« July 2007 | Main | September 2007 »

2007.08.30

伊豆ガーデニングクラブ幹事会開催通知

涼風がたって?、やっと庭のことに気が向き始めた。

今日は伊豆ガーデニングクラブの幹事会開催通知を発信した。

議題は次の通りである。
 1.会計-中間報告
 2.下半期の行事予定の検討
 3.IGC設立10周年記念行事について
 4.IGCの体制検討
     「IGCの現状と問題点」添付
 5.その他

幹事は15名である。

2007.08.28

『山中智恵子全歌集』

今朝の新聞に<『山中智恵子全歌集』が完結>と出ていた。
昨年3月、80才の死去以来編纂していたのであろう。約9000首を収録とある。
砂子屋書房 上下 各1万2千円

<古典の教養に裏打ちされた作品には、難解との批評も。だが、「私の歌のほとんどが、1945年8月15日を無意識に蔵している」と書き、「天皇制を無化したい」と語り、戦中派の思いを託して時代を詠む姿勢はむしろ明快だった。>(朝日新聞-河井真帆)

私は上下24000円のこの歌集を買わない。
年金生活者には買えないし、耄碌爺は買っても読まないだろうから。

私が初めて山中智恵子を知った時(04/7)のブログ<レインメーカー>である。

山中智恵子が死んだ時に(06/3)に選んだ7首である。
<黙(もだ)ふかく夕目(ゆふめ)にみえて空蝉の薄き地獄にわが帰るべし>
<日ののちの秘色青磁を瞻(まも)りいつこころほろぼすことばを生きて>
<さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りいるこの冥き遊星に人と生れて>
<三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひとはや>
<雨師(うし)として祀り捨てなむみはふりに氷雨を過ぎて昭和終んぬ>
<とぶ鳥のくらきこころにみちてくる海の庭ありき 夕を在りき>
<星涵(ひた)す庭をたまひて遂げざれば文章のこといづれ寂寞>

2007.08.26

北の本4-樺太生まれ

このところ「北の本」シリーズを書いているが、私がこれらの本に関心を持ったのは私の<生まれと育ち>からである。
私は樺太で生まれ、朝鮮で育った。

日本社会では植民地に生活する者は一般に<食いつめ者>とみなされた。内地で食うに困った者が一旗揚げようとて外地に乗り出したのである。
それ故<樺太生まれ朝鮮育ち>の出自を言うことは、私にとって永らく憚られることであった。
しかし私の記憶も衰えてきた。孫や子のために、私が樺太で生れた理由を記しておきたい。

~~~森下一郎・きそ~~~
私の父方の祖父森下一郎は愛知県渥美郡中山の出身である。
伊良湖岬の内湾の半農半漁の村で、家は屋号を「弥治兵衛」という薬屋・医者?であったらしい。
一郎は長男でありながら薬屋にあきたらず、蚕の種紙とか新種の漁具などに手を出し、ついに大正の中頃新天地を求めて樺太に飛び出した。
祖父のために弁じておけば必ずしも食いつめての出奔ではなく、田畑は残していったという。
ところが後を託した弟が博打に狂い、田畑の一部を売ってしまった。
外地出奔といい、田舎博打狂いといい、血の気の多い一統ではある。
新天地に何を求めたのか祖父からも父からも聞いたことはないが、樺太・豊原(現ユジノサハリンスク)に開いた「美好軒」という小間物屋の写真を見たことがある。「弥治兵衛」の延長か。
祖母きその実家は村に1軒の旅館「小川屋」で、今に続く。美しい女性であった。
1男3女をなし、男が私の父梅一である。

~~~三浦義雄・しず~~~
母方の祖父三浦義雄は大分県宇佐の出身で、軍人であった。
大正軍縮により(ワシントン条約による海軍軍縮だけでなく、財政事情からの陸軍軍縮もあったのだ)、37才中佐で退役する。
退役後も北辺で国にご奉公と樺太に渡り、牧場や僻村の村長をやっていた。
祖母しずは北九州小倉の出で、旧姓古石。
2男5女をなし、長女が私の母節子である。

~~~森下梅一・節子~~~
父森下梅一は豊原中学、小樽高商を出て、昭和7年樺太庁に就職。思えば昭和不況の最中であった。
昭和10年三浦節子と結婚。
昭和13年朝鮮総督府咸鏡北道庁羅南支所に転属。
昭和15年日本高周波鋼業城津工場に転職。製鋼一貫の大軍需工場であった。
帰国後、中部製薬、フジヤマ交易、東京交易など。
母節子は豊原高女卒。教職に就いていたが梅一と結婚。
3男1女をなし、長男が私一義である。
梅一は昭和42年55才で死去。節子は94才で健在である。

