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2016.12.20

孫が来た

∞∞∞2016/12/16∞∞∞∞∞∞∞
~~~孫の手~~~
千葉から孫が来た。
娘の次男で高3のA君が学校推薦で上智大学理工学部に入学が決まり、久しぶりに時間の余裕が出来て来てくれたのだ。
 
早速孫の手を借りた。
まず家じゅうの照明器具を見て回り、電器屋に行って器材を買った
これまで3年毎くらいに蛍光管を取り換えなければならず、これが高所作業で危険で億劫になってきたのだ。
しばらく前まで照明器具ごとLED用に換えなければならなかったのが、今は電球だけLED電球に換えられるようになっている。
一部は器具ごと換えねばならないのもあった。
 
電器屋での品選びに1時間かかった。
そして帰宅しての取付にも大汗をかいた。
彼とて電気器具に知識はないが身軽さがある。爺の経験と組んでなんとかやり遂げた。1時間半。
これで当分蛍光灯のチラつきにストレスを感じないですむ。
 
翌朝はもっぱらスマホの勉強だった。
妻から山ほど質問が出て、それに対応してもらった。
溢れたアプリを整理したり、大変だっただろう。
私はLINEの手ほどきを受けた。アプリはあるのだが使ったことがない。
入ってみるとアプリ側から30―40人の友達候補を挙げてきたが、LINEで話したいほどの人は居ない。どんどんブロックして結局残ったのは子や孫など6人だけだった。
面白くもなんともない。
 
~~~案内~~~
久し振りに来た孫なので近隣を案内した。
 
来豆当日は門脇灯台とつり橋、ぼら納屋に行った。金目の煮付が旨かった。
ヤマダなど電器店での買い物。
夕食はわが家で鮟鱇鍋。夫婦2人だと鍋にしてもつまらない。若者が来て張り切って鍋にした。
 
翌朝八幡野来宮神社に御礼参りして稲取漁港の朝市に向かった。
振舞い酒ならぬ振舞い味噌汁をご馳走になる。
 
昼食は回転寿司で、あと伊豆高原駅で見送った。
妻が稲取で買った花束(カーネーション)を土産に渡そうとするが固辞される。
来るときは各駅停車で来たので新幹線の切符を買ってやり、帰宅報告を待ったがさっぱり連絡が無い。
聞けば秋葉原に寄って買い物をしていたという。
若者はこんなものだ。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
孫満喫の  黒潮丸
 

映画「海賊と呼ばれた男」を観た

∞∞∞2016/12/13∞∞∞∞∞∞∞
映画「海賊と呼ばれた男」を観た。
ちょうど車検の日で代車で山越えして三島の映画館まで行ったので、<年寄りが事故して傷つけた!>と言われないように気を使って疲れた。
老年の哀しみである。
 
出光佐三を映画で岡田准一が<国岡鉄造>として演ずる。
老けづくりしているといえばその通りなのだが、「永遠の0」から思えば随分年令をとったなと感慨深い。
門司港での機帆船への燃油売り込み、満鉄へ車軸油の納入、戦後引揚者の全員受入れ、ラジオ修理、タンク底油の回収、日章丸アバダンへ、と我ら出光社員には何度となく語られた歴史が綴られる。
 
私は昭和33年入社で、28年の日章丸のイラン原油積取りから5年後だった。
我々を直接指導してくれる先輩は皆中国や南方からの引揚げ者であり、タンク底の経験者だった。
筋金入りの出光人だった。
彼らから見ればイラン原油以降入社の我々は異人種であっただろう
 
私の入社当時、出光は会社の業種分類で<商社>であり<石油業>ではなかった。
私は伊藤忠商事を目指していたのだが直前になってゼミの教授から「出光に行ってみろ」と言われ、映画に出てくるあの歌舞伎座隣の出光ビルに行ったのだった。
それ以降の私の出光における事務所遍歴は次の通りである。
昭和通り4丁目-歌舞伎座隣出光ビル
仙台東一番丁―国分町
八重洲埼玉銀行ビル
皇居前パレスホテル
帝劇ビル
千葉栄町給油所2階
神戸新開地給油所2階
清水駅前-清水支店
静岡駅前―静岡支店
青山一丁目-東京支店
帝劇ビル
三河御津マリーナ
事務所の由来や環境を書き綴ればそのまま物語りになるような華やかな事務所遍歴である。
これにも佐三の個性が反映していると思う。
 
出光佐三を描く映画はこれが初めてではない。過去何本も出来ている。
佐三のどこが映画になる魅力なのだろうか?
 
