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2010.03.31

俳句の短冊

松崎大沢温泉の桜祭り俳句大会に今年も投句し、昨日結果を見に行ってきました。
投句した俳句を竹の短冊に書いて桜の枝に下げてくれるのです。
それが楽しみでもう10数年も毎年の恒例行事にしています。

行ってみないと下げてもらえたかどうか判りません。
長い桜堤のどこにあるか、探して歩くのが楽しみです。
私は投句した4句とも見つけました。妻も見付けました。

私は年に1度だけ俳句?を作ります。
今回のも締切日の朝、寝床の中で一気に作りました。

春ひらく如くに桜草芽分けせり
春雨に芽分けし鉢が濡れている
芽分けして余りし苗の置きどころ
チョコレート ポケットに入れ花衣

妻に言わせるとボロカスです。
第1句は季語が3つもあって話しにならないそうです。

そんな句でも短冊に書いてくれるのが嬉しい。

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2010.03.30

鳥啼き魚の目は泪

昨日の午後、妻が涙目になり洟も出るというので眼科と耳鼻科のある診療所に連れて行った。

135号に出たあたりで霙から雪になり、梅ノ木平ではすっかり牡丹雪となった。
行き交う車の中には屋根に10センチも積もっているのがある。どこに停車してあったのか。
すごい渋滞である。雪のせいなのかどうなのか。
途中で中に入って吉田の診療所に30分遅れで着いた。どうせ他の患者も遅れているだろう。

とタカをくくっていたら、あに図らんや医師が遅れているという。
どこか他所の病院と掛け持ちなのだ。まだ赤沢のあたりだという。ひゃっ。
結局それから1時間遅れて到着した。
診断はアレルギー性結膜炎であった。

医師とは因果な商売だとつくづく思う。
妻は一昨年の乳癌手術以来半年毎にアフタケアに通っているが、毎度半年後の受診日時を予約するのである。
担当医師は絶対に休めない。
まあ、それだから”天職”ということになっている。

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一夜明けて今朝、伊豆の山々が見事に真っ白になっていた。絶景かな。
わが家から歩ける場所で写真を撮った。

ところがどうしても大室山をもっときれいに撮りたい。
車で5分走って天城霊園の入口で撮ることにした。

そして事件が起きた。
海老名さんの横から池に向かう途中の坂道で、道路が凍て付いていて進めなくなってしまった。タイヤは空回りするばかりである。
下がることも出来ない。変に下がったら路肩から転落するだろう。
参った。
車から降りても、足がつるつる滑ってとても車を押すことは出来ない。
長年海での遭難を怖れてきたがついに山で遭難するか、と思った。

結局なんとか自力で脱出した。朝の6時半であった。
(3枚目の写真が遭難現場)

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昨日今日の感想。

<行く春や鳥啼き魚の目は泪>  芭蕉

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2010.03.28

蝋石(ろうせき)のこと

皆さんは<蝋石(ろうせき)>をご存知だろうか。

チョーク=白墨のようにコンクリートやアスファルトの上に文字を書くものである。チョークより硬い。
大きさはチョークを平べったくしたというか、書道の墨をちょっと厚く細くしたくらいである。
明治の頃、まだ鉛筆が普及していない時代に児童は石板に蝋石で書き取りをしたという。

私も子供の頃、道路に線を引いたりする遊びに使っていた。
しかし今は何かを書くより、滑り剤として重宝している。
蝋石をナイフで削って粉にして敷居などに撒くと実によく滑るようになる。
食器戸棚など滑りが悪くなった時に「蝋石、蝋石」と騒ぐ。

この蝋石が、買おうと思うと苦労する。ほとんどどこにも売っていないのである。
私もしばらく不自由していたが、10年ほど前に伊豆松崎にある国指定重要文化財「岩科学校」で見付けた。
明治13年に建てられたなまこ壁の建物である。
その後も行くたびに確認するが、必ず売っている。
明治の児童の筆記用具として特に置いているのであろう。
他で見ることはない。

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さて、私は妻が留守の時など、時に琥珀磨きの代稽古を勤めることがある。門前の小僧習わぬ経を読むのである。
つい先日、2人連れで来たうちの1人が松崎の人であった。そろそろ大沢温泉の桜祭りの俳句の短冊を見に行こうと思っていたので、開花状況を聞いたりした。
そのうちに琥珀磨きから蝋石削りの話題になり、岩科学校だけに売っていると言ったら、なんと彼女は岩科学校に勤めているのであった!
「売ってます、売ってます。73円です。」