~~~森下一義~~~
昭和10年豊原に生れる。
4-11才北朝鮮に育つ。
北朝鮮からの引揚げ体験はここに記す。<闇舟体験>

かくして私は沿海州、サハリン、カムチャッカの本を読み漁るのである。
ツングース、ギリヤーク、オロチョン、アイヌなど少数民族の運命に思いを馳せる。
しかし樺太への郷愁はない。何も記憶がないから。

2007.08.25

朝青龍問題4-通訳

何人もの医師が朝青龍と面会し、診断した。
朝青龍は何も喋らないという。

医師は何語で質問したのか?
日本語のみか?モンゴル語の通訳はいたのか?

いかに朝青龍が日本語に巧みであるとしても、あくまで彼にとっては外国語だ。
彼は精神の病を疑われている。その患者に、外国語で問いかけて反応がないと言って、それでいいのか?
ましていまや裁判の様相だ。

日本で相撲をとるのだから日本語でやれというのと、医師の診察は異なる。
相撲協会もマスコミも大衆世論も、日本語が当然と思い込んでいる。
もし琴欧州や露鵬が大怪我をした時、詳しい病状を聞きだすのにあくまで日本語で済ます気か?

2007.08.24

北の本3-追放の高麗人

1937年、スターリンは40万人以上とも言われる朝鮮族(多くは高麗人)をロシア極東の沿海州から中央アジアに移住させた。
彼らは19世紀中頃から朝鮮半島の飢饉を逃れ、20世紀に入っては日本の朝鮮植民地化を嫌って沿海州に流れ込んだ朝鮮族である。
スターリンは日本および日本化朝鮮との国境地帯に顔付きで見分けの付かない朝鮮族がいることを危険視し、彼らを強権で中央アジアに移したのであった。

移住した先は現在のカザフスタン、ウズベキスタンであった。
彼らは生きるために必死で働き、労働英雄として勲章を受け、ソ連語を覚え、医師・弁護士など知的職業に就いていった。民族として現地民族を圧倒した。
しかしペレストロイカにより中央アジアの各国が独立を果たすことにより高麗人の立場は一変した。
各独立国家は公用語を自民族の言語に限定し、他民族の公職に就くことを禁じた。
高麗人は生きていけなくなった。多くの高麗人が難民としてロシア領に逃れた。
遂に1993年、ロシア政府は帰還高麗人に追放前の居住地に戻る権利とロシア国籍を与え、生計対策を用意するとした。
1937年の措置の非を認めたのであった。

