« June 2009 | Main | August 2009 »

2009.07.31

「女3人のシベリア鉄道」を読んだ

「女3人のシベリア鉄道」(森まゆみ 集英社 09/04 1890円)を読んだ。
読んだ理由は図書館の新刊棚の正面にあったからである。

森まゆみは1954年生まれという。若い頃、シベリア鉄道を使ってのヨーロッパ行きに憧れた。当時それが一番安いルートだったから。
結婚し、離婚して3人の子を筆1本で育て上げた。
地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し、それから積み上げて文筆家としての地歩を築いたが、基本的には文学者というよりライター・編集者というべき人だろう。最近は旅行作家の趣きもある。
私がこれまでに読んだのは「鴎外の坂」「即興詩人のイタリア」だが、それぞれ敬服すべき作品であった。

その森まゆみがある時、わが国の大女流作家3人がシベリア鉄道でヨーロッパに行っていることに気付いた。与謝野晶子、中条百合子(宮本百合子)、林芙美子である。
自分のかっての夢と重ね合わせて、彼女はこの3人の著書や日記をトランク一杯詰め込んでシベリア鉄道に乗り、偉大なる先輩たちの旅を追体験する。
シベリア鉄道といってもウラジオストックから乗るルートと、大連-ハルビンを経てシベリア鉄道に入るルートがある。ウラジオは軍港として日本人は入れない時期があった。

かくしてこの書はウラジオルートと大連ルートの2度の旅行を合わせた内容である。
与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子、それぞれに面白い。といっても私は宮本百合子とはまったくご縁がなく1冊も著作を読んだことがない。。
私が面白かったのは、森まゆみが2度の旅行にガイドを同行したことである。
ウラジオルートにはロシア人の、大連ルートには中国人の、日本の大学院に学ぶ苦学生を通訳・ガイドとして同行した。
それぞれの実家にも立ち寄るのだが、苦学生であるからして実家も庶民の家である。何年ぶりかで帰郷した娘を迎える家族。一家眷属が集まって精一杯感謝をこめて森を歓待する。涙ぐましい。
家族たちは森のことをどれほどのお大尽と思ったことだろう。
1910、1920、1930年代の3人の女性の旅との比較が、何故かわが世代には切ない。

それにしても森まゆみはよく歩きよく書く。克明に書く。
書かねば食えない覚悟が、元来の才能を磨いたのだろう。

 

 

2009.07.29

当てと褌は向こうから外れる

珍しく(開闢以来初めて)、琥珀磨きに16人もの同時申し込みがあった。
某女子校の中高生が夏休みに伊豆に来ての体験学習希望である。
わが家にはとても入れないので、先方の寮にこちらから出向くことになった。

それにしても16人を相手に妻1人ではどうにもならない。
私にヘルプの指示が出たのは当然だが、孫のAに手伝わせることを企んだ。
Aは小学5年生、琥珀磨きは得意で、ここにいる時は得々として客の相手をしてくれる。

声をかけてみたが、AにはAの都合があるのであった。
それは止むを得ない。

そのことを妻が友人にメールしたら、<当てと褌は向こうから外れる、と姑によく言われた。>と返事が来た。
妻はこの諺を知らなかった。私に<知っているか?>と云うから、<聞いたことはある>と答えたら、<あなたもお爺さんねえ>。
<意味は?>というから<自分で調べろ>と云ったら、「ことわざ大辞典」(小学館)に「当てと越中ふんどしは・・・」と出ていた。
その「越中ふんどし」が2人ともはっきりとは判らない。
また別の辞書をひく。
ふむふむ。いくらかふんどし博士になる。

2人して大笑いであった。

 

マニフェスト―子供手当て

民主党の選挙マニフェストに、「中学生までの子供に毎月一律26000円を支給する」というのがある。

数年前までの私なら、<働かざるもの食うべからず>のモットーが刷り込まれていたままの私なら、この政策には頭から反発しただろう。
無償で一律支給なんてとんでもないことだ。
まして扶養控除廃止では当方に実害まで生じる。


しかし、昨年夏ベーシックインカムの思想に触れた現在、私はこの政策を是認する。
1人毎月8万円には満たないが、とりあえず2万6千円でもいいではないかと考える。
政策に対して抵抗がない。