現在の孫正義が、ホリエモンが、三木谷浩史が映画になる日が来るのだろうか?
 
岡田准一
 
出光佐三
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
謦咳に接した世代の 森下一義
 

2016.12.11

花八つ手 ほか近況

~~~吹き矢~~~
先日ガーデン関係先の集まりで「吹き矢」の講習があった。
力一杯息を吹くのは爽快だろうと思って参加してみた。
 
初めての体験だった。
それなりに作法らしき手順もあり、奥は深いのだろうが、意外に口先だけで軽く飛び出し、腹式呼吸という感じがなかった。
続けることはなさそうだ。
 
 
~~~大きな鯛~~~
巨大な鯛の写真である。駿河湾。
 
 
~~~重岡先生~~~
彫刻家の重岡先生から来年のカレンダーを頂いた。
例年頂くのだが、今日は先生ご自身がわが庭に持参して下さって、恐縮した。
 
 
~~~花八つ手~~~
庭で伐った花八つ手
 
 

Spirit of Yuko 号

~~~多田雄幸~~~
白石康次郎の<Spirit of Yuko>の艇名は、彼の師匠多田雄幸氏の名を承けたものである
 
多田雄幸(1930/4-1991/3)はタクシードライバーのセーラーであった。
ヨットにとりつかれ、油壷界隈でヨットを自作して乗っていた。
係留契約などはしたことがなかったのではないか?
気さくでひょうきんな人柄がまわりにそれを許した。常に下手なサックスを手放さなかった。
 
自作艇は金が無いことから<オケラ>と名付けられた。<オケラ3世>で太平洋横断を果した。
ヨットオーナー西堀栄三郎の知己を得、スポンサーを紹介されたり植村直己との縁を得たりした。
1982年、<オケラ5世>で第1回アラウンド・アローン世界一周レース(BOC)に参加し、クラスⅡで優勝。
彼のサックスは世界の港に響いた。
白石康次郎はそのニュースを聞いて東京駅から公衆電話をかけて弟子入りした。
 
1990年、今度はスポンサーを得て自作ではない艇で第3回BOCアラウンド・アローンに参戦したが、途中シドニーで棄権、その地で自殺した。
 
 
 

​白石康次郎と多田雄幸
 
私には多田雄幸の自殺は金の悩みだったと思われてならない。
そもそもタクシードライバーにヨット生活は無理なのだ。
スポンサーの期待に応えられず途中棄権した自責の念に耐えられなかったのだろう。
 
白石康次郎君もリタイアを決める時には師匠のことが強く念頭にあったに違いない。
それら一切を含めてあの表情なのだ。
しかし彼は師匠以上の強さを持っている。 そう信じる。
 
~~~~~~
 
実は私の艇にYさんというタクシードライバーのクルーがいた。
長文だがお時間のある方はお読みください。 http://usedboat.jp/Log/log-mr.Y.html
 

白石康次郎のリタイア

~~~デスマスト~~~
ヴァンデグローブ単独無寄港世界一周ヨットレースに参加していた白石康次郎のSpirit of Yuko号が南ア沖でマストが折れリタイアとなった。
康次郎の無念、いかばかりか。
 
Spirit of Yuko号
 
この海でマストが折れた
 
折れたマスト  第2スプレッダーのあたりという   位置はケープタウンまで200マイル
 
ケープタウンに入港するSpirit of Yuko号  危険を冒して1人でマストに登り艇をここまで立て直した
 
レース参加証を手にする笑顔の康次郎  ここに至るまでの苦労がどれほどであったか
 
万斛の涙をのみ、痛哭の決断をした男の顔  ケープタウン沖
 

手元供養塔

~~~重岡建治~~~
重岡建治さんは伊東市が生んだ偉大な彫刻家である。
何大学も出ていない、何何賞もとっていない、何何何会に所属してもいない。
だけど伊東市民みんなに愛されている。
 
 
だからといって単なる地方作家ではない。
作品は東京なら聖路加病院にもあるそうだし、汐留のシオサイトのも素敵だ。(この写真は2004/01に私が撮った)
北京のオリンピック記念公園にも、東北の被災地にも・・・・、全国から依頼される。
 