「追放の高麗人」(姜信子 石風社 2000円 02/5刊)
070824exiledkorean


~~~~~~
それにしても朝鮮民族は逞しい。特に北の高句麗人は強いようだ。
統一朝鮮は侮れない。

伊勢丹OBとして

伊勢丹と三越が合併するそうな。

伊勢丹OBの私としてはいいような悪いようなの思いだが、まあそんなことか。
フムフム。

何故に私が伊勢丹OBであるか。
大学2年の冬休みだったか、学生課に寄ったら伊勢丹からのバイト募集が来ていた。
会計課長が大学の先輩でその人からの話だと言う。
当時(昭和30年?)は学生バイトはそれほど一般的でなく、求人も少なく、勿論学生援護会のピアもリクルートもなかった。

先輩を訪ねると、「では・・」ということで地下の配送係に廻された。
配送花盛りの時代で、客は買物をすべて自宅配送(無料)にしていたものである。デパートはそのサービスを売り物にしていた。
当時大和運輸は三越の配送業務を一手に受けていたが、三越のあまりに強圧的な態度にたまりかねて配送業務からの撤退を申し出た。
思い切ったことを、と驚いたものだが、今にして思えば既に宅急便の構想が固まっていたのであろう。

さて私は最初の年こそ配送係だったが、次の休みから7階の紳士服誂えの売り場に廻された。
そしてそれからは卒業までずっとそこだった。
これは天国でしたね。
客は少ない。忙しくない。若い女性客こそいないが目を付ける店員がいくらでもいる。
ハハ。

つまり私は伊勢丹ファッションの礎を築いた1人なのである。
三越との合併に感無量である。

~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ← Push Please

2007.08.23

北の本2-デルスー・ウザーラ

北の本の極め付けは「デルスー・ウザーラ」(アルセーニエフ著 長谷川四郎訳 河出書房新社 1975刊)であろう。
この本を2ヶ月でも2年でも20年でもない30年前に読んだ。

ロシア陸軍士官アルセーニエフが1902、1906、1907年の3回にわたってシベリア沿海州を調査探検した。
その途中ツングース・ゴリド人のデルスー・ウザーラに会い、案内人に雇う。
この書は文明に染まっていない無垢の現地人デルスーとの出会いから別れ(死)までを描く。
デルスーは人を疑うことを知らない。この書を読む人は誰もがデルスーを愛するであろう。
圧倒的な自然の描写が美しい。

1975年、黒澤明が映画化した。ソ連との合作映画であった。
シベリアの深く濃い緑の森が印象的だった。

残念ながらこの書は現在入手不可能である。75年刊の本書も、95年刊の文庫版も絶版である。
わずかに「日本の古本屋」で検索して市中に2冊出ているのを発見した。
私は読んだ本は<捨てる>主義だが、この本ばかりは捨てずに持っている。
映画のDVDはAmazonで入手可能である。

070823derusuusara0001
「改訳決定版」とあるのは、それまで長谷川四郎が逐次雑誌などに発表していたものをまとめて手を入れ1冊にして刊行したのである。

~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ← Push Please

2007.08.22

北の本

北の本とは何であるか?
北方のこと、北海道とか樺太のことを書いた本のつもりである。
この2ヶ月で北の本を何冊か読んだのでその報告をする。

まず読んだのが「間宮林蔵」(吉村昭)だった。
吉村昭氏は癌で自宅療養中、家族に「死ぬよ」と告げて自ら点滴の管を抜いて死んだ。
あまり氏の作品を読んでいないのに気付き、何冊か読んだ中の1冊である。
間宮林蔵は鎖国下の徳川幕府の吏員でありながら、シベリヤにまで渡って樺太が島であることを確認した。

「トナカイ王-北方先住民のサハリン史」(N・ヴィシネフスキー)
トナカイ王と呼ばれたヤクート人ドミートリー・ヴィノクーロフはソヴィエト革命政権を嫌って北サハリンから南サハリン(樺太)に逃れた。
彼はヤクーチア独立に向け、日本の支援を求めて活動する。
東京を訪れ、天皇との会見を望んだという。

「静かな大地」(池澤夏樹)
数年前に出版された本だが、ちょうど今回の入院中に朝日文庫で出たので読んだ。文庫本とはいい条670ページもあり、入院でもなければ読めなかっただろう。
明治の初め、淡路稲田藩の士族が北海道に入植する。その苦難の物語である。
作中の主人公宗形三郎の弟宗形志郎が、池澤夏樹の母の母の父であるという。
アイヌは優しい民族だ。池澤のアイヌへの思いも優しい。

「国境の植民地・樺太」(三木理史)
樺太の歴史を植民地研究の観点から論じている。

「アイヌ民族と日本の歴史―先住民族の苦難・抵抗・復権」(宮島利光)を注文してあるが2ヶ月も届かない。
このほか以前に読んだ「北洋の開拓者-郡司成忠大尉の挑戦」(豊田穣)(参照)も印象深かった。
郡司大尉は幸田露伴の実弟であり、カムチャッカにまで入植しようとした。

「花と龍」や「きみがくれた・・」や「私たちの終わり方」や北の本を一緒くたに読むのだから、私の頭はおかしくなるよ。

~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ←Push Please

2007.08.19

朝青龍問題3-地方巡業など

相撲の地方巡業が大人気・大盛況だそうだ。結構なことである。
しかしこの暑さの中で、力士にはまことにご苦労なことである。疲れ果てているだろう。

