« 鯨でありし・・・ | Main | 庭のフィールドノート-2 »

2011.04.19

「三陸海岸大津波」を読んだ

「三陸海岸大津波」(吉村昭)を読んだ。

この著は吉村昭が1970年に発表した記録である。内容は三陸を襲った大津波を取り上げている。
明治29年(1896)、昭和8年(1933)、昭和35年(1960 チリ津波)、昭和43年(1968 十勝沖地震津波)
この中では明治29年が最も大きく、2万6千人が死んだ。
勿論三陸を襲った津波はこれだけではない。この著では貞観11年(865)から明治27年(1894)まで18回の大津波を数えている。

吉村はバス、トラックを乗り継いで1ヶ月かけて三陸をまわり、明治29年の体験者2人の話を聞くことが出来た。両者とも85才以上で、辛うじて間に合ったというべきか。
その後20年間、吉村は毎年のように三陸を訪れた。

1970年に中央公論社から出版された本著は、1984年に中公文庫として刊行された。
さらに2004年、文春文庫として再々刊された。
私が購入したのはこの文春文庫の2011年4月発行の第8刷である。
このように刊行が続けられているのは、それだけ世人の関心が高く、多くの人が読み継いでいるからだろう。

敢えて断じよう。
「そんな津波は想定外だった。」という地震学者、原子力関係者、発電所関係者は小学生にも劣る低能である。
メクラでツンボの我利我利亡者である。

~~~~~~~~~~

まったく話は変わる。
低線量率放射線効果を提唱する東大の稲恭宏(イネ ヤスヒロ)博士は、福島原発事故による放射線放出は医学的に全く問題ないという。
原発構内に防護服無しで入っても問題ないという。乳児が水道水を飲むのも問題ない。野菜、牛乳、一切問題ない。5キロだろうが10キロだろうが避難の必要はない。
低線量の放射線はむしろ健康を増進すると力説する。
20とか100ミリシーベルトを人間のジャンプ出来る高さだとすると、危険な放射線域は200kmもの高さだという。
学者もマスコミも不勉強だと悲憤慷慨する。

関心のある方はYoutubeで「稲恭宏」で検索してご覧あれ。
<福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士 緊急特別講演 >

 

« 鯨でありし・・・ | Main | 庭のフィールドノート-2 »

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21255/51438236

Listed below are links to weblogs that reference 「三陸海岸大津波」を読んだ:

« 鯨でありし・・・ | Main | 庭のフィールドノート-2 »