« June 2007 | Main | August 2007 »

2007.07.31

映画「花と龍」2

この5本の「花と龍」をみて考えた。
誰の金五郎がいいだろう?

石原裕次郎だな。
ただし昭和37年の裕次郎は26才くらいだ。これでは不足。
10年後、36才の裕次郎で観たかった!

妻マンは誰がいいか?
マンには百姓女の逞しさがある。それを考えると倍賞美津子だろう。

藤純子のお京はさぞ美しかっただろうが、華があり過ぎる。
ここは淡路惠子の凄艶さでいきたい。

こんな品定めが出来るのはわが年代だからである。
40代以下の人にはチンプンカンプンだ。

2007.07.29

映画「花と龍」

070729hanaryuyujiro

070729hanaryutakakuraken
先に小説「花と龍」を読んだと書いたが、どんな映画になったか、誰が玉井金五郎を演じたかを知りたくて調べた。

~~~~~~
昭和29年 東映 「花と龍」 第一部洞海湾の乱闘、第二部愛憎流転
監督:佐伯清 玉井金五郎:藤田進 玉井マン:島崎雪子
  山根寿子、星美智子、滝沢修 ほか

~~~~~~
昭和37年 日活 「花と龍」
監督:増田利雄 玉井金五郎:石原裕次郎 玉井マン:浅丘ルリ子
  岩崎加根子、葉山良二、芦田伸介、大坂志郎 ほか

~~~~~~
昭和40年 東映 「花と龍」 「続花と龍-洞海湾の決闘」
監督:山下耕作 玉井金五郎:中村錦之助 玉井マン:佐久間良子
  お京:淡路惠子、田村高広、月形龍之介、日高澄子、内田朝雄 ほか

~~~~~~
昭和44年 東映 「日本侠客伝-花と龍」
監督:マキノ雅弘 玉井金五郎:高倉健 玉井マン:星由里子
  お京:藤純子、二谷英明、津川雅彦、若山富三郎 ほか

~~~~~~
昭和48年 東映 「花と龍」
監督:加藤泰 玉井金五郎:渡哲也 玉井マン:香山美子 玉井勝則:竹脇無我
  お京:倍賞美津子、石坂浩二、笠智衆、菅井キン、伴淳三郎 ほか

~~~~~~
私はこのどれも観ていないかもしれない。
現在DVDで入手出来るのは高倉金五郎と渡金五郎である。
淡路惠子のお京も観てみたいものだが。

2007.07.28

除草剤のこと

The Garden6月号にこんな記事が掲載されている。
「除草剤は庭の多様性を作り出すのに役立つ?」
Can herbicides help increase garden biodiversity?

~~~~~~
除草剤と生物多様性

除草剤は注意深く、そして選んで使えば、庭の生物多様性を向上させるのに大いに役立つ。
意外な発言だろうか? 有機及び環境関連の運動によって、除草剤の使用は庭師にとってほとんど恥ずべきおこないとなった。しかし、熱心な有機栽培家たちと話したところ、彼らは(静かに、そしてオフレコで)もし必要なら除草剤を用いて、多年生の雑草を全滅させてからでなければ、有機栽培は勧めないといった。

英国の気候は雑草にとって都合のよいものだ。ほうっておけば、少数のはびこる牧草が広々とした地面をおおいつくしてしまうこともある。その結果、視覚的魅力がほとんどなく、そして興味深い野生生物も比較的乏しい草むらとなってしまう。ガーデニングの作業の多くが除草に当てられるのは意外なことではない。

グリホサートを主成分とした除草剤(ラウンドアップなど)を用いれば、まず庭づくりを始める前に多年生の雑草を全部取り除けるし、庭が完成した後は、雑草的な種の侵入に対処できる。
私は目下自然風な様式の自分の庭をつくっているが、除草剤は私の主要な道具の1つである。使う除草剤の量は年ごとに激減している。それは、土中の雑草のたねが減っており、その一方で草本の植栽が広がっているからだ。

以前もっていた庭では、種がなす元気な「生態系」が生まれた。それらの種の多くはこぼれだねで殖え、雑草を抑える植物のおおいをなしていた。その中には競争力のない多くの草花もあった。昆虫、鳥、爬虫類、両生類がたくさん棲んでいた。

残留しない除草剤は安全性と環境面で優れた成績をあげている。この除草剤のおかけで、私はとても多様な植栽を生み出し、野生生物のための豊かな環境とより面白い庭をつくりだせるのだ。除草剤を使わない場合よりはるかに大きな規模で。

■執筆者■ ノエル・キングズバリー  ガーデンライター、デザイナー
~~~~~~

