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2010.10.24

エンハンスメント-遺伝子操作

あるカップル(女性同士)はともに聾であり、そのことを誇りにしていた。
「聾であることはひとつの生活様式にすぎないわ。私たちは聾者であっても何の問題も感じていないし、聾文化の素晴らしい側面を子どもとともに分かち合いたいと思っているの。」
彼女たちは、聾の子どもを妊娠したいという望みをかなえるために5世代にわたって聾である精子提供者を探し出し、その計画は成功した。
この話がワシントン・ポスト紙に報道されると数多くの非難が殺到した。

ある不妊カップルが卵子提供者を募る広告をハーバード学内紙ほかに掲載した。
提供者には身長5フィート10インチ以上、運動が得意で家族病歴がなく、SATの得点が1400点以上と言う条件が付けられた。
報酬は5万ドルであった。
この広告には何の非難もなかった。

「完全な人間を目指さなくてもよい理由-遺伝子操作とエンハンスメントの倫理」(原題The Case Against Perfection マイケル・サンデル著 ナカニシヤ出版 2010・10・13刊)は、冒頭にいきなりこの2つのケースを読者にぶつける。
どう考えるか?

さらに次のケースを付け加える。
テキサスの愛猫家ジュリーは愛猫ニッキーの死を嘆き悲しんでいた。「彼はとても美しく、猫離れした頭の良さだったわ。彼は11の命令を聞き分けたのよ。」
ジュリーは**クローン社の広告を思い出し、ニッキーの遺伝子サンプルと5万ドルを送った。
数ヵ月後、遺伝子上はまったく同じ猫、リトル・ニッキーを手にした彼女は「まったく同じよ。違うところは1つも見当たらないわ」と賛美した。
現在は3万2千ドルに値下げされ、返金保証制度もあるという。


訳者の林芳紀(1974生れ 京大→東大 倫理学)は解題に書く。
<本書の内容を一言で要約するならば、それは現在の生命倫理学の分野で活発に議論されている「エンハンスメント」問題に対する、批判的な立場からの考察ということになろう。ここでいう「エンハンスメント」を明確に定義することは難しいが、一般には「健康の維持や回復に必要とされる以上に、人間の形態や機能を改善することを目指した介入」などと説明される。
このエンハンスメントが1つの倫理的問題として浮上し、生命倫理学の中で盛んに議論されるまでに至った背景には、遺伝子操作や脳科学技術をはじめとする近年の急激なバイオテクノロジーの進歩がある。>

そして本書は数多くのケースを示す。
私(森下)などには思いも付かないようなケースが既に現実のものになり、商業ベースに乗っている。
どう考えるべきなのか?人類はどこにゆくのか?
まさに哲学の問題なのだろう。
サンデルは神や宗教の問題とせずに立ち向かう。

私には衝撃の書物であった。

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