透するまで言い続けよう。
  《出生児に直ちに選挙権を与える》
  《未成年者の選挙権行使権を母親に与える》
  《鎮痛薬(自殺薬)の販売をもっと自由にする》
  次の選挙にはどこかが取り上げるよ。

2.松崎哲久
  埼玉10区の民主党候補者である。
  落選中に「名歌で読む日本の歴史」(文春新書)を出した。その意気やよし!
  政治経歴にそれほど共感はしないが、この本はそれなりに読ませた。
  雌伏4年、長かったであろう。今回は通るであろう。
  <もののふの鎧の袖をかたしきて枕にちかき初雁の声> 上杉謙信
  さしずめかかる心境か。

  対する敵方は自民党候補山口泰明である。
  <散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ> 細川ガラシャの辞世
  さしずめこんなところか。

  (引用はどちらも本書より)

3.女心
  わが選挙区は民主党W候補が2連勝している殆ど無風区である。
  そのW候補から妻宛に宣伝チラシが届いた。
  私宛に来た、封書で来た、と妻は騒いでいる。
  近所で演説をすると知って<聞きに行こうか>という。
  秋の空である。

 

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2009.08.24

アマゾンで「大聖堂」を売った

今週の東洋経済新報に「アマゾン特集」が出ているらしい。
先日久しぶりにアマゾンで古本を売った顛末をご報告しよう。

私は読み本の類は読後捨てるか売ることにしている。
売るといっても古本屋で買い取るほどの本ではない。BookOffは1冊10-20円で、しかも本を本扱いしないから不愉快になるばかりである。
その点、アマゾンのマーケットプレースは本の名前で扱ってくれる。

今回ケン・フォレットの「大聖堂 上中下」など6冊出品したところ、翌朝に4冊の注文が入った。売れ筋であった。
1冊150円で出した。(定価は900-1000円である。)
ご承知のように、アマゾンで出品すると100円の成約手数料と代金の15%をとられる。そして配送料として260円をくれる。
私の手取りは<150円(売価)-100円(成約手数料)-22円(15%)+260円(配送料)=288円>で、288円がアマゾンから振り込まれる。
この中から実際の送料を負担する。
買い手は150円の代金と送料340円の合計490円をアマゾンに支払う。
(アマゾンは配送料の差額80円を抜いている)

私の計算ではクロネコメール便で160円で送れるはずであった。
288-160=122円が手元に残るはずであった。
ところが豈図らんや、「大聖堂」は厚さが24mmあり、メール便は20mmまでしか扱わないのであった。
かくして定形外郵便物で送ることになり、390円かかった。
102円の赤字であった。

しかし捨てるよりも、BookOffに売るよりも、満足である。
何より<その本を欲しい人>に渡ったことが嬉しい。
なにしろ出品翌朝の売約である。上中下がばらばらに売れたのである。
買い手が即座についたのに違いない。
今度から本の厚さを測ってから値段を付けよう。

追記
ミステリーの文庫本など、1円で売られているのが多い。
これは大量出品するプロマーチャントというのになると100円の成約手数料が免除されるらしい。
そこで彼らは260円の配送料と実際の送料の差額を利益として、1円で売るのである。

 

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2009.08.20

オープンガーデンと公的援助

昨日、わが出身大学同窓会の伊東分会なるものの設立第1回会合があった。
私は懐旧の集まりにあまり意義を認めないのだが、これも浮世の義理かと出席した。
内容報告は省略するが、ただ1点感ずるところがあった。

おきまりの自己紹介があり、私は出身高校と旧勤務先と伊東に移り住んだ理由を述べて終えた。
ところがオープンガーデンを知っている人間がいて、それを語れという。
伊豆オープンガーデンについて若干の説明をした。
たちまち4、5人から同じような質問がとんだ。
<スポンサーはどこか?><金はどうしているのか?><市は幾ら出しているのか?>・・・

「スポンサーはいない」「どこからの援助も受けていない」「どこにも頭を下げてお願いしたことはない」と答えると、なんだか座がシュンとしてしまった。
(実際は毎年作る「お庭案内」400部の白黒ページ印刷だけ市役所の印刷機のお世話になっている。紙は持込みである。)

私はこれまで伊豆ガーデニングクラブが独立独歩であることを誇りにしてきた。頭を下げるのは恥ずかしいことだと思ってきた。
同窓会に集まったのはそれなりに世間を渡って来た人たちである。
その彼らにとって、援助を受けることが常識なのであった。
いかに援助を取り付けるかが仕事の主眼であるかの如くであった。
それが<仕事が出来る>ことなのだろう。

私は非常識なのか?非力なのか?
わが生き方の来し方を想って憮然たるものがあった。

 

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2009.08.12

昨日の地震

昨朝の地震、何人かの方からお見舞いを頂きました。有難うございました。
この辺り、震度4ということでした。確かに鋭く強い揺れでしたが、時間が短く、余震を殆ど感じなくて、さっぱりしたものでした。

対策本部というか、何度も「東海地震とは関係ない」と嬉しそうに強調するので不思議に思いました。
私らにすれば東海地震であってくれた方が、いづれ来るだろう東海地震の小出しになって、かえって安心に思います。
答えは、どうやら東海地震というとすぐにも余震が続くのではないかと思われて、夏休みの観光客の出足に響くことへの配慮らしいのです。
その場しのぎといいますか。

昔、神戸から静岡に転勤する時、「まあなんで地震の巣の真ん中に・・・」と幽霊でも見送るような顔をされたことを思い出します。
そうして送ってくれた人たちの方が先に大地震に遭ったのでした。

 

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2009.08.07

究極の捕らぬ狸

いよいよ某学園の団体琥珀磨きが近づいてきた。
その場ですぐに説明して作業に入れるように、レジメを作ったり、一式セットにして袋詰めにしたり、会場を下見に行ったり、下敷きとか雑巾とか水皿とか爪楊枝とか小物を用意したり、(妻はお茶菓子の用意までしたりして)、忙しいことである。

今日は代金の精算がすぐに出来るように万円札を5千円札、千円札、500円玉、100円玉に両替してきた。
究極の捕らぬ狸の皮算用である。

しかし商売は楽しいね。夫婦して若返ります。

 

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2009.08.05

伊東温銭と地域通貨と政府貨幣

伊東市に<温銭>という地域通貨がある。

これに深入りしようかするまいか考えている時に、地域通貨と政府貨幣についてのいろんなリポートの存在を知った。

まったく世の中、知らないことが次から次に出てくるものだ。
参るね。

「地域通貨」-遊田玉彦 

「政府貨幣は範囲が広めの地域通貨でないか」-松浦彰夫 

「地域通貨の政府発行について」-新貨幣研・ゴン 

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2009.08.03

須賀敦子と森まゆみ

森まゆみの本は今度の「女三人のシベリア鉄道」を含めて3冊しか読んでいないのに、どうして私が「書かなければ食えない覚悟・・・」などと彼女のことを知っていたのだろうか、我ながら不思議に思った。
そして微かに、彼女が須賀敦子のことを書いた文章があったことを思い出した。

私は須賀敦子について何も書けない。
なにしろ、彼女の文章を数行読んだだけで、もう次を読み進められない。
あまりに格調高く、素敵な比喩に満ちた、香気溢れる美しい文章に接すると、数行でもう胸が一杯になって、それを味わいつくすまで次の文章に取り掛かり飲み込むことが出来ないのである。そして味わい尽くすことなど、とても出来ないのである。

須賀敦子の殆ど全著作を持っている。
全集も発行されたが、全集を買う必要がないほど持っている。
その中の1冊に、「文芸別冊-追悼特集・須賀敦子」があって、そこに森まゆみが「評伝・心に伽藍を建てるひと-須賀敦子の人生」を書いていたのであった。

須賀と森は20才も違う。たまたま同じ新聞の書評委員として知り合い、友達になった。
安アパートに住み、3人の小学生を育てる森の生活を須賀が案じる関係であった。
この評伝で、私は森の生活を知ったのだった。

須賀の突然の死(98/3)は多くの人にとって大きなショックであったから、この追悼特集号(98/11)も大きな関心を集めたに違いない。
多くの弔辞が集まっている。
そして森まゆみが選ばれて<評伝>を書いた。22ページの力作である。
森にとって、心の重い、荷の重い仕事であったろうが、彼女はそれをこなした。
そして今の彼女がある。

だからといって、須賀と森が同列の作家であるとは思わないが。

 

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2009.07.31

「女3人のシベリア鉄道」を読んだ

「女3人のシベリア鉄道」(森まゆみ 集英社 09/04 1890円)を読んだ。
読んだ理由は図書館の新刊棚の正面にあったからである。

森まゆみは1954年生まれという。若い頃、シベリア鉄道を使ってのヨーロッパ行きに憧れた。当時それが一番安いルートだったから。
結婚し、離婚して3人の子を筆1本で育て上げた。
地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し、それから積み上げて文筆家としての地歩を築いたが、基本的には文学者というよりライター・編集者というべき人だろう。最近は旅行作家の趣きもある。
私がこれまでに読んだのは「鴎外の坂」「即興詩人のイタリア」だが、それぞれ敬服すべき作品であった。

その森まゆみがある時、わが国の大女流作家3人がシベリア鉄道でヨーロッパに行っていることに気付いた。与謝野晶子、中条百合子(宮本百合子)、林芙美子である。
自分のかっての夢と重ね合わせて、彼女はこの3人の著書や日記をトランク一杯詰め込んでシベリア鉄道に乗り、偉大なる先輩たちの旅を追体験する。
シベリア鉄道といってもウラジオストックから乗るルートと、大連-ハルビンを経てシベリア鉄道に入るルートがある。ウラジオは軍港として日本人は入れない時期があった。

かくしてこの書はウラジオルートと大連ルートの2度の旅行を合わせた内容である。
与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子、それぞれに面白い。といっても私は宮本百合子とはまったくご縁がなく1冊も著作を読んだことがない。。
私が面白かったのは、森まゆみが2度の旅行にガイドを同行したことである。
ウラジオルートにはロシア人の、大連ルートには中国人の、日本の大学院に学ぶ苦学生を通訳・ガイドとして同行した。
それぞれの実家にも立ち寄るのだが、苦学生であるからして実家も庶民の家である。何年ぶりかで帰郷した娘を迎える家族。一家眷属が集まって精一杯感謝をこめて森を歓待する。涙ぐましい。
家族たちは森のことをどれほどのお大尽と思ったことだろう。
1910、1920、1930年代の3人の女性の旅との比較が、何故かわが世代には切ない。

それにしても森まゆみはよく歩きよく書く。克明に書く。
書かねば食えない覚悟が、元来の才能を磨いたのだろう。

 

 

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2009.07.29

当てと褌は向こうから外れる

珍しく(開闢以来初めて)、琥珀磨きに16人もの同時申し込みがあった。
某女子校の中高生が夏休みに伊豆に来ての体験学習希望である。
わが家にはとても入れないので、先方の寮にこちらから出向くことになった。

それにしても16人を相手に妻1人ではどうにもならない。
私にヘルプの指示が出たのは当然だが、孫のAに手伝わせることを企んだ。
Aは小学5年生、琥珀磨きは得意で、ここにいる時は得々として客の相手をしてくれる。

声をかけてみたが、AにはAの都合があるのであった。
それは止むを得ない。

そのことを妻が友人にメールしたら、<当てと褌は向こうから外れる、と姑によく言われた。>と返事が来た。
妻はこの諺を知らなかった。私に<知っているか?>と云うから、<聞いたことはある>と答えたら、<あなたもお爺さんねえ>。
<意味は?>というから<自分で調べろ>と云ったら、「ことわざ大辞典」(小学館)に「当てと越中ふんどしは・・・」と出ていた。
その「越中ふんどし」が2人ともはっきりとは判らない。
また別の辞書をひく。
ふむふむ。いくらかふんどし博士になる。

2人して大笑いであった。

 

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マニフェスト―子供手当て

民主党の選挙マニフェストに、「中学生までの子供に毎月一律26000円を支給する」というのがある。

数年前までの私なら、<働かざるもの食うべからず>のモットーが刷り込まれていたままの私なら、この政策には頭から反発しただろう。
無償で一律支給なんてとんでもないことだ。
まして扶養控除廃止では当方に実害まで生じる。


しかし、昨年夏ベーシックインカムの思想に触れた現在、私はこの政策を是認する。
1人毎月8万円には満たないが、とりあえず2万6千円でもいいではないかと考える。
政策に対して抵抗がない。

ベーシックインカムの考えで最も強く響いたのは次の点である。
<近代の高度工業化社会は生産の大規模化、生産性の向上により、社会の成員のすべてに労働の場を与えることが出来なくなった。しかしそれでは資本主義社会が成立しない。職のない者にも購買力=ベーシック・インカムを与えなければならない。> ―ヴェルナー

その後世界不況で不正規雇用労働者の問題がクローズアップされたが、根は労働の場の不足にあるだろう。
また、日本の人口減少は目に見えてきた。

多少は身を削ることになっても、子供手当ては実現してもらいたいと思う。

 

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2009.07.27

ネット政治献金

楽天がネットでの政治献金システムを完成させ、サービスを開始したというので行ってみた。
及ばずながら一灯を献じよう。

なかなか入口が判らない。
やっと<楽天☆政治-ラブジャパン> というところを見付けて入ったが、結局献金は出来なかった。
今のところ「楽天カード」でないと献金出来ない。
そのうちにはカードの種類を増やすと書いてあった。

それにしても楽天の手数料が献金額の5%+105円とは、いい商売なんだろうなあ。


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2009.07.24

「不干斉ハビアン」を読む

「不干斉ハビアン-神も仏も捨てた宗教者」(釈徹宗 新潮選書 09/01 1260円)を読んでいる。
釈徹宗は浄土真宗如来寺住職、兵庫大学教授-宗教思想史、48才。

不干斉(ふかんさい)ハビアンという人物がいた。
日本人である。1565年頃生まれ、1621年に死んだ。
戦国末期から織豊時代、江戸の初期を生きた宗教者である。

禅僧であったが、キリシタン(イエズス会)に改宗、日本人キリシタンの理論的支柱として活躍した。
そして仏教、儒教、神道、道教とキリスト教を比較して論じた「妙貞問答」を著した。
例えば仏教では当時の仏教諸派を一つ一つ取り上げて論ずる。
法相宗。三輪宗。華厳宗。天台宗。日蓮宗。真言宗。禅宗。浄土宗。浄土真宗。
浄土宗について云えば、依拠する経典である「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」を解説してキリスト教に劣るところを指摘する。
釈徹宗は、<ハビアンはきちんと各宗派が依拠する経典類に当たっている。誠実な態度である。>と書く。

神道、儒教、道教に対しても同様である。
特に神道に関して辛辣な小気味のいい解釈だ。この時代に、よくぞここまで見切ったものだ。明治以後の神道騒動はいったい何だったのか。

当時のキリシタンを代表する論客として、並み居る宣教師をさしおいてハビアンが他宗派との宗論を行い、大きな儀式での説教を行った。
その名前は各宣教師の本国にも伝えられた。
このハビアンが1608年イエズス会を突然脱会し、棄教?し、キリスト教批判の書「破提宇子(はだいうす)」(1621)を著す。
キリスト教体系における最も説明の困難な三位一体説を衝く。キリストは人間ではないか。
またアダムの原罪を「切って継ぎ番匠」と評する。
フォイエルバッハが衝撃的な言説「キリスト教の本質」(1841)を発表する220年以上前にハビアンは同じ結論を提示していた。
当時のキリスト教団はこの書を「地獄のペスト」と呼んだ。

私なんぞ聞いたこともなかったハビアンは、けっして埋もれた人物ではなかった。
林羅山と論争している。棄教後、徳川秀忠と面談(!)している。諸外国の文献に名を留める。
しかし近年埋もれていたともいえるが、「妙貞問答」(中・下)が大正6年(1917)になって神宮文庫から発見され、1972年に吉田家旧蔵より上巻が発見されて様相が変わった。
私の知る名前でいえば、新村出、姉崎正治、三枝博音、井手勝美、芥川龍之介、山折哲雄、山本七平、三浦朱門、遠藤周作らがハビアンを評しているという。

400年昔、世界のどこにもキリスト教、仏教、儒教をこれほど分析・比較して論じた思想家はいなかった。
人生に知らないことの種は尽きないが、私は釈徹宗のこの書を読んで興奮状態にある。

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2009.07.22

独航船

私の出身大学の伊東支部なるところから同窓会開催の案内が来た。
数年前に熱海・沼津支部というのが出来て、会合の案内が来ていたが出たことはない。
今回、さらにその下に伊東支部が出来たのだそうだ。

参るね。
どういうつもりだろう。
私は昔を懐かしむ気分は薄い。
人脈を作る、辿ることには縁が遠い。
オールドボーイであることを今更認識するのは気が重い。

私は独航船が好きだ。

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2009.07.20

花選びネット-黒潮丸の時流感覚

<黒潮丸の花合わせカード>作成を声明したのが7月15日であった。

料理レシピサイト<クックパッド>からヒントを得たのは2月ほど前である。
なんとか形をイメージして、データベース検索機能作成にメドをつけて、7/15に声明を発したのであった。
その直後に「クックパッドというビジネス」(上坂徹 角川SSC新書 09/5)が刊行されていることを知り、7/18に読んだ。
折りしも7/17に「クックパッド」が株式上場し、1万9000円の買い気配のまま初値が付かなかったとのニュースが流れた。
黒潮丸は時流に敏いのである。

