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2008.05.31

わがホールディングス

これまでに作ったホームページは20くらいか。
半分は代金をもらって営業で作った。これは完成すれば手を放れる。
半分は自前のサイトだが、後継者に譲ったりして現在管理しているのは6つか7つである。

これがまあ、あっちを向いたりこっちを向いたり多岐にわたるのである。
中古艇のサイトが本店であるがガーデンも忙しいし、アンバーもある、ブログも幾つもある、まったく自分が何をしているのか判らなくなる。
統合失調症の一歩手前だ。

どうしてこうなったか。
身から出た錆びではあるが、とにかく面白そうとなったらまずやってみる性癖である。
とにかく気軽にやってみる。だがとことんそれに入れ込むことはしない。常にカウンターバランスをとっている。
資本はかけない。飽きたらすぐに止める。結果として間口ばかり広がって何も大物にならない。

もう1つ言えるのは、何事も自分の手でやることである。その範囲のことしかやらない。
人を使ったり使われたり、金を動かすようなことは考えない。
自分の指を動かす麻雀はするけど、他人が走る競輪や競馬に賭けることはしない。
株やFXなど、とば口まで行っても自分で動かす世界でないから入り込まない。
仮想の世界、ヴァーチャル世界のセカンドライフなんかは面白くない。
それより自分のサイトで1000円でも実際の銭を稼ぐのが楽しい。

その点ホームページ作りはうってつけの世界である。
自分で好きなようにやれて、金がかからない。思いついたらすぐ作れる。
だからいくらでも増えていく。
個人事務所とか商店とか稼業の世界だから名前も好きなように付けられる。
かくて私はいま5つも6つも看板をかけている。
まったく本業は何かと聞かれても恥ずかしくて人にも言えない。

そこにである。
そこに現れたのが「ホールディングス」だ。
わが友人のNさんが自分の商売をまとめて「Nホールディングス」と名付けた。
これだ! と思った。

世の中、りそなホールディングス、アデランスホールディングスとホールディングスばやりである。
考えてみたらまことに便利な言葉だ。
商法上の用語でないようだから、使い方自由である。
よし。わが稼業も「PCCホールディングス」としよう。Nさん、有難う。
これなら何をやろうが、始めようが、止めようが、ホールディングスの名前で許容されるような感じである。
統合失調症ともおさらば出来そうだ。
はっはっは。

かくしてわが社は現在「PCCホールディングス」である。
PCCとは何か?
まあ何でもいいではないか。あまり意味はない。

恥ずかしくなくなったついでにご披露するが、実は今一つの事業?を準備している。
サイトは殆ど出来ているのだが、肝心の商品がまだ完成していない。(私が作るのだ。)
<貼るポケット屋> 開店準備中!!! 

2008.05.28

吉兆のこと

吉兆には2度のご縁だった。

最初は大阪。
妻と博多で見合いして、そのあと両家で中間をとって関西で会うことになった。
昼の部、私の父が手配して宝塚の七福荘で会った。
そして夜の部、妻の父の手配で吉兆だった。

次は嵐山。
静岡の支店長時代、出光の販売店を連れて関西に花見に行き、嵐山吉兆で食事をした。
出光京都支店の世話になり、金を払ったのは出光だが一応私の手配であった。

もう行くことはあるまい。

カスケードのビオラ

例えば今日のことである。

朝4時に目が覚めた。
昨夜サッカーが終わってすぐ眠ったから7時間の睡眠だ。充分である。
ここ5,6日風邪気味だったがようやく抜けたようだ。

読みさしの本を手に取る。
堀田善衛。「ゴヤ」。全4巻の本だ。
ゴヤに関心があるのではなく、堀田善衛の本は全部読みたい。
ついで「船で暮らす地中海」(足立倫行)を読む。これは同期の稲次哲郎君が聖パウロの跡を追ってマイボート「ハイドランジャー号」で地中海を経巡った記録をジャーナリストが本にしたものである。
先日卒業50周年の如水会で稲次君に会い、もう売り切れているのをわざわざ手配して送ってもらった本だ。大事に読んでいる。