相撲協会は常時地方巡業の勧進元(興行元)を募集している。
条件は、
1.1日当たり 900万円
  移動費、当日昼食を含む
2.宿泊費 200-250万円
  約250人×8000円
3.土俵構築費 約100万円
4.会場の場所代 ?
5.その他 もろもろ
で、1500万円ほどかかるらしい。

勧進元はそれ以上稼げば実入りになる。入場料金を決めるのは勧進元である。
新潟あたりで5500人入ったというから、3000円なら1650万円で150万円の儲けだ。
実際に切符が幾らだったか知らないし、他にどんな掛かり、どんな実入りがあるのか知らない。
勧進元にすれば日当だけでなく力士や協会にそれなりの祝儀も包まねばなるまいし、招待客も多かろう。

そういえばその昔、沼津巡業で料亭のおかみに頼んで祝儀を届け、やっと大鵬に抱いてもらった芸者の恨み節(自慢話?)をこのブログに書いたことがあった。過去ログに入っているはずである。
地方巡業はそんな場でもあったのだが、いまはどうか?

芸者に連れられた柏戸の晴れ姿?のことも書いたっけな。

つい先だって「花と龍」で昔の石炭屋さんの遊びっぷりのことを書いた。
抱え力士とまでは言わないが贔屓の力士がいて、盆暮れ、節季には小遣いをやり、着物を作ってやったりしている。そしてしかるべき取引先接待の場所(座敷)にその力士を呼ぶのである。
力士は下座に控えていて、招待客の求めに応じて杯を乾し唄を歌う。男芸者である。
無理酒を呑まされて、あるいは兄弟子に叱られて、廊下の隅で泣いている取的を見かけたりしたものだ。
私の知合いは大関北葉山の贔屓だった。上に行きそうなのを若いうちから目を付けておくのである。
下っ端サラリーマンがわずかに垣間見た相撲遊びの一端である。

そういえば山本拓代議士が自殺した松岡農水相が<領収書のとれない芸者の花代を事務所費で出していた>とか言っていたが、違うのではないか?
芸者の花代は料亭の勘定書きに付くから領収書は出るのである。芸者への祝儀に受取りはないだろうが。

朝潮親方の顔をTVで見るに耐えない。彼には当事者能力がないのである。彼の器量の問題ではなく税法の問題である。
男芸者への祝儀や懸賞金に税金が掛かるようになり個人事業主になって、相撲の親方は親方でなくなった。

~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ←Push Please


2007.08.17

小池騒動-もっと続けば面白い

小池防衛大臣と省内人事を巡る騒動はまことに面白い。暑い夏を少しだけでも紛らわせてくれる。
発端当初からブログ論調をワッチしている。
小池を×とするもの2:守屋×1だったが、このところ小池×3:守屋×1の風向きだ。

私の立場は小池×である。その理由は、
1.次官守屋に通告することなく、西川某を次期次官として省内人事に動き出した順不当。
2.守屋とケータイで連絡がとれなかったことを順不当の理由としたこと。これだけでも大臣不適格。
3.官邸(官房長官-首相)の了解なしに省内人事に動き出した順不当。
4.防衛省が抱える当面の最大課題「テロ特措法」延長の最大のキーマン小沢民主党党首を、<カレンダーを間違えている>と国外で非難したこと。

守屋×とする理由に、<守屋が自己の延命を狙っている><官僚が政治家に抵抗するのはけしからん>の2つが多い。
私は、もう4年も務めた守屋が今更延命を狙うとは思わないし、現次官として新任大臣に防衛省のありようを説くのは当然の義務だと思う。
防衛省として最初の人事を順不当のまま進めようとした西川を「恥を知れ!」と面罵したというが、それも当然だと思う。

さて安倍である。
27日まで先送りしたことを<またしても優柔不断>と貶す論調もあるがそうではあるまい。小池まで含めた問題をいまいじることは出来ない。
<小池を切れば支持率が落ちる。小泉が真紀子を切った時の先例がある>というが、そうだろうか?安倍はもう落ちようがないのである。
<喧嘩両成敗>の両は小池と塩崎である。守屋は両の片方たり得ない。
テロ特措法の延長を考えるなら、民主党に対し小池を切ってみせなければならない。


~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ←Push Please

2007.08.16

「私たちの終わり方-延命治療と尊厳死のはざまで」を読んだ

「私たちの終わり方-延命治療と尊厳死のはざまで」(真部昌子 学研新書 720円 07/7刊)を読んだ。
縁起でもないと叱られそうだが、お盆に相応しい読書ともいえる。

「きみがくれたぼくの星空」に続いてこんな本を読んだのは、
1.この春、94才の母が2度目の脳梗塞を発症し老人介護施設に入れたこと、
2.私自身の左肩骨折による入院騒ぎがあったこと、
によるのだろう。私の入院は22才当時右足骨折で入院して以来50年ぶりであった。

「私たちの終わり方」によれば、終末期医療の技術進歩の結果、医療はもはや<いかに生かすか>ではなく、<いつ死なせるか>に変わってきているという。
殊に問題なのが人工呼吸器のようだ。一旦装着したら外すことが出来ない。(医療的にではなく、法的に、社会的に)

病院死と在宅死、植物状態と脳死状態、尊厳死と安楽死、など考えされられる多くのテーマを取り上げている。
著者は看護の現場を経て看護師の養成、看護学の研究に携わっている女性である。
それにしても<死に方は自分で決められるのか?>、<生命は誰のものか?>など、哲学上の大テーマだ。

