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2012.06.21

原発-攘夷と開国

文明はエネルギー無しでは存立し得ない。

現代の文明はエネルギーを電気の形で使用している。

電気は次の3つの方法で生産する。

1.化石燃料を燃やす熱を利用-『火力』

2.核爆発の熱を利用-『原子力』

3.太陽、風などの力を利用-『自然力』

ほかにもう1つあるとすれば4.『節約・縮小』である。

いまわが国で、「核爆発の制御技術は不十分で放射能被爆の可能性があるから原発再稼働絶対反対」と叫んでいる人たちは他の方法での電気生産を目指すのであろう。

1.『火力』-確実に地球環境を破損し続ける。放射能被爆は可能性だが環境破壊は現実である。

2.『自然力』-すぐの間に合わない。

4.『節約・縮小』-国力は低下して弱者から傷む。


原発再稼働に”絶対”反対する人は、放射能被爆の可能性と被害の程度を定性・定量的に示さなければいけない。

”絶対”を言うのにはそれくらいの義務を負う。


ドイツがそうしたではないか、と言うのは論にならない。

ドイツは8200万人である。ユーロ全体で5億人である。

われらは隣に13億の中国を持つ。インド12億、インドネシア2.4億、バングラ1.5億・・・と数えていけばアジアで40億人となろう。

その中でのエネルギー政策である。この中で日本を支えなければならない。


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幕末、わが国は攘夷か開国かで国論は割れた。


薩摩、長州は攘夷であったがのちに開国に転じた。藩論は2転3転しその都度血は流れたが、結局薩英戦争、下関戦争での敗戦が方向を決めた。

外に触れることのなかった攘夷は、例えば水戸の天狗党の無残な結末を迎えた。


これだけ無責任・無能な原子力委員会や東京電力の下であっても、あの大地震・大津波で直接の被爆被害はない。伝えられるのは避難の悲惨である。


坂本龍一、大江健三郎らの反対は藤田東湖、吉田松陰の攘夷ですらない。武田耕雲斉、藤田小四郎レベルであろう。


 

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