<花選びネット>について云えば、やっと表紙だけが出来た。
ただし表紙だけで、中味はまだ着手したばかりである。
撮り貯めた写真からセレクトして花の名前を付けるだけでも大作業である。

~~~~~~
「クックパッドというビジネス」はあまり感銘を受けなかった。
理由:
1.私にはそれほどビジネスにしようとする意識がない。
2.クックパッドの成功には技術の裏付けがある・・・と強調されているが、私には技術がない。
3.上坂徹の筆が冴えない。

 


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2009.07.18

大雪山事故-勇者たちの尊厳のために

北海道大雪山で多くの生命が失われた。哀切のきわみである。
謹んでお悔やみを申し上げたい。

このあと警察による原因調査と、幾つもの裁判騒動が始まるのであろう。
既にして報道カメラの映像の中には欲の亡者の影がちらつく。

1992年2月、ジャパン-グアムレースにおいてヨット2隻が遭難し14名が死んだ。
そのうちの3家族がレースを主催した日本外洋帆走協会ほかを相手取って損害賠償の提訴をした。

当時の日本外洋帆走協会機関紙”Off Shore”に石原慎太郎会長が寄せた一文を再録する。


~~~~~~
勇者たちの尊厳のために---石原慎太郎 (offshore誌93年10月号)

...前略...
 なによりの悲劇は、世間はむべなるかなと思うかもしれぬ遺族たちの提訴に、実は誰よりも一番不本意を感じ、それをもたらした食い違いを歎き、恥ずかしく思っているのが、他ならぬあの遭難で海に死んだ者たち、遭難者自身であるということに違いない。

 参加する船がいかに数多くとも勝者はただ一人という、ほとんど無償に近いオーシャンレースに私達があえて出かけてゆくのは、自分という人間の実在を自らに向かって証明するためであり、そこでかち得る高揚と満足充実をいかなる肉親にも与えることなど出来はしない。

 彼を愛する者たちにできるのはただ、彼らが海で味わう充足への共感でしかないが、その限りでこそ孤独な行為者である彼らもまたけっして孤独ではないといえるのに。

・・・略・・・

 死者たちの勇気ある者としての栄光と尊厳を、一体誰が金銭をもって計量出来るのだろうか。死者はもうけっして蘇りはしない。なのに、なおまた彼らから一体何を奪おうとするのだろうか。

 我々はなにゆえに彼らを愛したかを、もう一度自らに問いなおすべきに違いない。死者をやすらかに眠らせるためにも。

~~~~~~


 

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2009.07.15

にあがりもん-3

宮崎のにあがりもんは政治家になるために早稲田に行ったそうだから、当然レーガン大統領のことは学んだだろう。
ハリウッドの俳優からカリフォルニア州知事となり、米国大統領となった。
県知事から総理となってもおかしくないと、にあがりもんは考えたに違いない。

実際にレーガンの軌跡はどうだったか。
社会生活の始めは野球実況中継のラジオアナウンサーだったという。
それからハリウッド俳優となり、30年近く活躍する。
最後の頃は次第にテレビの司会業に移り、映画俳優組合の委員長をつとめた。

1966年、55才の時カリフォルニア州知事となる。
そして大統領選出馬を志したが、1968年にはニクソンに、1976年にはフォードにそれぞれ共和党予備選で敗れた。
1980年にやっと共和党の大統領候補となり、81年にカーターを破って大統領となった。70才であった。

にあがりもんは最初から自民党大会での無投票当選を要求したわけだ。
アナウンサーからテレビ司会となると、<俺も・・・>と妄想する面々が多いのだろうな。
古賀誠の罪は重い。

私は俳優時代のレーガンをよく知ってはいなかったが、カリフォルニア知事となった時に、<ああ、あの俳優か>と顔を思い浮かべる程度の知識はあった。

 

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花合わせカード

思えば昨年の前半は<貼るポケット>に熱中していた。

秋から4月頃までは<庭園リスト>作りに没頭した。 
一応<日本庭園><バラ園><ハーブ園>まで作って、現在毎日50-60人が見に来てくれる。

その後押し花に目を向けた。
ふむふむ。
まだ自分の花一つ満足に押していない段階で、もう家元制度?のコースから逸脱した独自の方法を模索している。
はっはっは、先をお楽しみに。

そして数日前に<黒潮丸の花合わせカード>を着想した。
基本は花の寄せ植えのデータベースである。添付写真のようなデータカードをたくさん作成する。
そして”ネモフィラ”を植えたい、使いたいと思っている人が”ネモフィラ”を検索すると、このようにネモフィラを使った花壇、コンテナ、バスケットの写真がずらっと出る。人はそれを参考にして自分の組み合わせを考える。私が組合せを教えることはしない。
600万人が利用すると豪語する”クックパッド”の本歌取りである。
これまで花の性質の諸元を記したり、あるいは花の絵・写真のデータベースはいろいろあるが、このような組合せ例を示したDBはないと思う。
花壇、コンテナ、バスケットを自分で全て作ることは難しいが、写真は自分が撮影したものだけにしようと思っている。
花の名前は私が付ける?から間違いもあるだろう。ご愛嬌である。

タンジェント作戦はあるし、庭木の剪定はまだ4日分の作業が残っているし、暑くなるし、忙しいことである。

やまももの落下は20日間でぴたっと止まった。恐怖の時は終わった。
しめて60-70キロの収穫であった。

追記
花合わせカードを思いついたのでタンジェント作戦は中止の方向である。

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2009.07.14

タンジェント作戦-2

この作戦を遂行するに当たって幾つかのハードルが予想された。

1.コンクリートの穴あけ
  デッキの家側には柱が立てられない構造である。家の壁はコンクリートである。
  従って雨除けは、コンクリ壁に受けの材木を取り付けて、そこから張り出すことになる。
  その穴あけが大変である。とりあえず7.2ミリのドリルで30ヶ所の穴を高所に開けねばならない。
2.雨除けの重量
  コンクリ壁に釘で取り付けた受け材で、70キロもの重量を支えられるか。
3.波板の葺きかた
  屋根部の高さはデッキ上280センチになる。はたしてこの高さで波板を止める傘釘を上から打つことが出来るか。

本日、買ったばかりの振動ドリルで穴あけを始めたら、最初の穴を2センチ進んだところでドリルがストップしてしまった。
メーカーに電話したら<送り返してくれ>という。

前途多難である。

 

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2009.07.13

タンジェント作戦

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タンジェントとは何であるか?

わが家のデッキ部分に被災地の仮屋根みたいな雨除けがかかっている。
思えば10年前、私が1人で手作りしたものである。これで洗濯物の雨露を防いできた。

しかしもともとがヤワなので(材木が細い、作りがいい加減)、ついにガタがきた。
昨年あたりから風が吹くと猛烈な音をたて、はては捲れ上がる。
このままでは今年の台風シーズンは乗り切れない。

業者に相談すると持ってくる絵はみんなアルミ製である。今いち気乗りしない。
ちょうど最近近所に移住してきた人が手作りでデッキほかを自作中である。私より15才も若い。
相談すると<そりゃあウッドで自作ですよ。簡単ですよ。>と言う。

ついその気になって絵を画きはじめた。
ツーバイフォーという材木を用いる。絵にはそこここの切り込み、その幅、深さを書き入れねばならぬ。
さてデッキの張り出しは190センチである。屋根部は45センチ→0の勾配をつける。
勾配は何度であるか?

ふーむ。 タンジェント?
この言葉だけが出てきたが、他に想起されることは何もない。
すべて忘却の彼方であった。
件の彼氏に教えを請うたら、<13.3度>と教えてくれた。そういう計算をかっての私はしたのであるか。

画いた絵の屋根部の重量を計算すると75キロにもなる。
重いのは素人設計の最大の特徴である。果たして完成するものかどうか。
心配なのでまだ材木の発注はしていない。

この作業をタンジェント作戦と名付けよう。

 

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2009.07.09

にあがりもん-2

宮崎の”にあがりもん”はだんだん跳ねが小さくなったようだ。
跳ねて元の鉢に落ちなければ日干しになるよ。

ほかに私がよく使った侮蔑語  (今は使わないみたいだな?・・・)
1.天保銭
  天保銭は本来100文なのが贋金が多かったりして8掛けにしか通用しなかった。
  それでちょっと足りない人間を天保銭と呼ぶ。小中学生の頃よく使った。
  昭和陸軍には違う使い方があったようだが、私には関係ない。
2.半可くさい
  <馬鹿じゃないか>の意。
  知能が低いというより、考えが足りない人に対して使ったと思う。
3.たれかもん
  皆と同じように行動せず、ちょっと違う考え方をする人間への差別用語である。
  はたから見れば私なんか”たれかもん”の最たるものだろう。

 
  

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2009.07.05

裕次郎と私

今日は石原裕次郎の23回忌とかで、国立競技場に多勢が集まったようだ。

私の裕次郎との関わりを書いておこう。
(大昔、ブログを始める前に書いたことがあるが・・・)

私は「一橋文芸」の大和田政也に頼まれて「一橋文芸」発行の資金作りを手伝っていた。
資金作りとはダンスパーテイの開催である。
会場を借り、バンドを頼んで、女子大生にチケットを売る。そして利益を出す。
どうしてか私にはそのノウハウがあった。

石原慎太郎が「一橋文芸」に発表した「灰色の教室」が「文学界」の新人賞を獲った。
そこで「一橋文芸」は「石原慎太郎・文学界新人賞受賞記念」と銘打ってパーテイを開き、一稼ぎを企んだ。
名前を使うからには石原先輩に挨拶しておかねばならぬ。私はサッカー部で石原慎太郎と面識がありその使者にたった。
「先輩をダシにしてパーテイをやらせてもらいます。」と言ったら、「ダシにするとは何事だ。」と頭から叱られた。そういう人であった。
この新人賞をきっかけとして「太陽の季節」の芥川賞につながる。

当日の会場は阿佐ヶ谷会館であった。
慎太郎は来なかったが、代わりに裕次郎と岡田真澄が来た。慎太郎なりのサポートであり配慮であった。
私も誰も、裕次郎や岡田真澄のなんたるやを知らなかった。まだ映画に出る直前の彼らであった。
ところが2人が現れるやあたりは騒然となった。女子大生たちは彼らがなんたるかをすでに知っていたのだ。それとも独特の嗅覚か。
確かに2人にはオーラがあった。いや、物凄い熱気だった。
50年たった今も忘れない。

これが裕次郎と私の関わりである。

 

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2009.07.04

にあがりもん

1.妻の在所久留米に”にあがりもん”という言い方がある。
  もともと”二あがり”は三味線の調弦の1つで、二の糸を高く合わせることをいう。
  それから転じて、お調子者、跳ね上がり者のことを”にあがりもん”という。

2.株の世界にこんな言葉があるそうだ。
  <売れば二上がり、買や三下がり、切ってしまえば本調子>
  二上がり、三下がり、本調子、どれも三味線用語だ。

3.誰かさんは売り損なったのか、買い損なったのか。そのまんまにしておけば本調子だったものを。
  典型的な”にあがりもん”だ。

 

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2009.06.27

海と山の映画

海と山の映画を見た。

海━「真夏のオリオン」
日本海軍の1隻の潜水艦の終戦前夜の物語で、舞台はほとんど艦内である。
陸の人間が描く海や、太平洋戦争時代を体験していない人間が描く戦争ものは、思いが心に引っ掛かり、いちいち物申したくなって、非常に疲れる。
最近は何も思わないようにしているのだが。

でも映画を見ると若い俳優に会えるのがいい。
北川景子。世界のどこへ出しても日本人と認められるような、日本美人だ。

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山━「剣岳-点の記」
山派の諸兄諸姉はもうご覧になったであろう。
明治40年頃、陸軍測量部が地図を作るために剣岳に初登頂?を目指す物語である。
私は山にはまったく疎い。だから景色も山登りの困難も判って見たのかどうか。
山派の諸兄諸姉はもっとずっと広く深い観方が出来るのだろう。

徹頭徹尾真面目な映画である。

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2009.06.26

今年のやまもも

5月の15日にまだ青いヤマモモの写真を載せたが、いよいよ恐怖が現実のものになった。

皿のやまももが3日前に拾った今年最初の収穫である。(写真1)
見上げれば背筋も凍る鈴生りだ。(写真2)
拾うのが追いつかないのでまたネットを張った。(写真3)
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今日、妻は3日分3キロのヤマモモをジャムに煮た。半日以上立ちっぱなしの辛い仕事である。特に1度煮てから種を抜くのが大仕事だ。
これから何日も続く。
私はグラニュー糖やらレモンやらの買い出しに追われる。
そうだ。瓶も買わねばならない。
リカーに漬けるのなら簡単だが、我が家では何年置いても消費しないので漬けない。

思えば一昨年の6月23日だった。せっかく赤くなったヤマモモをリスに食われるのは口惜しいからとハシゴに上って採取し始めたところで転落し、肩の骨を折ったのだった。(参照記事)

当時、事故を詠んだ狂歌がある。
~~~~~~
庭のやまももの実りてリスに食わるるを口惜しとてハシゴに上がりて採りけるに、
落ちて肩の骨を折りて詠める

