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2013.08.14

ゴロフクで思い出したこと-2

~~~~闇舟~~~~~~~~
あたりに人気(ひとけ)のない工場内の桟橋に異様な船が着いている。黙々と人が集まる。
乗り込んだのは日本人30数名。船頭4名。
それぞれにリュックサックを背負い、手に持てるだけの荷物を下げている。
場所は北朝鮮城津の日本高周波鋼業内の波止場だ。
時は昭和21年9月。
見送る者も送られる者も皆声をひそめあたりをはばかる。
乗り込んだ中に2人の兄弟がいた。兄森下一義11歳、弟森下一乗8歳。
弟一乗が出航前のわづかな時間にちょこちょこと出て行き、手のひら一杯の野の花を摘んできて「これをノンノさんに上げて」と母親に渡した。
その心根の優しさと、もうこれで生きて会えないかもしれないとの思いで泣いてしまったと、母節子はいまだにこの情景を思い出して涙ぐむのである。
 
その船は<闇舟>と呼ばれた。
敗戦後の北朝鮮にどのような秩序があったのか今の一義に知る由もないが、その船はいろんな意味で非合法だったから<闇舟>と呼ばれた。
船は木造船である。帆掛け舟である。エンジンはない。
日本高周波鋼業城津工場に残留していた日本人が金を出しあって購入した南への脱出船である。許可証も旅券もない。難民船である。
<闇舟>としか言いようがない。
兄弟は父母と別れ、2人だけでこの船に乗せられたのだった。
~~~~闇船の由来~~~~~~~~
21年3月、ソ連軍は城津工場維持のため約200名の「残留者」名簿を発表した。かくして日本人は「残留者」と「帰国者」に分けられた。父梅一は残留者に指名された。
しかしソ連軍が行ったのは残留者の指名のみであり帰国希望者に日本帰国の手段を用意する意思はなかった。日本人世話会は帰国の方策を検討することになる。
在留邦人の中には出征兵士の家族も多かった。乳幼児もいる。世話会は歩いての北鮮脱出は不可能と結論した。そして選んだのが海路による脱出であった。
 
世話会は漁船(帆船)を3隻買い取り、工員中の操船経験者を船頭として南朝鮮への往復航海を運航した。21年9月までに残留者を除くほぼ全員の輸送を完遂したという。
船員は何度も生命の危険を冒した。朝鮮引揚史上に残る偉業だと言われる。
あの混乱の中、世話会幹部のある者は京城、東京との往復を果たした。日本まで行ってそしてまた戻ったとは信じられない行動である。
 
何故帆掛け舟であったか。戦時下、民間の発動機船が建造され流通する余裕がなかったこともあろう。燃料の調達は不可能であった。ソ連軍あるいは北朝鮮当局になんらかの意図があったのかもしれない。いずれにしろ船は老朽の帆船漁船であった。航海の間には何度も帆柱が折れたという。
ソ連軍は残留指名者以外の日本人脱出を黙認した。北朝鮮当局は必ずしもそうではなかった。北朝鮮警察や軍もまたそれぞれの動きであった。闇舟たる所以である。
日本人世話会はこの船の経費を賄うため大人500円、小人300円を徴収した。すべて自力のプロジェクトであった。東京までの潜行を敢行した幹部が日本高周波本社および外務省 と折衝したが何の援助も得られなかった。
出征家族、養成工らにはその船賃が工面出来なかった。日本人世話会は日本人仲間で「引揚資金証券」を発行して資金を募り彼らを乗せた。帰国してから返す約束であった。個人間の貸借にしない知恵であった。
~~~子供たち~~~~~~~~~
子供たちはいつも群れていた。群れて遊んでいた。親に子供を顧みる余裕はなかった。トム・ソーヤーのように樹上に小屋を作って寝泊りしたり、ゴムのパチンコで鳥を撃ったりして、それなりに楽しい生活ではあった。群れるのは朝鮮人の子供に襲われるのを防ぐ意味もあった。学校とも勉強ともまったく縁の無い生活であった。
ソ連軍の行進には必ず歌があった。リードテナーの声は素晴らしく、いつしか一緒に歌うようにもなった。戦後うたごえ喫茶でそれらの歌を聞くことになるが、一義はうたごえ喫茶に行ったことはない。
 
父森下梅一が長男と次男を闇舟に乗せる決心をしたのは、9月になり自分が第2次の「残留者」として指名されたからである。少数の技術者とソ連との折衝当事者だけが指名された。梅一は<このまま一生日本に帰してもらえないのではないか>と感じた。
どうせ外地に朽ち果てるなら、子供だけでも運を天に任せて送り出そう。
 
すでに「帰国組」の脱出は終わり、それは最後の闇舟であった。共に働いてきた最後の「残留解除者」たちが乗り込んだ。
父は同居していた養成工YとTを守役につけ、11歳の長男と8歳の次男を海に送り出した。21年9月下旬のことであった。
 
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
森下一義

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