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2008.08.30

WBCの監督

世の中で議論になる前に、まず私の旗を立てておく。
私は、星野は敗戦の責任をとって引退すべき、と考える。

半藤一利が、「日本の軍隊は負けた戦の指揮官の責任を追及せず、また起用した。」と書いている。
同じ轍を踏むつもりか?
厚生省や社会保険庁の高級官僚のように、責任を有耶無耶にしたいのか?

「日本の社会は1度でも失敗した人間に次のチャンスを与えない。」の説がある。
それは兵隊の世界だ。
将軍はいつものうのうとしている。
星野が生き延びれば安心する老人が多かろう。

 

反プラス思考論

昨今「プラス思考」とか「ポジテイブ・シンキング」とかが大流行だ。
その手助けをする「メンタルトレーナー」とやらが出現して、その「メンタルトレーナー養成講座」が隆盛を極めている。

特にスポーツ界で受け入れられているようだ。
オリンピックでの選手インタービューで、誰もが口を揃えて「楽しんでます」「勝ちます」と言うのはそのトレーニングの結果らしい。
それで「上がらない」で、「精一杯の力が出せる」のだそうだ。

私は「プラス思考」の流行がどうも胡散臭くて嫌いである。
どこが嫌いか、考えてみた。
・プラス思考は他人の言うことを聞かないことで成り立つ。
・プラス思考は自分が傷つくことを怖れて他者を省みない。
・プラス思考は弱者への思いやりがない。
・プラス思考は歪な完璧主義である。
・プラス思考は現実逃避である。

プラス思考で勝てるのなら選手もメンタルトレーナーもハッピーで結構なことだ。
しかし結果として北京オリンピックは負け優勢だった。

プラス思考でやったからこれだけやれた、と考えるのがプラス思考かな。

 

2008.08.28

復興支援

伊藤さんは復興支援のためにアフガンに入っていたという。
他にも何人も入っているのだろうなあ。
世界中の国から入っているのだろうなあ。

国連の職員もいるのだろうなあ。
CIAのスパイもいるのだろうなあ。
中国の斥候もいるのだろうなあ。

グルジアにも復興支援のボランテイアが入っていたのだろうなあ。
オセチアにもコソボにもいたのだろうなあ。

歴史的にみてヨーロッパでは軍隊は全部傭兵だったそうだ。ローマ市民を除いて。
カルタゴのアルプスを越えた軍隊も傭兵だったそうだ。
フランス革命前後になってやっと国民軍の概念が発生したのだそうだ。

ペルシャ湾での給油活動だが、金だけ出して非難されるなら、日本が給油船を傭船して活動させたらいい。
ボランテイアの技術員(兵?)を乗せてもいい。
日の丸は立つよ。

今回のオリンピックで、卓球の強い中国人が世界各国からその国の旗を背負って出場していた。
天下泰平でいいなあ。

アフガンに戻れば、ソ連がアフガンから撤退したのが1989年だったという。
あの当時、日本人はソ連を追い払ったアフガンのゲリラに喝采を送ったものだ。

今はどうなんだ?

 

2008.08.26

ウオームチェアー・ガーデナー

アームチェアー・ガーデナーという言葉がある。
冬、雪や氷で庭に出られない時期、ガーデナーは暖炉の前に多くのカタログを並べ、パンフレットを開き、図鑑やメモ帳を用意してアームチェアに座り込む。
そしてあれこれあれこれ考え、考え直し、悩み、夢を膨らませて注文書を記入していく。

~~~チャペックの「園芸家の1年」から~~~
カタログ類に頭を突っ込んで、注文しなければならないもの、或いはぜひともわが家の庭になければならぬものにアンダーラインをひいていく。
夢中になって引いていたら、なんと注文したい宿根草が490種にもなっている。
数えているうちにやや冷静さを取り戻し、今回は諦めるべきものを、血まみれの心臓をかかえた思いで棒引きし始める。この痛ましい抹消をさらに5回も行わなければならないが、「最も美しい、最も貴重な、なくてはならない」宿根草を、やっと120種に絞る。
―――ああ、神様、今がもう3月であってくれさえすれば・・・・・。園芸家は熱い思いで待ち焦がれる。
神様はその時、園芸家の目が見えないようにしたのだ。
3月になると、どんなに努力しても、まだ何か植えられる場所は2つか3つしかないことが見えてくる。
~~~~~~

そうなのだ。わが国においてもそうなのだ。
私もこのところ毎日のようにカタログと睨めっこしている。
説明を読んでは開花の時期を思い、花弁の大きさや草丈を確認し、彩りを考え、その都度図鑑でおさらいして、そしてどこに植えるか頭に思い浮かべながら読み、メモをとるのだから、さっぱり前に進まない。それと、とても疲れる。
だから何日もかかる。
そうそう、カタログ元による値段の違いも気になるところだ。