~~~~~~
私たち夫妻は日本尊厳死協会の15年来の会員だが、その会員数はやっと12万人だという。
その少なさに驚く。

070816howtoendlife


~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ←Push


2007.08.12

孫がTVに出た

Jリーグ後半戦が始まった。
昨夜、ジェフ千葉は川崎フロンターレと対戦した。

さてJリーグでは選手入場に際し、選手が子供と手を繋いで入場する。
昨夜のフクダ電子アリーナ(変な名前だ)で、私の孫・松尾瑛人(まつおあきと、9才)がジェフ千葉のエースストライカー巻選手と手を繋いで入場し、TVに映った!

チーム一のスター選手巻と一緒に入場するとは何たる強運か。
瑛人よ、よくやった!

070812jleaguemaki

~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner_2人気blogランキングへ ←Push


朝青龍問題2-入院

朝青龍さんよ、私の直近の経験からして入院治療は絶対にお止めなさい。

病院のベッドで暮らしたら1週間で身体はナマナマだよ。

そもそも4ヶ月の謹慎なんて禁固刑に等しい。協会にそんな権限はあるのか?


~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ←Push

2007.08.11

追悼-小阪修平

私は若い時代を遊び暮らして(麻雀、ダンス、ラグビー、ヨット・・・)、就職してすぐに飲んで麻雀してゴルフしての生活に入った人間で、まともに勉強した時がない。
それが50才の頃、小坂修平の「イラスト西洋哲学史」を読んで頭の中の霧がさあ~っと晴れていくような気がしたものだ。
そしてもう30年前、つまり20才の頃にこの本を読んでいたら、自分の人生が変わっていたのではないかと思ったのだった。

もちろん私より12才年下の小阪修平がこの本を書いたのが1984年だから、私が20才でこの本を読む筈はない。
私の人生は変わりようはない。
このあたりのことは先般<「思想としての全共闘世代」を読む>に書いた。

その小阪修平氏が亡くなった。享年60才。
私の人生はいよいよ変わりようはない。


~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ←Push

2007.08.10

「きみがくれたぼくの星空」

70才以上の人に、
時に小説を読む人に、
この書をお勧めする。

自分の親を老人介護施設に入れた人に、
そろそろ自分の入所する施設を考え始めた人に、
この書をお勧めする。

「きみがくれたぼくの星空」(ロレンツオ・リカルツィ 泉典子訳 河出書房新社 1600円 06/6刊)

主人公は元数学者・物理学者、妻を亡くし、脳梗塞に見舞われ、半身不随となって80才を過ぎて老人介護施設に入所する。
そして死ぬまでの物語である。

書評や訳者あとがきでは<究極の恋愛小説>などと持ち上げているので恋愛小説が苦手な私は警戒したのだが、それほどのことはなかった。
老人施設で立派に生きて、そして立派に死んだ老人の物語である。


