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2009.01.30

「ちょっと気になる古い船」連載完結

大橋且典氏がKAZI誌に3年にわたり連載していた「ちょっと気になる古い船」が完結した。
全36回、セーリングクルーザー36艇が紹介されている。

どの艇にも思い出がある。
楽しい思い出、辛い思い出、悲しい思い出・・・
40数年のヨットライフの思い出がみんなここに詰まっているようだ。大橋氏は我々の思い出を歴史に残してくれた。
大橋氏に感謝したい。

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 <36艇のリスト>

 

2009.01.27

世代間戦争8-未成年選挙権

孫が私の年令になった時、日本の人口は7000万人になる。現状から5000万人減る。
皆さんはそれがどんな状態か、想像出来るだろうか。
どんな対策をたてたらよいのだろうか。
私は対策の1つとして、<日本人として出生した子供は直ちに選挙権が付与される>システムを考えている。

このアイデアは立木信氏が著書「世代間最終戦争」、「若者を喰い物にし続ける社会」で提案しているものだ。
ただし立木氏は、<これが国債発行など次世代へのツケ回しの歯止めになる>と言う程度で、そこからあまり突っ込んでいない。<実現の可能性は少ないだろう>とも言っている。
また氏は高齢化社会の問題を強く提起するが、人口減少社会にまでは言及していない。


私は、全出生児への選挙権付与は実現可能な政策だと思う。
それは世代間戦争に対しても、人口減少に対しても有効な政策であり、世界の中での日本の地位を高めると思う。
なにより金がかからない。

まず憲法を見てみよう。
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第44条【議員及び選挙人の資格】
両議院の議員及びその選挙人の資格は,法律でこれを定める。ただし,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によつて差別してはならない。
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勿論民法、商法など各法での規定があって嬰児の選挙権に抵触する部分もあるだろうが、憲法では排除されていない。
要するに法律で定めればいいのである。

嬰児に付与された選挙権を誰が行使するのか。
両親に? これは駄目だ。
私は母親に行使権を与えたい。産んだ事実こそ明快である。
子を持つ母親は老ボスや介護老人の2倍3倍4倍の権利を持つのである。世の中は変わる。
(養育しない母、母の死んだ児など細則は別に考えればよい。)

子供の選挙権は何時から子供のものになるのか。
これも議論だが、私は元服(14,5才?)をもって権利者としたい。母親の許可を必要とする。細則は別に定める。
現在の成人式は酒が飲めるようになるだけだが、権利が付くとなれば意義は大きいだろう。

日本人だけか?
これから先、否応なしに外国人の流入は避けられない。
国籍や選挙権など、議論の多いところのようだ。私は詳しくない。
ここでは<日本人の両親から生まれた三代目の嬰児から>としたい。細則は別に定める。

どうだろう。
日本の女性は産んだ子供の数だけ選挙権を持つ。
日本独自の政策である。

 

2009.01.24

世代間戦争7-「日本人はどこまで減るか」

「日本人はどこまで減るか」(古田隆彦 幻冬舎新書 08・05刊 760円)を読んだ。
著者は1939年生まれ。名大法科卒、新日鉄・社会工学研究所部長を経て、現代社会研究所所長、青森大学教授。
重い本で読むのに3日かかった。読後メモ作成に2.5時間。

人口波動、人口容量(キャリング・キャパシテイ)など新しい概念でいろいろ説明してくれる。
前提条件の置き方でどのようにも変わり得るものだろうが、結論から言うと、「2080年代に6700万人で底を打ち、それから増加に転じて2150年頃に1億人台を回復する」と言う。

これは国立社会保障・人口問題研究所が2006年12月に発表した「日本の将来推計人口」の中位推計<2046年に1億人を割り、2100年に4771万人>より楽観的だ。

具体的に考えると、現在中学生・小学生の孫が70才になる頃、日本の人口は7000万人ということだ。
将来の反転回復はこれからの問題として、取あえず孫が年金生活となる時の7000万人までは見えている。少子化担当大臣が何人かかろうが動かしようはない。
とてもじゃないが訳の判らないダムや道路など、作っている場合ではない。