気がつけば490とは言わないがリストは何10種にもなっていて、とても植えられないことが判る。
絞込みの作業が始まる。まったくチャペックさんと同じである。
ただしヨーロッパと違ってわが国では秋に植えて冬を越させる植物が多い。
だから今がカタログと格闘する季節となる。
今が悩みの季節である。

アームチェア・ガーデナーならぬ、ウオームチェア・ガーデナーと称する所以である。

080826capek


2008.08.25

HPの保存

古いHPを1つ消去することにした。<伊豆ガーデニングクラブ>のHPである。
2年前に新しいサイトに代替わりさせていたのだが、古いのも残しておいたのである。
いよいよ消去してサーバーも解約しよう。

そこで気が付いた。
10年以上も続けてきたHPである。作成したパソコンは3代替わっている。
コンテンツはサーバーにあるのだから、パソコンを変えても原稿のファイルは移設しない。新しいものを足していくだけである。
ということは、サーバーを消去したら何も残らない。
10年の活動記録が何も残らないことになる。

忍びなくて、サーバーのファイルを保存することにした。
その方法が私には判らない。例によって若い友人のHelpを受けながらの作業であった。
HDDがいいよ、との助言もあったが、取り合えずUSBに入れることが出来た。60メガほどだった。

さて、何のための保存か?
このUSBを開いて見ることが果たしてあるのだろうか?
すぐにUSBの存在すら忘れてしまうであろう。

長生きするとはそういうことだ。

 

2008.08.24

マルチン・ルターの名誉回復

海外短信を見ていたら、<マルチン・ルターの名誉回復?>が目に留まった。
ヴァチカンはこの9月の会議で、15@@年に異端と決め付けたマルチン・ルターの名誉回復を議論するという。

マルチン・ルターがしたこととは何だったか。
彼は聖書のドイツ語訳を行った。
そして、教会の教えと聖書の教えが違っていたら聖書の教えに従おうと唱えた。

それまではラテン語の聖書しかなかった。(ルターの以前に英語訳が出たが直ちに焚書された)
聖書を読めるのは聖職者だけだった。
庶民はルターのドイツ語訳で初めて聖書を読んだ。

聖書の翻訳だけでヨーロッパ中の大騒動になった。
ローマ教皇がドイツ語聖書を焚書にし、ルターを火炙りにするにはシンパが多くなり過ぎた。
数百年にわたり、多くの血が流れた。
名誉回復にプロテスタント側はどう言うのだろうか?

昨日身内の葬儀があり、檀那寺に行った。
妻は自分の葬式は無宗教でやって欲しいという。
私も無宗教だが、葬式は寺でもいいと思っている。

 

2008.08.23

列車内でのゴミ

私が汽車に乗り始めた当時、汽車はいつも満員だった。
昭和28、9年頃の話だ。都会の電車ではない長距離列車だ。
しばらく経って、会社勤めを始めた当時も、連休や年末年始の汽車は殺人的に混んでいた。

その頃、車内で発生したゴミはそのまま車内に捨てるものだった。弁当の殻とかミカンの皮だ。
ちょうどつい先頃までのお隣の超大国さんと同じようだった。
今みたいに過剰包装ではないからそれほどの量ではなかったと思うが。

それ以来、車内のゴミは運送事業者側が処理するものとの認識がある。
自分がゴミを持って出てゴミ箱に入れるのは、運送事業者に対するサービスとの思いがある。
まあきれいにするのはいいことだし、後から来る人のことを思って片付けるのは悪いことではない。

しかし、である。
最近持って出たゴミを捨てるゴミ箱がないことが多い。特にイベントとか海外国賓が来ている時など、ゴミ箱は完全に撤去されている。
持って出たゴミをどうしたらいいのか?
根っこに<ゴミ処理>は運送事業者側の仕事との思いがあるから尚更に腹立たしい。

今更<どっちの責任だ?>と聞いたところでまともな返事がある筈もないから、責任の所在を認識させるために、私は時々ゴミを持って出ない。

 

2008.08.17

ボートシェアリング試論

暑中お見舞い申し上げます。

私の別サイトに、<ボートシェアリング>についてまとめてみました。
「ボートシェアリング試論」

「プチレンタ」(オリックス)、「シースタイル」(ヤマハ)をベースにヨット&ボートの共同利用を考えてみました。
マリンに関心のある方、共同利用=シェアリングに関心のある方、ご覧頂ければ幸いです。

2008.08.12

読み本家

妻は読書家ならず読本家(よみほんか)である。
手当たり次第に読む。
私が置いてある本を、私より先に読んでしまう。
読解も正確で、私は彼女の感想を聞いてから読む読まないを決める。

読むのは私より早い。
たちまち読み上げて、次はないかと催促する。
まるで嘴を開いて餌を催促する雛鳥の如くである。
ないよ、ないよ、買ってきて、借りてきて、である。自分から書名を言ったり、買ってくることはない。
私は常に追われる。

