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2016.10.30

ネットに繋がらないPC

ここ数日、PCがネットに繋がらず不自由でありました。
幸いスマホは4Gで繋がるので、最低限の連絡は保てた。
 
ネットに繋がらないPCとはまことに不自由なものである。30数年前のPCを思い出した。
と書き出せば、まさに老人の繰り言になるから止めよう。
 
しかし2件だけ書かせてもらおうか。
1.最初のパソコン
  私が最初に購入したパソコンは「コモドールPET2001」であった。1980年のことである。
  国産のNEC「PC8001」が売り出されたのが1979年9月であったが、私の使いたい多変量解析のソフトが無かったのでコモドールにしたのだった。
  因みに当時の記憶媒体はカセットテープであった。
 
     
     コモドール PET2001  右の黒いのがカセットリーダー
 
     
     NEC PC8001
 
 
2.パソコン通信
  当時はまだwww が無く、パソコン同士は電話回線で繋ぐのであった。皆、高い電話料金に泣いていた。
  そういうところへNECとか富士通、沖電気など全国に通信網を持つ通信会社が自社回線部分を使わせるようになった。
  我々はその使用料と局までの電話料で済むようになり費用は劇的に改善された。パソコン通信の時代である。
  最大のNECはbiglobe の名前で、富士通はNifty の名前で売り出した。
  私はbiglobe の中で「PCオーシャンヨットクラブ」を開設してSig-opを務めた。いうなればMCである。毎晩1500~3000のアクセスを誇った。
 
  1988年だったか、NEC本社で初めての「Sig-op」会議が開かれた。当時まだ画像送付が無く、みんなお互いに顔を知らず、初対面に感動したものだった。
  その席で私は最年長ということで乾杯の音頭をとらされた。思えば53才であった。
 
 
     
  当時の書き手の1人にカロメロさんがいた。 潜水艦乗りで、上がってくると猛烈な勢いで海の話を書くのだった
  ヨットはコーチヤにあった「揺砂」(オーナーは横須賀の教官)に乗っていた。 「揺砂」・・・いい名前だ。
 
老人の繰り言は尽きない。

2016.10.26

松尾と平尾

∞∞∞2016/10/23∞∞∞∞∞∞∞
~~~ノーサイド~~~
平尾誠二が亡くなった。痛恨哀惜の極みである。
 
TVで追悼番組をやっていた。
大学3連覇を成し遂げた平尾主将の同志社が、松尾監督率いる新日鉄釜石の全日本7連覇を賭けた試合への挑戦を映していた。
壮烈な試合であった。足を痛めていた松尾は麻酔を打って病室からの参戦であった。
平尾は松尾の居る釜石に勝ちたかった。
釜石が勝った。
 
私はこのTVで知ったのだが、7連覇に沸く新日鉄の祝勝会の会場に平尾と大八木が訪れ、勝利の祝いと対戦へのお礼を述べたという
泣ける。
 
翻って我が身を省みるに、オイルメンで勝って定期戦で勝って、誰に報告することも感謝することもなかった。勝って当たり前の顔をしていた。
対戦相手があり、多くの後援者あっての勝利だったのだろうに。 今にして慚愧である。 
 
 
 

∞∞∞2016/10/24∞∞∞∞∞∞∞
~~~服飾談義~~~
わが街伊東にはデパートもイオンモールも無い。
それをいいことにわが服装は次々とユニクロ化を高め、ついには上から下まで全部ユニクロという仕儀に立ち至った。
安くて丈夫で手軽で言うことなしだ。こうなったらもう恥も外聞も無い。
 
唯一問題はサイズであった。
伊東のユニクロにある最大サイズXLではどうも不足なのだ。買っても気に入らずすぐに着なくなる。
その分はLLビーンとかエデイーバウアーの通販に流れた。
 
そうしたら先週の新聞にユニクロ大きいサイズの通販広告が出ていた。4XLまで在るとある。
試しに2XLと3XLを注文したら、翌日届いて、2XLが具合がいい。
ふむ。 これでまたユニクロ化が進む。
在地方、年金老人の服飾談義である。
 