もう1人の女性は蝋石は聞いたこともなかった。
それでもチョーク代用とか滑り剤の効用を聞いて、さらに73円と聞いて、その友人に「20本買うから送って。」と頼んだ。
私は思わず「買占めはやめて下さい。」と怒鳴ってしまった。

 

2010.03.23

排出権取引-2

「排出権商人」(黒木亮 講談社 09・11刊 1700円)と、「温室効果ガス削減と排出量取引」(みずほ銀行 日刊工業新聞 09・11刊 1600円)を読んだ。

前者は小説で、あるエンジニアリング会社(日揮とか千代田みたいな)に勤める女性幹部が新設の「地球環境室」長を命じられる。総員3人。殆ど左遷である。
そこで排出権取引なるものを知り、中国とか中東、アフリカを駆け回って排出権そのものを説明して回る。そして買い付け、国内での販売にとりかかる。
一方社内では権力争いがあり、粉飾決算が露呈して会社は倒産に瀕する。
最終的に「地球環境室」の業務が100億円で売れる。主人公は新会社の社長となる。
面白かった。黒木亮は大したものだ。

後者は「みずほ情報総研」が排出権取引についてまとめたレポートである。これも「地球環境室」みたいなセクションか。
さすが手堅くまとめている。あまり批判的意見は挿し挟まない。
今後どうなるのかは、これだけでは判らない。自分で考えろ、だ。

京都議定書とかUNFCCC(気候変動枠組条約)とかCOPとか、頭に入れようとしたら頭が痛くなる。
しかし若い人は頭に入れなければならないのだろうなあ。幸い私はもう入らないし入れなくても済む。

現在日本が排出している温室効果ガスは年間13億トンだそうだ。EUは40億トン。
それに対し米国は70億トン。そして中国は70億トンを超した。そしてこの2国が京都議定書の枠組みに入っていないことはご承知の通りである。
ひどいものだ。

しかしまた別に考えた。
中国の人口は日本の10倍である。人口当たりなら日本の半分だ。
中国の一人っ子政策は大変な環境対策であった。

 

2010.03.21

たまゆら-とんでん-双子ニレの家

昨年3月群馬県渋川「静養ホームたまゆら」の老人の事故死、そして今月札幌「グループ・ホームみらい・とんでん」の老人の事故死で、私は「双子ニレの家」を思った。
メイ・サートンの小説「今かくあれども」の舞台となったナーシング・ホームである。

<私は狂気ではない。年をとっただけだ。・・・・
私は老人の強制収用所にいる。ひとが、親や身内をがらくたのように捨ててゆくごみ溜めにいる。
兄のジョンが私をここに連れてきたのは、2週間前のこと。もちろんはじめっから、兄と同居できないことはわかっていたが、心臓発作を起こしたあと、私は家を畳むほかなかった。・・・・>

生涯独身で高校の数学教師だったカーロは心臓発作で身体不自由になり、ナーシング・ホーム「双子ニレの家」に入居させられる。
ホームは看護婦あがりの40代の女性とその娘が運営している。ほかに殆ど認知症の10数名の老人が入居している。
ここでは彼女は異端である。インテリであるが故に異端である。
老人たちとはほとんど接点がない。運営者のハリエットがカーロを憎むのである。
外部への手紙を握りつぶし、稀な訪問者も面会不能と追い返す。
カーロは次第に壊れてゆく。
せめて正気を保つために隠して日記を書く。
そしてタバコのライターの油を溜め込む。ホームを焼くために。
どこまでが正気で、どこまでが狂気で、どこまでが痴呆か。

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メイ・サートンがこの小説を書いたのは1973年頃という。
この時代のアメリカの老人施設はこのようであったという。
現在は、どのようになっているか?
「たまゆら」や「みらい・とんでん」と異なるところあるのか?