主(ぬし)落ちてリスの天下となりぬども軒のやまもも春を忘るな   黒潮丸
~~~~~~

この狂歌、実は有名な名歌の本歌取りなのである。
(2年前のブログ)を読んで頂きたい。
主の事情に関係なく、時期がくれば成るものは成る。

 



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2009.06.24

斉藤祐樹と東国丸英夫

斉藤祐樹投手の許に横浜ベイスターズが入団交渉に行った。
すると斉藤投手は次の条件を付けたそうだ。
1.自分をオールスターゲームの開幕投手にすること
2.任意引退選手の海外移籍を自由にすること

斉藤投手は横浜ベイスターズをコケにしたのか?
大リーグ入団を狙った作戦か?
東国丸英夫と自民党の交渉を見て学習したのか?


 

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2009.06.22

臓器移植法

臓器移植についての私の考えは、何年か前に何度か表明している。
ナイーブな問題だし、世の中の動きに老人が異を唱えてもはじまらないので最近はあえて何も言わないが、私の考えは変わらない。
私は臓器移植そのものに反対である。

今日のニュースで、海外で移植手術をした赤子の手術料として3-4億円を請求されたという。
日本では毎年3万人が自殺している。
妻や子や親を残し、どんな思いで死ぬのだろう。いやその者らがいるからこそ死なねばならなかったのだろう。
3億円あれば、そのうちの何人が死なずにすんだだろうか。

手術した赤子の命は、死なずにすんだかもしれない多くの命とその家族の悲しみに見合うか?
絶対に見合わない。

これも何度か引用したが、こんな説話がある。
~~~~~~
インドの昔話にこんな話があるという。
<旅人が空家で一夜を明かした。鬼が死骸をもって入ってきた。その後から来た鬼と
取り合いになり、旅人にどちらのものか言えと命じた。最初の鬼のものだと言うと後
からの鬼は怒り、旅人の手を身体から引き抜いて床に投げた。前の鬼は死骸の手を引
き抜いて旅人にくっつけた。後の鬼が旅人の脚、胴、頭とすっかり引き抜き、その度
に前の鬼が死骸の脚や胴をくっつけてくれた。旅人の身体がすっかり入れ替わってし
まうと、二匹の鬼は仲良く死骸を半分ずつ食ってしまった。
旅人は驚き、自分の身体はどこの誰ともわからぬ人の死骸になってしまい、生きてい
る自分が本当の自分かどうか判らなくなった。そこで寺にとびこみ、「自分の身体は
あるのかないのか」と聞いた。
坊さんは言った。「人間の”われ”は仮のものだ。人は”われ”にとらわれて苦し
む。仮のものだとわかれば苦しみはなくなる。」>
~~~~~~

これは臓器移植の話である。
旅人が鬼か。医者が鬼か。ブローカーが鬼か。
仮のものだと判れば苦しみはなくなるか?

 

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2009.06.19

押し花修行を始める

御殿場ローズガーデンに行く途中、元箱根の「玉村豊男美術館」に寄った。

玉村豊男はもともとエッセイストとして飯を食っていた人だが(私はそのエッセイを読んだことがない)、田舎暮らしを実践してワイン造りを始めた。
そこそこ成功していたらしいが大病を患い絵を描き始めた。
その絵をどこかで見て気になっていたので寄ったのである。

美術館に寄って判ったこと。
玉村豊男の父親が一応名のある日本画家だったこと。彼自身若い頃絵に打ち込んだ時代があったこと。病後の療養に絵を描いたらそれが思わぬ評判を呼び、美術館開設にまで至ったこと。彼の絵はリトグラフで1枚20-40万円すること。

玉村豊男の絵は、私の知識レベルでは<ボタニカルアート>の範疇に入る。
ボタニカルアートとは次のように定義されている。
<ボタニカルアート(植物画)は植物の姿を正確で細密に描く植物図鑑のための絵画である。>
しかし彼は自分の絵をボタニカルアートとは呼んでいない。
ボタニカルアートのリトグラフでは20万円にも30万円にも売れないからだろうか。

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さて私はその植物画を見ながら、<これは押し花だなあ>と思った。
そして、<この絵は描けないけど押し花なら作れるかも?>と考えた。

帰宅して、伊豆ガーデニングクラブの会員で押し花を教えている人がいることを知った。
早速その先生(遠藤さん)を訪ねた。たくさんの素晴らしい作品に驚かされた。
聞いてみると押し花にもいろんな流派があり、技法があるらしい。E先生の流派は<ふしぎな花倶楽部>という。
とにかく入門をお願いした。来月からレッスンに通う。

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先生の域に達しようなどとはさらさら思わない。花びら1枚でも押せるようになればそれでいい。

 

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2009.06.12

鳩山罷免

例によって旗幟鮮明にしておこう。私は鳩山総務大臣罷免に大賛成である。
このブログの読者の多数と意見が異なるだろうが、私は清々している。
麻生総理は初めて正しい決断と裁定をした。

何故罷免に賛成か。
鳩山邦夫は<私の言うことが正義である。正義が通らないから辞める。>と言った。
自分が正義だなどと公言する男は絶対に信頼出来ない。危険である。
政界から消え去ることを望む。

思えば人間の歴史は正義と正義のぶつかり合いであった。

 

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2009.06.10

嫁とる前、蚊帳吊る前

<嫁とる前、蚊帳吊る前>というフレーズがある。
もう20年も前、たまたま車の中でラジオで聞いた。
その後誰からも聞いたことはないし、手元にある「ことわざ大辞典」(小学館)にも出ていない。
しかし、いい言葉だ。

もう寒さも去って、まだ暑くもない。
蚊が出るのももう少しあとだ。
今が一番過ごし易い季節だ。

苦労して育てた子供がようやく働いて稼ぐようになった。
嫁をとるのももう少し先で、今は親子水入らず。
家族にとって一番いい時季だ。

そう。今が一番いい季節だ。

 

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2009.06.08

熱海おどりとビーチバレー

「熱海おどり」を見に行こうと誘われたが断った。
現在熱海には100以上の置屋と250人以上の芸者がいるそうだ。全国一ではないか。
この芸者衆が『湯めまちをどり・華の舞』と称して毎週土日に踊りを公開している。
舞台は熱海芸妓見番。料金は1300円(お茶とお菓子つき)だそうだ。
Photo

何故断ったか。
芸者の踊りは玉代を払って自分の座敷によんで観るものだと思うのだ。
熱海で芸者を揚げることなどもう金輪際ないと思うと、公開の踊りを見るのは侘しい。

クラシックバレーでも、フィギュアスケートでも、ベリーダンスでも、そもそもはパトロンが自分の女を踊らせて鑑賞したものというではないか。

それにつけても不快なのがビーチバレーである。
裸の女が砂の上で転げまわるのを見て、見せて、恥じない。
主婦連よ、再びシャモジを立てて止めさせてくれよ。

 

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2009.06.07

ひなげしの物語

雛罌粟をめぐる長い物語である。

1.浜名湖ガーデンパーク
  5月7日に浜名湖ガーデンパークを訪ねた。強い雨の日だった。
  ここにはかって<モネの庭>という一画があり、素敵だった。
  しかし命名に問題があったらしく今は<花の美術館>と名付けられている。同じように素晴らしくメンテされている。
  そこの赤のボーダー花壇に、大きな花弁の赤い罌粟の花が咲いていた。基部に黒斑がある。これまで見たことがない花だった。
  ぜひ種子を入手したいと思ったが手元のカタログには出ていない。
  いずれサカタのタネの知り合いに頼んでみようと考えていた。
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2.ウエッジウッド展
  先週静岡で開かれていた<ウエッジウッド展>で、スージー・クーパーというデザイナーの花の絵柄に惹かれた。
  中でも赤いヒナゲシの花を描いたテーブルウエア一式がテーブルにセッテイングされていて、1品でも買えたらいいなと思った。
  その時はスージーはウエッジウッドの専属デザイナーだろうと思っていた。
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3.スージー・クーパー
  帰宅して調べてみたら、スージーは高名なデザイナーで、あちこちで受賞歴があり、自分の会社<Susie Cooper China>を持っているほどの人と判った。ウエッジウッドを工房として焼成させているのであった。
  晩年には大英帝国勲位を受け、1995年に92歳で亡くなっている。
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  ということはヒナゲシの花のテーブルウエアは現役の商品ラインにはもう入っていないのかもしれない。
  それにしてもあのヒナゲシの花のシリーズの原名は何というのだろう?静岡の展示ではカナでヒナゲシとしか書いてなかった。

4.名前
  ヒナゲシの名前を調べていて、ポピー、オリエンタルポピー、アイスランドポピー、コクリコ、雛罌粟などが出て来た。

5.晶子の歌
  コクリコはCoquelicotであった。
  与謝野晶子の歌が思い出された。
  <ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君もコクリコわれもコクリコ>

6.モネの絵
  ついでモネの<アルジャントゥィユのひなげし>の絵が思い出された。
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7.オリエンタルポピー・カーリーロックス
  いよいよ赤い罌粟の花の種子が欲しくなって、本気でネットを探したら、どうやらそれらしい苗が見付かった。
  名前はオリエンタルポピーの<カーリーロックス>というらしい。オランダからの輸入苗で1ポット1050円である。浜松にはあんなに沢山咲いていたのに。
  3ポット申し込んだら、もう1ポットしか残っていなかった。
  まだ届かない。
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というお話です。
苗が届いて、咲いたら、写真を送りましょう。
ウエッジウッドはもう諦めます。

 

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2009.06.05

スージー・クーパーのこと

昨日の記事で、ウエッジウッド展でスージー・クーパーというデザイナーの花の絵柄が目に留まったと書いた。
その場ではてっきりウエッジウッドの専属デザイナーと思ったのだが、帰って調べたらまるで逆で、スージーは高名なデザイナーで自分のブランドの会社を持っていて、ウエッジウッドを工房として磁器を焼かせていたのだった。

1902年 生まれ
1950年 Susie Cooper China設立
1960年 この頃からウエッジウッドに焼成を依頼する
1979年 大英帝国勲位を受賞
1995年 マン島にて死去 92才

現在でもわが国でスージーの作品がアンチークとして売られているようである。

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2009.06.04

出光OB会

わが勤務先であった出光にOB会<光友会>があり、私も会員である。会員数3千人あまりという。
私の属する静岡支部は名古屋支部の傘下にあり、その名古屋支部の年次総会が焼津であったので参加した。
ふだん静岡の例会には参加するが名古屋の会合には出ない。今年は静岡担当の総会だったので義理で参加した。

総会の議事はまったく下らない。
しかし懇親会では久しぶりの顔合わせも多く(名古屋、三岐、北陸の人が多いので)、それなりに楽しかった。
先輩よりも後輩との話が弾む。
何やら懐かれて面映い思いがした。
私の娘の写真を見て「美人ですね」と褒めたら、私が<女房はこんなものではない>と威張ったと覚えている男がいて、参った。

ホテルは「ホテル・アンビア松風閣」、母体は焼津観光とか。
朝食の時、広いバイキング会場のテーブルがほとんど埋まっているのに驚いた。大変な集客力だ。

往復の電車中で「白川静-漢字の世界観」(松岡正剛)を読んだ。
白川静は偉すぎる。
遥かに仰ぎ見るのみである。
さすがの松岡正剛が襟を正して、巨大で精緻で清冽で難解で深甚な白川山脈へのアプローチのための道案内を書こうとしている。
これまで<白川静論>はないという。誰もまだ論を書き得ない。

往きがけ、静岡アートギャラリーで「ウエッジウッド-ヨーロッパ陶磁器デザインの歴史」展を見た。
ここは駅から100メートルもない場所なのでよく寄る。(昔出光のスタンドがあった。)
スージー・クーパーというデザイナーの花の絵柄が素敵だった。
ウエッジウッドお抱えのデザイナーかと思ったら逆で、スージーがウエッジウッドという工房に焼かせていた関係らしい。
世の中には知らないことが多い。

翌日、早く出て島田市の「海野光弘版画記念館」に行った。
昔静岡の紺文で開かれた回顧展をたまたま見て気になっていた作家である。その後記念館が出来たのだ。
不便な場所で島田駅からバスは1-2時間に1本しかない。往きはタクシーで復りは歩いた。27分かかった。

静岡まで戻り、駿府博物館の「文化勲章受賞・日本画家38人展」を見た。
これまでに日本画の部門で文化勲章を受章した38人全員の作品が2-3点づつ集められていた。
立派な企画展だった。

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2009.05.29

豚インフルとオープンガーデン

兵庫県三田のオープンガーデンから、豚インフルの流行で今年のオープンガーデンを自粛するとの連絡があった。

そこで考えた。
私ならどうしただろう? 山の向こうの神戸でインフル患者が出たからといって、三田のオープンガーデンを自粛しようとは私は思わなかったのではなかろうか。
<行政がやめろと言うならきちんと指示を出せ。自粛勧告なんて無責任だ。>と息巻いたのではなかろうか。
もし伊豆で勧告があればIGC・オープンガーデン部会の幹事会を開いて議論し、皆さんがどういう結論を出すにせよ、それには従うだろう。
ただし、うちの庭に木戸を立てることはしない。もしわが夫婦が豚インフルにかかったらそのように札を立てる。

昔、伊豆大島噴火の時、島民に退去の勧告が出された。
そして全員が整然と退去したことが美談となった。
もし私があそこに居たら?

 
 

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2009.05.26

長崎・島原

先月だったか、飯嶋和一の「出星前夜」を読んだ。
島原の乱を天草四郎からではなく、徳川になって赴任?した松倉重政の圧制に対する旧有馬藩郷士の決起として書いた小説である。
場所の中心は口之津あたりで、私は口之津にいささか所縁があり、面白く読んだ。

そのついでに同じく飯嶋和一の「黄金旅風」を読んだ。
これは長崎代官末次平左家門の物語であった。

たまたま友人の艇が九州方面をクルージングしていたので、長崎で捉まえてあの辺りを乗せてもらって遊んだ。
長崎では港内を乗りまわしたり、ハウステンボスに行ったり、波佐見焼の里に行ったり、食事をしたり、映画を見たりした。
映画は「消されたヘッドライン」が面白かった。チャンポンは5食くらい食べた。
島原では雲仙妙見岳に上り、普賢岳を眼前に見た。
口之津にも行った。「海の資料館」が面白かった。
橘湾でイルカが10頭あまり、ヨットの前後でしばらく遊んでくれた。

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2009.05.17

見ぬもの清し

”見ぬもの清し”という言葉がある。
”君子は危うきを見ず”にも通じるし、”臭いものに蓋”の趣きもある。

近来見たくないTV番組が増えてきた。見たくないジャンルが増えた。
これこれこれと指折り数えていたら、妻に言われた。
「そんなこと書かないで下さいよ。年寄り臭さの最たるものだから。」
さすが古女房である。よく判っている。

見たくない番組が増えたのは断じて世相のせいではない。わが老化現象である。
かく思い定めよう。

 

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2009.05.14

巨大なマンボウ

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松崎で巨大なマンボウが水揚げされた。1.5トンという。

昔新島付近でダイビングをしていた男性が強い潮に流され、遂に銚子沖まで流されて、親潮と一緒になった東流に乗り、最早これまでと諦めかけた夕方に、銚子港からマンボウ叩きに来た漁船に救助されたという。
漁船は海面に横になって浮かぶマンボウを棒で叩いて獲っていて、男性の頭をマンボウと思って近付いたのだそうだ。

私もバンクーバー島の沖で横になって浮いているマンボウを見かけた。

松崎の1.5トンのマンボウも浮いていたのだろうか。

 

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2009.05.05

朝日ジャーナル-2

「朝日ジャーナル」を開いてまず眼についたのは次の3人の記事だった。
いづれもワーキングプア・プレカリアート問題で現代のカリスマとなっている人たちである。
よくもこの3人を揃えられたものだ。さすが「朝日ジャーナル」のご威光というか。残光というか。

1.雨宮処凛
  フリーター全般労組の役員など3人との座談会記事である。彼女はこのような現場の人というか、目線の低い人たちの話を引き出すのがうまい。
  彼女はもともと酷い苛めを受け続け、リストカット、自殺未遂などを繰り返し、右翼に入れ込んだこともある。その後”生きづらさ”に抗議する立場に立ち、ロリータファッションで反貧困ネットワークなどの活動を続けている。<プレカリアートのマドンナ>とも呼ばれるそうだ。
  この座談会の内容は冴えない。最近刊の「排除の空気に唾を吐け」(講談社現代新書)もいまいちだった。
  どうも彼女は今また1つの踊り場に立っているようだ。非常に頭のいい人だからいずれ方向を見付けるだろうが。
2.赤木智弘
  <「丸山真男」をひっぱたきたい――31才・フリーター。希望は、戦争。>
  彼はこの1行で時代の寵児となった。肩書きは「フリーター」から「フリーライター」に変わった。そして「朝日ジャーナル」からインタービューを受けている。
  しかしこの1行だけでは寺山修司にも尾崎豊にもなれない。これからどこへ行くか?
3.湯浅誠
  年末の日比谷・年越し派遣村で名前を馳せたことはご存知だろう。目立つので右翼論客の格好の標的になっている。
  私は初めて知ったのだが、東大博士課程、「反貧困」(岩波新書)で大仏次郎論壇賞受賞、著書多数と大変なインテリだ。
  この「朝日ジャーナル」では<貧困が生んだカリスマ―湯浅誠の一日>を追っている。
  彼を社会活動家と呼ぶべきか。社会思想家と呼ぶべきか。
  自分では「政治家にはならない。」と言っているようだ。

ほかに<「神々」と「新人類」の語録が映す四半世紀>という記事があった。筑紫哲也が84、85年に対談した当時の「神々」の今の写真が出ている。糸井重里、中島梓、如月小春、椎名誠、野田秀樹、林真理子、西和彦、日比野克彦、泉麻人などなど。
私はこの当時「朝日ジャーナル」を読んでいなかったし、筑紫哲也にシンパシーはないし、「神々」の今の顔はつまらない。

この号は記事が多すぎる。もう出せないと思って頑張り過ぎたか。
多いからばかりではないが、<大学教授>の書いたものは全部飛ばした。
政治家の世襲と並べると反発するだろうが、大学教授はある意味世襲で、保身のトーチカの中にいる。

私が一番感じたのは、<吉岡忍が詠むニッポンの風景―この国で生きるということ>だった。
肩書きに「ノンフィクション作家」とあるが、立派な文学作品だった。

 

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2009.05.04

テレビと朝日ジャーナル

もってまわった話で申し訳ない。

電器屋でテレビを見た。
わが家のテレビは旧型で、地デジ地デジと騒がれるのが面白くない口である。
草なぎ某がぽしゃったのもいい按配であった。
それにしてもそろそろ潮時かと、電器屋に行ってみたのである。
なんとなく37吋と思っていたが現場で見ると大きい。こりゃ、32吋の方がいいなと思った。

係員は32まではフルスペックカラーとやらが無いという。
私のしょぼつく眼はその違いを認識出来ない。
傍らの家族連れが40何番かを見ながら、子供が言っている、<○○君のとこは50インチだよ>。
一体どれほどの御殿に住んでいるというのだ。

しばらく前に読んだ本を思い出した。(「イギリスの住まいとガーデン」川井俊弘)
ロンドンに駐在することになった日本人がアパートを借りた。家具付きのアパートである。TV付きである。
不動産屋は<大型テレビと小さいテレビとどちらがいい?>と聞いたという。
著者は<金の斧と鉄の斧と、どちらがいい?>と聞かれたようですぐに返事が出来なかった。
どうやらイギリスでは大きなテレビは無粋と思われている節があるらしい。
リビングルームなど来客時にはテレビは別室に片付けたりするという。

さもあるべし。それが節度というものだ。
ここでイギリス褒めは池田潔「自由と規律」の世界だが、今の日本の大型テレビ流行りは気違い染みている。
それに対する批判の論調は皆無といっていい。

そんなことを思いながら電器屋を出て本屋に寄った。
そして<緊急復活版>という「朝日ジャーナル」を買った。
私は「朝日ジャーナル」の愛読者ではなかったし、特にノスタルジーはない。
それでも買ったのは、表紙に<いま問われているのは、私たちの「知性」、そして「感性」――>の惹句があったからである。
そうなのだ。大きなテレビへの反発は私の「知性」と「感性」なのだ。
と思うことにした。

 

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2009.04.24

公然 ・ ・

くさなぎ某が公然猥褻とやらで捕まった。

私:地デジのCM、後釜を誰にするか売込みが大変だろうな。
  今度は女かな?

妻:女が公然 ・ ・ で捕まったらどうなるの?
  女だって酒を飲むんですよ。

私:! ?
  どうなるか聞かれても困る。


追記
私は苗字や名前など、難しい漢字を使っている場合は仮名か当て字にすることにしている。(草彅 →草薙、くさなぎ)
本人がどう書こうが構わないが、他人に当用漢字にない漢字を使えと強要するのは不遜である。

 

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2009.04.21

黒部第三、第四

先にTVドラマ「黒部の太陽」を見て、「黒部のトンネル」の記事を書いた。09・3・23

その後、次の2冊を入手して読んだ。
「黒部の太陽」(木本正次 信濃毎日新聞社 昭和39年-文庫平成4年 800円)
「高熱隧道」(吉村昭 新潮文庫 昭和42年-文庫昭和50年 400円)
どちらも文庫は入手可能である。

「黒部の太陽」は昭和31-38年の黒部第四発電所の建設工事の記録文学?である。
ひょっとすると関西電力とのタイアップがあったかもしれない?
それはそれとして迫力のある記録ではある。
物語の山場は、トンネル工事での破砕帯突破の苦心である。

工事は幾つかに分けて発注された。
ダム本体、発電所本体などは大成や鹿島が請け負い、金額も大きい。
しかしトンネルを掘るのは熊谷組、佐藤工業、間組などの土木屋である。
その土木屋の鼻息、体臭がフツフツと伝わってくる。
先に書いたように私は36-40年頃土建屋に油を売り込んでいた。あえて土建屋と言おう、建築屋は油を使わないから縁がない。
その土建屋と商売をした体験からいって、あの頃の土建屋の意気込みや迫力は今とは全然違っていた。
懐かしい。
(Fさん、日本国土開発の名前も出てきますよ)

この黒四の大工事は、黒三の築いたトンネル、軌道、エレベーターなどに大きく依存した。
黒三を知らずして黒四を語るな、と言いたいほどだ。

「高熱隧道」は昭和11-15年の黒部第三発電所トンネル掘削工事の記録である。
記録とはいっても工事から25年以上も経った後で、まだ若かった作家吉村昭が執念で集めて書いた記録である。
トンネルを30メートル掘り進んだところで切端の岩盤の温度は摂氏65度に達した。
そして進むにつれ温度は上昇し、遂には摂氏165度にまで上ったのであった。この高温は最後まで続く。
こんな環境で人間がどうやって作業するのか?
10メートル後ろからホースで冷水をぶっかける。そしてそのホースの人間にまた後ろから冷水をかける。
切端の穿孔夫は20分の作業で倒れて交代する。
冷水はたちまち40-50度の熱水となり、腰までの高さで坑道を流れ出る。

切端では削岩機で1メートルほどの穴を穿け、そこにダイナマイトを詰めて、点火して爆発させるのである。
火薬物取締規則では穴の温度は40度以下と定められている。法規は無視される。
60度を超え、100度を超えて自然発火の危険は高まる。
ダイナマイトを竹でくるみ、エボナイトでくるんで熱の伝達を遅らせようとする。
穴に氷の棒(アイスキャンデー)を突っ込んで束の間の熱を下げる。

しかし遂に自然発火は起きて、8人が死ぬ。
富山県、富山警察は工事の中止を命令する。
工事の再開は出来ないとのムードが拡がる。
そこにどういう力学が働いてか、死者に天皇からのご下賜金が下される。
以後、工事の中止を云う者はいなくなった。

冬のある夜、雪崩の予想される気象条件となり、宿舎の人間に坑道に移るよう勧告が出される。
翌朝、宿舎が消えていた。
全員で谷に下りて宿舎の建屋を探すが見付からない。
なんとコンクリート造りの建屋の2-5階が580メートルも吹き飛ばされていた。
泡(ほう)雪崩という現象だという。
黒三での死者は300人を超える。

黒部ダムの全体を知りたい方は「黒部の太陽」「高熱隧道」の順で読まれるとよい。
黒部の自然を知りたい方は「高熱隧道」を読まれるとよい。

 

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2009.04.17

嬋娟-再び レッドクリフPartⅡの3

”嬋娟(せんけん)”なんて言葉をどこから拾ってきた? との質問があったので、ご報告する。

”嬋娟”は、わが語彙にあるにはあった。
黒潮丸通信に載せるにあたり、念のため<広辞苑>に当たった。
”姿のあでやかで美しいさま”とあった。

物足りないので<新明解国語辞典>に当たった。
”あでやかで美しい意の漢語的表現”とあった。

次いで<大言海>(大槻文彦著 富山房 全4巻 昭和7-10年刊)を引っ張り出した。
”姿の艶に美しき状、又、女の美しき貌に云う語”とあった。
用例として孟浩然の詩が出ていたが私には読み下せない。”花嬋娟沃春泉 月嬋娟真可憐”

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この大言海は、私の妻信子の祖父・高島一雄のものであった。
一雄は殆ど苦学して東京農大を卒業して陸軍獣医となり、刻苦奮励して陸軍獣医総監となった。
敗戦後、赤城山に蟄居し、再び世に出ることはなかった。葬儀のとき、県知事が名代として従三位の証書を伝達した。
私は婚約の報告に上がった時にお目にかかったのみである。
陸軍任官後、多くの係累をかかえて厳しい生活の中でこの革装の辞書を購入するのは大変な思いであったろう。
妻・宮にはその思いがあるから捨てられず、娘のよし子に伝えた。
よし子はまた娘の信子に伝えて、ここにある。
いまとなっては大言海はそれほど有用な辞書ではないが、捨てられない。

さらに<大漢和辞典>(諸橋轍次著 大修館書店 全12巻)をひいた。
なんとセンの音の漢字は229個もあった。その中から嬋の字を見つけ出し、”嬋娟”をひいた。
”姿のあでやかに美しいさま”とあった。<広辞苑>と1文字違うだけであった。で→に

黒潮丸通信を書くのも楽ではない。
実は、本当のことを言うと、私は小喬役も”嬋娟”の形容もリン・チーリンより檀れいの方が相応しいと思っている。

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2009.04.16

嬋娟と窈窕―レッドクリフPartⅡの2


「レッドクリフPartⅡ」で、周瑜の妻・小喬役の女優が美しいと書いた。
リン・チーリン。台湾出身で、映画初出演だそうだ。
どのように美しいか形容するのに、”嬋娟(せんけん)”という言葉を思い付いた。
嬋の文字が蝉(せみ)を思わせて、蝉の羽のような軽やかな涼しさを感じさせる。

別に、
周瑜-トニー・レオンが一人舞う場面がある。これが実に美しい。
画面を多少デジタル処理してあるのかと思うほどだ。
こちらの表現に”窈窕”を思い付いた。
女性の形容詞であり、文字に多少の妖しさを含むが、あえてそれを使いたい。

嬋娟たる美女と、窈窕たる丈夫が赤壁に対する。

 


 

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2009.04.15

レッドクリフPartⅡ

映画「レッドクリフPartⅡ」を観た。例によって電車とバスを乗り継いで三島・柿田川サントムーンである。100分以上かかる。
「お元気ですね」と妻に皮肉を言われた。

映画はまあまあであった。
トニー・レオン(呉の総司令官-周瑜役)と金城武(蜀の軍師-孔明役)、2人の映画である。この2人を観ているだけで嬉しい。なかでもトニー・レオンがいい。1人舞う姿が実に美しい。
女優では周瑜の妻・小喬役が、1人曹操陣に赴いて攻撃時間を遅らせる大役を演じるが、背が高く、楚々とした美人でいい。広い中国にはもっと美人がたくさんいるのだろうが、あえてこの女優を選んだのがジョン・ウー監督のセンスか。
他に曹操、孫権、劉備、趙雲、関羽、張飛などいろいろ出るが、曹操役を除いて影が薄い。
中村獅堂が武将役で出るが、やたら眼を剥いているばかりで役になっていない。
音楽の岩代太郎が大看板だ。

Ⅰ、Ⅱを通じて、周瑜と孔明が信義を結ぶ場面が圧巻であり、それが全体を作った。


追記
実は「チェ・28歳の革命」も観た。
中で、チェ・ゲバラが国連で演説する実写フィルムが出た。
これがもう格好いいのなんの。
ミケランジェロのダビデ像の如くであった。

第二部「39歳、別れの手紙」は観なかった。

 

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教祖

私の職業適性がコンピューター診断で<宗教家>と出た、と書いた。
この度あらためて<宗教家>とは何ぞやを考えてみると、それは僧侶とか牧師のような既存の宗教の伝道者を指す言葉と考えるのが一般的なようだ。「仮想儀礼」を読んで少し賢くなった部分である。
何のことはない、職業適性検査は<坊主>を適正と判断したのだ。

しかし私は違った。私は<宗教家>のご託宣を即<教祖>と受け取った。
そもそも私には他人の教えを触れて回るような性向は全くない。教えてもらうことが大嫌いなタチである。
何でも自分で考えて自分で始める人間である。
だから<宗教家>という結果も出たのだろう。
だから何をやっても限界があると、このブログでも何度も書いた。

<宗教家>と出て、<教祖>になれということかなと思った。
だが<教祖>にはならなかったし、なろうとも思わなかった。
何故なら<啓示>がないからである。

どんな宗教も、必ず教祖に対する<啓示>から始まる。
何か<啓示>があって、そこから新しい宗教が始まる。誰に<啓示>が降りるかは全く判らない。
私には<啓示>がないから<教祖>にはなれない。

 

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2009.04.14

「仮想儀礼」(篠田節子)を読んだ

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「仮想儀礼」(篠田節子 新潮社 08・12刊 上・下-900ページ、1800円×2)を読んだ。

最近評判の小説である。分厚い本である。
中級公務員がなまじっか才走って組織を飛び出し、結局は行き詰まって離婚に至り、逼塞する。
窮余の果てにネットオタクの青年と組んで、サービス事業としての宗教サイト、宗教ビジネスを立ち上げる。
そして一発当て、破滅に至るまでの物語である。

それなりに面白く読んだ。
しかし、昭和41年に読んだ「邪宗門」(高橋和巳)ほどの感動はない。
当時の高橋和巳はもっと純粋に宗教を書いた。私自身の感受性も衰えた。

私が時に宗教絡みの本を読むのは、かって職業適性検査で適職が「宗教家」と出たことがあるからである。
独断と偏見ぶりがそのような表示を出したのであろう。まだ独身時代のことであった。
その当時に「仮想儀礼」を読んでいたら、少しは生き方の参考になったかもしれない。

 

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2009.04.13

真鶴ウオーキング

「熱海伊豆歩こう会」の「真鶴半島ウオーク」に参加した。
日頃山登りにもウオーキングにも縁がないので、着るもの・履くもの・持ちものに当惑したが、とりあえず参加した。

目的は40年ほど昔に撤去したI社真鶴油槽所跡を見ることであった。
マリーナを作ることになった昭和63年頃、真っ先に私の頭に浮かんだのが真鶴油槽所だった。
しかし既にその20年前に撤去され、土地は売却されていた。
ちなみに三河みとマリーナは蒲郡油槽所跡地がタネである。

I社は戦後の国内販売網を漁港を拠点に展開した。まず漁船用の燃料を販売するためである。
例えば東北でいえば青森・八戸・釜石・気仙沼・塩釜に油槽所と出張所を配置した。
この辺でいえば東京築地、三崎、清水、焼津である。
真鶴はそれらより小規模の物流拠点で、まことに風光明媚な浦に位置していた。
しかしあまりに小規模で、順次強化される消防法などの規制に対応出来ず、またそんな小タンクに配送する小型バージがなくなってきて、早い時期に撤去された。
私が見たのは昭和30年代後半だったろうか。今や幻の記憶である。
油槽所としては問題があり過ぎたが、マリーナとしては最高の立地だった。

ウオーキングは全長10キロ、歩こう会の人たちにとっては苦もない距離である。
海岸や山林中の散策路を歩いた。半島先端の三ツ石付近の海岸で昼食であった。
目指す油槽所跡地は見付からなかった。
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私は8キロ歩いた貴船神社地点でグループを離脱し、真鶴半島遊覧船に乗った。
そしてどうやら跡地らしい入り江を見たが、遥かな記憶を裏付ける何物もなかった。
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真鶴港で真鶴マリーナを見た。昔は漁港の一角のうらぶれた自主泊地だった。
いま見ると防波堤は強化され、艇は大きくなっているが、スターンアンカーで岸壁からもやいをとる構図は変わっていない。
その対岸に日産真鶴マリーナがあり、こちらはボートの陸置きばかりである。
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2009.04.07

八幡野の伊勢えび

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八幡野漁港に頼んでおいた伊勢えびの水揚げがあったというので行った。
7尾で2.4キロだった。キロ8500円である。

都会ではどんな値段なのだろう?

 

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水膨れ

加齢とともにご他聞にもれず小生も夜中に2、3度起きるようになった。
しかしその都度盛大に排出するので、自分では頻○とは思っていない。

思いついて今朝5時に体重を計った。
すると3日前の計測から0.8Kg減っていた。

ふむ。
水膨れであるか。

 

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2009.03.31

平成くさい

<昭和くさい>が侮辱語だそうだ。

ふん。
昭和は64年。明治は45年。
平成は何年まで続くと思っているんだ。
明治までいかないぞ。

 

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春の修善寺、松崎

修善寺から松崎を巡った。

修善寺では「独鈷の湯」の引越し作業中だった。
「独鈷の湯」は川の中の岩の窪みに湯が湧いているのだが、大水の時にその岩が流れを堰き止めて周囲に溢れる。
それで岩を少し下流に移すことにしたのだ。
岩を深く切り取って、底をコンクリートの底板で固める。(写真1)
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そしてジャッキで19メートル下流まで運ぶ。(写真2)
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静岡県沼津土木事務所の仕事で、業者は伊豆市の中豆建設。
設計は県の役人か?

修善寺総合会館で開催中の「伊豆陶芸10人展」に寄った。毎年楽しみにしている。
私は素人の焼き物は好まない。この展はプロの集まりだからいい。
どんぶりを2つ買った。(写真3)
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堂ヶ島洋ランセンターでランの肥料を買った。

そしてお目当ての松崎・大沢温泉で俳句の短冊を探した。これも毎年恒例の行事である。
母が元気なうちは必ず投句して、伊豆に花見に来て松崎で短冊を探して楽しんでくれたが、2年前2度目の脳梗塞を起こしてからは無理になった。
代わって私が作らされている。(写真4、5)
松崎のアオキで買った弁当を河原で食べた。
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大沢温泉のソメイヨシノは6分咲きだった。
伊豆の山々はこれからしばらく、いろんな桜で彩られる。オオシマザクラの白、ヤマザクラの紅、ソメイヨシノのピンク。
その山容が素晴らしい。日本のサクラはこんなにも多彩なのだ。

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2009.03.27

ベーシック・インカム4―入門

私が初めてベーシック・インカムのことを書いたのは昨年10月、新聞の書評で知った「ベーシック・インカム-基本所得のある社会へ」(ゲッツ・W・ヴェルナー)を読んだ直後だった。(参照)

初めてベーシック・インカムのことを知り、ただ驚くばかりだった。
我々が信じて疑わない労働が価値を産む説を殆ど否定する考え方は革命的だった。
しかし高度工業化社会の生産力はすべての人に雇用の機会を与えられない、の考え方は充分に説得的だった。

そしてこのほど「ベーシック・インカム入門―無条件給付の基本所得を考える」(山森亮 光文社新書 2009/2刊 840円)を読んだ。
著者は社会政策専攻の同志社大学教授である。

非常に多くのことが書いてあり、私の頭の中で整理出来ていないが、3点ほどまとめてみる。

