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2008.07.17

伊豆ガーデニングクラブ-10年目の重大事件

伊豆ガーデニングクラブは今年で10周年を迎えた。
何か記念行事をやろうと検討した。
普通なら著名な園芸家でもよんで講演会というところだが、会員はみんな加齢とともに向学心が薄れ、勉強会には乗り気でない。
結局バスツアーになり、それも東京方面と箱根方面と2回行うことになった。
昨日はその箱根ツアーであった。

IGCは現在会員数70-80名。
毎年10数名が新規に入会し、同じくらいが退会し、このレベルを保っている。
入るものは拒まず、去るものは追わず。
箱根ツアーには32名が参加した。

さて。
2ヶ月ほど前、箱根仙石原に住む女性Kさんから連絡を頂いた。
<かねて伊豆ガーデニングクラブの活動に感心している。ぜひ仲間に入れてほしい。>
IGCは会員の親睦を第1の目的としているので、これまで情報収集だけを目的としたような遠距離からの入会はお断りしてきた。
その旨申し上げたら、<1時間半で行けます。是非入れて下さい。>と仰る。
たしかに伊豆スカイラインで1時間半だ。
そこまで言われたらやむを得まいと資料を送ったら、早速入会された。

それだけではなかった。
<近くにガーデン仲間がいるが、地元にそんなクラブがなくて淋しがっている。用紙をもっと送ってくれ。>
そしてなんと8名の入会申込書が送られてきた。ぜんぶ仙石原住所である。
箱根はそんなに淋しいのかなあと思っていた。

それだけではなかった。
静岡住所の入会申込書が届いた。Kさんからの紹介とある。
いかになんでも静岡から伊東までガーデンの会には通えない。2時間半だ。
Kさんに電話した。<平気ですよ。東京でも箱根でも山梨でも、しょっちゅう行っている。それにその方は庭が狭いと伊豆の方に引っ越すことも考えていらっしゃる。伊東市民になるかもしれませんよ。>
参ったな。会員となった。

それだけではなかった。
御殿場から入会申込書が届いた。
横須賀から入会申込書が届いた。
それぞれ箱根とご縁があるらしい。

昨日の箱根ツアーの昼食はプリンスホテルのバイキングだった。
箱根グループがそれに参加することになった。
初対面である。わお、わお。

添付写真の上は「箱根湿生花園」でのIGC一行。
下の写真は新入会の箱根のお嬢様方。

これだけの新会員を迎えて、やや草臥れの出ていた伊豆ガーデニングクラブも少ししゃっきりとするだろう。

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2008.07.15

ブログの利用理由

ブログの32%がアダルトサイトなどに誘引するためだけの立て看板サイトだという。
ショッピングサイトへの誘引看板を含めれば60%にもなるのではないか。
誰がそんな立て看を作っているかと言えば、<暇な人間>であろう。もらえるかもしれないはした金を求めて。
いや時には地主が立て看板を立てるかもしれないぞ。銀行がサラ金へ誘導とか。
しかし普通は仕事のないホワイトカラー、友達のいない若者、家庭の主婦、中央省庁もしくは末端出先・天下り先の役人だ。
真ん中の役人(県庁、市役所、役場など)は忙しそうだが。

私がブログに戯れ言を記す理由は3つである。
1.公表する媒体であるため、多少の緊張感を伴う。
2.記録と検索の機能がある。
3.リンクの機能がある。
日記帳よりは便利だし、続けられる。
目的意識はほとんどない。

しばらく前から情報を得るための検索には<-ブログ>(ブログを除く)と入れるのが心得になっているが、ここまでになってくるとブログの存在意義が問われる。
解決策の1つがSNSだっただろうが、それとてだいぶ侵食されているようだ。
昔の新宿駅の伝言板は時間が経てば駅員が消してくれたが、ブログは消す人がいない。
ゴミ箱は一杯になればゴミ箱でもなくなる。

スパムメールの氾濫で電子メールシステムの根幹が揺らぐほどの事態になっているようだ。
そのうちに利巧な人がまたいいものを作ってくれるだろう。

 