 

2009.01.22

朝青龍の懸賞

朝青龍が自分の取組みに自分で懸賞を出している。
チャンコ屋の宣伝で<Blue Dragon>と刺繍がしてある。
今のところ自分が取っているようだ。

それで思い出したことがある。
棚から引っ張り出してみたら<昭和40年10月24日>の日付である。
<明子杯  伊豆国際>の文字。

その直前、10月5日に娘明子が誕生した。
ちょうど出光営業部若手(役職以外)のゴルフコンペがあり、そこに私が「4等賞に・・・」と言ってこのトロフィーを出したのだった。嬉しさに舞い上がってそんなことをしたのだった。。
たまたま私が4等になって入手したのでここにある。

考えてみたら随分不遜な仕儀だ。並み居る先輩に対して、自分の個人的な喜びの記念品を懸賞として出すとは何たる跳ね上がりか。
誰がそんなもの貰って喜ぶものか。
若気の至りとも言えない。今も変わらぬ私のおっちょこちょい振りである。
トロフィーに金一封を付けたのならともかく、そんな気配りはさらさらなかった。

自分で取り込んだだけ恥が少なくて済んだ。

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2009.01.21

伊豆オープンガーデンの準備

今年の伊豆オープンガーデンの準備が始まった。

1月10日 締切り
 今年のオープンガーデン参加エントリーを締め切った。
 1庭リタイア、4庭新規参加で23庭となった。

1月14日 オープンガーデン幹事会
 「お庭案内」、「参加庭リスト」、「散歩マップ」の作成準備に入り、その担当確認、スケジュール確認を行った。
 膨大な、そして細心の注意を要する作業である。

1月16日 オープンガーデン部会
 今年の参加庭23庭、そのうち20庭が集まった。
 それぞれ公開条件の確認と、諸スケジュールの確認を行った。
 賑やかで、真剣な集まりだった。

1月21日 新規庭のバス巡回
 今年から参加する4庭を実際に使用するバスで巡回し、道路状況、駐車位置等の確認を行った。
 やはり回ってみなければ判らないことも多い。

 

世代間戦争6-病院閉鎖とセーフテイネット

急激な経済変動により突然職を失った労働者に対するセーフテイネットの不備が社会問題になっている。
是非ともこの不備は埋めてもらいたい。
現役労働者をこんな不安な状態においたままでは、早晩我々老人も安閑と生きていられなくなる。

ところで銚子市立総合病院の閉鎖が大きな社会問題となっている。
全国では他にも多くの病院が閉鎖の危機に曝されているのだろう。

私は銚子病院の閉鎖を必ずしも<怪しからん>とは考えない。
金がなければ仕方がないではないか。
金がないなら国が救えというのか?国は今でも収入の倍もの金を使っている。借金して。
これ以上銚子病院のために金を出せというのは、もっと借金をしろと言うに等しい。
その借金で助かるのは大部分が年寄りであり、借金を返すのは若者およびこれから生まれてくる者たちだ。
老人よ、未だ物言わぬ者たちから金を借りて、それでいいのか?

(天下り官僚に出させるというならそれはそれでよい。その方法を考えてくれ。)

私は何事にも限度があると思うのだ。
医療とか、介護とか、福祉は治外法権だとは思わない。この分野の借金はフリーだとは思わない。
金を払える限度までしか病気治療が出来ないのは万古不易の原理である。お釈迦様だってそれ以上生きろとは教えなかった。

しかしセーフテイネットは用意してもらいたい。
それなしに放り出すのはあまりに酷だ。

私は究極のセーフテイネットは以前に書いた2点につきると思う。痛み止めと安楽死薬の自由化である。(参照)
このセーフテイネットがあれば日々の暮らしはどれほど安寧になるか。
金はかからない。是非とも実現してもらいたい。

 