ベーシックインカムの考えで最も強く響いたのは次の点である。
<近代の高度工業化社会は生産の大規模化、生産性の向上により、社会の成員のすべてに労働の場を与えることが出来なくなった。しかしそれでは資本主義社会が成立しない。職のない者にも購買力=ベーシック・インカムを与えなければならない。> ―ヴェルナー

その後世界不況で不正規雇用労働者の問題がクローズアップされたが、根は労働の場の不足にあるだろう。
また、日本の人口減少は目に見えてきた。

多少は身を削ることになっても、子供手当ては実現してもらいたいと思う。

 

2009.07.27

ネット政治献金

楽天がネットでの政治献金システムを完成させ、サービスを開始したというので行ってみた。
及ばずながら一灯を献じよう。

なかなか入口が判らない。
やっと<楽天☆政治-ラブジャパン> というところを見付けて入ったが、結局献金は出来なかった。
今のところ「楽天カード」でないと献金出来ない。
そのうちにはカードの種類を増やすと書いてあった。

それにしても楽天の手数料が献金額の5%+105円とは、いい商売なんだろうなあ。


2009.07.24

「不干斉ハビアン」を読む

「不干斉ハビアン-神も仏も捨てた宗教者」(釈徹宗 新潮選書 09/01 1260円)を読んでいる。
釈徹宗は浄土真宗如来寺住職、兵庫大学教授-宗教思想史、48才。

不干斉(ふかんさい)ハビアンという人物がいた。
日本人である。1565年頃生まれ、1621年に死んだ。
戦国末期から織豊時代、江戸の初期を生きた宗教者である。

禅僧であったが、キリシタン(イエズス会)に改宗、日本人キリシタンの理論的支柱として活躍した。
そして仏教、儒教、神道、道教とキリスト教を比較して論じた「妙貞問答」を著した。
例えば仏教では当時の仏教諸派を一つ一つ取り上げて論ずる。
法相宗。三輪宗。華厳宗。天台宗。日蓮宗。真言宗。禅宗。浄土宗。浄土真宗。
浄土宗について云えば、依拠する経典である「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」を解説してキリスト教に劣るところを指摘する。
釈徹宗は、<ハビアンはきちんと各宗派が依拠する経典類に当たっている。誠実な態度である。>と書く。

神道、儒教、道教に対しても同様である。
特に神道に関して辛辣な小気味のいい解釈だ。この時代に、よくぞここまで見切ったものだ。明治以後の神道騒動はいったい何だったのか。

当時のキリシタンを代表する論客として、並み居る宣教師をさしおいてハビアンが他宗派との宗論を行い、大きな儀式での説教を行った。
その名前は各宣教師の本国にも伝えられた。
このハビアンが1608年イエズス会を突然脱会し、棄教?し、キリスト教批判の書「破提宇子(はだいうす)」(1621)を著す。
キリスト教体系における最も説明の困難な三位一体説を衝く。キリストは人間ではないか。
またアダムの原罪を「切って継ぎ番匠」と評する。
フォイエルバッハが衝撃的な言説「キリスト教の本質」(1841)を発表する220年以上前にハビアンは同じ結論を提示していた。
当時のキリスト教団はこの書を「地獄のペスト」と呼んだ。

私なんぞ聞いたこともなかったハビアンは、けっして埋もれた人物ではなかった。
林羅山と論争している。棄教後、徳川秀忠と面談(!)している。諸外国の文献に名を留める。
しかし近年埋もれていたともいえるが、「妙貞問答」(中・下)が大正6年(1917)になって神宮文庫から発見され、1972年に吉田家旧蔵より上巻が発見されて様相が変わった。
私の知る名前でいえば、新村出、姉崎正治、三枝博音、井手勝美、芥川龍之介、山折哲雄、山本七平、三浦朱門、遠藤周作らがハビアンを評しているという。

400年昔、世界のどこにもキリスト教、仏教、儒教をこれほど分析・比較して論じた思想家はいなかった。
人生に知らないことの種は尽きないが、私は釈徹宗のこの書を読んで興奮状態にある。

2009.07.22

独航船

私の出身大学の伊東支部なるところから同窓会開催の案内が来た。
数年前に熱海・沼津支部というのが出来て、会合の案内が来ていたが出たことはない。
今回、さらにその下に伊東支部が出来たのだそうだ。