5時20分になって起き出す。もっと読んでいたいがそろそろ起きないと犬が粗相をする。
散歩。

7時朝食。

8時雑務。ガーデニング関係の文書発信などある。

8時半。5分で与那国馬ふれあい牧場へ。ここの植栽を請負っている。
花がら摘み。除草。液肥施肥。など。
レストランの西側の壁面にハンギングを5つぶら下げている。その中のカスケードのビオラをカスケードのビンカに植え替えた。
ビオラは昨年10月からずっと咲きづめだった。カスケードというだけあって見事に垂れていたがさすがにもう終わりだ。
このバスケット、6種植えてあって、先日1種植え替えて、のべ35株これまで植えたことになるが、まだ1株も枯らしていない。

11時過ぎに終わって、スーパーで買物をして帰宅。昼食。

昼寝。
2時半に起きてこれを書いている。
それと新しいサイト作り。

実はいま新商品を開発している。それを売るためのサイトである。
何を作っている?はは、花がらみ?
思いついたらすぐやってみる。これが我が信条である。
稲次君の「ハイドランジャー号」にあやかり、大当たりしたら私もまた「ウインデイ・ホリデイ号3世」を買うのだ。
もう10日もすればお披露目出来るだろう。

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2008.05.18

トピアリーとモザイカルチャー2

モザイカルチャーとは何ぞやと思っていたのだが、「浜松モザイカルチャー世界博・MIH」のホームページなど見るうちに何となく判ってきた。
要するに<草花を使う立体花壇>らしい。
もともとパルテールというフランスに発する花壇作りの伝統があった。刺繍花壇・毛氈花壇とも呼ばれ、あらかじめ決められたデザインに従って緻密に草花を植え込む技法である。平面幾何学的とも言われた。
ヨーロッパ中に広まったが、イギリスでは自然回帰の風潮の中で廃れたともいう。

そのパルテールが立体化するのなら、これは面白い。
そうか。ビルバオのパピーはその流れの中にあったのか。いや、流れに先駆けたのか。

ところでMIHは、ホームページの中で「モザイカルチャーは、樹木を刈込み誘引するトピアリーとは異なる。」と高らかに宣言している。
これはトピアリーへの決別宣言だ。

対するトピアリー側はどうか。
世界の情勢は知らないが、わが国ではトピアリーの用語は立体花壇の概念も含めて使われてきたようだ。
意味を知ってしまえば安城デンパークの花牛などまさにモザイカルチャーだが、デンパークでは花牛をトピアリーと称している。
日本トピアリー協会は、トピアリーを<植物を人工的に、そして立体的に形づくる造形物>として、立体花壇や日本の伝統である菊人形も自己の陣営の一員に数えている。
これからどうなる?

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「日本トピアリー協会」
なんとも頼りない協会だ。
ホームページだけで知るのだが、組織もはっきりしないし、ホームページもここ4年間更新されていない。
日本植木協会あたりがもっと肩入れしないと、多分MIHに蹴散らされるね。

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「MIH」
いきなり降って湧いたようなモザイカルチャー。一体誰が担いでいるのか?
たまたま「CIRニュースレター」というのを見付けて覗いてみたら、キャサリンという浜松市の職員が市長のお供で通訳について行った話が出ている。それには日本の関係団体の影はまったく感じられない。
殆ど市長の思い付きみたいだ。

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私の感想
樹木の造型(トピアリー)と、草花を使った立体花壇(モザイカルチャー)を分けるのは大賛成だ。
概念がすっきりして、それぞれの発展に有益だろう。
しかしモザイカルチャーの方が優勢だろうなあ。勝負する時間が短くてすむし、カラフルだし、形も大きさも自在だ。
トピアリーは制約が大きすぎる。それが良さでもあるが。

浜松市は面白いことを考え付いたものだ。

参照:黒潮丸の「トピアリー大研究」

2008.05.13

トピアリーと浜松フラワーパーク

浜松フラワーパークで「モザイカルチャー世界博」が開かれるというので、安城デンパークの帰途寄った。
浜松駅からバスで40分。よほど物好きでタフでないと伊豆から安城に行った後で寄らないだろう。ふむ。

