« 独航船 | Main | ネット政治献金 »

2009.07.24

「不干斉ハビアン」を読む

「不干斉ハビアン-神も仏も捨てた宗教者」(釈徹宗 新潮選書 09/01 1260円)を読んでいる。
釈徹宗は浄土真宗如来寺住職、兵庫大学教授-宗教思想史、48才。

不干斉(ふかんさい)ハビアンという人物がいた。
日本人である。1565年頃生まれ、1621年に死んだ。
戦国末期から織豊時代、江戸の初期を生きた宗教者である。

禅僧であったが、キリシタン(イエズス会)に改宗、日本人キリシタンの理論的支柱として活躍した。
そして仏教、儒教、神道、道教とキリスト教を比較して論じた「妙貞問答」を著した。
例えば仏教では当時の仏教諸派を一つ一つ取り上げて論ずる。
法相宗。三輪宗。華厳宗。天台宗。日蓮宗。真言宗。禅宗。浄土宗。浄土真宗。
浄土宗について云えば、依拠する経典である「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」を解説してキリスト教に劣るところを指摘する。
釈徹宗は、<ハビアンはきちんと各宗派が依拠する経典類に当たっている。誠実な態度である。>と書く。

神道、儒教、道教に対しても同様である。
特に神道に関して辛辣な小気味のいい解釈だ。この時代に、よくぞここまで見切ったものだ。明治以後の神道騒動はいったい何だったのか。

当時のキリシタンを代表する論客として、並み居る宣教師をさしおいてハビアンが他宗派との宗論を行い、大きな儀式での説教を行った。
その名前は各宣教師の本国にも伝えられた。
このハビアンが1608年イエズス会を突然脱会し、棄教?し、キリスト教批判の書「破提宇子(はだいうす)」(1621)を著す。
キリスト教体系における最も説明の困難な三位一体説を衝く。キリストは人間ではないか。
またアダムの原罪を「切って継ぎ番匠」と評する。
フォイエルバッハが衝撃的な言説「キリスト教の本質」(1841)を発表する220年以上前にハビアンは同じ結論を提示していた。
当時のキリスト教団はこの書を「地獄のペスト」と呼んだ。

私なんぞ聞いたこともなかったハビアンは、けっして埋もれた人物ではなかった。
林羅山と論争している。棄教後、徳川秀忠と面談(!)している。諸外国の文献に名を留める。
しかし近年埋もれていたともいえるが、「妙貞問答」(中・下)が大正6年(1917)になって神宮文庫から発見され、1972年に吉田家旧蔵より上巻が発見されて様相が変わった。
私の知る名前でいえば、新村出、姉崎正治、三枝博音、井手勝美、芥川龍之介、山折哲雄、山本七平、三浦朱門、遠藤周作らがハビアンを評しているという。

400年昔、世界のどこにもキリスト教、仏教、儒教をこれほど分析・比較して論じた思想家はいなかった。
人生に知らないことの種は尽きないが、私は釈徹宗のこの書を読んで興奮状態にある。

« 独航船 | Main | ネット政治献金 »

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21255/45726047

Listed below are links to weblogs that reference 「不干斉ハビアン」を読む:

« 独航船 | Main | ネット政治献金 »