参るね。
どういうつもりだろう。
私は昔を懐かしむ気分は薄い。
人脈を作る、辿ることには縁が遠い。
オールドボーイであることを今更認識するのは気が重い。

私は独航船が好きだ。

Bannerkaimyou2


2009.07.20

花選びネット-黒潮丸の時流感覚

<黒潮丸の花合わせカード>作成を声明したのが7月15日であった。

料理レシピサイト<クックパッド>からヒントを得たのは2月ほど前である。
なんとか形をイメージして、データベース検索機能作成にメドをつけて、7/15に声明を発したのであった。
その直後に「クックパッドというビジネス」(上坂徹 角川SSC新書 09/5)が刊行されていることを知り、7/18に読んだ。
折りしも7/17に「クックパッド」が株式上場し、1万9000円の買い気配のまま初値が付かなかったとのニュースが流れた。
黒潮丸は時流に敏いのである。

<花選びネット>について云えば、やっと表紙だけが出来た。
ただし表紙だけで、中味はまだ着手したばかりである。
撮り貯めた写真からセレクトして花の名前を付けるだけでも大作業である。

~~~~~~
「クックパッドというビジネス」はあまり感銘を受けなかった。
理由:
1.私にはそれほどビジネスにしようとする意識がない。
2.クックパッドの成功には技術の裏付けがある・・・と強調されているが、私には技術がない。
3.上坂徹の筆が冴えない。

 


2009.07.18

大雪山事故-勇者たちの尊厳のために

北海道大雪山で多くの生命が失われた。哀切のきわみである。
謹んでお悔やみを申し上げたい。

このあと警察による原因調査と、幾つもの裁判騒動が始まるのであろう。
既にして報道カメラの映像の中には欲の亡者の影がちらつく。

1992年2月、ジャパン-グアムレースにおいてヨット2隻が遭難し14名が死んだ。
そのうちの3家族がレースを主催した日本外洋帆走協会ほかを相手取って損害賠償の提訴をした。

当時の日本外洋帆走協会機関紙”Off Shore”に石原慎太郎会長が寄せた一文を再録する。


~~~~~~
勇者たちの尊厳のために---石原慎太郎 (offshore誌93年10月号)

...前略...
 なによりの悲劇は、世間はむべなるかなと思うかもしれぬ遺族たちの提訴に、実は誰よりも一番不本意を感じ、それをもたらした食い違いを歎き、恥ずかしく思っているのが、他ならぬあの遭難で海に死んだ者たち、遭難者自身であるということに違いない。

 参加する船がいかに数多くとも勝者はただ一人という、ほとんど無償に近いオーシャンレースに私達があえて出かけてゆくのは、自分という人間の実在を自らに向かって証明するためであり、そこでかち得る高揚と満足充実をいかなる肉親にも与えることなど出来はしない。

 彼を愛する者たちにできるのはただ、彼らが海で味わう充足への共感でしかないが、その限りでこそ孤独な行為者である彼らもまたけっして孤独ではないといえるのに。

・・・略・・・

 死者たちの勇気ある者としての栄光と尊厳を、一体誰が金銭をもって計量出来るのだろうか。死者はもうけっして蘇りはしない。なのに、なおまた彼らから一体何を奪おうとするのだろうか。

