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2015.04.25

タリバンと尊王攘夷派

先にタリバンやISの文化財破壊のニュースを見て、わが国での明治初年の文化財破壊を思い出したと書いた。
廃仏毀釈による文化財破壊の中心となったのは不勉強な国学者や舞い上がった神官らであり、所謂尊王攘夷派の中核であった。
彼らはタリバンやボコハラムか?
 
私は三河人だから心情佐幕派である。
尊王攘夷派は大嫌いである。神道も大嫌いである。
 
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尊王攘夷派とタリバンを結び付けて考えるようになってから、こんな本を読んだ。(*印は再読)
  神々の明治維新  安丸良夫 
 *江戸の歴史家  野口武彦
  頼山陽  見延典子
  島地黙雷  山口輝臣
 *不干斉ハビアン  釈徹宗
 
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島地黙雷は本願寺派の僧侶である。
全国に廃仏毀釈の炎が燃え盛る最中の明治4年、彼は法主大谷光尊の米欧回覧を画策する。偶々先代法主の死去により光尊の出発は不可能となり島地らのみが出発する。
島地にあっては神道はもはや眼中にない。神道は宗教に非ずとして遠ざけ、もっぱら来たるべき敵キリスト教の研究に没頭する。世界情勢からわが国のキリスト教解禁は必須と考えたのである。
パリを拠点にロンドン、ベルリンを訪問し、ユダヤ教、ギリシャ正教、カソリック、プロテスタントを研究する。そして仏教はキリスト教よりどこが優れているかを考えた。
 
不干斉ハビアン(1565-1621)は始め禅寺に入るが18才の時キリスト教に入信し、イエスズ会の修道士となる。
日本人キリシタンの理論的支柱として活躍、仏教・儒教・道鏡・神道・キリスト教を比較し論じた「妙貞問答」を著した。世界に先駆けた比較宗教論であり、宣教師らの本国にもその名を知られた。17世紀初頭にわが国においてこのような書が書かれたことは驚嘆すべきとされる。
後に彼は棄教し、キリシタン批判の書を著す。
 
今、わが国よりタリバンに入り、イスラームを極める後生のあらんことを信ずる。
 

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