除草剤と聞くと生理的に嫌悪する人が多い。私もそうだった。
しかし王立園芸協会の機関誌「The Garden」にこの記事が出たとなると意味は重い。
私も考えてしまう。

グリホサートのメーカーのサイトによれば、土壌中の残留もなく、地下水への流失もないという。(参照)

2007.07.27

NGS-80周年

王立園芸協会の機関誌The Gardenの6月号に、NGS(ナショナル・ガーデン・スキーム-英国のオープンガーデン組織)のゴールドスミス会長のメッセージが載っていた。
NGSは今年で80周年だそうである。
わがIGCは来年10周年である。違うといえば違うし、なんだ大して違わないといえば違わない。

ただ、我々IGCの抱える最大の問題が老齢化なのに、NGSがそれを言っていないのは口惜しい。

~~~~~~~~~~~~
The Yellow Book stays burning bright
イエローブックは輝き続ける

NGSはイングランドとウェールズで個人の庭に訪問者を招き入れ始めて、今月で80年になるのを祝う。
80周年はNGSが直面した難題や取り組むべき問題を考える好機である。
1927年にNGSに参加する庭が初めて公開されたとき、これらの庭は日曜日の午後に出かけられる数多くの場所を提供して、庭園訪問という概念を初めて大衆化させた。

初期は、今より大きく整形性の強い庭、すなわち当時の典型的な庭が多かった。けれど様式や好み、庭の広さが変化するにしたがい、NGSも変わってきた。 NGSはこの国の庭への関心を鏡のように映し出しているのだ。
80年前に比べると、今日では多くの庭が前より自然に重点を置いており、がっては雑草として抜かれていたかもしれない野草を使っている。堆肥づくりやリサイクルの計画を組み込む庭もあるし、いっそう多くの庭がより高度な生物多様性を擁するように設計されている。その結果、庭とは何かについての私たちの意識はかなり変わってきている。

地域社会を変える
NGSのもっとも魅力的な面のひとつは「庭には終わりがない」ということだ。庭は絶え回ない実験の過程の一部なのだ。例えば、ウェスト・サセックスのチッドミア・ガーデンズのデイビッドとジャッキー・ラッセルは歴史的かつ持続可能な園芸を利用して地域経済を支えている。 2002年に引っ越してきて、2入は再造園しただけでなく、果樹園をよみがえらせ、希少な地元の栽培品種を含めた2、000本以上の新しい木を植えた。NGS の下で庭を公開する日にはリンゴの圧搾を実演する。しぼったジュースは地元の農場の売店や農民市場で売る。チッドミアの庭と果樹園は、地域経済への支援と自然及び地域社会への支援を結びつけることの重要性をうまく示している。

地域社会の支援はNGSの核心である。私たちの主たる目的は慈善のための資金集めである〔昨年は£175万(約4億3、050万円)を集め、今年は£250万(約6億1、500万円)を期待している〕。けれどNGSはそれ以上のことをおこなっている。大勢のボランテイアや庭の持ち主を引き入れ、また頼りにすることでNGSは地域社会を積極的に結束させ、人々の生活に素晴らしいものをもたらしている。

ガーデニング自体と同様に、資金を集める過程は少なくとも資金自体と同じくらい価値あることとなった。これが慈善事業がどう機能すべきかという姿である。

柔軟な取り組み
今年はかつてなく広範囲で最大数の庭(3、500)を公開するが、それでもNGSは現代生活からのしわよせを免れるものではない。
ボランティアの中には競合する娯楽を気にする人もいる。日曜日の買い物やレジャー市場の拡大、DIYへの国民的関心、それに他の小規模な庭公開の組織などだ。けれど今のところ、私たちはゆるぎない。
NGSは今では夕方に公開する庭や予約訪問できる庭を増やしている。それでも日曜午後の自家製のお茶とお菓子は、今でも変わらずNGSの要である。
また、増加する家族連れの訪問者を歓迎しており、庭やがーデニングヘの愛着が世代間で確実に受け継がれていくようにしている。

初めからNGSは単純な考えを堅持してきた。それは良質で個性があり興味深い庭を公開して、慈善のための資金を集めるという考えである。確かに時代が変わるにつれて、難問が立ちはだかる。例えば、50年、100年後の庭園訪問がどのようなものとなっているかみきわめることなどだ。けれど私たちのやり方は機能すると確信している。
変化し、新しい考えを受け入れ、ガーデニングの持続可能な取り組みには必ずしも労力と費用がかかるとは限らないことを人々が理解する助けになる。私たちはそれができるだけの順応性を備えている。

私たちがこの流れにそって進み続ければ、NGSは来るべき80年も来訪者の関心を引き、ひらめきと刺激を与え続けるだろうと期待している。

Zac Goldsmith NGS会長
(訳者:柏木晶子 RHSJ)
~~~~~~~~~~~~

