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2007.11.24

銚子マリーナでサーベイ

昨日は銚子マリーナでマリンサーベイだった。
好い日でよかった。
艇名、艇種、サーベイ結果などは一切書けない。

銚子マリーナはこれまで3回セーリングで入ったことがあるが、電車で行ったのは初めてである。
千葉から銚子まで丸々2時間かかったのに驚いた。房総半島はそんなに太かったか。
ここは建設計画の時からマリーナを出て遊びに行ける港がないのが欠点だと思っていた。
まさにそうらしい。
勝浦か那珂湊まで入る港がないという。4、50マイルあるだろう。小さなヨットで風が悪いと1日かかっても辿り着けない。

有名な回転寿司に入ったが、デカネタは大味で感心しなかった。

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2007.11.22

簡易温室

伊豆高原でも場所によって気温が違う。海に近いほうが暖かく、山は寒い。3、4度は違うだろう。
わが家は暖かいほうだと思うが、年間の最低気温はマイナス2、3度程度である。
地温はそれより2度くらい高いから殆ど霜柱は立たない。数年に1度か。

だから、冬はラン類は屋内に入れるが、他はほとんど屋外の陽だまりで越冬させる。
根の周りを落ち葉で囲ってやったりする程度である。
だがそれでは枯れる年もある。
地温が低すぎることはないのだが、冷たい風と、放射冷却にやられるのである。


温室も考えないではないが、いろいろと問題がある。
まずガラス温室だが、
・どうしてもそれなりに場所をとる。
・高価である。

ホームセンターで売っているようなビニール温室は、
・風で飛ばされる。
・夏に置き場に困る。
・ビニールがすぐにへたる。

そこで私が今日インスタントに作ったのが写真の簡易温室である。
塩ビの帯状のものを円く立てて、上に透明の塩ビの板を置いた。
帯状のものは「畔ガード」といって、田んぼの土留めに使うものらしい。
1巻きで1050円だから、温室1ヶ所に使う分は50円だろう。
塩ビの板は1M×1Mの厚さ1ミリで880円である。
〆て930円。工作もなにもない。
このままでは塩ビの板が風に飛ぶから角材でも載せておく。

うまくいったらお慰み。

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食ミシュランと庭ミシュラン

ミシュランで賑やかだ。 結構。
せめてガイドブックだけでも見てみたいと思い「ミシュラン・ガイド東京 2008」を買おうとしたが品切れだそうだ。
何故ミシュランがかくも人気か。それはそこに採点があるからだ。

今年2月、私は<全国の庭を採点したい>、いや<世界の庭を採点したい>との志しを書いた。
「庭を採点する」(2007・2・2)
その志しは今に変わらない。
しかし歩みは遅々として進まない。道は遠く高く険しい。

庭を評価することの難しさを挙げようとすれば、いくらでも挙がるだろう。
とても1人の力ではやりきれないことかもしれない。
されば人気投票によるランキングという方法もある。
最近流行りの集合知こそ出番かもしれない。
しかし個人による採点こそがいのちだと、私は思う。

不可能と思われるワインにおいて、レストランにおいて、ロバート・パーカーがやったではないか、ミシュランがやったではないか。
庭の採点も誰かがやれないはずはない。

添付の写真は「日経おとなのOFF」誌・07年4月号付録の「日本の名庭100ガイド」の1ページである。
見開きページを4つに割り、みな同じスペースに、きちんと要目を記載し、写真を載せ、地図を載せ、コメントも付している。大したものだ。
遺憾ながら採点がない。
採点があればミシュランガイドよりも売れるだろう。

私がミシュランの3つ星店に行くのは、私が庭ミシュランを出した出版記念パーテイの時だろう。

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2007.11.20

馬に喰われた

与那国馬ふれあい牧場は広い外柵の中に、アラビアン・ホースの馬場、厩舎、与那国馬の馬場などいろんな内柵がある。
このところ与那国馬は内柵から出て外柵の中で自由にさせてもらっている。
好き勝手に、随分強い雑草までむしゃむしゃと食べている。