 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
平尾より28歳年上の  森下一義
 

2016.10.22

とりかぶと

∞∞∞2016/10/21∞∞∞∞∞∞∞
~~~庭の花~~~
秋の庭です。
 

​カッシア(アンデスの乙女)
 

​紫苑
 
ローズヒップ
 
姫リンゴ
 
柿の紅葉
 
~~~ニーチェ~~~
62年前。大学に入学した時のクラス担任が植田敏郎先生で、ドイツ語の副読本にニーチェ「ツアラツストラかく語りき」を宛がわれた。
訳本には竹山道雄訳の新潮文庫本があった。
 


遊び人の私は結局ドイツ語も身に付けず、ニーチェを究めることもなかった。
ただ竹山道雄の名文に酔った。
竹山道雄は1903年生まれのドイツ文学者、評論家、小説家、東大教授、芸術院会員で、評論家としては左右双方の全体主義に警鐘を鳴らし続けた。小説には「ビルマの竪琴」がある。
とにかく名文家である。
 


「ツアラツストラ齢三十の時、故郷と故郷の湖を去って、山に入った。ここに、彼はみずからの精神と孤独を享受して、十年にして倦むことを知らなかった。さあれ、ついに彼の心は一転したのである。―ある朝、彼は暁の朱と共に起き、太陽の前に進み出た。 ・・・・・・・・ かくてツアラツストラの没落は始まった。」
今も口に付いて離れない。
 


今般、気鋭の思想家佐々木中の新訳が出ていることを知り、購入した。
両者の訳文をここに並べようと思ったがやめた。それほどみんなの興味を惹くことではない。
 


​​
 
懐かしい古本を取り出して写真を撮って並べた。 私には比べるまでもなく竹山訳が愛しい。
 
∞∞∞2016/10/22∞∞∞∞∞∞∞
~~~とりかぶと~~~
 
 
秘すれば花。
私が大事に隠して育てているとりかぶとの花である。ちょうど咲き始めた。
これはいざという時、自らの生死の決定権を自らで握っておくための大切な手段である。
 
人には見えないように、自分が這ってでも行ける場所に、そっと植えてある。
問題は効用をテスト出来ないことだ。
 
~~~花の苗フリーマーケット~~~
伊豆ガーデニングクラブ の「花の苗フリーマーケット」であった。 年2回開催で35回目という。
 
 
 
妻が福島の知り合いの作品を委託販売している
 

​しょぼい我が店
 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
寝冷えから半月も体調不良の 森下一義
 

結婚記念日

∞∞∞2016/10/18∞∞∞∞∞∞∞
~~~植木屋打合せ~~~
先日依頼された別荘「M邸」の庭園デザイン&管理について、実際に作業を実施するH園芸と打合せを行った。
見積もりが出たが、ちょっと高い。
これでは「M邸」から発注が出るかどうか判らない。
 
H園芸はIT関係に行っていた息子が戻って家業を手伝うとかで張り切っている。
 
∞∞∞2016/10/19∞∞∞∞∞∞∞
~~~結婚記念日~~~
10月20日が52回目の結婚記念日であるが、明日は琥珀の客があるので今日会食した。
今井浜のホテルで2500円のランチである。
 
ホテルの前の浜でサーフィンをしていた。
 
~~~野中洋ラン店~~~
帰途、懇意にしている洋ランの生産農家に寄った。
熱川から山に登ったところで、低地より気温が低くて良いそうである。
 
 
私と妻の両方の母と、その他幾つかを送った。
 
 
 
 


​~~~M邸~~~
帰ったらM邸から返事が来ていて、やはり高いようだ。
 
営業は難しい。
 

2016.10.17

村上春樹を読めない理由

∞∞∞2016/10/15∞∞∞∞∞∞∞
~~~村上春樹を読めない理由~~~
私がどうしても村上春樹を最後まで読み通せない理由を自分でも判らないでいたのだが、やっとその理由を教えてくれる評論に出会った。
たまたまネットで出会った、<村上春樹のノーベル賞落選が「既定の事実」だったホントの理由>という評論である。
 