~~~1.ベーシック・インカム論議の歴史~~~
ベーシック・インカムの思想は200年あまりの歴史があるという。
多くの思想家、学者、社会運動家、政治家の名前が出てくるが、ここではこのブログの読者に親和的な名前だけを拾っておこう。
●バートランド・ラッセル 「自由への道」1916
●トマス・ペイン 「土地配分の正義」1796
●ジョン・スチュアート・ミル 「経済学原理第二版」1848
●J・M・ケインズ ベヴァリッジ、ミードなどとの交流で 1940頃
●ジェイムス・ミード 「社会配当」の呼び名でベーシック・インカムを主張 1930から1990を通して
●ミルトン・フリードマン 「資本主義と自由」1962 負の所得税方式で
●ジョン・ケネス・ガルブレイス 「ゆたかな社会」1958 雇用と所得保障の分離を説いた 「怠惰はその当該個人にとっては有害かもしれないが、いまや社会にとっては有害とは言えない。」
最初に読んだゲッツ・ベルナーはもう学者の議論でなく実業家として実践に向かう。
世界にはベーシック・インカムを取り入れる国家も多い。

~~~2.ベーシック・インカムの断絶史~~~
このように古くからある考え方であるが、その運動はしばしば途切れる。
断絶こそベーシック・インカム運動の特徴であるとさえ言える。
これは20世紀を風靡した「労働価値説」「働かざる者、食うべからず」の思想の影響であろう。
今でもワークフェア、自立支援はその影響下にある。
しかしベーシック・インカムの思想はワークフェアを否定する。

~~~3.ベーシック・インカム運動の現在~~~
2008/6、ダブリンで「ベーシック・インカム世界会議」が開催された。
主催は「ベーシック・インカム世界ネットワーク-BIEN」である。
この団体は当初「ベーシック・インカム欧州ネットワーク」として1986年に発足したが「世界」に変わり、次回はブラジルで開催される。
出席者には各国の国会議員や大臣も含まれる。
日本からも出席している。

BIENによるベーシック・インカムの定義
<ベーシック・インカムはすべての人に、個人単位で、稼動能力調査や資力調査を行わず、無条件で給付される。>

私は社会政策とか労働法とか、まったく関わりのない人生を送ってきた人間だが、高齢化、世代間闘争、人口減少などに関心を持ち始めてベーシック・インカムの考えを知った。
労働の本質、つまり人生の本質を問うテーマである。

 

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2009.03.26

物忘れ外来

認知症初期?と言ったら(参照)、妻は早速熱海福祉医大病院の<物忘れ外来>に診断を受けに行った。
帰ってきて曰く、<満点でしたよ>。

実はドジが重なる事件の少し前に近所の人が同じ<物忘れ外来>の診察を受けたらしい。

そしてその時の質問事項を事細かに聞いていたのだ。
医師の質問は聞いていたのと全部同じだったので、間違えずにちゃんと答えたのだそうだ。

そして私に向かって言う。
「あなたも行ってらっしゃいよ。今なら私の言ったことを覚えているだろうから大丈夫よ。」

何が大丈夫?