読むのは小説だけである。
経済や社会科学系統は読まない。
本がなくなると、仕方なくTVを見ている。

今週の新聞歌壇にこんな歌があった。
<うなぎ喰わずクーラーつけずなにもかも値上げの夏に古今集読む>
わが家はこんな風か。
<うなぎ喰わずクーラーつけず何もせず図書館本で昼寝の枕>

 

2008.08.08

ボートシェアリング-予告

風の吹き回しというか、社会環境の変化に伴って<シェアリング>の意識が高まり、いろんな形・分野での共同利用が普及しつつあるそうだ。
ルームシェアリング、ワークシェアリング、カーシェアリング、いろいろとある。

こうなればボートシェアリングだ、私の出番だ、といつもの虫が蠢き出した。
なんとかボートシェアリングのあり方を、ボートシェアリングの可能性をレポートにまとめてみようと思い立った。

それから2週間。まだまとまらない。
なかなか難しい。
ご披露するまであと1週間かかるか。
サッカーもあるし、オリンピックもあるし、忙しいことだ。

前回の<貼るポケット>虫騒動が終わってどれほど経つだろう?

~~~~~~
追記
私は出光三河みとマリーナ開港にあたり、<入会金400万円。保証金800万円。年会費150万円>の出光マリンクラブを立上げ約50口集めた実績がある。
30F-45Fのボート4隻を運航した。
システム設計から募集活動、実際の運営まですべて自分で手掛けた。

 

2008.08.02

水軍物語

3冊の水軍物語を読んだ。
「伊豆水軍」(永岡治 静岡新聞社 2008・3刊 1000円)
「村上水軍全史」(森本繁 新人物往来社 2008・1刊 2800円)
「群青-日本海軍の基礎を築いた男」(植松三十里 文芸春秋 2008・5刊 1600円)

~~「伊豆水軍」~~~~
非常に読みやすく、判りやすい。
著者は伊豆市で生まれ、教員を経て文筆業。
伊豆水軍といって特に大大将はいなかったのだが、源氏、北条、今川、武田など近隣の武将と伊豆の関わりが詳しく描かれている。あまり日本史レベルでは知ることのなかった歴史に触れて、現在伊豆に住む身にとってはとても興味深かった。

~~「村上水軍全史」~~~~
あまり面白くなかった。
著者は地方の歴史考証家。古文書や古跡を広く渉猟し、突合せ、系図の確定に情熱を燃やす。
私の知りたい船の装備や性能や、合戦の様子にはあまり眼が向かない。
とりあえず因島村上、来島村上、能島村上の3系統があることを知った。
大きな一族だが、南朝北朝の間で、織田毛利の間で、いいように使われて消耗した存在だったようだ。

信長が九鬼水軍に作らせた大安宅は凄い性能だったようで、村上水軍は完膚なきまでにやられる。
戦はスポンサーの器量次第か。

~~「群青」~~~~
幕府海軍の軍艦奉行、海軍総裁を務め、日本海軍の基礎を築いた男といわれる矢田堀景蔵の事跡を書いた本だが、私はその名前を聞いたことすらなかった。
勝麟太郎より先輩、榎本武揚は弟子である。非常に優秀な人だったようだ。

ペリー来航から明治維新まで日本の大動乱の時代だが、徳川幕府は結構外国の蒸気船を買い入れ、海外に人を送り出している。
そのための海員を育て、艦船を動かした人物だ。
勝は政治家であってまったく技術者でなかった。咸臨丸の航海で往復とも船室に籠って指揮をとる責任を果たさなかったのは有名な話だ。

著者は静岡出身、東京女子大を出て婦人画報社に勤務、現在文筆業。
矢田堀は明治維新後<沼津兵学校><静岡学問所>の設立に関わった。著者の静岡-東女という経歴ともあわせ、現在静岡人である私にとって縁深く感じられた本であった。

急に徳川幕府の財政はどうだったのか、そんな本を読みたくなった。
軍艦を買ったり、学校を作ったり、イギリスに償金を払ったり、征長の軍隊を送ったり、そんな金をどんな予算から出していたのだろう?

2008.08.01

12メートルの立花

「江戸の花競べ」(小笠原左衛門尉亮軒 青幻舎 08・4刊 1800円)を読んだ。

江戸期の花に関する出版文化の紹介もあり、元禄時代に出た「新撰五十瓶図」の中の1図に魂消た。
元禄5年3月8日(1693)、南都東大寺に供花された立花の図が出ている。
この松?の活け花の高さは3丈2尺、花瓶の高さは7尺5寸という。合わせて12メートルを超える。
活けたのは池坊社中とされるが、どのようにして活けたのか、その技術は未解明という。

12メートルと言えばビルバオのパピー(1992)と奇しくも同じ高さである。
しかし300年の時差がある。
なんとなく愉快になるではないか。

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