2009.01.20

寒肥の時期

ここ数日、バラや花木に寒肥をやっている。
やっていて楽しい。

何をやるか諸説あるようだが、私のレシピは次の通り。
完熟牛糞堆肥、完熟油粕粒、苦土石灰、配合肥料、土の再生剤
これらを適当に混ぜてたっぷりやる。
土の再生力を信じているので、適当にやれば適宜摂取してくれるだろう。

1つ言えるのは、肥やしは絶対に必要だ。
自然に任せておくだけではいい花も実もならない。

写真-着膨れてますなあ。

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妻が面白い話を聞いてきた。
ここ八幡野では90才以上の人が亡くなった場合、お金を撒くのだそうだ。
コインや千円札など。

話してくれたお婆さん(70才?)は腰が痛むので屈んで拾うことが出来ず、地べたに座り込んで拾ったそうだ。
そうしたら光るお金(100円、500円?)はみんなひとに拾われて、自分は10円玉しか拾えなかったけど、それでも千円になったそうだ。
全部で幾ら撒くの?と聞いたら、自分のお婆さんの場合は27万円撒いたそうだ。
どうして27万円?と聞いたら、それだけ通帳に入っていたから、だそうだ。

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これを書いていて思い出した。
近所の空き別荘のネーブルに肥やしをやらなければいけない。
いつも美味しく頂いているから。

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2009.01.18

てほんびきと自動車販売不振

たしか阿佐田哲也の<てほんびき>が出てくる小説だったなと思いながら、その小説の名前が思い出せない。
Googleで阿佐田哲也をひき、<てほんびき>をひいているうちに、なんとか「ドサ健ばくち地獄」ではなかろうかと見当がついた。
さて、と思って念のためわが書棚を探したら、これがあったんですなあ!
わが書棚も大したものだ。

<てほんびき>とは木の札6枚を使って、札師が抜き出した札の番号を客が当てるだけの、すこぶる簡単なゲームであるらしい。
藤純子が「緋牡丹お竜」で札師を演じた。
しかしその簡単さゆえに、札師と客との心理の駆け引きがたまらない魅力を持ち、<てほんびき>をやったらもう他のバクチはやれないという。
近寄っていいのか、悪いのか、ぞくっとするような凄みをこの小説は感じさせた。

実はこの小説を思い出したのは<てほんびき>が目的ではない。
たしかこの小説の中で阿佐田哲也がバクチの極意を書いているのだが、その1つに畑の重要性を書いてあったのだ。
博打打ちがバクチを打ち続けていくには、常に畑を耕しておかねばならない。つまり金の供給源である旦那衆の人数や懐具合に常に心を配れ、というのである。
私がこの小説を読んだのは昭和60年頃と思うが、当時まだ熱心に麻雀をしていて、この教えに強い感銘を受けた。
役職ともなると若い社員と同じ卓を囲むことはない。しかし、直接ゲームをしなくても、彼らの懐がスパイラルに我が懐に繋がっていることを意識したのだった。(当時私はゲーム代、食事代を差し引いて年間100万円程度勝っていた。サラリーマンとしてはいい小遣いだ。)

何が言いたいのか。
トヨタの話である。ニッサンの話である。キャノンの話である。
彼らは畑に肥やしをやらなかったのではないか?
だから買い手がいなくなった。

2009.01.14

下田ドライブと梅一輪

11日は下田までドライブした。いい日和で、海がきれいだった。

1.稲取朝市
  毎土日に稲取漁港で朝市が開かれる。ここでは味噌汁の振舞いがあるし、野菜がいいのでよく寄る。花の鉢もいい。
  鮮魚は置いてなくて干物ばかりなので、海産物はあまり買わない。
  でも近くの漁協で頼めば立派な金目鯛など出してくれる。
  今回は下田で寄る先へのお年賀にミカンを1箱買った。