筆者は黒古一夫という文芸評論家で、これまで見たことも聞いたことも無い人だった。
調べたら1945年生れの日本近代文学研究者、文芸評論家、筑波大学名誉教授で、そんな偉い人の名前も知らない私が悪い。
 
彼の文章を抜粋してご紹介する。
―前略― つまり、高度に発達した資本主義社会(都会)に生きる人間の「喪失感」や「疎外感」、「孤独感」、「絶望感」を描くことに成功し、若者を中心に世界中に多くの読者を獲得した村上春樹であるが、ではそのような「喪失感」や「孤独感」などを内に抱いて生きる若者たちに対して、村上春樹の文学はどんな「生きる指針・ビジョン」を示してきたのか、ただその文学世界に存在するのは現状を「消極的」に追認するだけのものだったのではないか、ということである。

1994年にノーベル文学書を受賞した大江健三郎は、そのような村上春樹の文学的傾向について「村上春樹の文学の特質は、社会に対して、あるいは個人生活のもっとも身近な環境に対してすらも、いっさい能動的な姿勢をとらぬという覚悟からなりたっています。その上で、風俗的な環境からの影響は抵抗せず受身で受けいれ、それもバック・グラウンド・ミュージックを聴きとるようにしてそうしながら、自分の内的な夢想の世界を破綻なくつむぎだす」(傍点原文「戦後文学から今日の窮境まで」

村上春樹自身も、このような現在もなお有効な大江評価と同じようなことを、河合隼雄との対談『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(96年刊)の中で語っていた。村上春樹は、1995年に起こった阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件を契機に、大江が言う「(社会に対して)能動的な姿勢をとらぬという覚悟」と同じ意味の「デタッチメント(社会的無関心)」であった文学傾向を転換させ、今後は「コミットメント(社会との関わり)」を主題にした作品を書く、と宣言していたのである。しかし、試みは壮大だったが結果は「失敗作」となった『1Q84』(1~3 09~10年)や、これもまた多くの批評家に「失敗作」と断じられた『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や連作集『女のいない男たち』を見ると、60代になって村上春樹はまた初期の「デタッチメント」的作品に本卦還りしてしまっていて、「転換」は実現しておらず、その「迷走」ぶりこそノーベル文学賞から遠ざけられた原因になっているのではないか、と思わざるを得ない。

また、「エルサレム賞」の受賞式でパレスチナ(弱者)とイスラエル(強者)との争いが絶えないイスラエルに出掛けて行き、「壁=システム・権力(強者)」と「卵=個人(弱者)」との関係において、一人の作家として自分は「卵(弱者)」、つまりパレスチナの側に付くと言いながら、その後パレスチナとイスラエルの紛争(戦争)に関してどんな発言もせず行動もしない在り方や、東日本大震災(福島第一原発の爆発事故)直後の「カタルーニャ国際賞」の受賞スピーチの中で、それまでの反核運動を否定するような「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」と断じながら、その後のフクシマの事態や原発再稼働問題について沈黙を守り続けてきたその「核」に対する姿勢も、村上春樹の「言行不一致」としてノーベル文学賞(候補)作家に相応しくないと判断されたのではないか、と思わざるを得ない。