2008.07.14

恋する瞳

昨日の新聞歌壇に次の一首が載っていた。

「どんな子が好きだったの」と訊く吾子はその瞳(め)の光に気づいておらず    栗東市・山口晶子


恋をする年頃となった娘の目の光に、若かりし頃の自分を思い重ねている。


この子の本当の父親は夫ではない。娘もそのことを知らない。
恋を知った娘の瞳に、私はその人の眼差しを見た。

はて、さて。
朝食の話題であった。

 

2008.07.13

ビルバオのパピー3

スペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館の前に据えられた、高さ12mの犬の像については前に書いた。
名前はパピー。全体に花の鉢を差し込めるようになっている。

まさにこれは立体花壇ではないか。モザイカルチャーではないか。
作者のジェフ・クーンズはモザイカルチャーの創始者と言わずとも中興の祖ではないか、と書いた。

すべてはネットで得た知識であった。
しかるに、このほどわが学友S兄が現場に立ち、写真を送ってくれたのである。
見よ。実際に花が咲き誇っているではないか。
これでパピーの実在が信じられる。
S兄よ、有難う。
(パピーにモザイカルチャーの解説はなかったようだが)

それにしても「モザイカルチャー」、まだまだだね。
国際モザイカルチャー委員会のメンバーは世界で7ヶ国というではないか。
浜松市が意気込むほどモザイカルチャーはメジャーではないようだ。