 

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2009.03.23

わが家の国際化

今朝、成田空港でのFedex機炎上事故が報じられた。

私がすぐ思ったのは、<連休明けで帰着を急いでいる人も多いだろうに、上空で随分待たされるぞ>だった。

妻の反応は違った。
<私の琥珀は大丈夫かしら>
そういえば注文した琥珀が届く頃である。
商人はこれでなくてはいけない。感心した。

杭州便と聞いて安心した。

 

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黒部のトンネル

TVドラマ「黒部の太陽」を観た。
黒部のトンネルには格別の思いがあった。

ドラマの終わり頃、トンネルが開通して資材を運搬する大型ダンプが連なって走るシーンがチラと映った。
実はあの頃、私は現地に入った。
納入する出光ダフニー潤滑油のアフターサービス、御用聞きに行ったのだ。
私は出光関東支店潤滑油課のエンジンオイル担当者だった。
松本出張所の隅田健治君が一緒だった。

山まで行った誠意に免じてか、現場の工事事務所は我々にジープを出して松本口から大町口までトンネル内を案内してくれた。
運転してくれたのは無口な、だけど爽やかな、ちょうどドラマの大木技師を若くしたような好青年だった。
トンネル内はまだまだ荒削りで、床も天井もあのドラマに映っているままだった。
私は生まれてこのかた、あの時ほど丁寧な運転をしてもらったことがない。

思えば私は26才だった。
隅田君は25才だった。
2人とも若かった。日本中が若かった。

その隅田君ももういない。

 

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2009.03.16

認知症?

妻がここ数日で3回もドジをした。

1.折角東京で買ったケーキを、城ヶ崎海岸駅で降りる時に電車に忘れてきた。
  とりあえず諦めたが、翌朝になって悔しくてたまらない。終点の下田駅に電話したらなんと保管してあるという。
  私が引き取りに行って、ただ今美味しく頂いている。
  執念の物語である。伊豆急線の物語である。
2.珍しく琥珀磨きのお客様が同時に2組5人もあった。
  帰りも同時になり、あたふたして3人のお客様から指導料4500円をもらい損なった。
3.熱海の病院に出かけるのに、もうオーバーコートではないだろうとあれこれ探して何やら着て行った。
  後で気が付いて今時に丁度いい皮のジャケットがあったのだそうだ。
  田舎暮らしで滅多に着る機会もないのに。

認知症前期でないかと心配している。

 

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2009.03.15

社会的排除と年金生活者

「社会的排除」(岩田正美 有斐閣 08/12刊 1500円)を読んだ。
年寄りがこんな本を読んでどうということは何もないが、少し利口になったかとは思う。

もとより社会的な成語だから、それなりの歴史や地域性を抱え、扱う人によって理解も用法も異なる。
しかし著者は、貧困、差別、失業、ホームレス、ネットカフェ難民、シングルマザー、障害者、多重債務者、外国人労働者など、現代社会の負の側面を考えるに際し、社会的排除(Social Exclusion)という用語の使用がかなり有効であると言っている。

社会的排除は、社会的包摂(Social Inclusion)と対語になっているようだが、包摂の方はまだまだ弱いようだ。
特に現在の日本では社会的包摂はまるでなっていない。
例えば雇用保険は生活保護とまったくリンクしていない。社会全体として雇用の量が労働の量に対して不足しているのいうのにだ。
シングルマザーは子供の養育が生活の主目的なのに、養育をさておいて働かなければ託児所も利用出来ない。絶対的矛盾である。

現代日本のセーフテイネットは次のようなものであろうか。
厚生年金。国民年金。健康保険。雇用保険。生活保護。障害者支援。育児支援など。
社会的排除を受けてきた人たちはこの殆どの網から漏れる。安定した雇用を長く受け、保険金を納付しなければセーフテイネットの対象にならない。それが正しいとされてきた。
彼らは納付を続けられなかった。
生活保護だけは例外のように見えるが、実際的には65歳以下は対象とみなされず、保護が必要な人への給付率は20%とOECD諸国の中で最低という。

老齢年金を受給中の年寄りばかりがのうのうと安逸に暮らしている社会は正常ではない。
それも子や孫の世代への借金を増やしながら。

 

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2009.03.13

悪相-2

確定申告で追われている。
さもしい魂胆があるから、ついつい人相が悪くなる。

妻から「OさんとNさんと合わせたような顔になっていますよ」と言われた。
情けない。

 

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2009.03.10

悪相

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世に悪相というものがある。
具体例をネットで探したが、あまり適当な例が見付からない。
なに、例など探さなくとも、ご本人の顔をそのまま出せばいいのだが。

小沢一郎。二階俊博。
これほどの悪相は滅多にお目にかかれない。


~~敬称の省略~~~~
私は芸能人、スポーツ選手、著述家、政治家など、名前がブランドとなっている人物への敬称は省略しています。

 

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2009.03.09

ホームレス歌人-公田耕一

<美しき星空の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻>
<我が上は語らぬ汝の上訊かぬ梅の香に充つ夜の公園>
<ホームレス歌人の記事を他人事のやうに読めども涙零しぬ>

ここ数ヶ月来、朝日新聞の読者歌壇に入選歌が載るホームレス歌人公田耕一氏の歌である。
評判となり、読者からの問合せが続き、朝日でも「ホームレス歌人さん、連絡を」と呼びかけたが返事はない。
その後も黒いボールペンの細字で、連絡先のない投稿が続いているそうである。

第1首の<グレコの唄>から、「50年代に青春を送った70才前後のフランス通か・・・」とか、「若くして欧州の文化を愛したであろう方が食うや食わずなんて、胸が詰まります」の声が届いているそうだ。

私が一番心打たれたのは次の1首だ。
<百均の「赤いきつね」と迷いつつ月曜だけ買う朝日新聞>

~~~~~~
このブログの読者のうちどれほどの人がホームレス歌人を知っているだろうかと計算してみた。
朝日新聞の読者が30%、そのうち読者歌壇を読む人を20%として僅か6%が推定知人である。
あえてここでご紹介した次第である。

 

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2009.03.08

手鑑「翰墨城」

妻の付き添いで熱海に出て、待ち時間つぶしにMOA美術館に行った。
つい1月前に来たばかりだが、他に行くところがない。
国宝「紅梅白梅図屏風」の展示をしていた。

それだけで戻るつもりだったが、展示品がすっかり入れ替わっていて、ちょっと足を延ばした。
手鑑「翰墨城」が展示されていた。これも国宝である。
道真、道風、貫之、俊成、西行などの真筆が眼前にある。
興奮しますね。


~~追記~~~~
館内の「レストラン桃山」へ入るすぐ手前から庭に出られる。
光琳屋敷、茶室「一白庵」、甘味処「花の茶屋」がある。
甘味処でお汁粉を頂いて気が付いたのだが、その庭に紅梅と白梅がある。それがちょうど「紅梅白梅図」の梅と同じくらいの大きさなのだ。
花の盛りに来たらさぞ素敵だろう。

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2009.03.05

小沢問題と小沢提案

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民主党小沢代表の足元が炎上中だ。
これからどうなるか判らない。

判らないうちに書いておく。
彼が言った「米軍のプレゼンスは第7艦隊だけでいい。」は時宜を得た卓見だし、まさに政治家のなすべき発言である。
米国務長官と会談後の発言というのも素晴らしい。
これが政治家というものだ。

日本の右も左も度を失った。
右はアメリカおじさんの寵を失うぞ、放り出されるぞと慌てふためくし、左は再軍備か?と眼鏡の奥の老眼をしばたく。
いつまでアメリカにくっついていて、どうなろうかと、いささかでも考えているのだろうか?
二世三世の政治屋には親戚の庇護なしの生活は考えられないし、そもそも考える気もない。
左は脳が老化している。

新聞はどう論評していいか判らないから敬して遠ざかる。
TVはそもそも扱わない。
雑誌の来月号がどう書くか?

私は船乗りだからこんな絵を描いた。
1.は通常の係船図である。舟は安全のために港でこのように繋ぐ。
2.は日本とアメリカの現状図である。日本はこのように縛られて安全を図ったつもりでいる。
3.は小沢提案である。見よ、舳先の向け先はより自由を獲得し、船体はより安定した。

そもそも繋いだアメリカを大地と思うから間違うのだ。
あちらも船だ。船同士で抱き合っているのだ。
緊縛は却って安定を損なう。スプリングライン1本を残しておけばいい。

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2009.02.26

延命治療

<福岡大病院「延命治療止め患者死亡」>

今朝の静岡新聞の1面トップ記事である。
何故これがトップ記事か?

内容は、
~~~患者の男性は肺炎による呼吸不全で入院、搬送時に意識はなく、人工呼吸器だけでは対応できないため加えて人工心肺装置を付けた。・・・多臓器不全、血圧の維持も難しい状態・・・・家族は男性が「無理な延命はしないで」と話していたことから治療中止を希望した。
病院はセンター長や医師、看護婦ら25人で対応を検討し、<指針>に照らし延命治療を中止しても問題ないと判断、家族全員に説明した上で同意書を取得し、人工心肺装置を停止させた。~~~
(<指針-2007・10日本救急医学会>の内容も書いてあるが省略)

何故これがトップ記事か?
もし装置を停止させなければ機械による空気の送り込みは延々と続くのである。
そして本人、家族の苦しみのみならず、保険財政を食潰して子孫に負担を残す。
誰がそれを望むのか?(→この議論の延長は今日はやめる)

私は尊厳死協会の会員であり、毎年その意思を確認する旨のメモを更新して財布に入れているが、それでも常に人工呼吸器を繋がれる恐怖に怯えている。
これは一旦繋がれたらもうおしまいなのだ。家族にも、あるいは本人にも外させる術はない。神も仏も及ばぬ超超硬金属の鎖地獄だ。
繋がれることを絶対に阻止しなければならない。

同年輩の諸兄諸姉よ。心されよ。

(最近イタリアで同じようなケースで大統領と首相が揉めたとか)

 

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2009.02.25

卵と壁 & 天童荒太

先にちょっと村上春樹の<エレサレム賞>受賞の際のスピーチ「卵と壁」について書いた。

今をときめく池田信夫の賛辞を読んだ直後で、私としては曖昧な賛意を示したと思う。

イスラエル人の前でこのようなスピーチを行うことは、受賞を拒否するよりはるかに困難な決断だ。彼の小説はデビュー作が『群像』に載ったときからすべて読んでいるが、このスピーチは彼の最高傑作だ。よくやったよ、君は日本人の誇りだ。―池田信夫

今朝の朝日新聞「文芸時評」で、斉藤美奈子が「卵と壁」をきっちりと批判している。そもそも受賞すべきでなかった、と言う。
さすがである。私は斉藤美奈子を尊敬する。

~~~~~~
同じ紙面の隣に、芥川賞、直木賞贈呈式のレポートが出ていた。
天童荒太の挨拶はこうだ。「こういう場所は緊張するので、さきほど裏でワインと風邪薬を飲みました・・・ 今回の受賞をなぞかけすれば、直木賞を受賞した天童荒太のお願いとかけて、万引きで捕まった男の言い訳ととく。その心は、とってない、とっていないよ、これはもらったんです。」

私は「悼む人」は図書館の順番待ちで、まだ読んでいない。

 

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2009.02.22

名をこそ惜しめ-2

「名をこそ惜しめ」とつぶやいていたら、こんな歌が口をついて出た。
(与謝野鉄寛の「人を恋うる歌」? うろ覚えです)

  妻をめとらば才たけて
  みめ麗しく情けあり
  友を選ばば書を読みて
  六分の侠気四分の熱

  恋の命を尋ぬれば
  名を惜しむかな男の児ゆえ
  友の情けを尋ぬれば
  義のあるところ火をも見ず

  ああわれダンテの詩才なく
  バイロン、ハイネの熱なきも
  石を抱きて野に歌う
  芭蕉の寂びを喜ばず

この際関係ないか。

~~~~~~

かって人並み以上優れた身体能力で名声と富を獲た者は、いま人並み以上衰えた容貌容姿を人前に曝してはならない。
それは金を投じてくれた人への忘恩である。

或いは、さらなる物乞いである。

 

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2009.02.21

名をこそ惜しめ

名を惜しむ人といえども身を惜しむ惜しさに代えて名をば惜しまず

これは戦国時代、毛利元就が合戦で捕虜にした者に<よい和歌を詠んだら命を助けてやる>と言ったのに対し捕虜が詠んだ歌という。
この捕虜は<名をば惜しまず>と言い切って命永らえた。

宮崎キャンプの長嶋茂雄の姿を見たか。
もう名も身もない姿だ。

人間がこうなると思うと情けない。
見るこちらが生きる気を失う。

 

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2009.02.19

今日のメーター

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この写真は何でありましょうか?

ハッハッハ。
マイカーの今日のメーターであります。

特に意味はありません。
月の走行は800キロです。

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2009.02.17

「黒潮丸の庭園リスト」仮オープン

皆さんに<日本の庭を採点する>などと大見得をきってからどれくらい経つだろうか。もう2年も前だったか?
半分諦めて、<取り敢えず庭園のリストだけ作ります>と言ってからも、すでに5ヶ月が経つ。

このほど、やっと「庭園リスト」を仮オープンしました。「黒潮丸の庭園リスト」
まだ日本庭園だけだし、それも完成ではありません。
340庭リストアップして、220しか各庭ページが出来ていない。
それでもUPするのは、サイト内検索のために早くGoogleに拾ってもらう必要があるからです。
内容的にもまだ未完成です。

さらには、植物園、公園、洋風庭園、個人のオープンガーデンなど、リストの対象はまだまだあります。
いったいどういうつもりでこんなことを始めたのか、自分でも判らなくなりました。


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2009.02.15

トンチン年金-世代間戦争10

長生きした者が掛け金をみんなもらえる保険があったなと、ふと思い出した。
さてその名前が出てこない。何という保険だったか?
<生き残り 保険><長生き 保険>などいろいろ検索してみるが出てこない。
保険会社の生き残り競争とか、そんなのばかりだ。
それでもずっと裾の方で<トンチン保険>の文字が眼に入った。
そうだ、これだ。これだ。

わが同輩の諸兄は既にトンチン保険についてはご存知だろうから、その説明はしない。

トンチン保険で検索してみると、2007年の初め頃だいぶ話題になったらしい。
どうも経済産業省と生保業界で動きがあったようだ。
類似の商品が既に売り出されてもいるようだ。

目に付いた記事から2篇引用する。

~~~Kimio’s Diary 07・2・24 <トンチン年金 長生きリスクへの対応>~~~
リタイアした老齢者にとって最大のリスクは、突然死ぬことでも、大病を患うことでもなく、思いがけずに健康で長生きしてしまうことなのだ。
早めに突然死ぬことは遺族に財産を多目に残す可能性が大ということであり、最も好ましいことかもしれない。病気にしたって、あるだけの貯金で対応するしかないのだ。高額の治療費をかけて1日でも長生きしたいとは思わないのではないか。医療保険に加入するのもあまり意味がないように思う。貯金を右から左に動かすようなものだ。
それに対して、思いがけずに長生きするかもしれないリスクは深刻だ。先ず計画が立ちにくい。70で死ぬのか、はたまた90まで生きるのか。さすれば、蓄えは温存せざるを得ない。その結果、元気なうちにやっておきたいことにも資金は回せない。
トンチン年金的な保険がもしできれば、少ない資金で長生きリスクに対応できそうに思える。早く死ぬ人はお金を寄付してくれるようなものだから。


~~~阿修羅! 07・1・23 <日本の公的年金制度の正体>~~~
“トンチン年金”は、同じ世代での『賭博』だが、日本の“公的年金制度”は、世代間で融通してる。
そう“トンチン年金”を、毎年清算しているのだ。
結局、毎年「生き残った」(何割かの)年寄りに、残りの何割かが、(トンチン)年金を支払うのだ。
…年金を支払う人間と受け取る人間の「割合」をどう定めるかが問題で、それで受給額が決まる。
“長生き順”に、何歳から年金を貰うか、5年毎に計算して「決める」だけで良い。少し上乗せして、自分たち(OB)が、年金資金を自由に使えれば、さらに良い。そう考えていたのではないか?
あとは制度を複雑にして『賭博』と分からなくすれば…

…10人が支払い、3人が受け取る、というように「割合」さえ決めとけば、日本人が死滅しない限り公的年金制度が、崩壊することはないと、役人達は信じていたようだ。
あくまで“サバイバルゲーム”と悟られないように公的年金を『世代間の助け合い』と美化していう。 …まさか“長生きゲーム”とは、いえないからね。
同じ世代の“トンチン年金”は『賭博』だけれど、違う世代での“長生きゲーム”は、『ねずみ講』と同じで、後から入った人が不利。『詐欺』に近い。

途中でやめたら『損をする』ように、65歳まで25年かけないと、年金が貰えないようにする。 …先に死んだら当たり前だが『年金』は貰えない。“長生き順”に年金を受け取れば、潰れっこない。そういう風に、お役人様は『作ったはず』だった。“トンチン年金”と同じ“長生きゲーム”だった。

しかし、新規参入者(生まれてくる子供)が減り、賭博の敗者(死ぬはずの年寄り)が、生き残った。
“長生きゲーム”は、勝者ばかりになった。 5年毎に受け取れる年齢を見直せば、崩壊しない。はずだったが。どうも、雲行きが、怪しくなった。 支払う世代と受け取る世代が、固定してしまった。“長生きゲーム”は、前の世代が、長生きになっていつも勝ち続け“賭博”が成立しなくなったのだ。 『ねずみ講』が永遠に続くと、信じたのだろうか?

