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2009.09.28

浜松立体花博4-入場者数

1.横浜開国150年博覧会
  横浜開国150年博覧会は昨日閉幕したが、入場者数は目標500万人に対して124万人だったそうだ。
  中田市長が早々と辞めたわけだ。

2.海のエジプト展
  こちらは69万人。多いのか少ないのか。
  私も妻もそれぞれ観に行った。私はファロスの灯台のミニチュアが欲しかったのだが売ってなかった。

3.浜松花博
  2004年に開かれた浜松花博(正式名称は<しずおか国際園芸博覧会「パシフィックフローラ2004」>)の入場者数は550万人だった。
  大成功と云われた。

4.浜松モザイカルチャー世界博2009
  目標は80万人だそうだ。

5.大阪万博、花博
  ちなみに1970年の大阪万博は6420万人、1990年の大阪花博は2310万人だったそうだ。

 

2009.09.24

浜松立体花博3-もし私がプロデユーサーだったら

もし私が「浜松立体花博」のプロデユーサーだったら、現状に加えてこんな企画をたてたかった。

1.シンボルを建てる。
  一目で「浜松立体花博」もしくは「浜名湖モザイカルチャー博2009」と判るシンボリックな像を建てたかった。
  例えばビルバオ-グッゲンハイム美術館の前にある「パピー」の像、あるいは英国サマセットの「ウイローマン」のような。
  そのイメージをHPにも、パンフレットにも、入場券にも、全部に使用する。浜松駅前にはそのミニチュアを立てる。

  何を建てるか、誰が作るか、大々的にコンペにする。

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2.事務局ブース(展示場)でモザイカルチャーの説明をする。
  このあまりに馴染みのない「モザイカルチャー」の用語を採用するなら、まず入口のブースで説明すべきだろう。
  ・モザイカルチャーの歴史
  ・今回の出展団体
  ・モザイカルチャーの制作方法

3.作品に署名を入れる。
  どの出展物にも作者の署名がない。これでは困る。
  例えば私は静岡県民だが、静岡県出展の「紅雲の雪景富士」に関心を持った。ところがこれを誰がデザインして、どういう経緯で県の出品作と決まり、どう制作したかが判らない。
  もし作者が判っていればその人の講演を聞きに行ったり、他の作品を見たりすることが出来る。
  名前があってこそのモザイカルチャーの普及なのだ。
  「パピー」はジェフ・クーンズ、「ウイローマン」はセレナ・デラ・ヘイの名前とともに存在する。

  すべての出展作品に作者の署名を入れたい。

4.国内作家の招待
  わが国の庭園立体造形の作家を招待して制作してもらいたかった。
  1)杉浦章介氏
    安城デンパークの「花牛」を作った杉浦章介氏の作品を並べたかった。
    デンパークの「花牛」や「孔雀」は、「木を植えた男」以外の全出展作品を圧倒するだろう。

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  2)石原和幸氏
    英国チェルシーフラワーショーで2006、7、8年と3年連続金賞を受賞した石原氏の「緑の壁」を見たかった。それをモザイカルチャーと比べて見たかった。

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  その他多くの造形作家がいるに違いない。菊人形や盆栽など和の世界にも貴重な技術の蓄積があるだろう。
  必ずしも「モザイカルチャー」の旗を揚げていなくても招待する、その幅広さがモザイカルチャーを発展させる。

 

2009.09.23

浜松立体花博2-モザイカルチャーとは

構内配置
 浜松フラワーパークは入口ゲートを入ると、大きな競技場・スタジアムの最上階席のような場所に出る。
 目の前からすぐに下がって底面のフィールド・トラックの部分が広い噴水池になっている。
 向こう側の丘の上にクリスタルパレス(温室)があり、左奥にローズガーデンがある。


 実はこの一望できる景観の中にモザイカルチャー博の展示物はほとんど無い。
 正面のクリスタルパレスと噴水池の間の斜面が市内の小中学生が植えたカーペット花壇になっているが、まだ暑い時期とて見栄えがしなかった。

 このサンクンガーデン(沈床ガーデン)の周囲一帯がサクラ、ツツジ、ウメなどの林や、動物園、水鳥の池など周遊コースになっていて、そこにゆったりとモザイカルチャーの出展作品が配置されている。そこは入口あたりからは見えない。
 出展は世界や国内の各市や企業(少数)で、約90を数える。ちょっと歩きでがあるが、林間コースの散策は心地よい。

