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2008.07.11

初島で

初島でサーベイをしてきた。

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初島について語ろう。

85年頃、私は艇を伊東に置いていた。漁港の一角の防波堤にプレジャーヨット&ボートが10数隻、肩身狭く泊っていた。
相模湾、駿河湾が遊び場だった。すべての漁港に入ることを目的としていた。
熱海で言えばいまの「スパ・マリーナ熱海」の場所に、しばらくテトラポッドに繋いでマイヨットを置いたりもしたものだ。

初島は中でもお気に入りだった。
連絡船発着の港の裏側に、風が悪い場合の避難港があった。ケーソンの岸壁が1本。常駐する漁船もない。
着けて、泳いで、買ってきたカツオを捌いて食べて、飲んで、寝る。他の艇と一緒になることは滅多になかった。

ある時、珍しく人気があった。
岸の網干し場の横に漁師小屋があったのだが、そこに人がいる。女性ばかりだ。7-8人。子供も数人いるようだ。
夕餉の支度か煙が上がっている。コンロは七輪か。まさに浦の苫屋の風景だ。
行ってみたら海女だった。飛び交う言葉は朝鮮語。韓国の海女だった。
誰か日本の企業家が、彼女たちを連れてきて天草を集めて乾していた。
韓国が奇跡の成長を遂げる直前の時代だ。

初島では長らく島内の戸数を限定し、跡取り以外は島を出ることを厳しく守ってきた。
だから都会の風俗が入ることが少なかった。
80年代の終わり頃、島の人に信頼の厚い某氏(そういう人がいたというだけで私はよく知らない)が島の振興にリゾート計画を立ち上げた。
それまで頑なに外部資本の入島を拒んでいた島民も、その人ならと受入れた。
東京電力やソニーを看板に立てたその計画は、立派なホテルとマリーナを作り上げた。
マリーナはフィッシャリーナとして国の資本を60億も投入したという。すべて自前の金で三河みとマリーナを作った私は、大いに憤慨したものだ。
しかしバブルは崩壊し、1口5000万円の会員権は売れず、倒産し?、結局現在はExivというチェーンが使っている。
マリーナもExivが勝手に使っている。かって無料で泊めていた港に、1泊2万円もとる。
こういう投資が日本を貧乏にした。

私は島の関係者ではないし、島を研究したこともないし、ここに書いたのは自分の体験と新聞記事と巷の噂である。

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