日本の公的年金制度の正体が“トンチン保険”だと誰の目にも、明らかになる日は近い。

 

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2009.02.05

孤独死は不道徳か?-世代間戦争9

マスコミは孤独死を、あってはならないこと、地域社会に問題がある、行政の怠慢ではないか、の立場で取り上げる。
そうだろうか?

人間の死は本来孤独である。
家族や友人に看取られて死ぬのは、それは望ましいことだ。
しかし家族や友人が近くにいない場合も多かろう。

そんな時、わけも判らぬ知らぬ人間がうろうろと眺める中で死ぬのは、私なら真っ平ごめんだ。
ましてクダだチューブだ人工呼吸器だと繋がれて、自ら死ぬことも出来なくなったらこんなに不幸なことはない。
マスコミはそうしろと言うのか?

孤独死は自然死である。むしろ望ましい。
死に至るまでに苦痛が伴うようなら、それは辛い。
だから私は鎮痛剤と安楽死薬の自由化の論を立てる。


~~~~~~
究極の自殺は絶食死だそうだ。
私には絶対に出来ない方法だが。

 

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2009.02.01

ブッシュ靴投げ事件

ブッシュは碌でもない大統領だった。
あんなのを再選した米国民は世界中から馬鹿にされた。
それが判っているから、いま一生懸命オバマを囃している。

ブッシュにイラク人記者が靴を投げつけた事件、あれは実に象徴的な事件だった。よくやった。
長く歴史に残るだろう。
早速巨大な靴の記念碑が立てられた。2日で撤去されたそうだが、必ず復活するだろう。
靴に木が生えているのはBush(潅木)の意味だそうだ。

ネットでは靴投げゲームやパロデイ動画が氾濫している。
大変な創造力だ。

ところで、そんなゲームや動画の世界でブッシュの顔は写真か写真のデフォルメかべた塗りのイラストばかりだ。
日本の新聞の1コマ漫画のような冴えた諷刺画はとんと見られない。
寸鉄人を刺すような、鋭い線描でブッシュと靴を描いたら、必ず世界に売れるよ。歴史に残るよ。

漫画少年の若者諸君。チャレンジしろよ。

~~~~~~
ブッシュとうまが合うのは本来小泉より麻生の方じゃないのかなあ。
あんまり同類すぎて、かえってまずいのか。

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2009.01.27

世代間戦争8-未成年選挙権

孫が私の年令になった時、日本の人口は7000万人になる。現状から5000万人減る。
皆さんはそれがどんな状態か、想像出来るだろうか。
どんな対策をたてたらよいのだろうか。
私は対策の1つとして、<日本人として出生した子供は直ちに選挙権が付与される>システムを考えている。

このアイデアは立木信氏が著書「世代間最終戦争」、「若者を喰い物にし続ける社会」で提案しているものだ。
ただし立木氏は、<これが国債発行など次世代へのツケ回しの歯止めになる>と言う程度で、そこからあまり突っ込んでいない。<実現の可能性は少ないだろう>とも言っている。
また氏は高齢化社会の問題を強く提起するが、人口減少社会にまでは言及していない。


私は、全出生児への選挙権付与は実現可能な政策だと思う。
それは世代間戦争に対しても、人口減少に対しても有効な政策であり、世界の中での日本の地位を高めると思う。
なにより金がかからない。

まず憲法を見てみよう。
~~~~~~
第44条【議員及び選挙人の資格】
両議院の議員及びその選挙人の資格は,法律でこれを定める。ただし,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によつて差別してはならない。
~~~~~~
勿論民法、商法など各法での規定があって嬰児の選挙権に抵触する部分もあるだろうが、憲法では排除されていない。
要するに法律で定めればいいのである。

嬰児に付与された選挙権を誰が行使するのか。
両親に? これは駄目だ。
私は母親に行使権を与えたい。産んだ事実こそ明快である。
子を持つ母親は老ボスや介護老人の2倍3倍4倍の権利を持つのである。世の中は変わる。
(養育しない母、母の死んだ児など細則は別に考えればよい。)

子供の選挙権は何時から子供のものになるのか。
これも議論だが、私は元服(14,5才?)をもって権利者としたい。母親の許可を必要とする。細則は別に定める。
現在の成人式は酒が飲めるようになるだけだが、権利が付くとなれば意義は大きいだろう。

日本人だけか?
これから先、否応なしに外国人の流入は避けられない。
国籍や選挙権など、議論の多いところのようだ。私は詳しくない。
ここでは<日本人の両親から生まれた三代目の嬰児から>としたい。細則は別に定める。

どうだろう。
日本の女性は産んだ子供の数だけ選挙権を持つ。
日本独自の政策である。

 

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2009.01.24

世代間戦争7-「日本人はどこまで減るか」

「日本人はどこまで減るか」(古田隆彦 幻冬舎新書 08・05刊 760円)を読んだ。
著者は1939年生まれ。名大法科卒、新日鉄・社会工学研究所部長を経て、現代社会研究所所長、青森大学教授。
重い本で読むのに3日かかった。読後メモ作成に2.5時間。

人口波動、人口容量(キャリング・キャパシテイ)など新しい概念でいろいろ説明してくれる。
前提条件の置き方でどのようにも変わり得るものだろうが、結論から言うと、「2080年代に6700万人で底を打ち、それから増加に転じて2150年頃に1億人台を回復する」と言う。

これは国立社会保障・人口問題研究所が2006年12月に発表した「日本の将来推計人口」の中位推計<2046年に1億人を割り、2100年に4771万人>より楽観的だ。

具体的に考えると、現在中学生・小学生の孫が70才になる頃、日本の人口は7000万人ということだ。
将来の反転回復はこれからの問題として、取あえず孫が年金生活となる時の7000万人までは見えている。少子化担当大臣が何人かかろうが動かしようはない。
とてもじゃないが訳の判らないダムや道路など、作っている場合ではない。

 

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2009.01.22

朝青龍の懸賞

朝青龍が自分の取組みに自分で懸賞を出している。
チャンコ屋の宣伝で<Blue Dragon>と刺繍がしてある。
今のところ自分が取っているようだ。

それで思い出したことがある。
棚から引っ張り出してみたら<昭和40年10月24日>の日付である。
<明子杯  伊豆国際>の文字。

その直前、10月5日に娘明子が誕生した。
ちょうど出光営業部若手(役職以外)のゴルフコンペがあり、そこに私が「4等賞に・・・」と言ってこのトロフィーを出したのだった。嬉しさに舞い上がってそんなことをしたのだった。。
たまたま私が4等になって入手したのでここにある。

考えてみたら随分不遜な仕儀だ。並み居る先輩に対して、自分の個人的な喜びの記念品を懸賞として出すとは何たる跳ね上がりか。
誰がそんなもの貰って喜ぶものか。
若気の至りとも言えない。今も変わらぬ私のおっちょこちょい振りである。
トロフィーに金一封を付けたのならともかく、そんな気配りはさらさらなかった。

自分で取り込んだだけ恥が少なくて済んだ。

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2009.01.21

世代間戦争6-病院閉鎖とセーフテイネット

急激な経済変動により突然職を失った労働者に対するセーフテイネットの不備が社会問題になっている。
是非ともこの不備は埋めてもらいたい。
現役労働者をこんな不安な状態においたままでは、早晩我々老人も安閑と生きていられなくなる。

ところで銚子市立総合病院の閉鎖が大きな社会問題となっている。
全国では他にも多くの病院が閉鎖の危機に曝されているのだろう。

私は銚子病院の閉鎖を必ずしも<怪しからん>とは考えない。
金がなければ仕方がないではないか。
金がないなら国が救えというのか?国は今でも収入の倍もの金を使っている。借金して。
これ以上銚子病院のために金を出せというのは、もっと借金をしろと言うに等しい。
その借金で助かるのは大部分が年寄りであり、借金を返すのは若者およびこれから生まれてくる者たちだ。
老人よ、未だ物言わぬ者たちから金を借りて、それでいいのか?

(天下り官僚に出させるというならそれはそれでよい。その方法を考えてくれ。)

私は何事にも限度があると思うのだ。
医療とか、介護とか、福祉は治外法権だとは思わない。この分野の借金はフリーだとは思わない。
金を払える限度までしか病気治療が出来ないのは万古不易の原理である。お釈迦様だってそれ以上生きろとは教えなかった。

しかしセーフテイネットは用意してもらいたい。
それなしに放り出すのはあまりに酷だ。

私は究極のセーフテイネットは以前に書いた2点につきると思う。痛み止めと安楽死薬の自由化である。(参照)
このセーフテイネットがあれば日々の暮らしはどれほど安寧になるか。
金はかからない。是非とも実現してもらいたい。

 

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2009.01.18

てほんびきと自動車販売不振

たしか阿佐田哲也の<てほんびき>が出てくる小説だったなと思いながら、その小説の名前が思い出せない。
Googleで阿佐田哲也をひき、<てほんびき>をひいているうちに、なんとか「ドサ健ばくち地獄」ではなかろうかと見当がついた。
さて、と思って念のためわが書棚を探したら、これがあったんですなあ!
わが書棚も大したものだ。

<てほんびき>とは木の札6枚を使って、札師が抜き出した札の番号を客が当てるだけの、すこぶる簡単なゲームであるらしい。
藤純子が「緋牡丹お竜」で札師を演じた。
しかしその簡単さゆえに、札師と客との心理の駆け引きがたまらない魅力を持ち、<てほんびき>をやったらもう他のバクチはやれないという。
近寄っていいのか、悪いのか、ぞくっとするような凄みをこの小説は感じさせた。

実はこの小説を思い出したのは<てほんびき>が目的ではない。
たしかこの小説の中で阿佐田哲也がバクチの極意を書いているのだが、その1つに畑の重要性を書いてあったのだ。
博打打ちがバクチを打ち続けていくには、常に畑を耕しておかねばならない。つまり金の供給源である旦那衆の人数や懐具合に常に心を配れ、というのである。
私がこの小説を読んだのは昭和60年頃と思うが、当時まだ熱心に麻雀をしていて、この教えに強い感銘を受けた。
役職ともなると若い社員と同じ卓を囲むことはない。しかし、直接ゲームをしなくても、彼らの懐がスパイラルに我が懐に繋がっていることを意識したのだった。(当時私はゲーム代、食事代を差し引いて年間100万円程度勝っていた。サラリーマンとしてはいい小遣いだ。)

何が言いたいのか。
トヨタの話である。ニッサンの話である。キャノンの話である。
彼らは畑に肥やしをやらなかったのではないか?
だから買い手がいなくなった。

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2009.01.14

下田ドライブと梅一輪

11日は下田までドライブした。いい日和で、海がきれいだった。

1.稲取朝市
  毎土日に稲取漁港で朝市が開かれる。ここでは味噌汁の振舞いがあるし、野菜がいいのでよく寄る。花の鉢もいい。
  鮮魚は置いてなくて干物ばかりなので、海産物はあまり買わない。
  でも近くの漁協で頼めば立派な金目鯛など出してくれる。
  今回は下田で寄る先へのお年賀にミカンを1箱買った。

2.白浜・ホテル伊豆急のランチバイキング
  途中で看板が出ていたので、ちょっと早かったが白浜のホテル伊豆急に寄った。
  本当は下田で魚を食うつもりだったが、ホテル伊豆急には普段入ることがないので寄る気になった。
  案の定、バイキングは65点。可もなく不可もなし。
  ロビーのすみに、全国各地の白浜の砂が展示されていたのが面白かった。きれいだと思ったのは伊豆白浜、紀伊白浜、長崎松浦、沖永良部島。
  全国の砂浜が細っているというのに、ここは砂が吹き寄せられ、吹き上げられて砂止めに苦労している。

*伊豆の皆さんにご推薦
  1/24~2/1 今井浜の東急ホテルで和食のランチバイキングがある。2600円。これはお勧めです。いつも満員。

3.下田市民文化会館
  ちょうど成人式で、若い人たちが晴れ着で楽しそうだった。
  お目当ては「郷土名書画展」。<下田に縁のある名士・高僧・仏師・画家・歌人などの遺作を一堂に展示>とある。
  なかなか迫力があった。幕末三舟の書も20点近くあった。海舟が山内容堂に口を利いて坂本竜馬の脱藩の罪を許してもらったのが下田の宝福寺だったという。私は泥舟の書が好きだ。
  川路聖謨の書も成程と思わせた。プチャーチンとの折衝で下田に来ていたのだ。

4.世代間戦争被害者
  もう1軒、下田でくすぶっている青年を激励に訪ねた。彼も世代間戦争の被害者か。

添付写真
1.ホテル伊豆急の窓から
2.梅一輪
  今朝の写真。ピンボケですね。
3.雲南サクラソウ
  昨年咲いた花から採取した種を播いておいたら、昨日最初の一輪が咲いた。
4,5
  花です。
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2009.01.09

ネバダレポートの更新

ネバダレポートをご記憶の方も多いと思う。
2001年頃、日本の経済危機を救うIMFの処方箋としてアングラで出回った文書である。
2002年2月の国会予算委でも取り上げられ、塩川財務相、竹中経済財政相が答弁している。
未読の方はグーグルで<ネバダレポート>をご覧ありたい。

内容は<公務員30%減><公務員給与30%減><年金30%減>など極めてドラスチックな具体策が8項目並ぶ。
当時、霞ヶ関はこれを見て恐慌を来たしたであろう。
韓国ではIMFの処方箋通り実行された。

さて、今回の危機の処方箋である。これを作らねばならない。
IMFに任せずに我々で作ろうではないか。
まずはネーミングだ。
<ネバダ>はどういう意味だったのだろう?
原爆の実験地だから?

まずアメリカ向けの処方箋の名前は<パールハーバー・レポート>としよう。
日本向けの処方箋は<バンザイクリフ・レポート>だ。

 

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5万円の貸付けと総務省政務官発言

霞ヶ関の牙城内に忽然と出現した派遣村。

ここの住人に対して5万円の貸付金が渡された。
早い。まことに手早い。
行政の仕事でこんなに手早く実行されたことが過去にあったか?

その答えは坂本哲志総務省政務官の発言の中にある。
彼はあっという間に集まった300人、500人を眼前にして、40年昔を思い出したという。
学生紛争の時、学内に入った学生は大学の開放を要求し、学長との対決を求めた。
その記憶・恐怖は、権力者・官僚にたちどころに共有された。

かくして5万円はあっという間に渡された。

 

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ドイツ富豪の自殺とトヨタの首切り

ドイツ第5位の富豪が自殺したと報じられた。今回の金融危機で15億ドルとかの損害を被ったためとかいう。
TVでコメンテーターの1人が、<10万人の従業員を抱えていたというから・・・>とつぶやいていた。

ふん。なるほど。
この人はオーナーだから自殺したのだ。
お雇い経営者なら自殺はしない。

さきに私は<トヨタの首切りは早過ぎるのではないか。先頭きってやることはなかった。>と書いた。(参照)

トヨタは今年、創業家の誰とやらが社長になるのだという。
大政奉還なのだという。
ははあ。これがあるから先駆けて首を切ったのか。

お雇いがやるなら死ななくてもいいが、オーナーがやったら?

