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2011.03.29

茶会記の風景

話題がころころ変わって申し訳ないが、どうしても書いておきたい。

この10日ほどかかって「茶会記の風景」(谷晃 河原書店 1995年)を読んだ。
素晴らしい本だった。
静岡県中央図書館の本を伊東図書館を経由して借りて読んだ。

著者は1944年生れ。京大史学科を出て現在野村美術館勤務。

1530年頃から幕末までの茶会記を跋渉している。
1つ1つの茶会記は次のようなものだ。
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まさにデータだけの記録である。著者はこのデータから当時の社会情勢、主人や客の置かれた立場、道具の由来などを読み解く。
「松屋会記」など有名な茶会記が4つあるそうだが、そこに記録されている茶会だけで3000余りあるという。著者はそれ以外の会記もすべてをパソコンに取り込んで分析し、傾向を探る。
しかし決してデータ分析論文ではなく、歴史物語に仕上げている。

1623年、秀忠は新築なった尾張徳川義直邸を訪れた。この公式訪問を「御成」といい、その次第を記す。
・御成の前日に義直は登城して御成のお礼言上。
・当日朝、義直は将軍を迎えに登城。
・義直邸に到着した将軍は相伴衆大名三名の出迎えを受けて露地口より数寄屋に入る。
・数寄屋で茶事。引き続き懐石となり、濃茶が呈される。
・鎖の間に移り、薄茶。
・別室に移り将軍は長袴に着替える。
・書院に出御。将軍から義直と家臣に賜物。三献の祝儀。義直は腰物を拝領。
・広間に移って将軍家の賜物と尾張家の献物の授受。
・能三番と狂言一番。
・書院に戻って七・五・三の膳部。
・広間に移り再び能・狂言を鑑賞。
・入御と逆の順序で将軍は還御。
・義直はすぐ登城してお礼言上。
他に、
・将軍の御供衆三百人に五・五・三の膳部。
・御徒歩衆二百人と足軽衆六十人、御中間衆二百人に膳部。
・楽屋衆五百人に一日三度の膳部。
翌日
・跡見の大名衆百人ほどに七・五・三の膳部と能楽上演。それぞれに供もあろう。
別例であるが、綱吉が土浦藩邸に御成した時の費用は藩の年間収入の1.2倍を要したという。

多くの茶人・茶会の様子が述べられるが、私が特に感銘を受けたのは井伊直弼である。
彼の茶会には大名や茶人は殆ど登場しない。家臣ばかりである。
片桐宗猿(石州流)について熱心に学んだ。次の写真は直弼の質問に宗猿が解答の付箋を貼ったものである。「茶湯尋書」として残る。

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300年の茶会記の歴史の中に、歌舞伎役者は1人も登場しない。

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続けて同著者による「仮想茶会潜入記」(淡交社 2007年刊)を読んだ。
これは思い切って時空を超えた人物を創造し、歴史上の各茶会に参加させる。
面白いが前著の迫力の後で読むのは勿体ない気がした。

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叙述は殆ど無く、名詞の羅列だけの茶会記がかくも豊かな歴史を語る。
素晴らしい文化だ。

私は「茶会記」に適う「庭会記」の様式の確立を模索しているのだが、分不相応な野望であろう。


 

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