~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner_2人気blogランキングへ ←Push


日がらもの

事故から47日、手術後5週間が経過した。

もう両手で顔が洗えるし、寝返りをうつことも出来る。車の運転もするようになった。
あとは適度なリハビリをしながら回復していくことであろう。
こういうのを、このあたりでは<日がらもの>という。
時間が薬ということであろう。

今不自由なのは新聞を広げて読めないことである。
拡げて両手で支えることが出来ない。そうすると力が入らないし、痛む。
従ってテーブルの上に拡げて置いて読む。
寝転がって本を読むのも不自由だ。

庭にも出てみたがひどい荒れようだ。朝の2時間を10回かけても元には戻せないだろう。
庭とはそういうものか。
メンテが継続されてこそ庭は庭である。メンテが中断された庭は別物になる。

あの転落・転倒を思えば奇跡的に軽傷だったと思う。
神様仏様に感謝だ。


~~~~~~しばらくやってみます。よろしく。
070809blogrankbanner人気blogランキングへ ←Push


2007.08.06

時間の自家使用2

先信「時間の自家使用」について幾つかのResを頂いた。

1.<「帰属家賃」はどう考えるべきか>
 私は「帰属家賃」という言葉すら知らなかった。
 慌ててちょっと調べたが、どう考えようもない。

2.<支払われています。製作会社は番宣の代価を負担することになっています。それが宣
伝枠であっても番組枠であってもです。>
 このご意見は次のように続く。
~~~~~~
如何せん、今番組を売りに行くと、宣伝方法の確約を契約書面で求
められます。売る前の番組も宣伝の契約をとってからでないと営業
になりません。その時点での制作費は、殆ど宣伝契約の為に支払っ
た内金というのが実態なので、もし買い手がつかなければ制作側は
大失敗ということになります。そういう事態を避ける為、手腕のあ
るプロデューサーについて貰えるようにしておく必要があるのです。
売り込む先に、誰々がついているから宣伝は大丈夫です!と言い切
れ、かつ合意が得られると、無駄な投資をしなくて済みます。そう
いう人の力があれば、周囲の動向を睨んで、放送番宣で行くか、梳
き込みというタレントの番組CF共通起用などの手段で行くか、刷り
番宣で行くか等、効果的な方法を選んで進行出来るんです。

そういうことなので、番宣は放送側にとってみたら、既に稼いでい
るネタそのものでまた稼げるもので、枠取りには苦労するものの営
業のリスクがないため有り難いことこの上ないのです。これには何
をいっても始まらないので、その本番組のスポンサーに文句をいう
方が、反映性は高そうです。
番宣は、スポンサーの意向をもとに、製作会社が命ぜられてつくっ
ている、或いは番組を売る為に条件として番宣もつけて売るので、
放送側は契約に従っているだけですから。
~~~~~~

3.<私は番宣がないと、テレビを見る機会がそれだけ減ってしまいます。新聞のテレビ欄というのは、自分にとっては一番どうでも良い情報として殆ど目を通そうとしません。そうなると、予め時間を割くに値するかどうか判断出来る番宣が欲しいところで、最近増えてきて喜んでいるところなのです。>
 私と正反対の立場である。私は新聞のテレビ欄で目に留まった番組しか観ない。

4.CMカット
 これはResではないが、著名なメデイア評論家歌田明弘氏(「ネットはテレビをどう呑み込むのか?」アスキー新書)によれば昨今TV番組を録画して視聴する人の8割がCMカットで観ているそうである。
 そうなれば番宣もなにもない。


~~~~~~しばらくやってみます。よろしくお願いします。
人気blogランキングへ 070809blogrankbanner_4 ← Push

2007.08.04

時間の自家使用

製油所で原油を加熱する時、重油を焚く。
自分の商品を原料として使用するのである。つまり自家使用である。
この場合、燃料代を幾らとして計上するか、税金(関税、物品税など)をどう考えるか、いろいろと難しい問題がある。
国税庁から厳しい指導がある。