 

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2009.01.02

世代間戦争5-先端医療機器

今朝のTVで群馬大学に新しく入った先端医療機器を紹介していた。
なんでも癌を痛みなく手術出来る新鋭器械とかで、年間800人を治療出来るそうだ。
しかしまだ健康保険が適用されないので個人負担が300万円になるそうだ。

これを巡っては医師会、患者団体、厚労省がやっきになって保険扱いを働きかけるのであろう。
そして財務省が抵抗するのであろう。
それぞれが己の正義を唱えて。

しかし考えてみよう。
現在非正規労働者が400万人になんなんとしているという。その年収は300万、200万という。
彼等もその家族も、誰一人300万円を自己負担して痛まない手術を受けることはないであろう。
300万円が30万円でも新鋭機器を使うことはないのではないか?
まして馘首された労働者にはまったく縁のない話だ。

さればこの器械の保険扱いで恩恵を受けるのは誰だ?
その金があれば300万×800人ならず、家族を含めて2500-3000人が毎日心を痛めずに生活出来るのだ。
シェアーすればもっとずっと多くの人が。
この器械のために社会の金を使うべきではない。まだその順番ではない。

 
 

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「蕨野行」村田喜代子

「蕨野行」(村田喜代子)を読んで呆然としている。
日本文学にこんな傑作があったのか!
<世代間戦争>について考えているうちに棄老伝説→姥捨て文学に入り込み、斉藤美奈子の書評で知った新潮今月号の「デンデラ」(佐藤友哉)を読み、「楢山節考」(深沢七郎)を再読し、「蕨野行」に辿り付いた。
しかし「蕨野行」は世代間の対立を扱ったものでも姥捨て文学でもない。
これは日本文学史上に屹立した独自の韻文文学であり、すでに古典の域にある。
大江健三郎の全作品と秤にかけてどちらが重いかというほどの作品だ。村上春樹など秤にもかからない。

何故それほど凄いのか。
220ページの小説ながら、これはもう一篇の詩なのだ。
文章にリズムがあり、惹起されるイメージに美がある。姥捨てを背景とする一時代の人間性のドラマが暖かく描かれる。

全篇、「お姑(ばば)よい」「ヌイよい」の呼びかけで始まる対話のみで成り立つ。
いつの時代、どこの土地とも知れない。使われる方言もどこのものとも知れない。
お姑は貧しい農村の庄屋のおかみである。部落の女仕事の頭(かしら)である。連れ合いはもう亡くなり息子が代を継いでいる。
ヌイは息子の後妻である。まだ16歳でしかない。先妻は病死した。

この部落には<ワラビ野入り>の掟があり、男女を問わず60歳になれば部落を出てワラビ野に入らねばならぬ。
お姑=レンにもワラビ野入りの時が来た。
レンはヌイに頭としての心得を伝えようとする。
ヌイにとって年の離れた夫は怖い存在でしかない。実の母以上にレンを慕う。

野に入ったレンはそこでの厳しい生活をヌイに伝える。
ヌイは凶作の部落や家族の状況を伝え、教えを乞う。
実際に伝言が行き交うわけではない。手紙を送るわけではない。ただ気持ちの交流である。内容は殆ど相聞歌といっていい。
全体が、<人を恋うる唄>だ。

~~~~~~
「蕨野行」は1994年に文芸春秋社から刊行された。現在文春文庫(1998 500円)で入手出来る。
村田喜代子は1945年北九州市生まれ。同人雑誌等を経て1962年芥川賞受賞。
私は村田喜代子をまったく知らず、本書も知らなかった。発表当時絶賛を博したというがさもありなん。
しかしもっともっと知られていい作品だ。

~~~冒頭部分を引用する~~~
お姑よい。
永えあいだ凍っていた空がようやく溶けて、日の光が射して参りたるよ。鋸伏山を覆っていた雪も消え始め、山肌の残り雪がとうとう馬の形を現せり。まだ尻尾のところは出ずなるが、この数日の日和りが続くなれば、すぐ馬の姿も出来上がりつろう。春が参るよい。

ヌイよい。
残り雪の馬が現われるなら、男ン衆の表仕事の季節がきたるなり。田の打ち起こしが始まりつろう。裏の庭にもコブシの花が咲いた。大きな花が五十も百も、真白に満開なるよ。田打ち桜と申して、昔からコブシは百姓に田打つ支度せよと知らせるやち。男だちが田の用意をするあいだに、女子等は大豆選り分けて良き種を取り置いたか。味噌大豆を煮るべしよい。味噌は一年中欠かせぬものなれば、これを種播きの前の仕事とするやち。
団右衛門はこの里の庄屋なれば、男仕事の頭領。したら嫁のおめは女仕事の頭やち。テラにもいろいろ尋ねて相談し、名子、子作のかか等、下女だちを使うて、おれがしてみたよにやるがよい。


 

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2009.01.01

新年のご挨拶

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新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

通信の番号も数番端折ってキリのいい1001番としました。はっはっは。
思えば2002年頃だったか、NYの林祐三君の「アメリカ通信」が快調に100番くらい続いていて、私の駄文はその7掛けくらいの内容しかないからと70番と付けたのでありましたな。

新年はいつものようにロビーの散歩から始まりました。
気が付いて、カメラを持ち出して初日の出を撮りました。伊豆大島風早崎の方向です。

そして地元の八幡野来宮神社にお参りに行きました。
長年午前零時にお参りして福銭を拾ったり甘酒を振舞われたりしたのですが、もうそんな元気はなく明るくなってから行きました。

戻ってお屠蘇を頂きました。
いつもおせち料理を作る妻が体調不良もあって<今年は何も作りませんよ>と言っていたのに、写真のように並びました。
いかにも老夫婦の侘びしいテーブルですが、有難いことであります。

TVで高校生の大書道と、間寛平世界マラソンの鴨川スタートを見ました。
午後はサッカー天皇杯決勝があります。
いいお正月であります。

 

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2008.12.30

12兆円の内部留保と派遣切り

ある記事によると(Japan Mail Media)、「有価証券報告書」から拾うトヨタの内部留保額は過去5年分で12兆円を超えるという。
勿論納税、株式配当後の金額である。(ホンダ5兆、ニッサン3兆)

トヨタの派遣切りの人数6000人の年収を500万円としても年額300億円である。12兆円の0.25%。

12兆円は何のための内部留保か?
300億円の節約?はトヨタにとって本当に経済合理性があるのか?
もっと恐ろしい経済情勢を予想していると言いたいのだろうが、そんなに怖いなら事業を止めたらどうか。

雇用調整の是非論はある。
しかしトヨタが先頭切っていま派遣切りすることはあるまい。年の瀬に。ビッグ3の行方が見えないうちに。
キャノンのくそ親父なら判らんでもないが。

社会が企業の雇用調整=若者の首切りを認めるのなら、同時に医療予算の減額、介護レベルの低下、老人年金の減額を認めるべきだろうな。
さもなければ、必ずや若者の反乱が始まる。

 

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2008.12.26

世代間戦争4-予防医学

<たらたら飲んで食べて何もしない人の分の金を何で私が払うんだ>-麻生太郎
<予防にもっと力を入れることによって医療費全体を抑制出来る>-同上

これらの首相発言に対して、特に第2項に対して社会保障法の大学教授が異論を述べている。
(朝日新聞「私の視点」12/26 青学大教授・台豊)
<医療水準が飛躍的に向上して多くの疾病が征服された。その結果、医療費は減少したか?そんなことはない。
例えばかって死因の第1であった結核が克服され、日本人の平均寿命は大きく伸びた。
その結果、延びた寿命に応じた日常的な医療費と、新たな死因-癌や脳血管疾患に要する医療費が発生した。
寿命が延びることによって新たに発生する医療費が、予防によって節約される医療費を下回る保証はまったくない。
これは昔から公衆衛生学の初歩である。>

いま結核に罹らずにすんでいる若者は医療進歩の受益者である。
その結果発生している老人医療費の増大分を、若者は負担すべきか?
難しいなあ。

未熟児・障害児が多く生きられるようになったが、生涯にわたり大きな社会費用が発生する。
どの世代がこの費用負担をすべきなのか?親世代か?同世代か?次世代か?

私は、<医学の進歩はもうなくてもいい>と思っている。
借金で研究してもらわなくてもいい。
苦痛の緩和だけでいい。

 

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2008.12.25

世代間戦争3-「デンデラ」

小説「デンデラ」(佐藤友哉 新潮1月号)を読んだ。
雑誌掲載といっても187ページ・620枚の長編である。

主人公の斉藤カユはアラセブ、70才の老女である。
彼女が山に捨てられるところから話は始まる。
深沢七郎「楢山節考」を引継ぐ姥捨て文学である。

~~~~~~
斉藤カユの『村』には『お山参り』と称される、七十歳を越えた老人は『お山』に棄てられるという決まりごとがあった。名目は労働力のなくなった老人の口減らしだが、『村』では『お山参り』によって老人は極楽浄土に行けると教えられていた。斉藤カユもその決まりごとに従い、『お山参り』をするが、目を覚ました斉藤カユが見たものは極楽浄土ではなく、『デンデラ』。
『お山参り』によって棄てられた老婆たちは山中に集落を作り、長い間生き延びていたのだ。そして『デンデラ』の最古参であり、開祖でもある三ツ屋メイ(100)は、斉藤カユに宣言する。
「まさか私が、ただ安全な余生をすごしたいがために『デンデラ』を作ったと思ってるんじゃないだろうな。(中略)『村』を襲撃する。『村』の眼を逃れてこそこそ生きたところで、どうにもならん。私達を棄てた『村』があるかぎり、のうのうと生きる連中が『村』にいるかぎり、私達は満足できん。『村』への叛逆だ。否定して、壊して、征服してやろう!」
~~~「Blogばべのれ」による要約~~~

姥捨てとは、弱者を切り捨てることによって社会を維持しようとする行為である。
派遣切りは、弱者を切り捨てることで会社を維持しようとする行為である。

「デンデラ」では切り捨てられた弱者である老女たちが、捨てた村を襲撃しようとする。テロである。
佐藤友哉は切られた派遣のテロを予感しているのか?

佐藤友哉は1980年生まれ。28才。これまで三島由紀夫文学賞などを受賞しているというが、私は1作も読んだことはなかった。

若者がこんな姥捨て文学を書く時代なのだ。
年寄りが呆けっとパイプに繋がれて借金を膨らませるに任せていて、いい訳がない。
年寄りよ、しっかりせよ。
しっかりと死を考えよ。

 

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2008.12.24

世代間戦争2-金蔓としての後期高齢者

昨日、年寄りが死ぬと困る人が多いと書いた。
つまり高齢者を金蔓にしている社会勢力がある。

老人は意に反して、あるいは意識を失ってベッドに縛りつけられ、強制的に酸素と栄養をパイプで送りこまれる。
法律はそのパイプを外すことを許さない。
結果として子や孫の世代に膨大な借金を残す。

介護保険制度は介護を家族から社会に移した。
みんな、それは素晴らしいことと思った。今でもそう思っている。
ここで抜け落ちたのが本人の意思である。
多くの人は、自分が借金を残すと知ればある時点でパイプを外すことを望むであろう。
法律はその道をつけるべきなのだが、金蔓を握る勢力がそれを許さない。

かって私は「黒潮丸の涅槃研究会」なるブログを立ち上げたことがある。(05/7)
力及ばずして挫折し、閉鎖した。
3年半たったが、やはりまだ重過ぎる。


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2008.12.22

世代間戦争のこと

私が愛読している「小池信夫blog」に、ショッキングな記事が出ている。
<世代間戦争>

これから生れてくる日本人は、生涯に自分が受取る年金よりも7200万円も多く税金・年金を支払わなければならないという。

当然ながら多くのコメント、トラックバックが寄せられている。
私も次のコメントを書いたが、「禁止ワードが含まれている」として投稿を拒否された。

~~~~~~
私は後期高齢者に近い年令です。

望むらくは、
1.モルヒネなどの痛み止めを、薬局で買える一般売薬にしてもらいたい。
2.老人が楽に死ねる薬を楽に入手出来るようにしてもらいたい。

薬局で買える年令を後期高齢者としたらいいのです。
国の医療費総額は格段に減るでしょう。
今の社会は、国家権力は、人が自ら死ぬ自由を制限しています。死なれたら困る人々が多いのでしょう。
~~~~~~


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2008.12.19

風のガーデン

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連続TVドラマ「風のガーデン」を見た。タイトルにつられて見た。
全11話だったそうだが、殆ど見た。
夜10時からのドラマでは私も妻もとても見られないので、録画して見た。

花の名前をあてるのが楽しみだったが、なんだか、春の花も、夏の花も、秋の花も、みんな一緒に咲いていてすごかった。
富良野で撮ったのだと思うが、富良野がどういうところか知らない。
このドラマの撮影のために数年前からガーデンの造成にかかっていたという。
撮影も花に合わせてのタイミング調整が多かったという。

このドラマのシナリオが単行本になって出ている。
「風のガーデン」 倉本聰 理論社 2008/9刊 337ページ 1680円
またドラマで出てくる花言葉(倉本聰の創作)も本になっている。
「風のガーデン-貞三先生の花言葉365篇」 倉本聰 エフジー武蔵 2008/11刊 385ページ 1300円

癌で死んで行く医師が主人公。
そして主役の1人の緒形拳が撮影直後に死去。

倉本聰はどういうつもりでこのドラマを書いたのだろうか。
緒形拳は撮影中、己の死期を知っていたのだろうか?

 

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2008.12.17

ワークシェアリングと出勤調整

<サブプライムローンによる100年に1度の金融危機がなんぼのものか>と書いたが、じわじわと厳しい。
それで思ったのだが、1929年からの数年間、昭和初期の経済危機、ちょうど私の父の就職期だった。
当時、どれほど厳しかったのだろう?
聞こうにも、もう父はいない。

話は変わるが、かって<ワークシェアリング>という言葉があった。
最近まったく聞かない。どうしたのだろう?
派遣とか請負とか始まって、もう<ワークシェアリング>なんてどうでもよくなったのか?
連合にはそんな気はさらさらないのか。

代わってよく聞くのが出勤調整である。
いろいろ意味はあるようだが、下世話には次の2例である。
1.パート仲間で休日の調整をする。
2.銀座の夜の蝶が、週に2日とか3日しか出勤に及ばずと調整されている。
出勤を増やすには客を連れて行かねばならない。

まず公務員から<ワークシェアリング>を始めたらどうだろう。
すべての公務員は毎月1週間(続けて)の休みをとらねばならないとする。
不正が随分減るだろう。
その間の給与は支払われない。定員はその分増員する。

天下り団体もだんだんポストが減るだろうから<ワークシェアリング>を考えたほうがいい。

 

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2008.12.10

石油の物々交換

ドルに恨みは数々ござる、と書いた。
かって出光はドルがなくて、石油を物々交換で買ったことがある。

1951年、イランは自国の石油を国有化した。
当時イランの石油や施設はアングロイラニアン石油会社のものであり、国際石油カルテルは猛烈に反発した。英国はアバダン沖に軍艦を派遣した。
イランは孤立し、石油は売れず、タンクに石油が溢れた。
イタリアの会社が購入契約を結びタンカーを向けたがたちまち拿捕された。
そんな中で出光も契約を結んだ。そして虎の子の日章丸を派遣して見事に満船の石油を持ち帰った。
1953年、昭和28年5月のことである。
戦後の鬱憤を晴らす見事な行動に、日本中が喝采を送った。
持ち帰った石油を差し押さえるべく裁判が起こされたが、世界中が注目する中で国際司法裁判所は差し押さえの無効を判決した。

こうして出光のイラン石油輸入が始まったが、出光には肝心のドルがなかった。
日本政府は<既に割り当てたドルの支払いは認めるが、新たにイラン積みの石油に外貨は割り当てない>と通告した。
出光には140万ドルの手持ちしかなかった。これでは契約の責任引取量の4分の1しか支払えない。
どうするか。
1954年5月、イラン国営石油会社のM部長が来日し、船、鉄鋼製品、化学薬品、ゴム製品、繊維製品、雑貨など200万ドル分を発注した。
その代金は品物が船積みされるごとに出光が円で立替え払いし、その金額相当分だけ、イランから無為替で石油を輸入するという方式がとられた。バーター貿易である。
(「二つの人生」 出光計助 講談社)

石油のドル決済は米国の世界戦略の重要な柱である。
今次米国がイラクに攻め込んだのは、大量破壊兵器もあった?が、サダム・フセインが石油の自国通貨決済を始めたことも大きな要素であったと聞く。

出光佐三は巨人であった。
出光は元気な会社であった。
いまの日本に、政府に楯突き、アメリカを敵に廻してドル本位制を突き崩す引き金を引く実業人のありや?

 

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2008.12.08

100年に1度の危機-2

先に<サブプライムローン危機がなんぼのものか>と書いた。
ただしその結果現在の国際金融制度(ブレトンウッズ体制)が崩れるようなら、なんぼかのものになる。
私としてはドルの一極支配体制は崩れてもらいたい。

WTCビルの崩壊。
イラクでの実質敗戦。
サブプライムローン危機。
黒人大統領の登場。
こう続けばひょっとするかもしれない。

戦後20年以上、石油の輸入には外貨割当があった。
出光は役人OBは1人も引き取らず、生産調整をはじめ通産行政には徹底して反抗した。石油業法に反対して石油連盟を脱退したこともある。
だから割当には常に泣かされた。
ドルに恨みは数々ござるのだ。

 

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2008.12.06

100年に1度の危機

米国のサブプライムローンに発する国際金融危機は100年に1度の危機だそうだ。
本当にそうか?