更には、拡大する「貧富の格差」など様々な問題を抱える「日本」の作家でありながら、その作品世界が「日本の現実」に根差していないのではないかという問題もある。日本初のノーベル文学賞授賞者になった川端康成の文学が、あくまでも遅れて近代化した日本の自然と芸術(文化)との関係を考えざるを得なかった日本人の苦悩と哀しみを主題にしていたことを思い起こすと、村上春樹文学の「無国籍性」(世界文学の性格を持つ、とも言えるが)こそ欠点=弱点なのではないか、思わざるを得ない。
村上春樹のノーベル賞待望論に沸くネット上で、何故彼がノーベル賞に値するかを論じた文章を見たことが無い。
あるのは<何か国語に翻訳された><世界で累計何万部売れた><賭け屋で何番>ばかりである。
私は読んでないから論じようがないが。
 

~~~ヴィールス性胃炎~~~
夜中に猛烈な下痢をした。その後止まらない。
先日寝冷え?で行った医者に診せたら「ヴィールス性胃炎だろう」という。
まったくあてにならないと思うが、そのまま放っておけないのが高齢者の弱みである。
若い頃ならそんな診断は馬鹿にして放っておけば納まったものだが
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
医者に弱みを見せた  森下一義

2016.10.16

「庭園に死す」「天皇の公務」

∞∞∞2016/10/12∞∞∞∞∞∞∞
~~~庭園に死す~~~
私がこれまでに読んだガーデン関連図書の中で、最も感銘を受けたのは「庭園に死す」(野田正彰 春秋社 1994/3)である。
以前に書いた感想文を再録する。
 
著者野田正彰は人間の精神形成を研究してきた精神病理学者であり、その名も高き比較文明論の論客である。そして京都造形芸術大学元教授でもある。なぜ芸大教授なのか。この著書あるが故か。
人間は両親から遺伝子情報を与えられて生まれてくる。そして母親との接触から始まり、多くの人との接触を通じてその社会の文化を受け取り精神形成を行う。
それでは風景という刺激は精神の形成にとってどんな役割を果たしているのか。
著者の庭園への関心はここに始まるという。
 


その関心は半端ではない。<あとがき>によれば彼の庭園の知識は「造園の歴史」「日本の古庭園}(いずれも岡崎文彬)によって得たというが、前者は上中下3巻(各巻17千円)、後者は上下2巻(58千円)の大冊である。
あまりの読み返しに 本は綻びてしまい2代目を購入したという。専門分野・精神病理学の本でもこれほど何度も読んだ本はないという。
秀才がそれほど打ち込むのだから半端ではない。
 


本の内容は大きく4つに分かれる。
その1は日本庭園である。50以上の庭を訪れる。さすがに京都の庭は自分の庭を歩くが如くである。京都在住のせいかと思ったが、擦り切れるほどに読み込んだ名著の知識に裏打ちされているのであろう。公開されていない庭園も京都では殆どを巡っている。
京都だけではない。平泉の毛越寺は言うに及ばず福島、鹿児島、熊本、山口、島根益田、三重、大津、静岡と、庭があると聞けば残さず足を運んでいる。そしてきちっとした歴史観、文明史観の上で論ずるのだからなまじっかな庭巡りの本はとても太刀打ち出来ない。
 


その2は現代の都市景観を論ずる。
山裾に修学院離宮が隠れ幡枝に円通寺が佇む比叡山の山頂にミニ・スキー場があることを嘆く。
苗場のホテルをすべて川の手前に建てていたら、人と山との対面はすっかり変わっていただろうと説く。
大阪南港の高架線がこれほどの景色になることを知っていたら、もっと効果的なデザインを考えただろうにと惜しむ。
ランドスケープデザインの世界である。
 


その3は中国庭園である。
日本文化の源流を意識して中国の庭を見ている。
10数ヶ所を巡る。日本の庭園研究家でこれほど中国の庭を見て回った人がいるだろうか。
 


その4はヨーロッパ・イスラムの庭である。
約30の庭を紹介する。ヴェルサイユでは周囲5キロの大カナルを半日かけて歩いてまわる。アルハンブラでは宮殿の中の修道院に滞在し4日間を庭鑑賞に費やす。
景色が人間の精神形成にどう働くかを考える人の庭巡りだから、生半可な庭巡りではない。
まして好きな世界で著者独特の名文は時に美文に亘る。
 


掲載された百数十葉の写真は4-5枚の例外を除いてすべて著者の撮影によるという。構図といい、焦点深度といい、撮影の季節といい、とても素人の写真ではない。
学者の旅先なのだから特別な機材も持っていないだろうに、脱帽するのみである。
 