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「たまゆら」や「みらい・とんでん」を報ずるマスコミの口調は設備の不備を咎め、法律の不備を追求し、運営者の怠慢を責める。
たしかにその告発がなければ世の中の改善はないであろう。
しかし私は「とんでん」の現状が国力であり民度だと思うのだ。
私はその国力の中で老いるしかない。

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メイ・サートン(1912-1995)はベルギーに生まれ、第1次世界大戦を避けて一家でアメリカに移住する。父はハーバード大教授。メイはヨーロッパに学び、女優を目指し、劇団を主宰し、そして作家となる。バージニア・ウルフ、ジュリアン・ハックスレーなどとの多彩な交友。典型的な東部エスタブリッシュメントである。
私は「独り居の日記」「海辺の家」「夢見つつ深く植えよ」「私は不死鳥を見た」「総決算のとき」「今かくあれども」を読んだ。

 

2010.03.19

個人で排出権取引

排出権取引はどこまで浸透しているのか?
東電や新日鉄のサイトを見ても、彼らが幾ら払っているかまでは判らない。

そもそも排出権取引そのものがいかがわしい。
誰が、どこが、そんな仕組みを作ったのか?

更にはCO2の地球温暖化原因説、はては地球温暖化そのものに対しても幾つかの疑問・異論がある。

そんな中で、<個人でCO2排出権取引が出来る>と謳う商売が始まった。
ドットコモデイテイのサイトである。

いかがわしきは遂に下人のバクチのネタに成り下がった。

 

”エコ”とは


”エコ”なる語?が氾濫している。

そもそも”エコ”とは何だろう?

エコロジーとかエコノミーから派生させた語らしいが、”エコ”だけでどんな意味も持ち得ない。

意味の無い”エコ”を振り回すネーミングやCMが横行している。
気に入らない。

私は”エコ”の付く商品は買わないことにする。

 

2010.03.16

電子申告

諸兄諸姉はもうとっくに確定申告など済ませたことであろう。

私は例によって毎年13日、14日までもたもたする。
税務申告は不愉快極まりない作業なので極力延引してしまう。それというのも根っこに何とか税金を安くしようとのさもしい魂胆があり、それが判るから不愉快になるのである。

今年も重い腰を上げて10日頃からとりかかるつもりだったが、7日からひどい扁桃腺炎にかかってしまった。
そのうちに咳も出始め、苦しくて、殆ど寝付く状態になった。
幸いあまり熱は出なかったがとても確定申告どころではない。焦りましたね。個人企業の弱さであります。
PCCホールデイングは帳簿などなくて、溜めてある領収書からこの時だけ収支計算書を作成するのである。

なんとか12日から取り掛かって14日にはまとまった。
さて税務署に e-tax で送ろうとして、はたと困った。パスワードを失念したのだ。
いろいろやっているうちにロックしてしまった。

いろいろ調べて住民基本台帳のパスワード変更は市役所に行かねばならないと判った。
月曜になって、なんとか外出も出来るようになり市役所に行った。
そしてパスワード変更を行ったところで市役所の吏員が「変更すると1日間は使えないはずですよ」という。
そんな馬鹿な。今日が15日ではないか。

詳しいことは税務署で聞けという。
税務署は熱海なのだが、幸い今日は市役所に出張所が出来ていたので8階に行った。
超満員だったが、なんとか列外で質問できた。
税務署でもe-tax のことが判るのは何人もいない。やっと担当が出てきたが、よく判らないらしく要領を得ない。

頭にきて、いよいよ駄目ならプリントして送ろうと腹をくくって帰宅した。
そしていささか苦労しながら、なんとかe-tax で送信を完了することが出来た。
ああよかった! 電子申告だと医療費の領収書などを添付しなくてもいいのである。3年間保存しておけばいい。

かくして今年の確定申告は終わった。
扁桃腺の痛みは治まったがまだ咳がきれない状態である。


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犬の話題が出ていたが我が家のフォックステリヤ(体重10キロ)の年間経費は食事代病院代美容代しめて約20万円であった。

私の医療費(私が払った金額)は68000円であった。この年令にして健康の部類というべきか。

 
 

2010.03.09

浜松立体花博の現状

今朝の朝日新聞「静岡・伊豆岳南」版に、浜松立体花博の現状の記事が出ていました。
署名記者の馬場由美子氏は多分静岡か浜松支局勤務なのでしょう。

同博は09・9・19―11・23に浜松フラワーパークで開催され、86万人(当初目標80万人)の入場者を達成し、関係者は成功と評価しているようです。
浜松市は100近くあった作品のうち10作品を残して展示継続することを決めたそうです。
私は10でも残してくれたことが嬉しいし、どの作品を残したのか知りたい気持ちで一杯です。
次のシーズンにはどんな植物で飾られるのか、楽しみで待ち遠しい。

ところでこの記事は「無残」「朽ちたまま放置」とタイトルされ、現状を厳しく批判しています。
<菜の花の鮮やかな黄色、紅白の梅のかたわらに真っ茶色に枯れ果てたオブジェが佇む>、<アルテルナンテラはすべて枯れ、ひからびた葉は茎と区別がつかない状態>
要するに枯れた作品を放置していると非難しているのです。

馬場由美子氏は何を求めているのでしょうか?
1年中盛りの花や葉で飾られている状態を求めているのでしょうか?

