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2016.03.31

梨園の妻

当代きっての人気女優が人気歌舞伎役者と結婚したそうで、’梨園の妻’と囃して喧(かまびす)しい。
梨園とは何ぞや?
 
Wikiによれば、<梨園(りえん)とは中国宮廷音楽家養成所である。日本では転じて、一般社会の常識とかけ離れた特殊社会としての歌舞伎俳優の社会を指す。>とある。
 

谷晃の「茶会記の風景」によれば、3000件もの茶会記の記録の中に、歌舞伎役者は1人も居ないそうである。
 
歌舞伎役者は茶会に加われなかった?

2016.03.15

信長公茶会記

「癒しと憩いのライブラリー」でたまたま「草庭」(堀口捨己 1968年刊)という本を手に取った。
ガーデニング関係かと思ったらさにあらず建築関係の本だったが、中に「信長公茶会記」なる1章があった。
44ページにわたり、100項目の注記のある力作であった。偉い人の書くものは違う。
最初に書かれたのが昭和12年、「草庭」に納めて出版したのがS23年、再販したのがS43年、それを私はS91年の今年手に取った。
堀口捨己(1895-1984 建築家 芸大教授 芸術院賞 歌会始召人)
 
160314librarykusaniwa
 
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実は私は茶会記に関心を持った時期があった。
オープンガーデンなど「お庭拝見」の際に「庭会記」の記録を残すことを考えたのであった。
 
わが家にあった「茶会記百選」(裏千家茶道教科15 淡交社 1980年刊)に、信長が津田宗及を招いた茶会記が出ていた。 
天正2年(1574)2月3日  「天王寺屋会記」
堺衆であり本願寺門徒である津田宗及にとって、堺に矢銭を課し石山本願寺を攻めた信長は許せざる相手であった。しかし天下の趨勢に抗すべくなく、天正1年に京都での信長の茶会に列席、翌2年信長の本拠岐阜に参賀して、信長から茶会に招かれたのであった。
会記には道具類から料理に至るまで細かく記されているが、中に「紹鴎茄子」という名器がある。これはもと武野紹鴎の所蔵であったが、娘婿の宗及が預かり、信長に献じたものであった。これにより宗及は千石を拝領したという。招かれたとはいえ茶をたてるのは宗及である。信長は宗及の点前を見ていて自らは服さず、宗及に賜って宗及が自服したという。
 
茶会記あるがゆえに、われらは今この光景を瞼に見ることが出来る。
 
毎度言う、茶に茶会記あり、花に立花図あり、何ゆえ庭に庭会記の文化なきや。  1996/06/14記
 
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​「茶会記」とはまことに潔い詞章である。
名詞と数詞の羅列による叙事であり、形容詞は入らない。
茶会記の記述こそ茶道修業の真髄であろう。​
 
110328chakaikinofuukei0005160315
写真が判りやすいのでこれを載せた。
 
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「庭会記」の普及を目指してそのネット化を志した。
「掲示板」を考えたり、WordPressでのサイトを考えたりしたが、どれもわが能力不足で挫折した。
今ならスマホアプリ化であろう。
 
しかし、もう無理だ。
これが夢の残骸である。
 
Titleillustgardenersnfieldnote11061

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