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2012.07.27

「原子力船むつ」の運命

皆さんは「原子力船むつ」をご記憶だろうか。

私にも殆ど記憶はなかったのだが、原潜事故を考えているうちに「わが国最初の原子力船むつ」の名前と、その悲劇の運命が思い出された。


「原子力船むつ」は運輸省の観測船として1968年着工された。

総トン数8200トン。全長130メートル。

造船所-IHI東京。軽水炉-三菱原子力工業。


1207272

陸奥大湊港を母港とし、1974年初の試験航行に出た。

そこで遮蔽リングの設計ミスとかで<放射線洩れ>事故が起きた。

これが大きく<放射能洩れ>と報道され、大騒ぎとなった。

陸奥大湊港は入港阻止を決議し、以後日本中の港が入港を拒否した。


「原子力船むつ」は新造船として出港しながらその後どこにも入港を許されず、16年も漂流を続けたのである。

こんなむごいことがあろうか。


当時の日本には軍艦ではない原子力船を国産技術で建造し運航しようとする元気があった。

それを根幹ではない枝葉のミスを咎めて騒ぎ立て、廃船に追い込んだのである。

どんな機械にも慣らし運転は必要である。まして「原子力船むつ」は新技術の塊りであった。なんと酷いことを・・・

私には当時の反対運動についての記憶、知識はないが、O健三郎やS龍一はきっと今と同じようにアジっていたのだろうと思う。

私には日本の衰退は「原子力船むつ」の運命と共に始まったような気がしてならない。


 

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