 
世のガーデン記事、庭園書籍の編集者たちはこの本の存在を知っているのだろうか。
知っていたら新たな本の編集に絶望するに違いない。
 




 
∞∞∞∞2016/10/13∞∞∞∞∞∞
~~~村上春樹~~~
2012年3月、吉本隆明が亡くなった時、私は<1冊も読んだことが無い>と書いた。
左翼の教祖とも目された吉本の著作を1冊も読んでないとは、多少ともインテリと目されるであろう私にとっていささか気が引けることではあった。
そこで<ゾウリムシ論>を書いた。
 
ゾウリムシは単細胞生物である。
外界に対して、それが自分の体内に取り入れられるか入れられないかの反応しか無いのだという。
私が吉本を読まなかったのはゾウリムシ反応である。
 

いま私は村上春樹を1冊も読んでいない。
新刊を買ってきたこともあるし図書館で借りたこともある。
ところが1冊として最後まで読み切ったことがない。途中で読みたくなくなるのである。
私のゾウリムシ反応である。
 
∞∞∞2016/10/14∞∞∞∞∞∞∞
~~~天皇の公務~~~
 
雨師(うし)として祀り捨てなむみはふりに氷雨は過ぎて昭和終んぬ> 歌人・山中智恵子
 


昭和天皇の棺が黒い馬車に乗って東京の街を進むとき冷たい雨が降っていた。
 


沢口芙美は次のように解説する。
 

もともと王とは雨師(レインメーカー)であった。呪術によって雨をもたらす力を持つ者が、古代では即ち王であった。雨を降らす力がある間彼は王であるが、その力が失せた時王は殺され、新たに呪力を持つ者が王となった。

 


呪術に基づく古代王権の名残を天皇制は引き摺っている。少なくとも昭和天皇は宗教的な力を強調された時期があった。そうであれば、その天皇の死は雨師として祀り捨ててしまおう。雨師の最後を飾るように氷雨が降り、昭和は終わった。 一首はこのような意味であろう。

 


天皇が現人神として存在した時期に青春時代の重なる作者にとって、天皇の存在は重くのしかかっていたに違いない。そのような時期に生きた自分の人生をも込めて、「祀り捨てなむ」と言い切ったのだろう。

 


昭和が終わった時、多くの昭和挽歌がうたわれたが、天皇制の深みにまで降りてこう歌った人は他にいなかった。私はこの歌を読んだ時心が震えた。

 


一連に次歌がある。

<そのよはひ冷泉を超え賢王と過ぎたまふ、そよ草生(ひと)を殺しき>

 


     
 

私も心が震えた。

 


皇室典範には雨師の仕事をどう書いてあるのだろう?

 



琥珀到着

∞∞∞2016/10/09∞∞∞∞∞∞∞
~~~半寝~~~
寝冷え?がすっきりせず、1日ごろごろしてベッドと食卓で過ごした。
うちの老犬と同じである。
 
 
∞∞∞2016/10/10∞∞∞∞∞∞∞
~~~1日司書~~~
午後から頑張って当番になっていた「癒しと憩いのライブラリー 」に出掛けた。
「癒しと憩いのライブラリー 」については更めて書くが、伊東市内のゴルフ場「サザンクロスカントリー」内の私設図書館である。
2年前から月に2回ボランテイアで1日司書を務めている。
すべて寄贈図書による図書館で、私もガーデン関係の図書を寄贈した。
 
 
 
