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2012.11.18

「フレップ・トリップ」(北原白秋)を読んだ

「白秋望景」(川本三郎)でこの書あるを知り、伊東図書館で岩波版「白秋全集」第19巻を借りて読んだ。後で2007年に岩波文庫で復刊されていることを知った。文庫で420ページである。

私は昭和10年に樺太豊原市で生まれた。白秋が訪れて「フレップ・トリップ」を書いたのはその11年前である。
 

当時の樺太がどんな状況だったのか、アイヌや白系ロシヤ人の境遇、官吏の待遇、インテリの意識、自然や旅館、交通事情など、面白く、拾い読みするつもりがすっかり読んでしまった。

白秋の紀行文そのものの魅力が大きい。

 


これがわが誕生の地であったか。

これがわが両親の青春の舞台であったか。



~~~Amazonの書評から引用(古本屋A氏)~~~~~~~~~


大正14年の夏、鉄道省の主宰する樺太観光団に招待された白秋の紀行文。全編、楽しさのあまり異常なハイテンションの世界に、ギョッとなる人も居るかもしれない。北原白秋は、「批評家」の批評が入り込めないほどに完成した純粋に言語と感性の織りなすほんものの「詩歌」を生み出し続けたまさに空前絶後の大天才だが、丁度音楽のモーツアルトの如き天才にある幼児性は、誰しも気付くと思う。本作品でも、まるで赤ん坊のような無垢でわがままで陽気な作者の性格は、全編からにじみ出ていて驚くほど。同行の人々も、なにやら怪しげで、得手勝手、金融恐慌前夜のバブルの大正末期の一断面かもしれないが、そういう史的な背景を忘れて、作品の唐突且つ奇妙なテンションが楽しいのだ。しかし、それにつけても作者白秋の「詩王」の面目は躍如、その巨大且つ豊饒な語彙量、言葉の色調、匂いなどなど、余人の追随は許さない。北方の夏は余すところなく表現され体感できる。詩と文章が交錯し、何処から何処までが文章で詩なのか分からないほどに、詩の言語で溢れている。万葉歌人が歌と話言葉に区別がなかった姿を白秋にみることが出来ると思う。

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