 
今日は市内のあちこちにある重岡作品を巡るツアー(伊東自然歴史案内人会主催)に参加した。
商店の店先に、通りの目印に、市役所に、学校に、これまで知らなかった作品が数多く設置されていた。
 
重岡さんは戦後満州からの引揚げ者で、竹を伐って鳩笛を作って神社の境内で売ったのが彫刻の始まりだという。
そんな重岡さんを伊東高校の同級生をはじめ街の人みんなが応援して育てた。
その証が街じゅうに見られる作品群なのだ。
 
お菓子屋さんの店先の十二支、丑と寅。毎年1つづつ作ったそうだ。
 
集大成が松川の河口にある「なぎさ公園」だ。17体もの作品が並んでいる。
もっと増やして「なぎさ彫刻公園」と名前を変えようとの運動が起きている。
 
 
三浦按針がこの場所で建造した帆船ベンチューラ号
 
10数年前に入手したわが家の宝物
 


​~~~東海館~~~
ツアーはとんでもなく遠くまで歩くので、年寄りの私は中抜けして東海館に寄った。
かっての名旅館「東海館」を市が買い取って交流・観光の拠点にしている。
ここの2階にある重岡さんの作品展示室を見た。
 
 
折しも将棋の女流名人と伊豆名人の対局や、伊東温泉お座敷文化大学の修了式があったりして賑やかだった。
 
後ろの屏風の前に見えるのは芸者の数が少ないのを補うダミー人形である。結構有効である。
 
~~~手元供養塔~~~
わが家は1人娘を嫁に出したので墓守が居ない。
考えてこんなものを作った。名前を「手元供養塔」と名付けた。
中に遺灰を入れる筒がある。娘もこれなら置いてくれるそうだ。
重岡さんに制作を依頼した。
 
 

元伊勢丹のセールスマン

~~~定期健診~~~
2ヶ月毎に近くの病院に行くことは先日書いた。
逆流性胃炎などの薬をもらうためである。
 
この時に糖の検査もする。何年も引っ掛かったことがない。
今日医者が「問題ありませんね。もう検査をやめますか?」と言ったので慌てた。
「いや、この検査を受けるために健康管理をしているんです。」
「そうですか、じゃあ続けましょう。」
 
血圧は138―80であった。
 
~~~禁句~~~
私は長年、私の船の上では次の3つの話題を禁句としてきた。
1.病気の話
2.金儲けの話
3.女の話
 
見ぬもの清し。病気の話から遠ざかっていたおかげで、病気に近寄られずに済んだ。大吉大吉。
ただし金儲けとも女性とも縁遠くなった。
 
~~~後輩~~~
今朝の新聞に三越伊勢丹の社長の記事が出ていた。
伊勢丹新宿店の紳士服売り場が振り出しだったそうである。
 
 
思い出した。ここは私の昔の職場なのだ。
大学2年の時、学務課に行ったら伊勢丹からのバイト求人があって、○○さんを訪ねろという。○○さんは大学の先輩だった。
行くと注文紳士服売り場に廻された。
天国でしたね。何せ忙しくない。優雅なバイトでありました。
そしてそれからは春休み、夏休み、冬休みと行く度に同じ職場に廻された。
 
ある時、売り場のデザイナー先生がショーを開くのでモデルをやらないかと声がかかった。
私は誇り高く断ったのであった。
 
まあどう転んだところで私がデパート勤めを全う出来たとは考えられないが。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
昔伊勢丹のスーツセールスマン 森下一義

ペット保険

~~~ペット保険~~~
もう10年も前だったか、このPCネットに誰かがペット保険の目論見を書いていた。
どなただったか失念して失礼。
      
その保険かどうか判らないが、うちの犬に4年前からペット保険を掛けている。アニコム損保という会社である。
犬は現在15才6か月の老犬である。
昨年8月、首周りにしこりが出来て悪性腫瘍と診断された。
抗がん剤を飲んで半年ほどで腫瘍は治まった。
一安心していたら今年4月頃肛門付近に腫瘍が出来、切除した。
さらに8月にまた腫瘍が出来て切除した。
2度とも手術はうまくいったのだが、10月末またしても腫瘍が発生した。
現在新たな薬を試している。
ペット保険料は当初4800円/月くらいだったが、今は5450円/月になっている。
毎回の医療費の半分を負担してくれるが、1万円までの契約である。月に何回でもよい。
昨年8月以来、保険で50万円くらい出してもらっただろうか。
まあ助かってはいるのだろうが、冴えない気分である。

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