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2017.10.15

子規と漱石の漢詩

先信で「子規は漢詩のルールを覚えられなかったから俳句に逃げたのだろう。」なんて書いて大恥を晒した。
所詮私は文墨の士ではない。
 
子規と漱石は慶応3年(明治元年)の同年生まれである。
2人は同じ下宿に暮らすほど親友であった。
 
~~~子規~~~
 
夏目漱石の伊予に之くを送る
 

去(ゆ)けよ三千里
君を送れば暮寒(ぼかん)生ず
空中に大岳(たいがく)懸かり
海の末に長瀾(ちょうらん)起こる
僻地交遊少なく
狡児(こうじ)教化難からん
清明に再会を期す
後(おく)るる莫かれ晩花の残(そこな)はるるに
 
明治29年1月、正月で帰京していた漱石が任地の松山に戻るのを子規が新橋駅に送った時の作という。
このあとすぐ子規は脊椎カリエスを発症し以来癒えることがなかった。
 
~~~漱石~~~
 
客中春に逢いて子規に寄す
 

春風 東皐(とうこう 東の丘)に遍き
門前 碧蕪新たなり
我が懷は 君子に在り
君子 嶙峋(りんじゅん 険しい山)を隔つ
嶙峋は 跋ゆ可からず
君子 空しく穆忞(ぼくびん 純粋な心)
悵望(ちょうぼう 嘆く)するも 就く可からず
碧蕪 徒らに神を傷ましむ
憶う昔 交遊の日
共に 管鮑の貧しきを許しき
斗酒 乾坤を凌ぎ
豪氣 星辰に逼る
 
松山に戻った漱石はすぐに熊本に転任になる。
これは熊本から子規に送ったもの。
 

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