真ん中がガーデン関係の棚で、この8割が私の寄贈本
 
 
∞∞∞2016/10/11∞∞∞∞∞∞∞
~~~琥珀到着~~~
妻のやっている「琥珀磨き体験工房・アトリエ・ブルーアンバー」のために注文していた琥珀原石が届いた。
 
 
これはドミニカのブルーアンバー原石である。
いつもこんなに無造作に送ってくる。
売り物になるのは3割か。1個3000円程度で売る。
 
 

2016.10.08

寝冷え?

∞∞∞2016/10/7∞∞∞∞∞∞∞
~~~寝冷え?~~~
朝、少し下腹が張っている感じがした。
犬の世話をして、朝食の時間になったが食欲が無い。自己診断では寝冷えであった。
どうにも体調優れず、また寝込んでいるうちに吐き気がしてきた。でも吐けない。
これはいけないと近くの病院に行った。
血液をとられ、レントゲンをとられた。
7°1分の熱があり、胃に腫れがあった。
なんとか炎でしょうと言われたが聞いたことが無い。
3種類、5日分の薬をもらった。
8日朝になり、吐き気は収まったが熱はまだ少しあるようだ。6°4分。
鬼の攪乱ならぬゴリラの攪乱である。
~~~数字~~~
私は2か月に1度検診に通い、薬をもらっている。
薬は逆流性胃炎と胃腸薬である。それと用心に血液サラサラの薬ももらう。
幸いその他の成人病にはご縁が無い。
医者が数値を見ながら「いいですね」というが、私はその数字が判らない。
余計な数字は覚えないことにしている。悪ければ医者が言うだろう。
これが私の<見ぬ者清し>の術である。
血圧だけは判る。だいたい135―75である。
∞∞∞2016/10/8∞∞∞∞∞∞∞
~~~別荘検分~~~
3度訪ねても場所が判らなかった別荘のオーナーが出て来たので落ち合って現場に行った。
2階に4室の洋式ベッドルーム、他に和室が4室。
まことに巨大な別荘で、「何の目的でこんな大きな家を?」と聞いたら、「3年前に安く買ったんです。」という。
白髪の後期高齢者で品のいい年寄りである。
明らかに利殖目的の購入であろう。
最近客付きがいいらしく、庭にも手を入れる気になったらしい。
「こういう広い場所も他に得難いからニーズはあります。」
とりあえずデザインとメンテの見積もりを出すことになった。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
森下一義  a sailor and a gardener

2016.10.05

ノーベル賞の研究テーマ

~~~ノーベル賞のテーマ~~~ 
皆さん、人のやらないことをこつこつと20年も研究するとノーベル賞になるかもしれないそうだ。
実は私にも1つ抱えているテーマがある。
それは<見ぬもの清し>の研究である。
 
遠く南海の果ての台風が大きい大きいと騒いで十分な注意を呼びかける。
これが幸せか?
何も知らないでいて「明日大雨ぞ」と言われる方が不幸せの総量は少ないのではないか? 気象庁が知っていればいいではないか。
かって癌は本人に告知しないものであった。
今は当然のように告知して覚悟を迫る。これが幸せの量を増やすか
 
「知らぬが仏」「情報公開」・・・など概念を議論するのではない。
何らかのメジャーを使って幸せの量を計るのだ。
「そんなこと無理よ」と万人が言うだろう。その無理の先にノーベル賞がある。
まずはメジャー探しである。
 
私は<見ぬもの清し>とすることによる社会の幸せの総量を計ってみたい。
20年続けたら何か計れるだろう。天晴れ101才のノーベル賞受賞者になる。  アハハ
 
 
~~~ロビーの居場所~~~
もともとそれほど躾がよくないのに加え、目が見えなくなったのと肛門手術により排泄の始末が手に負えなくなっている。
 
夜間の徘徊場所を台所と納戸に区切っているが、これから寒くなるとそうもいかない。
温かい食堂で寝させるように、とりあえずソファーを2階に移動したが大仕事であった。
 
老老介護である。
 
 
~~~ドメイン更新~~~
今日は「黒潮丸の庭園リスト」のサイト更新料を送金した。
ドメイン維持が1280円/年
サーバー使用料が3150円/年   合計4430円/年
 


1つのサイトを維持するのに年間4430円掛かる。
私は現在5つのサイトを持っている。 中古艇、琥珀、ガーデンデザイン、庭園リスト、庭案内
源氏香や大漁旗はとっくに閉鎖した。
ブログは別である。
 


もうサイト管理は古風なのは判っているのだが身軽に動けない。
 

「さくらの里」の石舞台

∞∞∞2016/10/2∞∞∞∞∞∞∞
~~~正木ゆう子~~~
<いつの世か鯨でありし寂しかりし>  正木ゆう子
 
