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2018.04.29

書は人を現すか

私が須賀敦子フリークであることは何度も書いた。
彼女の文章を10行も読むともうめろめろになってしまって、先を読み続けられなくなる。
 
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我が書棚の須賀敦子である。
殆どを出版直後に買っている。唯一「ヴェネツィヤの宿」だけが文庫本なのが残念だ。
 
今年、彼女の没後20年とあって新たな出版が続いている。
中に詩集「主よ 一羽の鳩のために」があり、冒頭に彼女の手書き草稿の写影があった。
 
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彼女の文字に触れて、私はまたしても胸が一杯になるのであった。


 
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伊集院静の「文字に美はありや」を読んだ。
 
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王羲之から顔真卿にはじまり​空海、鑑真、信長、秀吉、利休、芭蕉、細川ガラシャ、大石蔵之助、武蔵、松陰、晋作、竜馬、隆盛、漱石、鴎外、志ん生、談志、ビートたけし・・・・と、ありとあらゆる人物の書を引っ張り出して論じている。文芸春秋に2014年1月から2017年4月まで連載されたというが、延べ何人になるであろうか。
すべてに書の写真が出ている。これが凄い。文春の力であろう。個人の著作でこれだけは集められない。
 
伊集院静といえば大流行作家であり、作詞家であり、過去にはTVCMのディレクターであり、妻夏目雅子の没後アルコール中毒となり、博打に入れ込み阿佐田哲也を先生と称して全国の競馬場、競輪場を追っかけ巡り、と我らからすれば破天荒は生活を送ってきた。
その生活の中で書に関してこれだけの蘊蓄を如何にして蓄えたのだろうか。信じられないほどである。
偉いものだ。
 
この本の題字はご本人が書いたものだそうだが、これはそれほど恐れ入らない。
 
伊集院静と書との取り合わせで、同じ帰化日本人作家立原正秋の「日本の庭」を思い出した。
 



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