モザイカルチャーのことは今日になって調べたから、フラワーパークに行った時点ではトピアリーとモザイカルチャーの区別はついていなかった。
だからフラワーパークの芝生庭に10体あまりのツゲの刈込みトピアリーが並んでいるのを見て、なるほどと思っていた。
しかし世界博のホームページに、「モザイカルチャーはトピアリーとは違う」とはっきり書いてある。
今頃浜松市役所の担当者は、これらのトピアリーを撤去すべきかどうか悩んでいるのではなかろうか。

私はいまだに浜松フラワーパークと浜松ガーデンパークの区別が判然としない。
今回もフラワーパークに入っているのに、さてどっちに居るのかと迷ってしまった。
展望塔がないので、ああ花博をやったところではないと判った。
どっちと言えばガーデンパークの方が楽しい。遠くから行くのだからガーデンパークの方が良い。
しかし今回はモザイカルチャーの会場を見に行ったのだから、フラワーパークで間違いではなかった。

私のトピアリー狂いは何だろう?
そのうちにきっと阿蘇のやまなみハイウエイに行くよ。イタリアのロミッテイ&ジェステイ農園に行くよ。

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トピアリーとモザイカルチャー

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来年の9月から11月にかけて浜松フラワーパークで「浜松モザイカルチャー世界博2009」(MIH2009)が開かれる。

モザイカルチャーとはなんぞや?
小岩金網でのメッシュトピアリーの講習会でその計画を聞き、なんぞや?と思っていたのだがMIH2009のホームページも出来て、だんだんその内容が判ってきた。http://mih2009.com/

どうやら花や草をデザインに従って立体的に植え込んで作るものをいうらしい。「緑花像景アート」と言っている。立体花壇とも言っている。
木本類を刈込んだり誘引したりして作るトピアリーとは違いますよ、と言っている。

MIHは2000年にモントリオールで第1回が開かれ、#2-モントリオール、#3-上海で浜松が4回目になる。
あれこれ見てるとモザイカルチャーの淵源をフランスの庭園文化(のパルテール=毛氈花壇=イギリスでは自然回帰の風潮の中で廃れた)に置いているらしく、だからカナダなのだろう。
トピアリーならイタリア、イギリス、アメリカだろうから、対抗意識も感じられる。

そこへ何故浜松が?の疑問がある。
わが国でこれまで「モザイカルチャー」より「トピアリー」の方がよほど馴染みがある。
安城デンパークの牛やハクチョウはまさにモザイカルチャーだから、近隣のよしみでモザイカルチャーに肩入れしたのだろうか?
それとも緑の関連の人集めなら何でも良かったのか?

それはそれとして平面幾何学的と言われたパルテールの立体化は、今後大いに受入れられていくだろう。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞

モザイカルチャーの解説

浜松モザイカルチャー世界博2009総合プロデューサー
インターナショナルモザイカルチャーコミッティ
International Mosaiculture Committee常任理事
田代順孝(千葉大学大学院教授)

モザイカルチャーとは絵画や彫刻などの芸術と草本植物の葉や花の魅力を生かす造園や園芸の環境創造技術が融合した全く新しい文化創造のジャンルです。あらかじめ構築された金属フレームの像の表層部に多種、多彩、多様な生きた草本をデザイン通りに植え込んで作る人、動物、風景などの像及び群像と二次元の緑花床で景観を創造する「緑花像景アート」と定義します。

モザイカルチャーで作り出す像(作品)は様々で、現実の、あるいは想像上の人、鳥や哺乳類などの動物の単体または複合体、物語のシーンなどを表現します。作品は創造的モチーフによるデザインに従って金属フレームを用いで構築された像の原型の表層部分を植物が生育できるマットで覆い、あらかじめデザインされた色彩や模様に従って、慎重に選択された、多種、多彩、多様な花や葉の美しい草本を無数植え込んで作ります。この草本はプラグ苗で育て、根がついたまま植えむことによって生長します。生長に応じて美しさの表情を変えてゆきますから、適切な刈り込み技術を駆使しながらデザインされた美を持続させます。また二次元の絵画的表現も可能です。
ボックスウッドなどの木本を長期間にわたって刈り込んで仕立て上げるトピアリー、平面的な基盤に草花を挿入するだけのフラワーボード、立体的植木鉢設置装置などで作る立体装飾などはモザイカルチャーではありません。


