「安楽死を遂げるまで」
オランダの死因3〜4%は安楽死。「死に方」を考える
本書は欧米で活躍するジャーナリスト、
宮下洋一氏が自殺幇助団体の代表であるスイスの女性医師と出会い 、 欧米の安楽死事情を取材しながら死をめぐる思索を深めていくノン フィクションだ。 実際に自殺幇助の現場に立ち会った著者は、
ヨーロッパ人の強い自我に衝撃を受ける。 安楽死はオランダの死因の三~四パーセントだと言われても、 日本人である著者はその数に驚きを隠せない。 取材を進めるうちに著者は、病による苦しみを抱え、 安楽死を望み、 自ら死んで逝く人々のまなざしのなかに包み込まれていく。 荘厳な個の最期に同情の入り込む余地はなく、 彼岸へと去っていく者によって此岸に立つ不安を覚える。 スイス、
オランダと当事者たちとの対話を重ねるなかで著者は次第に「 安楽死を選べる」ことによって「死を選択しない自由」 が生まれることを知る。 多様な死に方のオプションがあって初めて人は「生きること」 を自らの意思で再選択できるのでは、と。 思えば命は自然からのギフトだ。あたりまえに享受してきた「生」
に限りがあると知るとき、人はもう一度能動的に、 命をつかみとらねばならず、その瞬間から新たに「生きる」 という行為が始まるのかもしれない。本書は「安楽死を望む人々」 を取材しながらも、誰もがそれぞれの「死に方」をもっている、 という人間存在の多様性へと啓かれていく。死に方とは「生き方」 なのだった。 欧米を回った著者は日本に戻り、
安楽死に関わった日本の医師たちのその後を追う。 西洋から東洋へ。ふいに文章のトーンが変わり、 読者は曖昧な薄暗い世界へ引き込まれていく。 終末期における医療現場の混乱、対話の不在が露呈する死の臨床。 救いはないのか。 しかし、著者の優れた共感力は、
薄皮を剥ぐように医師の内面へと迫る。 次第に日本的な死生観が医師の語りを通して顕現してくる。 その思いは著者にではなく、 苦境を支えてくれた地域社会に向けて独白のように語られるのだっ た。著者は、 医師たちのモノローグの中に彼らと自分のつながりを敏感に感じ取 っていく。 西洋をていねいに取材してきた著者の結論は、
実に予想外であった。終章に著者は記す。 西洋的文化の中で見失っていた「生かされて、生きる」 感覚を日本での取材を通して発見した、と。これは、 西洋を体験した著者だからこそ探り当てた東洋の真珠であると思う 。著者の目を通して、 読者もまた西洋と東洋の死生観を俯瞰することになる。
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