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2018.10.11

豊洲市場

今日豊洲市場の開場だという。
まずは芽出度い。
 
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この写真は1992年11月の撮影である。
私が立っているのは出光江東油槽所の岸壁である。ヨットは我が愛艇「ウインデイ・ホリデイⅡ」号。
 
対岸は東京ガス豊洲工場、既に上物は撤去されている。
ここが汚染土を除染して?豊洲市場となった。
 
出光用地は有明の森につながっていく。
 
 
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黒潮丸、57才。

2018.10.09

「惜櫟荘だより」

作家佐伯泰英に随筆「惜櫟荘だより」がある。
 
佐伯泰英は「居眠り磐音江戸草紙」シリーズなどで知られる時代小説作家である。
出版不況の折から時代小説の出版もままならない中で、毎月<書下ろし時代小説>を文庫本で発行するジャンルを開発し、ベストセラーを連発している。
もともと文庫は単行本として世評が確立したものをアーカイブとして収めるものであった。書下ろし時代小説は文庫本に最もそぐわない。
だから佐伯は自らを卑下して月刊文庫家と自称する。
 
 
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~~~惜櫟荘の修復~~~~~~~~~
その佐伯が仕事場として2003年に熱海に別荘を購入した。1930年代に開発された伊豆山の別荘地である。
眼の前の相模灘の眺めや豊かな自然に充分満足していたが、ある時隣りの岩波家の別荘が売りに出されると聞いた。
初めて行ってみるとそれは素晴らしい建物であった。1941年岩波茂雄が吉田五十八と組んで建てた近代数寄屋の名建築「惜櫟荘」であった。
 
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これを壊してはならない、と佐伯は「惜櫟荘」を入手し完全修復を志す。
解体し、すべての部材を保存して復元する。東大寺ばりの修復工事であった。
その過程を毎月岩波の広報誌「図書」に連載したのが「惜礫荘だより」である。
2014年、日本建築学会文化賞を受賞した。
 
~~~中銀ライフケアマンション第三伊豆山~~~~~~~~~
熱海に老人ホームを探す中で、「中銀ライフケアマンション第三伊豆山」に行き当たった。
「中銀ライフケア マンション」は老人ホームではなく分譲マンションであるが介護機能を持っている。熱海に10ヵ所ほど展開している。
その中の「第三伊豆山」に着目して訪ねたのだが、これがまた最高の立地と施設であった。
眺望は真鶴半島から錦ヶ浦まで殆ど170度ひらけ、エントランスやロビー、食堂は一流ホテルの如くである。
そこの最高の1室はさすがに高い値段を付けていたが、「300万ほど下がらないか」と言ったら「検討する」との返事だった。
 
慌てましたね。
よくよく考えたらこれからの老残の姿をあのロビーや食堂に毎日運ぶのはどんなに気疲れすることだろう。
結局断った。
 
第三伊豆山と惜櫟荘は直近の場所であった。
 
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相模灘に黒潮は流れない  黒潮丸
 

2018.10.03

老々介護―クレカの暗証番号

~~~9月30日~~~~~~~~~
仔細あって小樽港から伊豆高原に帰ることになった。
千歳空港に着いたのが12時前、既に関空あたり向けは欠航になっている。鉄道も計画運休とやら。
 
ANAの自動発券機に並んで入力してみたら羽田行き13時30分に空席があった!
これはラッキーと入力を進めていったが最後にクレジットカードの暗証番号を聞かれた。
え?
クレジットカードに暗証番号があるとは知らなかった。それを入力しないと購入出来ない。その機械は現金では買えない。
そもそも暗証番号とは何ぞや?
 
仕方なく発券窓口に並んだが長蛇の列である。
1時間半立ちんぼで並んでやっと順番が来た時にはもう30日の切符は無く、翌1日の8時半の切符となった。
 
ホテルをとらねばならない。
千歳ステーションホテルというのに電話したら喫煙ルームならあるという。
難色を示したらシングルの最後の1部屋ですよというので仕方なくそれをとった。
悲惨であった。
 
~~~10月1日~~~~~~~~~
早起きして7時前に空港に着いた。
それで11時30分発を確保した。
 
 
千歳の空は晴れていた。羽田着13時半。
京急で品川に向かおうとしたら運休。 
結局蒲田まで戻って品川に行き、新幹線で熱海、伊豆急線で城ヶ崎海岸に着いたのが16時45分であった。
 
帰宅してすぐに我が「MY PWリスト」を見たら、ちゃんとクレジットカードの暗証番号が書いてあった。
私は暗証番号を忘れていたのではなく、クレカに暗証番号が存在すること自体を忘れていたのであった。
 
~~~総括~~~~~~~~~
ANAの自動発券機にちゃんと暗証番号を入れさえしたら30日の13時半に乗り、京急のストップも無く帰宅出来たのであろうか。
スマホで航空券を買えるようにしてあれば、1時間半も並ばずに切符を入手出来たのだろうか。
今回の私の災難は老人呆けが無ければ回避できたのだろうか。
 
私は必ずしもそうは考えていない。
並みの人の行動だったと思っている。
そして老人が人並みに動いて無事に帰宅出来たことを喜んでいる。
 
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老々介護シリーズは家人の意向により中断します。    黒潮丸

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