 我々はなにゆえに彼らを愛したかを、もう一度自らに問いなおすべきに違いない。死者をやすらかに眠らせるためにも。

~~~~~~


 

2009.07.15

にあがりもん-3

宮崎のにあがりもんは政治家になるために早稲田に行ったそうだから、当然レーガン大統領のことは学んだだろう。
ハリウッドの俳優からカリフォルニア州知事となり、米国大統領となった。
県知事から総理となってもおかしくないと、にあがりもんは考えたに違いない。

実際にレーガンの軌跡はどうだったか。
社会生活の始めは野球実況中継のラジオアナウンサーだったという。
それからハリウッド俳優となり、30年近く活躍する。
最後の頃は次第にテレビの司会業に移り、映画俳優組合の委員長をつとめた。

1966年、55才の時カリフォルニア州知事となる。
そして大統領選出馬を志したが、1968年にはニクソンに、1976年にはフォードにそれぞれ共和党予備選で敗れた。
1980年にやっと共和党の大統領候補となり、81年にカーターを破って大統領となった。70才であった。

にあがりもんは最初から自民党大会での無投票当選を要求したわけだ。
アナウンサーからテレビ司会となると、<俺も・・・>と妄想する面々が多いのだろうな。
古賀誠の罪は重い。

私は俳優時代のレーガンをよく知ってはいなかったが、カリフォルニア知事となった時に、<ああ、あの俳優か>と顔を思い浮かべる程度の知識はあった。

 

花合わせカード

思えば昨年の前半は<貼るポケット>に熱中していた。

秋から4月頃までは<庭園リスト>作りに没頭した。 
一応<日本庭園><バラ園><ハーブ園>まで作って、現在毎日50-60人が見に来てくれる。

その後押し花に目を向けた。
ふむふむ。
まだ自分の花一つ満足に押していない段階で、もう家元制度?のコースから逸脱した独自の方法を模索している。
はっはっは、先をお楽しみに。

そして数日前に<黒潮丸の花合わせカード>を着想した。
基本は花の寄せ植えのデータベースである。添付写真のようなデータカードをたくさん作成する。
そして”ネモフィラ”を植えたい、使いたいと思っている人が”ネモフィラ”を検索すると、このようにネモフィラを使った花壇、コンテナ、バスケットの写真がずらっと出る。人はそれを参考にして自分の組み合わせを考える。私が組合せを教えることはしない。
600万人が利用すると豪語する”クックパッド”の本歌取りである。
これまで花の性質の諸元を記したり、あるいは花の絵・写真のデータベースはいろいろあるが、このような組合せ例を示したDBはないと思う。
花壇、コンテナ、バスケットを自分で全て作ることは難しいが、写真は自分が撮影したものだけにしようと思っている。
花の名前は私が付ける?から間違いもあるだろう。ご愛嬌である。

タンジェント作戦はあるし、庭木の剪定はまだ4日分の作業が残っているし、暑くなるし、忙しいことである。

やまももの落下は20日間でぴたっと止まった。恐怖の時は終わった。
しめて60-70キロの収穫であった。

追記
花合わせカードを思いついたのでタンジェント作戦は中止の方向である。

070404akaoherbgardentulipr

090420mgflowers002saprilgarden

061020hibiyacoriusr


 

2009.07.14

タンジェント作戦-2

この作戦を遂行するに当たって幾つかのハードルが予想された。

1.コンクリートの穴あけ
  デッキの家側には柱が立てられない構造である。家の壁はコンクリートである。
  従って雨除けは、コンクリ壁に受けの材木を取り付けて、そこから張り出すことになる。
  その穴あけが大変である。とりあえず7.2ミリのドリルで30ヶ所の穴を高所に開けねばならない。
2.雨除けの重量
  コンクリ壁に釘で取り付けた受け材で、70キロもの重量を支えられるか。
3.波板の葺きかた
  屋根部の高さはデッキ上280センチになる。はたしてこの高さで波板を止める傘釘を上から打つことが出来るか。

本日、買ったばかりの振動ドリルで穴あけを始めたら、最初の穴を2センチ進んだところでドリルがストップしてしまった。
メーカーに電話したら<送り返してくれ>という。

前途多難である。

 

2009.07.13

タンジェント作戦

090713mgsunroof


タンジェントとは何であるか?

わが家のデッキ部分に被災地の仮屋根みたいな雨除けがかかっている。
思えば10年前、私が1人で手作りしたものである。これで洗濯物の雨露を防いできた。