その結果、わが花壇の草まで食べはじめた。
C花壇のファウンテングラスと、B花壇のヤマホロシが食べられた。
美味しそうに食べていたそうだ。

仕方がない、ここは馬の領分だ。
サルビアやミントなど香りの強いものは食べないようなので、これからは喰われない植物を選んで植えなければいけない。

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2007.11.16

与那国馬ふれあい牧場のハンギングバスケット

植栽を担当している与那国馬ふれあい牧場にハンギングバスケットをぶら下げた。

ロッジ&レストランの県道側壁面に、はじめ樹を植えるとか鉢を置こうとか言っていたのだが、どうしても駐車の妨げになるのでハンギングバスケットを提案したのだ。
昨日、やっとそれを提げた。

吊り下げの金具に馬のデザインのを見付けたのが効いた。
ただしアームの長さが若干短く、バスケットも当初のイメージより小さくなった。
植えたのは、「ゼラニウム」「しだれビオラ」「ヒューケラ」「テイカカヅラ」「スイートアリッサム」「ブラキカム」の6種である。
ビオラ以外は多年草である。
ハンギングバスケットのプロはバスケットの側面にも穴を開けて植え込むのだが、それは乾燥も進むし寒気も入るし、こういう場所には不適と考え側面には植えなかった。

5つ並べてみるとまあまあである。

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ここからは営業の裏話。

ネットで馬のデザインのブラケットと、素敵なバスケットを見付けて発注した。もちろんサイズは測ってある。
ところが到着してみるとどうもブラケットとバスケットの大きさのバランスが悪い。
バスケットの良さをとって、アームの長いブラケットを購入した。デザインは無粋である。
どうにも気に入らなくて、馬のブラケットに合うサイズのバスケットを近くのホームセンターで購入した。
その後別の店でもっといいバスケットを見付けて購入した。

結局ブラケット2種、バスケット3種を購入したことになる。
余分に購入した分は請求できない。
素人の営業とはこういうことか。

2007.11.15

花ちまき

昨日、伊豆ガーデニングクラブの「フラワーデザイン講習会」があって参加した。

IGCには幾つも分科会があって、それぞれが催しを企画する。会員は参加自由である。
80名会員で10名しか集まらないのもあるし、50名集まる場合もある。

昨日のフラワーデザインは、
小さな花束を作り(根元をビニール袋に入れて水分補給)、それを葉ランで包んで、6束ほどまとめて葉ランの軸を縛って飾る。
そしてパーテイの終わりに1束づつお土産に渡す、というものだった。
講師はIGC会員のNさん。

参加者の間では名前を<花ちまき>にしようなどと言っていたが、
私が付けた名前は<花のクラスター爆弾>である。

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2007.11.13

駅で転んだ

今日、川崎駅で転んでしまった。
料金精算機から改札に歩き出した途端に何かに躓いて派手に転倒した。
左肘から落ち、胸と膝も打った。
躓いた物はカバンである。中身の膨れた紳士用のカバンが床にあった。
あまりの転びように、駅員が数人駆け寄ってきた。
どうやらカバンの持ち主は精算機に取り組んでいる60代後半のおじさんのようであった。
私はカバンを思いっきり蹴飛ばして、駅員を制してその場を去った。

教訓
街に出ればいつどこでどんな災難が降ってくるか分からない。
年寄りはすぐ転ぶ。
(実を言うと打ったところが少し痛む。妻には言えないが。)

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ところで私がどうして川崎駅にいたか?
妻を出迎えに行ったのである。
妻は市立川崎病院で乳ガンの手術をし、今日退院であった。
早期発見で、手術経過も順調で、あまり心配はしていない。

何故川崎病院か。
これは話せば長い物語になるので省略する。
結論として妻の幼馴染が脳外科医として在籍している川崎病院での手術となった。

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退院祝いは、
苞が赤いバラそっくりな新種のポインセチア<ウインターローズ>の鉢と、
御殿場アウトレットで見付けたジノリの新柄の皿  であった。

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2007.11.10

高層マンションの鉄筋手抜き-S社

ゼネコン大手のS建設が建設中の市川駅前高層マンションで、鉄筋の数量が不足していると大騒ぎになっている。
45階ものマンションで、そのうちの数階の鉄筋を間引いて120本浮かせてどれほどの得になるのか。とても意図的にやったこととは思えない。
下請け業者だって監督者はいただろう。S建設にも監理責任者はいただろう。
何故こんなことになったのか。