 

2008.05.12

日本植木協会のトピアリー視察旅行

先に「真物のトピアリー」を書いた。1月の末頃だったか。

いきなり写真だけ送られてびっくりしたのだが、その後の調べで「日本植木協会」のサイトの写真と判った。
平成14年の秋に、日本植木協会からイタリアへトピアリー視察に行った報告の写真だった。
サイトでは何も判らないので「日本植木協会」に詳細を教えて欲しいと頼んだら、その時の研修報告書を送ってくれた。
有難かった。
熟読した。

日本でも名うての育樹家、造園家が参加したのだろうに、みな口を揃えて「驚いた」「初めて見た」「すごい」と言っている。
品物の大きさ、数量、技術レベル、アイデア、熱意、マーケッテイング、すべてにおいて日本より勝っているという。江戸以来の庭園樹管理技術は何処に?
「わび」「さび」を言っている間に置いていかれたようだ。

それから5年半、刺激を受けた育樹家、造園家の作品がそろそろ仕上がって世の中に出てくる頃だろう。

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トピアリー-安城デンパーク

先に、こんなトピアリーがあると安城デンパークの牛のトピアリーの写真を載せたことがある。

現地を見に行ってきた。
「安城デンパーク」の「デン」は、<日本のデンマーク>と言われてきた「デン」、<田園>の「デン」、<伝統>の「デン」だそうだ。
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愛知県のほぼ中央にある安城市は、かつて「日本デンマーク」と呼ばれ、全国の農業経営のモデルとなってきました。稲作、畑作、果樹、畜産などの多角形農業をすすめた安城市は、世界の農業先進国であるデンマークにたとえられたのです。
デンパークはその歴史をもとに、自然と親しみ、花のある暮らしを提案していきます。

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実態は植物園、フラワーパークのようなところだった。遊園地のような施設ではない。
ゲートを入ってちょっとスペースがあり、それから1段下がった広場に牛たちはいた。
大きなウサギやニワトリやハクチョウがいて、それぞれ赤や白や緑のベゴニアを身にまとって色鮮やかだ。
見事と言える。
全国どこにもないようなこのてのトピアリーが、どうしてここに設置されるに至ったかの説明はなかった。

製作者はネットでの調べで安城市の「鉄の仕事屋=杉浦溶接所」の杉浦章介さんと判っているのだが、銘盤はなかった。
溶接だけではない合作部分が多くあるからかもしれない。
いまの私としては、これはビルバオの「パピー」にヒントを得たものかなと思うが、確証はない。
いずれにしても、見に行ってよかった。楽しかった。

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園内のフローラルプレイスという温室で見事な「シザンサス」を見た。ここで10年交配を続けて作り上げた独自種だそうだ。
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<また「秘密の花園」があって色別のコーナーを作っていた。
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新幹線「三河安城」駅からタクシーで1960円。他に交通手段は無い。
JR「安城」からはバスがあるらしいが1時間に1本だという。
人口18万人の市にしてはサービスが悪い。
伊東市は7万5千人だが、市営でさくらの里あり、つばき園あり、小室山つつじ園があるよ。

2008.05.10

雨中のオープンガーデン庭巡り

伊豆オープンガーデンの庭巡りバスは4月から運行が始まっているが、今日は私がガイドで乗る当番だった。
Bコースということで、小野庭、日吉庭、高橋庭、林庭、中川庭、大室庭の6庭を回った。
どの庭もそれぞれに面白い。
昼食は林庭でTEASをして頂き、持参のランチを楽しんだ。IGC会員が何人かヘルプで来てくれていた。