しかしもともとがヤワなので(材木が細い、作りがいい加減)、ついにガタがきた。
昨年あたりから風が吹くと猛烈な音をたて、はては捲れ上がる。
このままでは今年の台風シーズンは乗り切れない。

業者に相談すると持ってくる絵はみんなアルミ製である。今いち気乗りしない。
ちょうど最近近所に移住してきた人が手作りでデッキほかを自作中である。私より15才も若い。
相談すると<そりゃあウッドで自作ですよ。簡単ですよ。>と言う。

ついその気になって絵を画きはじめた。
ツーバイフォーという材木を用いる。絵にはそこここの切り込み、その幅、深さを書き入れねばならぬ。
さてデッキの張り出しは190センチである。屋根部は45センチ→0の勾配をつける。
勾配は何度であるか?

ふーむ。 タンジェント?
この言葉だけが出てきたが、他に想起されることは何もない。
すべて忘却の彼方であった。
件の彼氏に教えを請うたら、<13.3度>と教えてくれた。そういう計算をかっての私はしたのであるか。

画いた絵の屋根部の重量を計算すると75キロにもなる。
重いのは素人設計の最大の特徴である。果たして完成するものかどうか。
心配なのでまだ材木の発注はしていない。

この作業をタンジェント作戦と名付けよう。

 

「風のガーデン」のガーデンデザイナー

090713uenosayukikazenogarden0001


昨秋TV放映された連続ドラマ「風のガーデン」をご覧になった方は多いと思う。
北海道・富良野を舞台に、倉本聡脚本・演出、緒方拳の生前最後の出演作品でもあった。
私は黒木メイサをこのドラマで初めて見た。

数日前の朝日新聞に、この「風のガーデン」のガーデンデザイナー上野砂由紀さんの記事が出ていたのでご紹介する。
まずは写真をご覧あれ。

ご本人は旭川でご家族と観光ガーデン「上野ファーム」を運営している。
100年以上続く米作農家の長女。両親が休耕田をガーデンにすることを思い立ち、砂由紀さんはアパレル会社をやめて英国にガーデン修行に行った。
5300㎡のガーデンとショップ、カフェ、ナーセリーなどを併設している。

「風のガーデン」のガーデン設計、設営で一躍注目を受ける。
昨年12月長男出産。
今年4月「上野砂由紀の庭ノート」(ベネッセ・ムック)出版。

 

2009.07.09

にあがりもん-2

宮崎の”にあがりもん”はだんだん跳ねが小さくなったようだ。
跳ねて元の鉢に落ちなければ日干しになるよ。

ほかに私がよく使った侮蔑語  (今は使わないみたいだな?・・・)
1.天保銭
  天保銭は本来100文なのが贋金が多かったりして8掛けにしか通用しなかった。
  それでちょっと足りない人間を天保銭と呼ぶ。小中学生の頃よく使った。
  昭和陸軍には違う使い方があったようだが、私には関係ない。
2.半可くさい
  <馬鹿じゃないか>の意。
  知能が低いというより、考えが足りない人に対して使ったと思う。
3.たれかもん
  皆と同じように行動せず、ちょっと違う考え方をする人間への差別用語である。
  はたから見れば私なんか”たれかもん”の最たるものだろう。

 
  

2009.07.05

裕次郎と私

今日は石原裕次郎の23回忌とかで、国立競技場に多勢が集まったようだ。

私の裕次郎との関わりを書いておこう。
(大昔、ブログを始める前に書いたことがあるが・・・)

私は「一橋文芸」の大和田政也に頼まれて「一橋文芸」発行の資金作りを手伝っていた。
資金作りとはダンスパーテイの開催である。
会場を借り、バンドを頼んで、女子大生にチケットを売る。そして利益を出す。
どうしてか私にはそのノウハウがあった。

石原慎太郎が「一橋文芸」に発表した「灰色の教室」が「文学界」の新人賞を獲った。
そこで「一橋文芸」は「石原慎太郎・文学界新人賞受賞記念」と銘打ってパーテイを開き、一稼ぎを企んだ。
名前を使うからには石原先輩に挨拶しておかねばならぬ。私はサッカー部で石原慎太郎と面識がありその使者にたった。
「先輩をダシにしてパーテイをやらせてもらいます。」と言ったら、「ダシにするとは何事だ。」と頭から叱られた。そういう人であった。
この新人賞をきっかけとして「太陽の季節」の芥川賞につながる。

当日の会場は阿佐ヶ谷会館であった。
慎太郎は来なかったが、代わりに裕次郎と岡田真澄が来た。慎太郎なりのサポートであり配慮であった。
私も誰も、裕次郎や岡田真澄のなんたるやを知らなかった。まだ映画に出る直前の彼らであった。
ところが2人が現れるやあたりは騒然となった。女子大生たちは彼らがなんたるかをすでに知っていたのだ。それとも独特の嗅覚か。
確かに2人にはオーラがあった。いや、物凄い熱気だった。