各業界、それぞれに自家使用があるだろう。
工作機械メーカーが自分で使う自家製の工具。東電の電柱の街灯の電気代。製紙メーカーが使う自家栽培の材木のパルプ。
それぞれに国税庁の規定があるに違いない。

最近目に余るのが自局番組のTVコマーシャルである。嫌になるほど見せられる。
NHKも例外でない。
放送料がタダだと思うからあんなに無闇に流すのだろう。

ところでこれは時間の自家使用ではないのか?
自分の時間だからタダで使っていいわけはない。きちんと経費計上して使うべきだ。
国税庁はCM時間の自家使用について規定を設けているのだろうか?

~~~~~~
人気blogランキングへ070809blogrankbanner_2しばらくやってみます。よろしくお願いします。

2007.08.02

朝青龍事件

世の中、寄ってたかって朝青龍を叩いている。

私は、<本場所への出場は相撲協会所属力士の義務だが、地方巡業への参加は力士のオプションである。>の立場だ。
協会と力士の契約がどうなっているか知らないが、<巡業参加はオプション>であるべきだ。
オフは自由にさせてもらいたい。
日本プロ野球の自主トレみたいにするな。

相撲協会のサイトに「地方巡業の一日」のページがあるが、力士にとって大変な負担だ。本場所よりもずっとキツいだろう。
毎日違う土地で朝から興行して、そして午後3時には次の興行地へ移動するのだ。
力士にとっては<地方巡業には参加したくない>が本音だろう。

<巡業参加はオプション>にしたら、参加力士が少なくて地方巡業は成り立たないだろう。
相撲協会は<地方巡業参加は給料のうちに入っている>と尻を叩くだろう。
しかし今時の人間は給料よりも自分の時間の方が大事と思うのだ。
いつまでも協会の権威?で縛り付けることは出来ない。地方巡業を続けたいなら、それが成り立つような方策を考えるべきだ。
朝青龍や琴欧州や黒海が郷里に帰って休めるようにするべきだ。

国技とか伝統とか、調子のいいマスコミが気軽に言い過ぎる。
伝統と言えば力士のストライキも伝統と言える。
大正12年-回向院事件、竜神事件 
昭和7年-春秋園事件
同-春秋園事件2
力士名鑑-天竜三郎
 
年6場所と地方巡業は力士を働かせ過ぎだ。

~~~~~~
人気blogランキングへ070809blogrankbanner

2007.08.01

選挙雑感

~~共生新党~~~~
私は党員であるからして比例区は若尾文子に投票したが、その総得票数は6万5千票に過ぎなかった。
大阪選挙区の梅原聡氏が医療改革だけを唱えて128万票を獲得したのに比べ、共生新党の主張がいかに人の心に届かなかったかが判る。
それにしても若尾文子も過去の人だ。中村玉緒ならこの10倍はとっただろう。中村玉緒は現在を生きている。

~~黒川紀章~~~~
黒川はTVのバラエテイ番組で、「私の年収は200億円」と豪語しているそうだ。
住まいは赤坂とサンデイエゴ、シンガポール、ロンドン、サンクトペテルブルグにあるそうだ。
そんなに金があり政治に関心があるなら、選挙狂いはやめて学校を作ったらどうか。
松下政経塾は松下幸之助の私財70億円で設立・運営しているという。

~~松下政経塾~~~~
塾出身の国会議員は現在31名だそうだ。
自民党14名。民主党17名。
女性は高市早苗1人だけだが、最近の塾生の女性比率はもっと高い。
自民、民主、拮抗しているところが面白い。

~~赤城徳彦~~~~
参院選挙の得票結果を仔細にみていると、赤城徳彦農林水産大臣の存在が自民党の議席を5つ6つ減らしたと思わざるを得ない。
いかなる大人物か。
1959年生れ。東大卒。農林省林野庁、大臣官房企画官などを経て平成2年衆院初当選。以降6回当選。
趣味は自転車、水泳、外車マニア。ポルシェ、キャデラックなど。
祖父赤城宗徳は、安倍晋三の祖父岸信介内閣の農林大臣であった。選任理由はそういうことか。

« July 2007 | Main | September 2007 »