いつだったか、ちらっとこの句を見て痺れたのだった。
俳句の雑誌は見ないのでTVか新聞で見たのだろう。
 
調べて、他にこのような句のある人と知った。
<かの鷹に風と名付けて飼い殺す>
<双腕はさびしき岬百合を抱く>
<水の地球少しはなれて春の月>
日曜の朝はTVで短歌と俳句を観る。今朝の俳句選者は正木ゆう子だった。
眼前にご当人を観ていると、なんか胸がドキドキする。
 

 
~~~伊豆高原クラフトの森Fes~~~
毎年「さくらの里」で開かれる「クラフトの森フェスティバル」に行った。
このイベントはよくあるフリマと違って参加するのにクラフト作家であることの審査がある。
販売は自作品に限られ、仕入品、委託品の販売は一切禁止である。
 
気に入って2個目を購入したジュエリーハンガー  材はカイヅカイブキだそうだ
 
毎回森本先生が巨大な花オブジェを飾った石舞台に何も無いのが悲しく、淋しい。(2015/3 逝去)
思えばこの石舞台で先生の作品に遭遇し、感動して弟子入りを志願したのだった。
それから2回、私も参加させて頂いた。
 

​2014/10/04 私の作品
 

​2016/10/02
 
~~~迷子~~~
帰路、あるペンションを訪ねた。
私のホームページを見て庭のデザインをアドバイスして欲しいと頼まれた。
そのオーナーは業者に依頼して貸し別荘に出している。そこそこ利用はあるらしい。
先日行ってみたら庭がひどいのでアドバイスを欲しい、との依頼である。
オーナー不在のペンションを訪ねて2度行ったが見つからない。今日で3度目である。
今日も判らなかった。遠笠山道路のレストラン「グラナダ」から下りたあたりである。
 
∞∞∞2016/10/03∞∞∞∞∞∞∞∞
~~~朝日歌壇・俳壇~~~
月曜の新聞はまずここを見る。
 
佐々木幸綱選
<負傷兵の一人も居ない日本の選手団なりパラリンピック>  東久留米市・関沢由紀子
 
金子兜太選
<「露の世」と生意気言ふな傘寿のくせに>   いわき市・馬目空
 
~~~整形外科~~~
月曜と金曜に通うことにしている。
今朝も一番乗りであった。
駐車場に1台の車も見えない。これが上の道路まで一杯になる。
 

2016.10.02

ロビーの手術

∞∞∞2016/09/30∞∞∞∞∞∞∞
~~~整形外科~~~
妻は年来腰や股関節の痛みで医者を経巡っている。
東京、川崎、熱海、いろいろと通うが、このところ富戸のまさき整形外科が合っているようだ。
AKA療法とかいって整体医みたいなものらしい。
わが家から海岸の道を海を見ながら15分走る。
7:30に出て7:45に着くと一番乗りだ。
8:00から番号札を渡されて、8:30から診療開始、8:45には終了する。
自宅に戻って9:00。
 
妻は運転歴は長いが、70才を過ぎてから怖がって運転しない。
よって私がアッシーを務める。週2回通う。
 
~~~自彊術~~~
毎週金曜日、自彊術の教室に通っている。一種の健康体操である。
9:30同じ道を7分走って富戸コミセンが会場である。週に1度この7分だけ妻が運転する、運転を忘れないために。
何といっても素晴らしいのは教室の窓からの眺めだ。
伊豆大島から伊豆諸島が見渡せる。眼下にはイルカ追込み漁の富戸漁港である。
 
 
体操をしているその視線でこの景色が見えている。
自彊術については追々述べる。
 
 
帰りに妻が駐車場で銀杏を拾った。
 
~~~伊豆ガーデニングクラブ 幹事会~~~
午後から伊豆ガーデニングクラブ の幹事会であった。
上期の活動実績報告、下期の行事予定の調整が主な議題だった。
順調に運んでいる。
 

 
∞∞∞2016/10/01∞∞∞∞∞∞∞
~~~祈り~~~
メイ・サートンの<祈り>について考えようと思うが、私にはこういう形而上の思考についての訓練が無い。
いきなり出てきたのは「切りとれ、あの祈る手を」のフレーズだった。これは佐々木中のベストセラーのタイトルである。
この書の内容が<祈り>を思い出させたのではない。そもそも内容は覚えていない。
ただ単語からの連想である。
 