50年たった今も忘れない。

これが裕次郎と私の関わりである。

 

2009.07.04

押し花修行

2009_0704090704oshibana10001


(この記事は押し花に知識のある人には無意味ですから読まないで下さい)

まず添付写真をご覧ありたい。
先日押し花修行を始めるとご報告したが、その第1回作品である。
本来の<ふしぎな花倶楽部>(日本ヴォーグ社)のカリキュラムではとても最初からここまではやらせないのだろうが、年寄りに免じてのE先生の特別配慮である。

1回習っただけで口幅ったいが、押し花を作る作業は次の3つのステップに分かれるようだ。
1.花や葉を摘んで”押し花”にする。
2.”押し花”を画面上に配置・構成する。
3.画面を固定し、退色・変色を防ぐ処置をして、額等で飾る。
私の第1回作品は1と3は先生がやってくれて、私がしたのは2だけである。

1.押し花の作成
  私の子供時代の新聞紙や電話帳より除湿材の使用が的確になったようだ。
  なかには電子レンジを使う流派もあるらしい。
  それより”押し花”そのものが売られているのに驚いた。あらゆる植物が”押し花”にされて、5-20輪1包みで500-1000円で売られている。
  自分で花を摘んで押し花にしなくても、買い集めて押し花作品を作れるようになっている。

2.配置・構成
  これについて厳しいカリキュラムがあるのかどうか知らない。
  いろんな色紙、型紙、小物が売られている。

3.退色予防処理
  こんなことをしているとは全然知らなかった。
  「ふしぎな花倶楽部」の場合、
  1)アルミ板、除湿材、脱酸素材、和紙をこの順番で敷いた上に押し花を配置する。
  2)配置が済むと上にガラス板を置いて、アルミ板とガラス板の周囲を接着剤で固定する。
  3)まだ軟らかいうちにチューブを差し込んでヴァキュームで中の空気を抜く。
  4)額に入れる。(周囲の糊付けの部分が隠れる)
  これでSeveral yearsは色が変わらないという。

この各段階で使用する資材、器材はすべて日本ヴォーグ社が販売している。
かつ、資格をとった講師を通じてしか購入できない。
他の流派には他の流派のやり方があるのだろう。

ここに書いたようなことはネットにはいっぱい出ているので、秘密でもなんでもない。

 


にあがりもん

1.妻の在所久留米に”にあがりもん”という言い方がある。
  もともと”二あがり”は三味線の調弦の1つで、二の糸を高く合わせることをいう。
  それから転じて、お調子者、跳ね上がり者のことを”にあがりもん”という。

2.株の世界にこんな言葉があるそうだ。
  <売れば二上がり、買や三下がり、切ってしまえば本調子>
  二上がり、三下がり、本調子、どれも三味線用語だ。

3.誰かさんは売り損なったのか、買い損なったのか。そのまんまにしておけば本調子だったものを。
  典型的な”にあがりもん”だ。

 

2009.07.01

春のオープンガーデン反省会

一応春のシーズンが終わったところで伊豆オープンガーデンの反省会を行った。

1.格別事故も問題も起きなかった。

2.東海バスの「庭巡りバス」は17便計画して13便運行した。まずまずの成果であった。
  4月に欠便があったのは、時期的に早いのか、広報不足なのかの議論があった。

3.一部の庭について、バス客から「こんなレベルの庭を金をとって見せるのか」と不満が出た。
  分析:
   ・お客様の目が肥えてきた
   ・世間一般の庭のレベルが上がった
   ・リピーターが増えた (バス客の半分近くがリピーター)
   ・庭主が高齢化した - 今年で11年目であり半分の庭主が11才としをとった
   ・バスのためにオープンしているわけではないが、巡回バスのウエイトが高まった
   ・我々は最初から無料公開であるが、バス客は料金を払っている意識が強い・・・(バス料金はバス会社の営業であり、各庭への還元はない)

  検討:
   ・アマチュアの手作りの庭だから最初から素晴らしい庭はない。オープンしてから充実していくのだから、参加のハードルは上げたくない。
   ・「オープンガーデン」参加のルールと、「庭巡りバス」受入れのルールを分けよう。
   ・安全対策を強化する。
   ・バスガイドは<庭は無料公開である>ことをバス客にきちんと説明する。

4.オープンガーデンの会計は余裕がない。
  (主たる支出は「お庭案内」の製作費)

5.秋のバス巡回も4-6便運行しよう。

 

« June 2009 | Main | August 2009 »