2.白浜・ホテル伊豆急のランチバイキング
  途中で看板が出ていたので、ちょっと早かったが白浜のホテル伊豆急に寄った。
  本当は下田で魚を食うつもりだったが、ホテル伊豆急には普段入ることがないので寄る気になった。
  案の定、バイキングは65点。可もなく不可もなし。
  ロビーのすみに、全国各地の白浜の砂が展示されていたのが面白かった。きれいだと思ったのは伊豆白浜、紀伊白浜、長崎松浦、沖永良部島。
  全国の砂浜が細っているというのに、ここは砂が吹き寄せられ、吹き上げられて砂止めに苦労している。

*伊豆の皆さんにご推薦
  1/24~2/1 今井浜の東急ホテルで和食のランチバイキングがある。2600円。これはお勧めです。いつも満員。

3.下田市民文化会館
  ちょうど成人式で、若い人たちが晴れ着で楽しそうだった。
  お目当ては「郷土名書画展」。<下田に縁のある名士・高僧・仏師・画家・歌人などの遺作を一堂に展示>とある。
  なかなか迫力があった。幕末三舟の書も20点近くあった。海舟が山内容堂に口を利いて坂本竜馬の脱藩の罪を許してもらったのが下田の宝福寺だったという。私は泥舟の書が好きだ。
  川路聖謨の書も成程と思わせた。プチャーチンとの折衝で下田に来ていたのだ。

4.世代間戦争被害者
  もう1軒、下田でくすぶっている青年を激励に訪ねた。彼も世代間戦争の被害者か。

添付写真
1.ホテル伊豆急の窓から
2.梅一輪
  今朝の写真。ピンボケですね。
3.雲南サクラソウ
  昨年咲いた花から採取した種を播いておいたら、昨日最初の一輪が咲いた。
4,5
  花です。
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2009.01.11

風のガーデンの花言葉

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「風のガーデン・貞三先生の花言葉」(倉本聡 エフジー武蔵 1300円)をやっと入手した。
どうしてかアマゾンでは入手不能で、楽天ブックで購入した。

花言葉(Floriography)は、花言葉辞典とかにいろいろとあるが、どうもピンと来ない。
1つの花に幾つもの花言葉があるのも迫力を弱める。
これは民族によって国によって、いろんな故事来歴を踏まえた花言葉があるのに、わが国ではそれを知らないまま言葉だけを羅列した結果であろう。
加えて姿、形、色、香りなどから連想される花言葉もある。国によって色も香りも異なる場合が多い。
特にギリシャ・ローマの神話や聖書の物語と花との関わりから由来した花言葉は、日本人にとっては理解不能だ。

さすが倉本聡である。そんな引っ掛かりはすべて捨てて、まったく勝手気ままに花言葉を作り上げた。
土台にハンデキャップの少年ガク君と大天使ガブリエルの掛け合いという舞台設定があるから、実にドラマチックに花言葉を作り上げた。
ただ<フリーに花言葉を作ってみよう>だけでは、こうは作れなかっただろう。

この本にはそれが365個も並んでいる。

 

2009.01.09

ネバダレポートの更新

ネバダレポートをご記憶の方も多いと思う。
2001年頃、日本の経済危機を救うIMFの処方箋としてアングラで出回った文書である。
2002年2月の国会予算委でも取り上げられ、塩川財務相、竹中経済財政相が答弁している。
未読の方はグーグルで<ネバダレポート>をご覧ありたい。

内容は<公務員30%減><公務員給与30%減><年金30%減>など極めてドラスチックな具体策が8項目並ぶ。
当時、霞ヶ関はこれを見て恐慌を来たしたであろう。
韓国ではIMFの処方箋通り実行された。

さて、今回の危機の処方箋である。これを作らねばならない。
IMFに任せずに我々で作ろうではないか。
まずはネーミングだ。
<ネバダ>はどういう意味だったのだろう?
原爆の実験地だから?

まずアメリカ向けの処方箋の名前は<パールハーバー・レポート>としよう。
日本向けの処方箋は<バンザイクリフ・レポート>だ。

 

5万円の貸付けと総務省政務官発言

霞ヶ関の牙城内に忽然と出現した派遣村。

ここの住人に対して5万円の貸付金が渡された。
早い。まことに手早い。
行政の仕事でこんなに手早く実行されたことが過去にあったか?