私が思ったのは、S建設の監理担当者は現場で鉄筋の数を数えるなんて仕事はしたことがなかったのではないか、ということだ。

私が現役時代、マリーナの建設で浮き桟橋(ポンツーン)を設置することになった。
多くの売り込み業者から次の4社が残った。
米系M社、ブリジストンタイヤ、日本郵船、米系Me社をかついだS社
そして最後に浮桟橋を支える杭の本数の検討になった。
前の3社はほぼ60本必要で合致したが、S社だけは164本必要と言って譲らない。
「世界一の製品を世界一のエンジニアリング会社が担いでいるのだから絶対に間違いはない。」と言い張る。
当方のコンサルグループ、出光エンジニアリング、日建設計、東亜建設工業も、相手がS社とあってはっきりと物を言わない。

結局S社が水槽実験をやることになり、習志野の日大まで行って大掛かりな実験をして見せられた。
その時驚いたのは、出てくる人出てくる人みんな博士とか技術士とかの肩書きを持った偉い人ばかりだったことだ。
そしていろいろと説明してくれた。
S社がこれだけの実験をやれば、これがわが国のポンツーン杭設置の技術基準になるのだろうと思った。
しかし私には戦艦大和に当たる波力の計算をしているとしか思えなかった。
われわれが相手にするのは一寸法師のお椀の舟に当たる波の力だ。
博士たちは素人とまともに議論しようとしなかった。
結局S社を採用しなかった。

私は市川マンションの鉄筋担当も博士だったに違いないと思うのだ。なにしろ世界一のエンジニアリング会社だから。

2007.11.07

与那国馬ふれあい牧場で会食

今日は5月-10月に行ったガーデンデザイン勉強会のメンバーで、<与那国馬ふれあい牧場>の食堂で会食をした。
9名が集まった。

私がデザインし植栽した構内の花壇を案内し説明して、いささか鼻高であった。

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「マティスを追いかけて」

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「マティスを追いかけて」(ジェームス・モーガン)を読んだ。
この厚い本を、2ヶ月くらいかけて、ゆっくりと、楽しみながら読んだ。
自分がいささかでもマティス・フリークであることを喜びながら読んだ。

マティスに魅せられた著者は、50歳を過ぎて、ニューヨークの雑誌編集者の地位を捨てて、妻と2人で画家の人生を見る旅に出た。2002年の秋のことだ。
マティスの生れた土地、育ったところ、画を描いた場所、アトリエ、それらをずっと辿る。ゆっくりと、時間をかけて、約1年半の旅である。

その資金は自宅を売り、妻のベス(彼女も作家)が<Chasing Matisse>というサイトを作って日々の記録を綴り、そこに広告を載せて賄った。
このサイトは今も閲覧出来る。

まことに楽しい本だ。読書の至福を感じた。
<もしあなたが人生のなかばを過ぎて何か新しい生活をしたいと思うなら、この本を取りなさい。勇気と希望がここにある。その上、光と色彩のマティスと旅もできる。―伊集院静>

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しかしである。
なかに<コリウール>という土地が出てくる。
フランスの南西端、ピレネーの麓、スペインに接するあたりの漁師町である。
今は素晴らしい観光地になっているらしい。
マチィスがアトリエを構え、モーガンもすっかり気に入ってここにアパートを借りて1年も暮らすことになる。

その<コリウール>の地名になんとない記憶があった。
それは堀田善衛の「スペイン断章」の中にあった。
引用し語ればキリはないのだが、要するにスペイン内戦において共和国軍が最後にバルセローナでフランコ軍に破れ(1938年)、40万人とも言われる敗残兵が辿りついたのが<コリウール>だったのだ。彼らはそこで多く凍死し、餓死した。しかもなお亡命政府を作り、40年後に帰国を果たす。
マチィスが住んだのは1905年である。しかし2003年のモーガンがコリウールにあってスペイン内戦の痛みをまったく感じないのは許せない。