われわれは太平洋戦争で原爆を落とされ、戦いに負け、戦死者270万人・民間死者80万人を出し、320万人の民間人が海外から引き揚げた。
人間が月に飛んで行って戻って来た。
高さ528メートルのワールドトレードセンター・ツインタワーが崩落する現場を眼前に見た。
インターネットという通信手段を得た。

サブプライムローン危機がなんぼのものか。

 

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2008.12.05

野球三題

~~~~~~
星野が買った上原に、大リーグから買い手がつかない。
辛いだろうな。

~~~~~~
リーマンブラザーズ。モルガンスタンレー。
そろそろ読売巨人軍はメッツあたりに名乗りを上げたらどうか。

~~~~~~
ラソーダ監督に勲章。
素晴らしい。

勲章はもっともっと沢山世界中に上げたらいい。そんな勲章を沢山作ればいい。
レジョンドヌール勲章はフランス最高の勲章だそうだが、日本人で150人も貰っている。
日本の文化勲章は外国人の受賞者は4人。うち3人はニール・アームストロング船長など3人の宇宙飛行士で、来日時に各国がその最高勲章を贈っていることを知って慌てて文化勲章をあげた。あと1人は文学者のドナルド・キーン氏である。
なお文化勲章には憲法上年金は付けられないそうで、別に文化功労者年金法というのがあってそれで年金が出る。

 

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2008.12.04

裁判員制度-2

わが購読紙の読者投書欄にこんな投書が載っていた。

~~~裁判員の通知に胸が躍る思い~~~
畑仕事をしていると郵便物が届いた。
その中に大きな封筒が一通。差出人は「最高裁判所」。裁判員の候補者に選ばれたのだ。

私は長野の小作農家の長男で、裁判官を目指して上京した。
小学校教員の傍ら、法学部と専攻科の夜学に学んだ。校門前の食堂で一膳飯をかき込んで教室に走る毎日だった。日曜日は答案練習会に参加した。

司法試験はダメだったが、50年後にまたとない機会に恵まれた。81才だが断るつもりはない。
教員として人間を公平に育ててきた経験を生かし、裁判員として役立ちたいと考えている。

今、私はとても胸躍る思いがしている。
~~~無職 匿名 81才~~~

この人は偉い。
この投書を載せた新聞も偉い。

 

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葉っぱのスキャン

TVで見かけた「花のスキャン」の作家を調べ、その本を入手した。
荒木克己 1947年生まれ フリーの映像キャメラマン
「花の小宇宙-スキャナーで見る植物の想像力」(講談社 07・9刊 2730円)


2001年頃より山科植物資料館の協力を得て植物の記録を開始した。
植物の記録としては、1)押し花、2)写真、3)精密に模写するボタニカル・アートなどがあるが、荒木氏の方法は
スキャナーとパソコンを駆使した植物の新しい記録方法として関係者の注目を集めているそうだ。

作品集の写真は<花の曼荼羅>である。
もう、完全にプロの境地で、とてもわれ等の及ぶところではない。

落ち葉の写真は今日わが庭で採取した葉っぱである。
曼荼羅とはいかないが、なんとか葉っぱの写真を加工出来るようになりたいものだ。

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2008.12.01

麻生レベル

最近中学生の間で<麻生レベル>という言葉が流行っているそうだが、さもありなん。

航空幕僚長の論文もいうなれば<麻生レベル>だね。

古閑美保賞金女王とかけて麻生首相ととく。
その心は、
<どちらも前の2人がこけてくれたので成り上がった>

これ自作の<麻生レベル>

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2008.11.30

裁判員制度

心待ちにしているが私にはまだ通知が来ない。

人を裁くことに乗り気でなく、拘束される時間も多分大きな負担になると思うが、一般市民が裁判に関わることになるのは権利の伸長だと思うから、賛成である。

今度の最高裁長官はこの制度を強く進めてきた人だという。いろいろ雑音もあるのに全くぶれないのがいい。

 

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2008.11.28

御前崎で忘年会

1泊旅行の忘年会でありました。
出光OB会静岡支部16名のご一行。
行く先は御前崎グランドホテル。伊東から200キロ。

途中、建設中の富士山静岡空港を見学した。新幹線に覆いをかけて土盛りした空港である。
皆が関心を持つのはただ1点。あの木はどこだ?
滑走路の延長上線の木立が制限高さを超えているとかで、開港が3月の予定から数ヶ月遅れるのだ。
静岡県知事が面子上どうしても頭を下げないのでこじれた。役人上がりだ。
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ホテルは文字通り御前崎の岬の突端に立つ。太平洋に正面に面する。
御前崎灯台がすぐ隣りだ。
この灯台にはたびたびの、いろいろな、思いが重なって、ある。
だいたい近くに寄った時は苦い思い出と重なる。岸寄りは浅い岩場の難所だ。
遠くに望む時は快適に走っている時だが海が広く怖くもある。
霞んで見えないことも多かった。
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宴会で清水地元の人間に中部縦貫道はどうなっているか聞いたら、静岡側からはまだ全然手付かずだそうだ。
若いコンパニオンが来ていたので、そんな道路に税金を払うか?と聞いたら、払わないと答えた。
いずれにしろ彼女たちの世代のものだ。我々はもう払わない。

翌日浜岡原発を見学をした。
30年前、21F艇の船外機が壊れ、大王崎から遠州灘を夜通し走ってやっと御前崎の灯台だと思って近付いたら原発の煙突だった。
あの恨めしさは忘れない。

ついで出光御前崎製造所を見学した。
ここは有機EL(エレクトロ・ルミニッセンス)というものを作っている。
製品の形状はパウダーだ。これを例えばソニーがTV画面に加工している。
油屋のOBにはなんとも訳が判らない。
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最後に掛川城に寄った。山内一豊の居城でもあった。
こじんまりした小さな城だが数年前に天守閣が再建され、いい観光拠点になっている。
同行のTさんの奥さんが城主一族の末裔だそうだ。
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見学づくしの忘年会旅行であった。

 

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2008.11.24

会員名簿

私は<名前が無いのは生きた人間ではない>の立場である。
人間は名前を持ってはじめて人間となる。

わがクラブIGCの会則には、<会員名簿を作成し、会員に配布する>の規定がある。
11年前に今日あるを予測し、敢えてこの規定を入れたのである。
親睦を目的とする組織に会員名簿なくして何の組織ぞ?

先見の明を誇りたい。

 

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2008.11.19

レッド・クリフPartⅠ

昨日は静岡市に行った。
城ヶ崎海岸→熱海が約50分、熱海→静岡が約75分である。節約して新幹線には乗らない。

まず新静岡駅地下の乾物屋に行き、紅茶の大缶を買った。
東京のデパートや明治屋の半額で買える。

ついで呉服町通りの手芸用品専門店”まつなが”に行き、妻に頼まれた琥珀工房用の金具を買った。小さなピン、ヒートン、バチカンの類である。
近年ビーズ細工が下火になり、伊東の店は撤退、東京でも店がなくなったりデパートのコーナーがなくなったりで不便極まりない。
結局”まつなが”頼りになるのだが、値段が上がっているのに驚く。合計で1万7千円にもなった。

昼食は伊勢丹近くの戸隠そばで大天ざるを食べた。ここは静岡に来ると楽しみに寄る店だ。

ちょっと時間があったので谷島屋書店に入った。本屋は楽しい。ネットで探すより何倍も楽しい。

いよいよ本命の講習会である。
県庁で「花咲くしずおかアドバイザー」の講習会があった。講義の演目は「園芸相談におけるアドバイスのコツ」、「病気や虫から花を守る手入れの方法」であった。
特にこの講義を聴きたかったのではなく、たまに花仲間や県庁の係官に顔を見せに行くのが目的である。

終わって七間町のピカデリーで噂の「レッド・クリフPartⅠ」を観た。
日本人俳優が何人か出ている。金城なんとか-◎。なんとか獅堂-×。日本人も中国人も同じ顔をしているのに驚くというか感心した。
音楽が岩代太郎にも驚いた。諸葛孔明と周瑜が共に琴を弾じ肝胆相照らす場面があるが、あの曲も彼が作ったのだったら凄い。
実は岩代太郎はうちの娘と同級生である。
PartⅡも観よう。

往き帰りの車中で「ハイエク」(池田信夫 PHP新書)を読んだ。

とりとめのない1日であった。

 

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無名性・無謬性・無責任

最寄の城ヶ崎海岸駅に手製のチラシが貼ってあった。<尋ね人>のチラシである。
庭に立つ全身像の写真と、「年令:81才」「身長:○○センチ」「居なくなった場所:○○付近」「居なくなった日:10月8日」の記載があった。
それと連絡先として、携帯電話の番号が書いてあった。
<尋ねられる人>の名前も、<尋ねる人>の名前もない。個人情報ということか?

この81才のお婆さんは名前を奪われて人間でなくなった。それとも小さく写っている猫を探している?
尋ねている人は借金取りか?

~~~~~~
役所のする仕事は組織としての遂行であるとして、個人の名前は出されなかった。
例えば領収書の印は役所の公印であり、扱いの個人印は捺されない。無名性である。
役所のする仕事に間違いはないという無謬性の神話は、この無名性に支えられてきた。
そして役所仕事の無責任さは無名性と無謬性に支えられている。
つまり「無名性」と「無謬性」と「無責任」は三位一体である。

今度のテロ事件で、「無名性」の一端が綻びた。
「無謬性」と「無責任」の連帯にも影響は及ぶか?

 

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2008.11.15

パーカー・ポイントと庭の採点

ロバート・パーカーのワイン評点「パーカー・ポイント」のことを知って、庭の採点を志したと書いた。
<庭を採点する>
<庭の採点-リスト作り>

遅々として進んでいない。
そもそもパーカーがどうやって採点しているかも確かめていない。
これではならじと、彼の著書「厳正評価 世界のワイン」を見てみることにした。
調べると大冊全4冊の大著である。25000円である。
県内で静岡市立図書館にあることが判ったので、伊東図書館を通じて借りた。

冒頭50ページに亘る序論があり、そこに評価の意義や採点の方法について書いてある。
そこだけを拾い読みした。少しだけ引用しておく。

~~~~~~
・ワインに点数をつけるという行為は、専門家の見解を、一貫した基準のもと、数字であらわす採点方式に当てはめることにほかならない。さらにまた、点数をつけることで専門家にも初心者にも同じように迅速に情報を伝達することが可能になるのである。

・点数の与え方について説明すれば、私の採点方式ではワインにまず50点を付与することから始める。ワインの一般的な色合いや外観についての評価で最高5点まで加える。アロマとブーケに関する評価では、そのワインの清潔さとともにアロマやブーケの強烈さのレベルと次元によって最高15点まで加える。味わいとフィニッシュに関する評価は最高20点までで、味わいの強烈さ、バランス、清潔さ、深み、口に残る余韻の長さなどがすべて点数を加味する際に考慮すべき重要な要素となる。最後に全体的な品質レベルや、将来成長し進歩する能力(熟成能力)に対して最高10点まで加える。

・完璧な採点方式などあり得ないが、点数は①さまざまなレベルのワインの品質を定量化できる。 ②1人の専門家による信頼できる、正確な、検閲とは無関係な、高度に情報の詰まった報告書になり得る。
~~~~~~

このあと、各産地ごとのワインの評価に入る。
しかし私はそちらにはまったく関心がなかった。
何故なら私はワインを飲まないからである。生来アルコール分解酵素が少ないらしく、缶ビール1本をもて余すほどなので、ワインに関心を寄せる余裕がない。

そこで私は考えた。
私がワインに関心がない如く、庭に関心のない人には<庭の採点>など屁の河童みたいなものだろうなあ。

Winebuyersguide



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アボリジニとアルコール

先日94才の母と我がきょうだい4人、その連れ合いの9人が集まって会食をした。
席上平均年令を計算したら70.9才であった。目出度いことであった。
母は健啖であった。満腹中枢が故障している。
酒の話になり、一番弱いのが長男の私であると衆目が一致した。亡き父に最もよく似ていると。

アボリジニにはアルコール分解酵素が極端に少ないのだそうだ。
オーストラリアではアボリジニ居住区にアルコール飲料を持ち込むことは法律で禁止されているそうだ。

私はアボ系であるか。

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2008.11.13

定額給付金の経済効果

わが家は高齢者の2人暮らしだから4万円給付されるはずである。
この使い道はもう決まっている。早く支給してもらいたいものだ。

実はわけあって、今度我が家の自動車保険料が急騰する。
定額給付金はこの支払いに充てる予定である。

この支払いに経済効果はあるのだろうか?
ちなみに保険会社は外資である。

 

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2008.11.08

ベーシック・インカム3-定額給付金と所得制限

定額給付金が所得制限で揉めている。
どこぞの屋台骨が軋む音が聞こえる。やがて折れそうだ。

選挙対策で1回ぽっきり、1人2万円ばら撒かれる金だ。それですら所得制限が議論になる。
庶民派は当然制限論だ。庶民の方が数は多い。

ベーシック・インカムは2万円どころか毎月1人8万円~10万円を配布しようという思想だ。
全国民一律である。所有する資産も、過去・現在・未来の所得も納税も一切関係ない。
果たしてこんな思想が現実の力を持ち得るのだろうか。
社会主義革命でもない。資本主義革命でもない。でも何かの革命。

中川財務相は所得非制限派だ。彼には鋭いところがあるから案外ベーシック・インカムを意識しているかもしれない。
最近のヨーロッパの社会保障政策にはベーシック・インカム策を横目で睨んだような施策が現れだしているようだ。
どこか1国、チャベス・ベネズエラとかブルネイ王国がベーシック・インカムを実施したら面白い。
たちまち世界は亜チェ・ゲバラの髭で溢れるだろう。

G8はそれぞれどう対応するだろうか?

 

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2008.11.07

庭づくしの日々

このところ庭ことばかりだ。

昨日は皇帝ダリヤの最初の一輪が咲いて、庭巡りバスが来た。
1人のご婦人が「お宅は1000坪もありますか?」と聞く。とんでもない、わが家は150坪だ。
その人の庭は1500坪だそうだ。「平べったくて何にもない。芝生だけ。」と仰る。
確かにわが庭の起伏と、ごちゃごちゃいろんなものがあるのが目移りして広く思えたのかもしれない。
いや、「1500坪」を言いたかっただけなのかな。

バスが来るというので、急遽開花苗を買ってきてあちこちに植えた。
本当はこんなのは恥ずかしいのだ。自然に咲かせなければいけない。
ところがそんな急ぎ花をしげしげと見つめたり、写真を撮ったりしている人がいる。
がっかりする。

1年前に伊豆ガーデニングクラブのホームページをリニューアルした。
それで旧サイトを閉鎖したら、新サイトに影響が出てしまった。
修復の準備に目をしょぼつかせている。

日本さくら草の芽分けを毎年2月1日にしている。師匠にそう習った。寒い盛りである。
今朝の散歩でちょっと足を伸ばして別のさくら草名人を訪ねたら、もう芽分けをやっている。
「私はいつも今頃ですよ。」と言う。
ふーん。
暖かいうちがいいけど、習った師匠に義理もあるし。

今日某誌から庭ことでの原稿依頼があった。
ふふん。

秋の庭巡りバスが終わって、反省会の日程調整があった。

ベランダの木部の塗り替えの準備を始めた。
たくさんの鉢を置いたりぶら提げたりしているから、その片付けだけで大仕事だ。
もっと早くやれば良かったが、9月10月と庭の草取り・整備に追われてそれどころではなかった。
疲れる。

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2008.11.04

読書の日付

一昨年、作家吉村昭が療養ベッドで自らカテーテルを引き抜いて死を迎えたと聞いて以来彼の著作をいくつか読んだ。
その流れで幕末の官僚物-井伊直弼、小栗上野介、川路聖謨、榎本武揚、矢田堀景蔵などいろいろ読み、つい<心情佐幕>、<薩摩憎し、西郷・大久保憎し>の気分になっていた。
そして米沢藩士雲井龍雄の名を知った。「討薩の檄」を懐に幕末を生きた志士らしい。

「討薩」とは面白いじゃないかと読み本を探したら、藤沢周平に「雲奔る-小説・雲居龍雄」があることを知った。
アマゾンで購入しようとして念のためにわが書棚を探したら、そこにあった。
まるっきり忘れていた。早速読んだ。

正直言ってあまり面白くなかった。
忘れたと言ってもどこかに記憶があり、初読の強い印象を弱めるのかもしれないが。
末尾に「昭和58年5月」の日付と、「A、B」の書込みがあった。読んだ日付と、最初のAは面白かったかどうか、次のBは上手いと思ったかどうかのメモである。
25年むかしに読んだ時は、面白さA,上手さBと評価したのだ。
いま付ければB、Cである。25年の歳月がこの差を産んだ。

それで思ったのがアマゾンの書評である。
田舎暮らしには本屋で本を探す楽しみはない。もっぱらアマゾンで本を探して、買うかどうかそこに出ている一般読者の多くの書評を読んで決めることが多い。
ところが近年この書評があてにならないのである。褒めてあるので期待して読んだらがっかりすることが多い。

今回の事件でその理由が判った。
書評を書いているのは20才、30才若い人達なのだ。

だんだん世間が狭くなる。

 

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2008.10.29

ベーシック・インカム-2

月曜のTV番組「たけしのTVタックル」。
テーマは年金問題だったが、番組の最後、終わりがけにたけしが口走った。
「もう面倒だからみんなに10万円づつ呉れればいい。社保庁もなにも要らなくなる。」

最後だからその発言についてのコメントも議論もなく番組はフェイドアウトしたが、これはまぎれもなくベーシック・インカムの思想である。
たけしにベーシック・インカムについての知見があったのか。それとも彼のひらめきか。

参加メンバーのうち2人ほど頷く姿が見えた。
彼らはベーシック・インカムを知っていたようだ。

 

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