その答えは坂本哲志総務省政務官の発言の中にある。
彼はあっという間に集まった300人、500人を眼前にして、40年昔を思い出したという。
学生紛争の時、学内に入った学生は大学の開放を要求し、学長との対決を求めた。
その記憶・恐怖は、権力者・官僚にたちどころに共有された。

かくして5万円はあっという間に渡された。

 

ドイツ富豪の自殺とトヨタの首切り

ドイツ第5位の富豪が自殺したと報じられた。今回の金融危機で15億ドルとかの損害を被ったためとかいう。
TVでコメンテーターの1人が、<10万人の従業員を抱えていたというから・・・>とつぶやいていた。

ふん。なるほど。
この人はオーナーだから自殺したのだ。
お雇い経営者なら自殺はしない。

さきに私は<トヨタの首切りは早過ぎるのではないか。先頭きってやることはなかった。>と書いた。(参照)

トヨタは今年、創業家の誰とやらが社長になるのだという。
大政奉還なのだという。
ははあ。これがあるから先駆けて首を切ったのか。

お雇いがやるなら死ななくてもいいが、オーナーがやったら?

 

2009.01.04

TVの庭番組

今日の当地は曇りで外気温は終日14-15度で寒かった。
仙台や新潟の人はこれで暖かいと思うのだろうか?

今日は見なければならないと思うTV番組が多かった。
1.6:30-7:00
  私のガーデニング
2.8:00-10:00
  日本庭園の物語
3.8:30-9:00
  盆栽園へ行こう
4.9:00-10:00
  琳派の美  案内人が花人・川瀬敏郎
5.15:40-16:05
  京都迎賓館庭園
6.21:31-22:20
  桂離宮

1.2.5.6は録画して、今日見たのは3と4である。
こんなに重なると困る。

 

2009.01.02

世代間戦争5-先端医療機器

今朝のTVで群馬大学に新しく入った先端医療機器を紹介していた。
なんでも癌を痛みなく手術出来る新鋭器械とかで、年間800人を治療出来るそうだ。
しかしまだ健康保険が適用されないので個人負担が300万円になるそうだ。

これを巡っては医師会、患者団体、厚労省がやっきになって保険扱いを働きかけるのであろう。
そして財務省が抵抗するのであろう。
それぞれが己の正義を唱えて。

しかし考えてみよう。
現在非正規労働者が400万人になんなんとしているという。その年収は300万、200万という。
彼等もその家族も、誰一人300万円を自己負担して痛まない手術を受けることはないであろう。
300万円が30万円でも新鋭機器を使うことはないのではないか?
まして馘首された労働者にはまったく縁のない話だ。

さればこの器械の保険扱いで恩恵を受けるのは誰だ?
その金があれば300万×800人ならず、家族を含めて2500-3000人が毎日心を痛めずに生活出来るのだ。
シェアーすればもっとずっと多くの人が。
この器械のために社会の金を使うべきではない。まだその順番ではない。

 
 

「蕨野行」村田喜代子

「蕨野行」(村田喜代子)を読んで呆然としている。
日本文学にこんな傑作があったのか!
<世代間戦争>について考えているうちに棄老伝説→姥捨て文学に入り込み、斉藤美奈子の書評で知った新潮今月号の「デンデラ」(佐藤友哉)を読み、「楢山節考」(深沢七郎)を再読し、「蕨野行」に辿り付いた。
しかし「蕨野行」は世代間の対立を扱ったものでも姥捨て文学でもない。
これは日本文学史上に屹立した独自の韻文文学であり、すでに古典の域にある。
大江健三郎の全作品と秤にかけてどちらが重いかというほどの作品だ。村上春樹など秤にもかからない。

