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2019.08.02

小さなナイフ

190802knifestanding
夢を見た。
どこかヨット乗りの集まりに出席していた。
鳥羽パールレースの前夜祭みたいな雰囲気だった。
まわりに知った顔が無かった。
自己紹介が始まったが、84歳はいかにも場違いだった。居るべきでなかった。
自分の番が来る前に退席した。
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鳥羽パールレース。志摩五ケ所湾から江の島まで180マイル。国内有数の長距離レースである。
それが去年と今年続けて、台風予報で運営本部の判断で中止された。
誰かが「昔は参加するかしないかはすべて船長判断だった。いまはすべて本部だ、」と嘆いた。
私も同感だ。レーススタートの判断は各艇であるべきだ。
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いつからこうなったか。
1991年末のグアムレースでの「たか号」の遭難からだろう。
荒天下レース艇「たか号」は転覆し、乗員7名は海に投げ出され、6名がライフラフト乗り移った。
しかし食糧と救命用品のすべては失われ、狭さと寒さと飢えの中で漂流が始まった。
乗員は次々と死んでいき、17日目についに1人となった。
残った1人佐野三治氏はそれから10日を生き延びて救助された。
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遺族の一部はレース主催者である日本外洋帆走協会(NORC)を「判断ミスによりレースを挙行し死者を出した」として訴訟を起こした。
長い裁判になったが結局NORCが400万円を支払って和解となった。NORCは勝訴としている。
我々NORC会員は裁判費用として年会費を上乗せして支援した。
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「勇者たちの尊厳のために」 石原慎太郎  NORC機関紙Offshore所載
なによりの悲劇は、世間はむべなるかなと思うかもしれぬ遺族たちの提訴に、実は誰よりも一番不本意を感じ、それをもたらした食い違いを歎き、恥ずかしく思っているのが、他ならぬあの遭難で海に死んだ者たち、遭難者自身であるということに違いない。
参加する船がいかに数多くとも勝者はただ一人という、ほとんど無償に近いオーシャンレースに私達があえて出かけてゆくのは、自分という人間の実在を自らに向かって証明するためであり、そこでかち得る高揚と満足充実をいかなる肉親にも与えることなど出来はしない。
彼を愛する者たちにできるのはただ、彼らが海で味わう充足への共感でしかないが、その限りでこそ孤独な行為者である彼らもまたけっして孤独ではないといえるのに。
死者たちの勇気ある者としての栄光と尊厳を、一体誰が金銭をもって計量出来るのだろうか。死者はもうけっして蘇りはしない。なのに、なおまた彼らから一体何を奪おうとするのだろうか。
我々はなにゆえに彼らを愛したかを、もう一度自らに問いなおすべきに違いない。死者をやすらかに眠らせるためにも。
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佐野三治氏を三河みとマリーナに招いて講演してもらったことがある。
最後に、「ポケットに何があったら一番嬉しかったでしょうか?」と聞いたら、「ナイフです。」と答えた。
以来、私は常に身近に小さなナイフを置いている。

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