佐々木中。1973年青森生れ。作家。哲学者。東大、院卒。文学博士。京都精華大学人文学部教員。専攻は哲学、現代思想、理論宗教学。
 


<彗星のように出現し、透徹した論理と華麗な文体で思想・文学界を驚倒せしめた孤高の怪傑、佐々木中。>
これは「足ふみ留めて」の帯に書かれた惹句である。
多分この惹句に惹かれて何冊かを読んだのだった。
 
「切りとれ、あの祈る手を」(河出書房新社 2010年)
「九夏前夜」(河出書房新社 2011年)
「足ふみ留めて」(河出書房新社 2011年)
「この日々を歌い交わす」(河出書房新社 2011年)
 
 
何故か私のアンテナに引っ掛かり「切りとれ・・・」以下の数冊を読んだ、いや”読んだ”とはとても云えない、”ページに風を入れた”とだけ云っておこう。
私には彼の著作を殆ど読解出来ない。そもそも主著である「夜戦と永遠」(600ページ)に手を出さないのは”風を入れる”ことすら出来ないだろうと判っているからである。
判らないが、読んでいて楽しい。彼の言葉は全編が詩である。詩集を繙くが如く風を入れた。
すっかり離れていたが、今日<祈り>ついでに思い出して調べたらその後10数冊の本を出しているようだ。しかしもう読む気は無い。
 


もう1つ思い出したのは大和田政也君が佐々木中を読んだと言っていたことだ。すぐその後に亡くなったので感想を聞くことも出来なかったが。
大和田とはどこかで同期している友人だった。新宿余丁町抜け弁天に彼を訪ねた頃を思い出す。
 
~~~ロビーの手術~~~
朝食を抜き、11時に病院に連れて行った。

レントゲンを撮り、血液検査をして手術に踏み切ることになる。
預けて帰宅した。
 
17時30分、引き取りに行く。
手術はうまくいったという。
肛門部のみで大腸内など他所への転移は見られないという。
 
うまく収まってくれればいいが。
いずれにしろもう長い寿命ではないが。
 
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2016.10.01

ロビーの悪性腫瘍

∞∞∞2016/9/29∞∞∞∞∞∞∞
 
~~~ロビーの病院~~~
わが家の犬のロビーを動物病院に連れて行った。
犬種はワイヤーフォックステリヤ、14才、体重10Kgの雄犬である。
2016/1/21 撮影
 
実は昨年8月に首の周りにぐりぐりがあるのを見付け、医者に「悪性腫瘍」と診断され抗がん剤を嚥んでなんとか抑え込んだのであった。
服薬を続け、ぐりぐりは消滅したが、耳が遠くなり、目が殆ど見えなくなり、足が弱って衰えが甚だしい。食欲が落ちないのだけが救いであった。
今年7月に肛門に異変が生じ、8月初め腫瘍を摘出した。
そして今日また肛門に腫瘍が見つかった。近く手術である。
哀れであり、妻と共に悲しんでいる。
 
~~~歯医者~~~
毎月1回、歯の手入れに通っている。
おかげで殆ど自分の歯でしっかり噛んで食べている。
 
私は歯並びが悪い。
結婚した時、私の母が妻に謝ったという。
「ごめんなさいね。何度も医者に連れて行ったのだけど、どうしても嫌だと暴れて歯医者に触らせなかったの。」
今は丈夫な歯を授けてくれた母に感謝するのみである。
 
~~~祈り~~~
「82才の日記」で次の一節を読んだ。
<わたしは個人的には神を信じないけれど、祈りはとても価値のあるものだし、可能な限り祈りたい。>
西欧人にとって<神を信じない>というのは、我々が<仏を信じない>のとは違う意味合いがあるのだろうが、そこで<祈る>とはどういうことだろうか。
少し<祈り>について考えてみたい。
 
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