何故それほど凄いのか。
220ページの小説ながら、これはもう一篇の詩なのだ。
文章にリズムがあり、惹起されるイメージに美がある。姥捨てを背景とする一時代の人間性のドラマが暖かく描かれる。

全篇、「お姑(ばば)よい」「ヌイよい」の呼びかけで始まる対話のみで成り立つ。
いつの時代、どこの土地とも知れない。使われる方言もどこのものとも知れない。
お姑は貧しい農村の庄屋のおかみである。部落の女仕事の頭(かしら)である。連れ合いはもう亡くなり息子が代を継いでいる。
ヌイは息子の後妻である。まだ16歳でしかない。先妻は病死した。

この部落には<ワラビ野入り>の掟があり、男女を問わず60歳になれば部落を出てワラビ野に入らねばならぬ。
お姑=レンにもワラビ野入りの時が来た。
レンはヌイに頭としての心得を伝えようとする。
ヌイにとって年の離れた夫は怖い存在でしかない。実の母以上にレンを慕う。

野に入ったレンはそこでの厳しい生活をヌイに伝える。
ヌイは凶作の部落や家族の状況を伝え、教えを乞う。
実際に伝言が行き交うわけではない。手紙を送るわけではない。ただ気持ちの交流である。内容は殆ど相聞歌といっていい。
全体が、<人を恋うる唄>だ。

~~~~~~
「蕨野行」は1994年に文芸春秋社から刊行された。現在文春文庫(1998 500円)で入手出来る。
村田喜代子は1945年北九州市生まれ。同人雑誌等を経て1962年芥川賞受賞。
私は村田喜代子をまったく知らず、本書も知らなかった。発表当時絶賛を博したというがさもありなん。
しかしもっともっと知られていい作品だ。

~~~冒頭部分を引用する~~~
お姑よい。
永えあいだ凍っていた空がようやく溶けて、日の光が射して参りたるよ。鋸伏山を覆っていた雪も消え始め、山肌の残り雪がとうとう馬の形を現せり。まだ尻尾のところは出ずなるが、この数日の日和りが続くなれば、すぐ馬の姿も出来上がりつろう。春が参るよい。

ヌイよい。
残り雪の馬が現われるなら、男ン衆の表仕事の季節がきたるなり。田の打ち起こしが始まりつろう。裏の庭にもコブシの花が咲いた。大きな花が五十も百も、真白に満開なるよ。田打ち桜と申して、昔からコブシは百姓に田打つ支度せよと知らせるやち。男だちが田の用意をするあいだに、女子等は大豆選り分けて良き種を取り置いたか。味噌大豆を煮るべしよい。味噌は一年中欠かせぬものなれば、これを種播きの前の仕事とするやち。
団右衛門はこの里の庄屋なれば、男仕事の頭領。したら嫁のおめは女仕事の頭やち。テラにもいろいろ尋ねて相談し、名子、子作のかか等、下女だちを使うて、おれがしてみたよにやるがよい。


 

2009.01.01

新年のご挨拶

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新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

通信の番号も数番端折ってキリのいい1001番としました。はっはっは。
思えば2002年頃だったか、NYの林祐三君の「アメリカ通信」が快調に100番くらい続いていて、私の駄文はその7掛けくらいの内容しかないからと70番と付けたのでありましたな。

新年はいつものようにロビーの散歩から始まりました。
気が付いて、カメラを持ち出して初日の出を撮りました。伊豆大島風早崎の方向です。

そして地元の八幡野来宮神社にお参りに行きました。
長年午前零時にお参りして福銭を拾ったり甘酒を振舞われたりしたのですが、もうそんな元気はなく明るくなってから行きました。

戻ってお屠蘇を頂きました。
いつもおせち料理を作る妻が体調不良もあって<今年は何も作りませんよ>と言っていたのに、写真のように並びました。
いかにも老夫婦の侘びしいテーブルですが、有難いことであります。

TVで高校生の大書道と、間寛平世界マラソンの鴨川スタートを見ました。
午後はサッカー天皇杯決勝があります。
いいお正月であります。

 

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