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「花僧━池坊専応の生涯」 澤田ふじ子 1986 中公文庫 980円
「空蝉の花━池坊の異端児・大住院以信」 澤田ふじ子 1990 中公文庫 1000円
「天涯の花━小説・未生庵一甫」 澤田ふじ子 1989 中公文庫 940円
「華術師の伝説━いけばなの文化史」 海野弘 2002 アーツ&クラフト 2200円
「前衛いけばなの時代」 三頭谷鷹史 2003 美学出版 3000円
「華日記━昭和生け花戦国史」 早坂暁 1989 小学館文庫 760円
「巨億の構造━華道家元の内幕」 渡辺一雄 1986 光文社文庫 420円
この2年間に私が読んだ華道界に関する書物である。
ここに並べた順は扱っている時代順である。発行年は単行本としての初刊年であり、文庫本としての初出年ではない。
「巨億の構造」以外は現在入手可能である。「巨億」は古本で入手した。
ガーデニング&ガーデンデザインに関心のある私が華道の本を読んだのは、「茶会記」「立花図」への関心からであった。
年年歳歳花変わらず、歳々年々人同じからず、というが、実は花は変わるのである。庭の花、花壇の花は、その年の種苗の入手や気候や手入れによって種類も咲き具合も異なる。また連作忌避ということもある。ある時の花は、その時だけの花である。
ある客を迎えたオープンガーデンにどんな花が咲いていたか、これは記録すべきではないかと私は思った。
最初に思いついたのは「茶会記」であった。茶会は「茶会記」を残す。
客。床。釜。香合。花入。茶入。盆。茶碗。茶杓。会席-汁、刺身、めし、煮物、菓子・・。
例えば手元にある「裏千家茶道教科-茶会記百選」を開けば、千利休、信長、秀吉、武野紹鴎、小堀遠州などの茶会を今に瞼のうちに見ることが出来る。わが国の文化の中でも際立った宝物である。
そして「茶会記」から「立花図」に思いが至った。
「茶会記」「立花図」「ガーデン植栽図」はとりあえず置いておいて、これら書物の感想を書いておきたい。
澤田ふじ子の3部作は小説である。小説でしか書けない世界である。あまりに資料が少なく歴史書としてはまとめようがないのではないか。
池坊中興の祖といわれる専応は室町の人。池坊の名代として江戸に上って(下って?)10年遂に法院継承ならなかった以信は江戸初期の人。池坊と天下を2分するといわれた未生流の開祖一甫は江戸後期の人。
資料は殆どない中で、7割8割が澤田ふじ子の創作であろう。大変な筆力だ。彼女の小説をこの3部作で初めて読んだが他にも膨大な(100冊もの)小説を書いている。どこでそんな力を培ったのだろう。いつ資料を集めるのだろう。すごい人だ。
それにしても<立花図>の存在の大きさを思う。
なぜガーデニングフェアの花壇やコンテナやハンギングコンテスト入選作の植栽図なきや。
「華術師の伝説」海野弘
生け花に関して神話の時代、記紀万葉から説き起こして明治20年代までの記述である。
著者は特に華道の縁者ではなくジャーナリストであり(既に10数冊の著作があって文筆家、評論家といっていい)、非常に幅広い視点から生け花を見ていて、この著は華道界を大いに裨益したのではないか。
それにしても池坊、古流、遠州流などの起源から説き起こし、家元制度(企業化)の確立には不立文字では駄目でテキストの存在が必須だとの指摘はあらためて納得させられた。もっと近代の華道各派の角逐などを知りたかったのだが、それはこの書の対象外であった。
「前衛いけばなの時代」 三頭谷(みずたに)鷹史
なんとなく「前衛いけばな」とは戦後の産物のように思っていたが、この書によると祖は1933年の「新興いけばな宣言」に求められるという。重森三玲が呼びかけ、宣言を発し、「日本新興いけばな協会」設立を目指したが、結局実現しなかった。
重森三玲は庭園史研究の重鎮であり造園家 でありいけばな研究家である。そして予定メンバー6人の中に若き日の勅使河原蒼風も入っていた。宣言草稿には、「懐古的感情を斥ける」「型式的固定を斥ける」「道義的観念を斥ける」「植物学的制限を斥ける」「花器を自由に駆使する」などの文言が入っていた。全体としてまさに革新的であり、「植物学的制限の撤廃」、「花器の自由」は前衛いけばなの本質となっていった。
新興協会は実現しなかったが重森三玲は1949年にいけばな批評誌「いけばな芸術」を発刊する。
・・・・・と続くのだが、著者はこれらの古典文献から当時の雑誌、週刊誌、いけばな草月などを丹念に読み込んで歴史を追ってゆく。きっちりと腰の据わった力作である。
そして関心の焦点を蒼風の彫刻家としての活動、海外での評価に当てていく。蒼風は1961年フランス・レジオン・ドヌール勲章受賞を始めとして66年には米・二十世紀博に「世界の彫刻家20人展」に招待される。三頭谷(みずたに)はこれらを蒼風に対し積極的に評価するが、国内のいけばな界はその頃から前衛の時代ではなくなっていくのである。
三頭谷(みずたに)は美術雑誌記者のジャーナリストでありこれまでにまとまった著作はないが、この著をもって美術評論家の一角を占めたのではないか。
それにしても小原豊雲、安達潮花などのその後を書かなかったのは物足りない。華道界に深入りすると本の売れ行きに障ると思ったか。
「華日記━昭和生け花戦国史」 早坂暁
面白い!
放送作家早坂暁が一時「生け花新聞」の編集長であり生け花評論を書いていたとはまったく知らなかった。しかし放送作家として売れっ子になったからこそ華道界についてここまで書けたのであろう。前述の海野氏、三頭谷(みずたに)氏では営業的にとても書けない世界だ。
本書は草月流、小原流、安達挿花、池坊について、終戦直後のスタートから次代への跡継ぎ騒動までをきっちりと書く。草月流の脱税摘発事件から霞の出奔と妻子ある男性との結婚、池坊のお家騒動、安達瞳子の家出と独立、実に面白い現代史だ。われらから10年くらい上の世代までの特に女性にとってまさに同時代史であり、こんなに面白い読み物はないのではないか。
小学館文庫(760円)でまだ入手可能である。ぜひご一読をお勧めする。
「巨億の構造」 渡辺一雄
池坊は室町時代に発し、華道諸流派すべての家元を自負する。
先代は早く亡くなり現家元専永は未だ幼く、長く家元不在の状態が続いた。この間池坊の組織を担ったのが専永の叔父山本忠男であった。彼は華道とは縁がなく、もっぱら事務屋として政治家として組織の維持・拡大に働く。しかし古く、巨大な金の流れる世界だけに陰謀が渦巻く。そこに池坊保子が嫁いでくる。
この書は池坊のお家騒動、専永の浮気騒動を扱ったキワモノ小説である。
特筆すべきは池坊保子が「解説」を書いていることである。