しかしいいと思うよ。
浜松市、頑張れ。
きっとメジャーになる。

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2008.07.11

初島で

初島でサーベイをしてきた。

~~~~~~
初島について語ろう。

85年頃、私は艇を伊東に置いていた。漁港の一角の防波堤にプレジャーヨット&ボートが10数隻、肩身狭く泊っていた。
相模湾、駿河湾が遊び場だった。すべての漁港に入ることを目的としていた。
熱海で言えばいまの「スパ・マリーナ熱海」の場所に、しばらくテトラポッドに繋いでマイヨットを置いたりもしたものだ。

初島は中でもお気に入りだった。
連絡船発着の港の裏側に、風が悪い場合の避難港があった。ケーソンの岸壁が1本。常駐する漁船もない。
着けて、泳いで、買ってきたカツオを捌いて食べて、飲んで、寝る。他の艇と一緒になることは滅多になかった。

ある時、珍しく人気があった。
岸の網干し場の横に漁師小屋があったのだが、そこに人がいる。女性ばかりだ。7-8人。子供も数人いるようだ。
夕餉の支度か煙が上がっている。コンロは七輪か。まさに浦の苫屋の風景だ。
行ってみたら海女だった。飛び交う言葉は朝鮮語。韓国の海女だった。
誰か日本の企業家が、彼女たちを連れてきて天草を集めて乾していた。
韓国が奇跡の成長を遂げる直前の時代だ。

初島では長らく島内の戸数を限定し、跡取り以外は島を出ることを厳しく守ってきた。
だから都会の風俗が入ることが少なかった。
80年代の終わり頃、島の人に信頼の厚い某氏(そういう人がいたというだけで私はよく知らない)が島の振興にリゾート計画を立ち上げた。
それまで頑なに外部資本の入島を拒んでいた島民も、その人ならと受入れた。
東京電力やソニーを看板に立てたその計画は、立派なホテルとマリーナを作り上げた。
マリーナはフィッシャリーナとして国の資本を60億も投入したという。すべて自前の金で三河みとマリーナを作った私は、大いに憤慨したものだ。
しかしバブルは崩壊し、1口5000万円の会員権は売れず、倒産し?、結局現在はExivというチェーンが使っている。
マリーナもExivが勝手に使っている。かって無料で泊めていた港に、1泊2万円もとる。
こういう投資が日本を貧乏にした。

私は島の関係者ではないし、島を研究したこともないし、ここに書いたのは自分の体験と新聞記事と巷の噂である。

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2008.07.08

わがロープワークのネックレス

まず添付写真をご覧ありたい。
上の写真は、昨日来訪されたF先生夫人の胸元の写真である。
見難いが実はここに私が20数年前プレゼントしたロープワークのネックレスが下がっている。
出かける前、私の所に寄ることなどまったく念頭になく、偶然に付けてきたという。
「夏になると付けるんですよ。洗濯機に放り込んだらピカピカにきれいになるから。」

そうなのだ。これは私がロープワークで作ったネックレスだ。
素材は3mmのナイロンロープである。
丸い玉はモンキーズフィストという結び。1本のロープから作り出している。
輪を首に掛ける。スライダーもある。頑丈そのものだ。ナイロンだから洗えば光る。(下の写真は20年も洗ってないから光っていない)
この素材に行き着くまでにどれほどのロープを試したことか。

問題は丈夫過ぎることだ。
何かに引っ掛かったら絶対に切れない。首を吊ってしまう。
だからもう作らない。

そもそも私がロープワークに凝りだしたのは霞ヶ浦のヨットハーバーからだ。
初めてクルーザーを買って係留していた。
ある時、隣りの艇の舫いロープを解いてちょっと操作し、また繋ごうとしたら前のように結べない。
私の結びはトチンコで素人丸出しだ。
猛烈に恥ずかしかった。

それ以来私はロープワークに凝った。
ネックレスもその産物である。

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2008.07.07

珍客来る

今日は思いがけない珍客がわが家に寄ってくれた。
清水時代にギターを習っていたF先生である。
熱川に行く途中に、思い出したと言って寄ってくれた。20年ぶりの再会だった。

私は清水支店(私の時代に静岡に移した)在勤当時、何をトチ狂ったかギターを習い始めたのであった。
それまでに楽器をいじったことはない。格別音楽の素養も思い入れもない。
ただ<ギターを弾けたらいいな>と思ったのだった。

3年ほど続けたか。
夏には合宿があった。秋には発表会があった。そんなのにも参加した。
まわりは驚いただろう。ゴルフ三昧、麻雀三昧の40代後半の営業マンが、いきなり月2回のギターレッスンに通い始めたのである。
いや、驚きもしなかったか。

東京青山の計算センター所長に転勤する時、送別会でアンプを付けて弾き語りをしたのだった。
曲目はみなみこうせつ<夢一夜>、安全地帯<恋の予感>、谷村新司<群青>など。
その後、定年退職のお別れを<三河みとマリーナ>のメインバースからマイボートで出発したのと並んで、わが会社生活のハイライトの1つであったな。

弾き語りは難しかった。
それまでに<禁じられた遊び>とか、一応弾けるようにはなっていたのだが、弾き語りはまったく別物だった。
声が出れば手は動かない。手を動かせば声が出ない。3ヶ月くらいは手も声も出なかった。
しかし弾き語りは楽しかった。またやりたいな。

おい、おい。大丈夫か。