 しかしそれらの出展を受けるばかりで、「浜松モザイカルチャー博覧会2009 MIH2009」としての独自の企画や展示物は無い。「博覧会」としてのシンボルがない。
 そのためか、モザイカルチャーとは何か?、何を見せられるのか?の疑問が歩いている間ずっと付きまとった。

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展示作品
1.モントリオール市(カナダ) 「木を植えた男」
  とっつきのコーナーにあるこの作品が何といっても一番だ。不屈の羊飼いが1人で不毛の土地を命溢れる緑の森に蘇らせた物語を描いている。男の前には8頭の大きな羊が佇んでいる。後ろで走る2頭の馬は自由と命の復活を表しているという。躍動感が素晴らしい。
  モントリオール市は世界モザイカルチャー協会(MIH)の本部のある土地である。さすがである。
  これまでのMIHの各大会の作品を通じて(ネットで写真を見られる)、最高の作品ではないだろうか。
  (実は私が作庭を依頼されていた○○牧場のアイキャッチャーに馬のトピアリーを提案したことがあるが、これほどのイメージはなかったし、勿論私に作れるわけもない。)

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2.その他
  90もあるからそれぞれだが、私の目に留まったのはこんなところか。
  瀋陽市-祈福門。磐田市-花・木・昆虫。沖縄-クマノミとイソギンチャク。広島市-カモの里帰り。スリランカ-涅槃佛。静岡県-紅雲の雪景富士。高陽市(韓国)-サムル遊び。ブラジル-日本移民の像。

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3.全体として
  どれも「モザイカルチャー」の定義(次項で紹介)に則った作品であって、私が期待した<花壇の立体化>とは縁がないのであった。

モザイカルチャーの定義(MIH2009 公式ホームページより)
~~~~~~
モザイカルチャーとは絵画や彫刻などの芸術と草本植物の葉や花の魅力を生かす造園や園芸の環境創造技術が融合した全く新しい文化創造のジャンルです。
あらかじめ構築された金属フレームの像の表層部に多種、多彩、多様な生きた草本をデザイン通りに植え込んで作る人、動物、風景などの像及び群像と二次元の緑花床で景観を創造する「緑花像景アート」と定義します。

19世紀にはカーペットベディングとモザイカルチャーは同義語でした。その後20世紀後半にカナダのケベック州を中心に公園などの広大な芝生の景観に色彩豊かな草本を立体的にアレンジし、魅力を添える技法として発展しました。
さらに世紀末に金属フレームで作った原型の像の表層に根の着いた草本を植え込み、花や葉の色彩美を生かした大型の像で公園や広場などの都市景観を演出する装景技法として定着しました。

ボックスウッドなどの木本を長期間にわたって刈り込んで仕立て上げるトピアリー、平面的な基盤に草花を挿入するだけのフラワーボード、立体的植木鉢設置装置などで作る立体装飾などはモザイカルチャーではありません。
~~~~~~

「浜名湖立体花博」と「浜松モザイカルチャー世界博2009」
この博覧会は昨年春発表された頃はもっぱら「浜松モザイカルチャー世界博2009」と表現されていた。
しかしいつの頃からか「浜名湖立体花博」として宣伝されるようになった。
察するに<モザイカルチャーでは何か判らない><理解を得られない>。<判りやすい立体花博にしよう>ということだろう。

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「立体花博」と「立体花壇」
私は<花壇の立体化><庭の立体化>の参考になるだろうと期待して見に行ったのだが、<モザイカルチャー>はそういう表現技法の芸術であって、花壇の立体化とは次元の違うものであった。

(続く)

 

2009.09.21

浜松立体花博-1

今日、開催3日目の浜松立体花博(世界モザイカルチャー博2009)に行ってきました。

詳しいご報告はまたにしますが、一番素敵だったカナダ・モントリオール出品の馬の像の写真をご披露します。

モントリオールは世界モザイカルチャー協会の本部があるところです。さすがです。

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2009.09.20

ペンキ塗り

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今朝はペンキ塗りをした。
下地の剥げかけた塗装をスクレーパーやワイヤブラシできれいにして塗るのだが、そこがいい加減なのですぐにまた剥げ出す。
剥げたらまた塗ればいい。私は割りに気軽にペンキ塗りをする。