070727ngschairman


2007.07.22

「花と龍」火野葦平

入院中に「花と龍」(火野葦平)を読んだ。
カバーの惹句によればこんな物語である。
~~~~~~
明治の終わり、故郷を追われ北九州若松港に流れてきた男と女。二人は最下層の荷役労働者となり、度胸と義侠心で荒くれ男を束ね、波止場の暴力と戦う。
男は玉井金五郎、女はマン。男の腕の刺青は昇り龍に菊の花。
港湾労働の近代化を背景に展開する波乱万丈の物語。
~~~~~~

私はかねて若松港になんとない憧憬があった。
昭和40年前後、私は石油会社の重油販売担当であった。
時はまさに石炭から石油へのエネルギー転換の最中であった。
政府の石炭保護政策、石油輸入のための外貨事情など多少の紆余曲折はあったが圧倒的なコスト差には抗すべくもなく、石炭から石油への転換は奔流の如く進んだ。
当時のエネルギー多消費産業は鉄鋼、紙パルプ、セメント業界であり、その全てはそれまで石炭会社の商圏であった。私の営業担当先は主としてセメント各社であった。各社を訪ねその利を説いた。
石油転換が決まれば石炭会社はたちまち商権を失う。採炭から物流、営業まですべての関係者が職を失う。

そこで緩和策として採られた手法が石炭会社を窓口として石油を納入することであった。
購入側は従来の納入シェアを勘案して石炭会社に重油を発注する。石炭会社の営業は継続する。
しかし需給状況等を背景として価格交渉権は石油会社に移り、納入量の決定も購入会社と石油会社の商談となり、次第に石炭会社は単に通り口銭を受領するだけの存在と下した。

当時私が担当した石炭会社は住友石炭鉱業、三井鉱山、明治鉱業、貝島炭鉱、常磐炭鉱などである。
当時私は30才前後の若僧、対するは40-50才の石炭会社のエリートであった。彼らの営業経験、営業力は凄まじいほどのものであり、とても石油会社の若僧が及ぶところではなかった。
ある時私は聞いた。「石炭の営業と石油の営業の違いは何ですか?」
答え。「石油は買ってきたものを売るんだろう。石炭は自分の山を掘って売るんだ。」
私はこの答えに彼らの石炭営業に対する強烈な自負と、通り口銭を得るだけの現状に対する深い悲しみを聞いた。未だに忘れ得ない。

彼らが一様に懐かしむのが若松港の繁栄だった。
昭和20年代、石炭が日本の戦後復興を支えるエネルギーの太宗だった時代、彼らの青春時代、とても太刀打ち出来ない彼らの酒の飲み方、彼らの語る若松港はその象徴だった。
私は今は無き若松港に憧れた。

玉井金五郎の活躍する若松港は昭和初めである。私が石炭屋さんから聞いた若松港は昭和20年代である。私が実際に見た若松港は昭和40年以降である。
その若松港を舞台に描いたという小説「花と龍」をかねて読みたいと願っていたが、文庫本はすべて絶版であり、伊東図書館では見つけることが出来なかった。
しかるに先頃岩波現代文庫が復刻出版し、上下800ページを超える大冊をこの入院を機会に読んだのであった。
読んだ感想は、「読んでよかった。」