あいにく雨で、寒い1日だった。

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2008.05.08

今年のカトレア

今年もカトレアが咲いてくれた。
5つ、同時に開いた。
しかし下を向いたり、そっぽを向いたり、あまり行儀は良くない。

去年はどうだったかと思って調べたら5月31日に咲いていた。
数は3つだ。

今年の冬は寒かったと思ったが、20日も早く花数も多い。
危機意識か。

このカトレアの
由来
は去年書いた。

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2008.05.06

連休中の琥珀磨きのお客様

しばらく琥珀磨き体験工房「アトリエ・ブルーアンバー」のご報告をしていなかった。

5月に入って昨日(5日)までのお客様が17人。「ブルーアンバー」にとっては大入り満員だ。
自宅の部屋で、4人掛けのテーブル、無理すれば6人座れる、そんな場所だ。
一度に2組、5人ものお客様だと一杯だ。それに親子連れで親は見ているだけのギャラリーという場合も多い。
1組平均3時間半かかる。
なんとかこなすが、やはり人が多いと疲れる。

こんなに入ったのは連休だからだ。
ふだんは看板を上げているのを忘れてしまうほど閑だ。

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お客様の作品である。虫入りのバルチックアンバー。原石から磨いて金具を付けた。
石は3500円前後。磨き指導料が1500円で金具代など500円として合計5500円程度である。
自分で磨いただけに愛着が深いと皆さんがおっしゃる。


 

大賀ハスを植えた

新潟の小倉さんから花ハスを頂いた。
以前「八海山」を送って頂いた大先輩である。

10株送るというのを遠慮して3株と言ったのだが、それぞれ径70センチの鉢に入れろとのお達し。
見回して我が庭に3鉢置く場所が無い。それで径43センチの鉢を買ってきた。
先生が知ったら怒るだろう。

ハスはかの大賀ハスである。
それと明粋、聖母。

思いは複雑。

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四十雀の鳴き方

わがダイニングの目の前に巣箱が置いてある。
どうやら四十雀が巣作りしたらしく、親鳥が忙しく餌を運んでいる。
雛はどこまで大きくなったやら。

今朝方のこと、菊のあたまを伐っていたら親が餌を運んできた。
四十雀の喧しい声が聞こえる。
あれ?
親は口に虫を咥えている。この声は何だ?
雛が鳴き出したのか?

親は警戒したのか山茶花の枝に留まって巣に入らない。
こちらも身じろぎもせずに待つ。
やがて親は巣に入らぬまま飛び去った。
声も消えた。

巣箱の中に声は聞こえない。
四十雀は口に虫を咥えたま囀るらしい。

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2008.05.03

戸田村の地政

このところ吉村昭の幕末物を4冊読んだ。

「歴史を記録する」河出書房新社
「落日の宴-勘定奉行川路聖謨」講談社
「桜田門外の変」新潮社
「天狗騒乱」新潮社

「歴史を記録する」は過去の対談集を07年にまとめて出版されたものである。
30年以上前からの対談が集められているが、その発表の舞台が「歴史読本」「歴史と人物」「各全集の月報」などと非常にマイナーである。
対談相手は多岐にわたるが、対等もしくは相手の方が上の感じがある。
ああ、吉村昭は苦労してきたんだなあ、と思った。
彼がメジャーになったのは「桜田門外の変」を書いたあたりからではないか。
努力を続けた人だ。

それにしてもペリーとの日米和親条約が1854年。プチャーチンとの日露和親条約が1855年。桜田門外の変が1860年。水戸の天狗党騒乱1864年。
この間わずか10年である。私が出光をリタイアしてからの年月に足りない。
明治維新は1867年。天狗党のこの時代錯誤はどういうことか。水戸から越前まで流離って、1000人が惨殺された。

嬉しかったのはプチャーチンが下田の大地震で船を壊し、戸田(へた)村で代船を建造する経緯が詳しく書かれていたことだ。
戸田村フリークの私としては我が意を得たりであった。
川路聖謨は全権大使として下田に居たが、プチャーチンが戸田村で建造したいと言い出した時、日本側の役人は誰も戸田村の場所を知らなかったそうだ。
家康の時代から伊豆代官を勤める家柄の江川太郎左衛門すら戸田村を知らなかったという。
戸田村はそれほど陸からも海からも隔絶した港だった。
当時クリミヤ戦争中で、プチャーチンらは英仏の軍艦に発見され攻撃されることを怖れて戸田村を選んだという。ロシア人は戸田村の地政を知っていた。

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