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2017.03.21

ヨット免許反対運動

~~~ヨットの免許~~~
昭和40年代後半の頃だったか、ヨットの「操縦免許」の話が飛び出し大騒ぎとなった。
 
それまで自然の風を利用して自由に動くこと、道の無いところやレールの無いところを自由に帆走することこそヨットの本質と考えていたヨット乗りにとってそれは青天の霹靂の大事件だった。
一体何事ぞ?
 
よく聞いてみれば免許は「動力船」に対するもので、セールだけで走る「ヨット」には適用されないものと分かったが、それにしてもショックは大きかった。
当時「ヨット」といえば殆どディンギーを指し、キャビンを持ちエンジンを備えた「クルーザー」は普及し始めた矢先であった。
エンジンも小馬力で、港の出入りだけに使用する「補機」と呼ばれた。ヨット乗りはいかにエンジンを使用しないで航海するかが尊ばれた。
少し時期は遅れるが、東大船舶工学の教授でヨット「どんがめ」号のオーナー渡辺修治氏が日本一周航海で軽油を70リットルしか使用しなかったことが美談として伝えられた時代であった。
 
~~~反対運動~~~
澎湃として小型船舶操縦士免許に対する反対運動が沸き起こった。
 
 ・スポーツに免許とは何ぞや
 ・水泳やスキーや乗馬に免許を要求するのか?
 ・世界中にヨットの操船に免許を課している国は無い!
 ・免許を取得してもヨットは動かせない
 ・試験にヨット操船に関する内容は全く含まれていない
 
特に舵誌で連載が始まったばかりの「きゃびん夜話」(著者田辺英蔵氏、熱海後楽園社長、「蒼龍」号オーナー)が舌鋒鋭く反対運動の先頭に立った。
ビギナーだった我々も大いに悲憤慷慨したのだった。
まだネットの無い時代である。何で反対意見を表明したのだったか。
仲間内で息巻いていただけだったかもしれない。
 
何か当時の資料はないかと探したが40年以上昔の話で見付からない。
「きゃびん夜話」の中にあると思うが、20年以上にわたり連載されたエッセイでKAZI誌の中から探し出す気力がない。
わずかに日本財団の広報誌「マリーン・エンゼル」に次の一節を見付けた。
昭和四十年代に次第に導入されつつあった小型船舶操縦士制度は、初め自己責任に於いて何の支障もなく海を楽しんでいる我々(私自身も含め)にとっては、煩わしく面倒な法律(資格制度)と思い、導入時に於いて強力な反対運動をした記憶がございます。今となって見れば、様々なプレジャーボートの出現は、海難、水難防止上から、この制度は誠に時期を得た相応しい免許制度だと思うようになってまいりました。  愛知県ヨット連盟安全指導員 中野昌男>
 

お上は強い。
はじめ反対仲間だった漁師には自動的に免許が付与されることになり、戦列を離れた。
私自身が資格免許を取得したのは昭和51年3月である。たしか取得期限が昭和52年だった。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
免許にはまず反対したい  森下一義
 

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