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2014.09.17

須賀敦子 ふたたび

「須賀敦子 ふたたび」(文芸別冊 河出書房新社 2014/8)を読んだ。
 
皆様の中にも須賀敦子のファンは多いと思う。
彼女が死んで16年になる。この文芸別冊追悼ムックは1998年の「追悼特集・須賀敦子 霧のむこうに」に次いで2冊目である。
 
須賀敦子:「1929年兵庫県生まれ。聖心女子大学卒業。1953年よりパリ、ローマに留学。その後イタリアに在住し、1961年ミラノで結婚。数多くの日本文学の翻訳紹介に携わる。夫の死後1971年帰国。上智大学比較文化学部教授。1991年「ミラノ 霧の風景」で講談社エッセイ賞、女流文学賞受賞。1998年逝去。」
 
実は私は3年前にもここで須賀敦子について書いている。
~~~~~~私は須賀敦子の殆ど全著作を持っている。全集も発行されたが全集を買う必要がない。
私は須賀敦子について何も書けない。なにしろ彼女の文章を数行読んだだけで、もう胸がいっぱいになって次を読み進められないのである。あまりに爽やかな、意表をついて的確な比喩に満ちた香気溢れる美しい文章に接するとそれを味わいつくすまで次の文章に取り掛かり飲み込むことが出来ない。そして味わい尽くすことなど、とても出来ない。~~~~~~2011/3

140917sugaatsuko2




このムックを読んで、私が彼女の著作を気軽に読み進められない理由が腑に落ちた。
それは尾崎眞理子氏(読売新聞編集委員)による次の一節である。
「須賀敦子はなぜ、終始、貧しさの方へ向かっていったのだろう?
そうなのだ。私にはその危うさが胸に迫って、気軽に次に読み進められないのである。
 

<貧しさの方へ向かっていった>、須賀敦子の生き方をこの言葉で評したのは尾崎氏をもって嚆矢とする。他のどんな文学関係者もこの言葉は使わなかった。
ではどんな生き方だったのか、それを論ずるのはブログの場ではないだろう。
 

もう1つ、尾崎氏は重大な事実を発掘した。
須賀敦子と松本正夫氏(哲学者、慶大教授)を巡る読書会との関わりである。これまでの多くの追悼の辞、年譜にこれに触れたものは無かった!
 

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