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2010.03.21

たまゆら-とんでん-双子ニレの家

昨年3月群馬県渋川「静養ホームたまゆら」の老人の事故死、そして今月札幌「グループ・ホームみらい・とんでん」の老人の事故死で、私は「双子ニレの家」を思った。
メイ・サートンの小説「今かくあれども」の舞台となったナーシング・ホームである。

<私は狂気ではない。年をとっただけだ。・・・・
私は老人の強制収用所にいる。ひとが、親や身内をがらくたのように捨ててゆくごみ溜めにいる。
兄のジョンが私をここに連れてきたのは、2週間前のこと。もちろんはじめっから、兄と同居できないことはわかっていたが、心臓発作を起こしたあと、私は家を畳むほかなかった。・・・・>

生涯独身で高校の数学教師だったカーロは心臓発作で身体不自由になり、ナーシング・ホーム「双子ニレの家」に入居させられる。
ホームは看護婦あがりの40代の女性とその娘が運営している。ほかに殆ど認知症の10数名の老人が入居している。
ここでは彼女は異端である。インテリであるが故に異端である。
老人たちとはほとんど接点がない。運営者のハリエットがカーロを憎むのである。
外部への手紙を握りつぶし、稀な訪問者も面会不能と追い返す。
カーロは次第に壊れてゆく。
せめて正気を保つために隠して日記を書く。
そしてタバコのライターの油を溜め込む。ホームを焼くために。
どこまでが正気で、どこまでが狂気で、どこまでが痴呆か。

~~~~~~
メイ・サートンがこの小説を書いたのは1973年頃という。
この時代のアメリカの老人施設はこのようであったという。
現在は、どのようになっているか?
「たまゆら」や「みらい・とんでん」と異なるところあるのか?

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「たまゆら」や「みらい・とんでん」を報ずるマスコミの口調は設備の不備を咎め、法律の不備を追求し、運営者の怠慢を責める。
たしかにその告発がなければ世の中の改善はないであろう。
しかし私は「とんでん」の現状が国力であり民度だと思うのだ。
私はその国力の中で老いるしかない。

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メイ・サートン(1912-1995)はベルギーに生まれ、第1次世界大戦を避けて一家でアメリカに移住する。父はハーバード大教授。メイはヨーロッパに学び、女優を目指し、劇団を主宰し、そして作家となる。バージニア・ウルフ、ジュリアン・ハックスレーなどとの多彩な交友。典型的な東部エスタブリッシュメントである。
私は「独り居の日記」「海辺の家」「夢見つつ深く植えよ」「私は不死鳥を見た」「総決算のとき」「今かくあれども」を読んだ。

 

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