もともとはヨットの船底塗装である。
年に1,2回は必ず塗った。
貧乏船乗りだから業者に頼んだことはない。
船底塗装を思ったらガーデンセットの塗装などメではない。

実はもう1枚の写真のデッキの材木も私が塗った。
塗装を引き受けることで見積もりを下げてもらったのである。
(本当は自分で作る予定だったのだが、最初のコンクリート壁へのビス止めで挫折して、結局大工さんに頼んでしまった。)

 

2009.09.15

ぐい飲み

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写真は笊一杯のぐい飲みである。

それぞれドコかのナニかであるのだが、殆ど忘れてしまった。

  

2009.09.14

千葉県庁不正経理と横路議長問題


千葉県庁の使い込み?はひどい。
森田知事がどこまでやるか疑問だが、堂本前知事にも弁償させるとは快哉だ。

思い出すが北海道では長らく社会党政権が続き、道庁内で、また道内全体で、大変な使い込み?が続いていた。
よって横路氏の衆院議長就任には絶対反対する。

 

2009.09.12

徳利と盃

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今朝、「美の壷」という番組で<徳利>と<盃>を取り上げていた。
それで思いついてダイニングの食器棚にあった<徳利>の写真を撮った。

どれも私が現地で買ったものである。
黒薩摩はたしか沈寿官の窯である。まだ司馬遼太郎が「故郷忘じがたく候」を発表する前であった。
残念ながら私がこれらに酒を充たすのは年に数回しかない。

ぐい飲みの類は笊に一杯あるが、それほど愛着はない。

誰に云われたか、あるいはどこかで読んだか、「酒をグラスやぐい飲みで呑むのは邪道で、本来猪口で飲むべきである。」と諭されたことがある。
若い頃酒が弱くて苦しんでいたが、ある座敷で幇間に「酒に強くなるにはどうしたらいいか?」と聞いたら、「猪口一杯の酒を三口に分けて飲みなさい。」と教えられた。
結局強くはならなかった。

 