こんな記事を書く新聞記者は、何か他のことでも大きく間違うのではないだろうか。

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2010.03.01

横浜バラクラ訪問

神宮のあたりに出ましたが、帰ろうとしてチリ津波で東海道線も伊東線も伊豆急線も止まっているというので横浜バラクラに行ってみました。
まだ暮に開場したばかりだし、冬の最中で見るほどのものはないと思いましたが、とりあえず偵察してのご報告です。

横浜駅西口から西平沼町の「横浜バラクラ・イングリッシュガーデン」までタクシーで890円です。
「TVKハウジングプラザ」という大きな住宅展示場の中です。タクシーにはこれを言った方がいい。
地下街の南9番を上がったあおぞら銀行の脇から無料バスが出ています。

当然のことながら構内はまだまだでした。約2000坪だそうです。
しかしパンフによれば「首都圏における最初の本格的英国式庭園」としてオープンするそうですから、バラクラの技術と経験をもってすれば相当のものになっていく可能性はあります。
楽しみです。
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写真の2番目のサークルはサントリナの仕立て物です。ショップで1株3150円で売っていました。
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3番目はガーデンショップの写真ですが、ルピナスは1300円でした。
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都心に近く、レストランとカフェがありますし、バラクラらしい品揃えのショップが充実していますから、庭好きの人がちょっと息抜きに行くには好適な施設だと思います。これまでの蓼科は遠すぎましたからね。
私は早速妻に赤いフリチラリアの花がアクセントになっている柄のシルクのブラウスを買いました。
みんなが通えばきっといいガーデンになるでしょう。用地拡張の余地もあるように見えました。
周囲の殺風景と平坦さはどうしようもありませんが。

 

出光ラグビー部55周年記念大会

昨日はチリ津波、東京マラソン、ラグビー決勝トヨタ対三洋戦、そして出光ラブビー部55周年記念大会と多事な1日であった。

私は第1スポーツはサッカーだが、出光で6年間ラグビーをやった。主将としてオイルメンリーグで初優勝し、3年連続優勝した。
(ヨットは第1とか第2ではなく、第ゼロである。)

55年の間に在籍した人数は250人あまりという。案外少ないなと思ったが、平均5年在籍するとして55年で割れば23人平均となる。そんなものかと思う。
その中で既に退社したOBが100人。このうち同時期にプレイした人数は3分の1程度か。あらためて得難い仲間である。

挨拶の中でいろいろ歴史が語られた。
歴史語りは現役が続いていてこそ意味がある。続きのない組織の歴史語りは単なるナツメロである。


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日本青年館の佇まいはそれだけで回顧の念を喚び起す。国立、神宮、絵画館、そして秩父宮。何十度となく通った場所である。
特に秩父宮は、この並びに亡父の事務所があり、父はそこで心臓発作で亡くなった。

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石油タイムズの石田会長のご挨拶が印象深かった。ずっとオイルメンリーグを後援し、55年を支えて下さった。

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勢揃いする現役部員。

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トロフィー類。地味だね。

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発足時の石油各社の協賛広告。このうち今に名の残る会社が幾つあるか。
往時茫々である。

チリ津波の思い出

1960年のチリ津波、当時私は出光興産東北支店の独身社員だった。
支店は仙台の
国分町にあり、敷地内の東一番町裏通り側に独身寮があった。
当夜、私は宿直であった。宿直といっても寝ずの番ではなく、夜の戸締りと朝の玄関掃除である。

油槽所が塩釜にあり、早朝電話があって大被害という。
宿直としてすぐに本社などに電話を入れた。当時電話は直通ではなく、交換手に申し込んで繋がれるのを待つのである。普通とか特急の区別があった。
勿論特急で申し込んだが、繋がったのはやっと社員がみな出勤してからであった。

油槽所では500Kタンクが2本、数メートルいざった。空ドラムが7000本、松島湾内に流出した。
曳き波に攫われ、プカプカと浮いて湾内一杯に散乱した。
当時は燃料店への灯油などはドラム缶での流通だった。

港では観光船が大通りへ打ち上げられた。

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