私は思ったらすぐに始めて、そしてすぐやめる人間だ。危ない予感がするぞう。

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東京駅グランスタでの買物

土曜日所用で千葉に行き、幕張の娘の家に泊まった。
朝、孫と幕張海浜まで散歩した。

帰途、元住吉の介護施設にいる母を訪ねようと思った。
ちょうど昼頃となるので弁当を持参して一緒に食べるのが良さそうだ。
娘に、弁当をどこで買ったらいいか相談した。
東京駅の地下に「グランスタ」というのが出来て、そこならなんでもあると言う。
そんな名前は必ず忘れると思ったが、「銀の鈴」の近くだという。○の鈴も忘れそうなので、「金銀の鈴」と覚えることにした。

海浜幕張の駅でピーナッツ煎餅を買いたくなった。
店はコンビニしか開いていない。コンビニに入ったらあった。
ところがレジに15人ほども並んでいる。快速の時間まで7分しかないのでやめようかと思ったが一応並んだ。
するとレジは3台もあって3人並んで手際よく捌いていく。1分半で勘定が済んだ。
都会のコンビニは凄いと思った。

京葉線東京駅の長いエスカレーターに乗っているうちに案の定「グランスタ」を忘れ、「グランド」なんとかの方に進んでいた。
いや待てよ、金銀の鈴だ。それを探して辿り着いた。
ほう。
地下の街である。新しい商店街で殆ど個性がなく白々しい。
コーヒーショップも何軒もある。全部まわってみてケーキの旨そうな店に入った。

出たところで綺麗な小袋を売っている店があった。
これは何に使うのだろう?店員に聞いたら、ケータイ入れだという。
図柄の絵が素敵だ。ポリエステル地の袋に裏表一杯に印刷されている。2100円である。
1つ購入した。
店の名前を覚えておこうと思ったが、帰宅したらコロッと忘れていた。レシートも捨ててしまっていた。

母への手土産に菓子屋に入った。季節を考えて焼き菓子にする。
沢山買って持っていくと面倒を見ている弟に叱られるので、ちょっとだけにする。
これでも自分が半分以上食べることになる。

弁当屋の一角があった。10数軒並んでいる。
全部廻って、あれこれ迷って、結局幕の内にした。
別に帆立のクリームコロッケを2個買った。母と分けよう。

武蔵小杉の駅からタクシーに乗ったが、施設の名前を言っても場所が判らない。
「今時珍しいナシ畑の前だ。」と言ったら、「ああ、あそこ」とすぐに判った。
昔は登戸まで一面にナシ畑だったそうだ。

子と孫と親に会って、いい旅であった。

~~追記~~~~
貼るポケット熱はもう脱却しました。
いろいろとアイデアを頂き、ご協力頂いた方々に感謝します。

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2008.07.02

トピアリーとモザイカルチャー3

トピアリーに入れ込んであれこれ調べ出し、一部実作を始めて(結果が出るには数年かかる)このブログにも10数篇のエントリーを書いた。
今年の2月から4月にかけてであった。
また私のガーデン・サイトにも「トピアリー大研究」を載せた。

トピアリーの研究をしているうちにモザイカルチャーという言葉に出会った。
説明はこのエントリー<トピアリーとモザイカルチャー>をご覧あれ。
要するに器材・機材を活用・駆使して花壇を立体化する手法なのだが、これはトピアリーよりも一般受けして流行るだろうと思ったものだ。

昨年末、新らし物好きの浜松市が2009年9月から「浜松モザイカルチャー世界博2009」を開催すると発表した。
認知度はますます上がるに違いない。
ここしばらく(2ヶ月間)<貼るポケット>に熱中していたので、その後の動きを追ってみた。

~~公的に~~~~
「浜松モザイカルチャー世界博2009」の公式サイト「MIH2009」
ほとんど新しい動きは出ていない。

「国際モザイカルチャー委員会(IMC)」の公式サイト
「MIH2009」の記事すらない。いまだに「2006・上海」のお知らせが出ている。
そもそもこの委員会、世界7ヶ国が参加しているそうである。

浜松市
MIH2009の推進が、市の推進室から「浜松モザイカルチャー世界博2009協会」に移管されたと新聞発表された。(6/14)
協会会長は鈴木康友浜松市長である。
この協会のサイトはまだない(見付からない)ので、組織や協力団体など判らない。

ウイキペデイア
wikipedia にもウイキペデイアにも、まだ「mosaiculture 、モザイカルチャー」の語の登録はない。

~~企業ベースで~~~~
伊藤商事
園芸資材のメーカー・商社でハンギングバスケットの資材など作っていたが価格凋落で悩んでいたようだ。
もともと立体花壇に経験が深く、各地の園芸イベントのモニュメントや、近くは六本木ミッドタウンの花付き街灯など製作施工している。
このほど園芸資材から立体花壇部門のサイトを独立させた。「Topiary.Jp」 である。
着眼点はいいが、中に「モザイカルチャー」の語をもっと入れ込むべきではなかったか。
同社の立体花壇はまさにモザイカルチャーなのだから。

エム・クラフト
もともとFRP造型品で立体看板を作っている会社である。
最近トップページで「モザイカルチャー」を謳い始めた。
機を見るに敏だ。

~~~~~~
まだ動きは鈍いがわが国ではモザイカルチャーは必ずやトピアリーを席巻すると確信する。
国際的にはどうだか判らないが。


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