2009.09.11

空葬5-葬儀

墓、位牌はともかく、自分の葬儀のことを考えよう。
諸兄諸姉への質問でもある。

~~~~~~
自分の葬儀についてどのように考えているか?
 ○葬儀は残された者が行うもので、どのように行うか死者には関係ない
 ○葬儀のやり方について普段から話している、遺言を書いてある
 ○葬儀は不要である

自分の葬儀をどこで行う予定か?
 ○現在地の近隣の斎場
 ○菩提寺
 ○自宅
 ○自分は関知しない

葬儀の形式
 ○菩提寺(所属する宗教など)の仕来りに従う
 ○葬儀業者の設営に従う
 ○個性的な葬儀にしたい
 ○葬儀は不要である

葬儀の会葬者について
 ○近親者のみ
 ○死亡の連絡先名簿を作ってある
 ○死亡・葬儀通知は不要である 
 ○長年働いた会社の人に知らせてほしい
 ○近所の人に手伝ってもらいたい
 ○弔辞を読む人は依頼してある

 

2009.09.10

連立政権

民主党、社民党、国民新党の3党連立が決まったそうだ。
それぞれ党首が入閣するという。

新聞情報に<社民党は雇用対策担当閣僚か?>とある。
雇用対策担当とは厚労大臣か?
とんでもないことだと思う。
社民党に厚労大臣をやらせたら鳩山政権はすぐに立ち往生する。

私は、「社民党は環境大臣、国民新党は少子化担当大臣が相応しい。」と考える。

 

空葬4-繰出し位牌

いきなり<位牌を置こう>などと提言されても、いまどき位牌の形すらイメージ出来ない人が多いのかもしれない。
添付した写真の1は、<モダン位牌>と称して出来るだけ装飾を排したものである。高さ17.5センチと小ぶりである。

これであっても、日常生活の場である居間の棚などに置くには抵抗が強いかもしれない。
位牌を裸で置くのは納まりが悪い。四六時中睨まれている気がする。戒名がない。夫婦双方の親の位牌を並べて置いていいものかどうか。人目に触れさせたくない名前がある。位牌を幾つも置くのは鬱陶しい。

この問題を解決するのが「繰出し(回出)位牌」である。 写真2、3
位牌に何枚もの名札を格納出来るのである。
新しいものではなく、昔から仏壇に位牌が一杯になった時に使用されてきた。

繰出し位牌のメリット
1.屋根と扉があるので、仏壇なしで置いても形になる。
2.すぐに人目に触れない。
3.宗教色が薄い。キリスト教や道教の聖堂のようにも見える。デザインはこれからどのようにも考えられる。
4.誰の位牌でも入れられる。戒名や俗名が入り混じっても違和感がない。
5.写真つきでも入れられる。

如何であろうか。
心の静穏を得られるであろうか。

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2009.09.09

空葬3-位牌

宗教に関心はなくても、時にはご先祖を祀りたい、あの人を偲びたい、何か心の拠りどころが欲しい、という気持ちは多くの人にあるものだと思う。
しかし人間は何か形がないとその気持ちを表すことが出来ない。
*人間、この劇的なるもの-福田恒存

日本人の場合、仏壇の前で手を合わせるのがその形であった。
だが現代の都会生活では仏間どころか、ほんの小さな仏壇を置く余裕すらない。
檀家寺、墓、あるいは仏教そのものと縁が切れている。
その結果我々は、そして子供たちは尚更、先祖に思いを致す、先祖を敬うという習慣すら失ってしまった。
多くの人が故人を偲ぶよすがを持たないままに暮らしている。

ここで私は<位牌>を置くことを提案したい。
<位牌>の語に宗教色はない。英語でいえば<memorial tablet>か。

各家庭に<位牌>があってもいいではないか。

 

2009.09.08

空葬2-焼骨

温度を上げる、時間をかけることで骨は100%煙になるものかどうか、粉骨をしている業者に聞いてみた。

答えは、
「焼くだけで全部煙にすることは無理でしょうね。薬品を使えば可能かもしれません。ただし遺族の心情からいって難しいのではないでしょうか。」

たしかに葬儀のあとの精進落としの席で空葬の話題を出したら、近くに息子を亡くした女性がいて、「何も残らないのはとても耐えられない」と言っていた。

 

2009.09.07

空葬のすすめ

昨今、墓についての議論が喧しい。
これには宗教観、小家族化、葬儀費用の不明朗など、いろんな問題が重なっている。
墓について考えるのが厄介だから、いっそ散骨して墓は要らないとする人も増えている。

散骨といっても市営焼却場で焼いた骨をそのままでは撒けない。
別に業者に頼んで粉骨にしてもらって撒くのである。
その撒き場所にも問題があるようだ。

昨日、ある葬儀に参列して考えた。
<いっそのこと一歩進めて一切を煙にしてしまったらどうなのか。あえて粉骨を残すまでもなく、全てを空に返すのも仏の教えに適うような気がする。>

空葬のすすめである。

 

2009.09.04

慶弔規定

昨日は伊豆ガーデニングクラブの幹事会であった。
現在会員数84名であるが、そのうちの約20名が各分科会の幹事や会計など役割を担っている。
その幹事会でクラブの運営を行っている。

昨日のメインの議題は下期の行事予定の検討であったが、もう1つ重要な議題があった。
クラブの慶弔規定である。
これまでも一応の不文律はあったのだが、私が不在のことなどあり明文化することになった。
会員死亡の際の花篭、弔電などである。

会員の高齢化が進み、いつ誰の身にふりかかってもおかしくない。
かつ、現役を離れて長い時間がたつと世間との繋がりは薄くなり、「伊豆ガーデニングクラブ」の花篭は故人の活動の証としての重みを持つのである。おろそかには出来ない。
一方、年間2000円の会費だけでやっているクラブにとって、花篭代、弔電代の負担は大きい。
難しい議論であった。

参列する各個人の香典についての議論も出た。
地元町内でのお付き合いの場合の標準は1万円だそうだが、ガーデンクラブの付き合いは浅く薄いものだ。しかも収入はない人たちだ。
結局多数決で基準を3000円~とした。


長らく政権与党であった自民党に落選議員への慶弔規定はあるのだろうかと、ふと思った。

 

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