特に後半、その緊迫感、スピード感は最近のミステリーにひけをとらない。
さもありなん。登場人物はすべて実在の人物であり、実名だという。
そして沖仲仕組合のストの旗を振る玉井金五郎の長男玉井勝則こそ火野葦平その人である。

退院ご報告

昨日伊東市民病院整形外科病棟を退院致しました。
入院期間17日、術後16日の退院でした。
手術名は「左肩骨折」です。

手術そのもの(骨および筋の継ぎ合わせ)は非常に上手くいったようで、痛みもなく、順調に回復しています。
しかし骨の接合には時間がかかるようで、本格的なリハビリはまだ始まりません。
ギブスで固めてはいないので左肩をかばいながらの生活です。

殆どベッドの上での生活で身体が如何に弱ってしまうかを痛感しています。
米国は勿論わが国でも早期に退院させるのが趨勢のようですがこのあたりではそうでもありません。翌週までの予定を申し出て今週退院しましたが、良かったと思っています。もう1週寝ていたらどんなに弱ったことか。

多くの皆さまにご心配をお掛けしたことをお詫びし、お見舞いを頂いたことにお礼を申し上げます。
まことに有難うございました。
私は自分が頑健なせいか弱者に対する配慮が欠ける人間でしたが、反省し今後は少しは改めたいと思います。

2007.07.03

入院します

やまもも採果中の梯子転倒事故で肩を骨折し、入院・手術することになりました。
明日7月4日に入院し、2週間の予定です。全治には6週間とのこと。
妻も同じ頃足の手術で入院です。

ブログ書き込みはお休みします。
ノートやケータイは使用しません。
途中病院を抜け出して帰宅出来るようになるかもしれません。

ではしばらくさようなら。

2007.07.02

造次顛沛

このたびのようにいきなり天地がひっくり返るような大騒動になることを表現する言葉があったなと引っ掛かっていたが、今朝になって思い浮かんだ。「造次顛沛」である。

~~~~~~
「造次顛沛」(ぞうじてんぱい)
<造次>はわづかの間、あわただしいさま。<顛沛>は躓くの意。君子はとっさの場合や躓いて倒れる場合でも仁から離れない、と使われる。(故事・俗信・ことわざ大辞典-小学館)
~~~~~~

この言葉を教わったのは50数年前、豊橋東高校の坂柳童麟先生の漢文の授業だった。
師恩を思う。

~~~~~~
子曰、富與貴、是人之所欲也、不以其道得之、不處也、貧與賤、是人之所悪也、不以其道得之、不去也、君子去仁、悪乎成名、君子無終食之間違仁、造次必於是、顛沛必於是  「論語-里仁」
富と貴い身分とは誰でも欲しがるものだ。しかしその道(勤勉や高潔な人格)によって得たものでなければそこに安住してはいけない。貧乏と賤しい身分とは誰でも嫌がるものだ。しかしその道(怠惰や下劣な人格)で得たものでなければそれも避けない。君子は仁なくしてどこに名を成しえようか。君子は食事の間も仁に違うことなく、造次にも必ず仁に処し、顛沛にも必ず仁に処す。
~~~~~~

2007.07.01

ロビー始末

父テンボウ、母ビッコという緊急事態の最中、留守中のお世話を頼んだSさんの手をくぐってロビーが脱走したと書いた。
Sさんは慌てて追いかけ、転倒して頭をぶつけて大出血した。
医者に行った結果、幸い裂傷のみで縫合の必要なしであった。
Sさんからは世話を断られた。

その直後ロビーは剥がした膏薬を飲み込んだ。
翌朝からどうも様子がおかしい。落ち着きがない。
妻はいろいろと聞き込んだ事例を述べ立てて騒ぐ。
運転できないのでタクシーでかかりつけの動物病院に行った。
レントゲン、血液検査、点滴など。腸閉塞だけでなく薬害も心配されるという。
翌日は土曜日なので切開手術の場合など打合せて帰宅。
20時。吐き出してくれた。安堵!数十万円助かった!

結局両親の入院中はケンネルに預けることとした。
さてさて。

植物の水遣りはお願いする人が見付かった。

梯子転倒

070701050821myamamomocut_004


やまももの採果中に梯子が倒れて骨折した、と書いた。
ひどいめにあった。4日入院、5日手術である。

この写真は一昨年やまもも剪定中の写真である。

« June 2007 | Main | August 2007 »