ここに到って本書の価値は私において半減したのであった。

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2007.11.02

NOVAの教師

1995年にNZの16歳の高校生を交換留学生で1年間わが家に預かった。名前はケイティ。
当時私はマリーナ建設で豊橋市に住んでおり、彼女は時習館高校に通ったのであった。

ケイティは帰国後オークランド大学を卒業し、再び日本にやってきた。NOVAの教師としてであった。
私は伊豆高原に移っており、彼女がNOVAから与えられたアパートは藤沢で、よく遊びに来た。教師仲間の友人を連れて遊びに来た。
彼ら彼女らはよく旅行をするようであった。
ちょっとした休みをとっては中国をはじめアジア各国を訪れていた。
ケイティは中国からロシアに入り、汽車でヨーロッパに行く旅行もした。
どうやらNOVAは彼らがアジア各国を見聞するための拠点になっているようであった。

ケイティはその後NOVAの教師仲間のイギリス人と結婚し、今はバーミンガムに居る。
ケイティの妹もNOVAの教師をやり、教師仲間のオーストラリア人と結婚した。
NOVAはまた彼らの青春の場所、若者宿のようでもあった。
文部科学省のどんなプロジェクトもNOVAほど多くの海外青年を日本の文化に触れさせてはいないのではないか。

添付の写真はケイティのオークランドでの結婚式である。

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別の話。15年前のこと。

当時私はヨットを東京湾マリーナに繋いでいた。
若い友人が時々自分の<英会話の先生>のカナダ人の青年を連れて来た。
ある時、なんでもアブダビで<いいお金になる>仕事があると言って出て行った。

ところがしばらくして彼が舞い戻って来た。話がうまくいかなかったらしい。
加えて、帰日してすぐ電車の中で全財産を盗られたという。きっと眠り込んでいたのだろう。
日本に戻ったばかりだからそれこそ無一文、無一物である。ホテルに泊る金もない。
カナダ大使館に行けと言ったがグズグズしている。行けない理由があったのかもしれない。
英会話教師の仕事はすぐにあるのだが、さしあたってアパートを借りる金もない。
(当時はNOVAのようにアパートを提供する慣習がなかったかもしれない)
それで、いささかのカンパをし、わがヨットに泊めてやったのであった。
数ヶ月続いたか。

私は今でもヨットに寝泊りする生活に憧れている。

2007.11.01

修善寺-虹の郷

修善寺から足を伸ばして「虹の郷」に行った。
ここではずっとハンギングバスケット・コンテストの展示をしていて、そして菊花展が始まって、ちょうどこの数日だけ両方を見られるのだ。

ハンギングバスケットは私にも出展の誘いがあったのだが<リハビリ中だし、場所も遠い>と敬遠した。ところが浜松、静岡などのハンギングバスケット・マスターがたくさん出品している。また一般参加は遠く千葉や愛知からの出品もある。
反省した次第である。
昨年中伊豆の講習会で手伝って頂いたTさんの作品が特別賞を受賞していた。
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菊花展も見事であった。
私は菊にあまり理解はないのだが、ここの展示は広い地形を利用して豪快というか勇壮というか、なんともダイナミックな演出である。
他にこんな例はないのではないかと思った。

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これもハンギングバスケットか

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日本庭園の池につき物の舟着き場の舟が菊舟になっている


ここで鮎を焼いて食わす出店があり、いつも寄る。
今朝狩野川でとれた鮎を目の前で炭で焼いてくれて(600円)、炊き立ての飯を握ってくれて(200円)、みそコンニャクを2串(100円)、ビールを飲めないのがまことに残念だった。
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修善寺・竹の小径の前衛いけばな

秋色一歩手前の修善寺に行った。
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このところ2,3年ごとに台風の出水で流されている独鈷の湯の建てやが修復されていた。
あまり度々流されるので、場所を15メートルほど移そうという提案が出て議論されているそうだ。
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竹の小径のまわりに「三島古流」という社中が、屋外に<前衛いけばな>の作品を展示していた。
なかなか見事なものであった。
野外にこれだけの展示を行うとは大変なことだ。
その意気やよし。尊敬する。
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