« 草月流武田陽信とシドニーホバートヨットレース | Main | 三重苦?四重苦? »

2007.06.27

草月流武田陽信とシドニーホバートレース2

武田陽信の<Vago>が参加した1969年#25シドニー・ホバートレースに関する「舵」誌の記事は次の4本であった。

69/11 「シドニー・ホバートレースを語る」 対談大儀見薫:大沢浩吉
  対談で大儀見氏がレースの歴史等について既に多くの知識を集め、前年米艇のクルーとしてこのレースに参加した大沢氏からレース現場の知識を得ようとしていることが判る。
69/12 「日本のクルーザー<Vago>」 武市俊
  武市氏は日本の数少ないレーシングヨットのデザイナーである。このリポートにより<Vago>が設計当初より大儀見氏をリーダーとしてシドニー・ホバートレース参加を目指して建造されたことが判る。
  武市氏はオーナー武田陽信より「日本で作り得るベストの外洋レーサーを作ってくれ」と言われたと記す。当時(現在もそうであるが)ヨット用金具備品など国産品がなく専ら輸入に頼ったが、オーナー武田氏が率先手配入手してくれたと記す。武田氏は雑貨輸入会社オーナーでもあった。個人輸入もネット通販もない時代である。
  なお武市氏は1991年ジャパン・グアムレースにおいて<タカ号>で遭難後救命ボート内で死亡した。6名が乗り移ったが佐野三治氏以外は死亡。
70/3 「シドニー→ホバート・レース」 無署名
  レースの概要に関するリポートであり、詳しい。
  79艇出場のこの国際レースにおいて21位の成績は素晴らしいと評価出来る。
  先の武田陽信氏の写真はこの記事中にあった。しかし特に<Vago>に関する記述、<Vago>からの発信はない。
  このレースの優勝艇は<Morning Cloud>、オーナー・スキッパーは英保守党党首エドワード・ヒースであった。ヒース卿は翌70年-74年の英国首相である。
70/4、5 「<バーゴ>の航海日誌」 大儀見薫
  レース艇<Vago>のスキッパーによるログ・ブックである。GPSのない時代であり、ヌーンサイト、スターサイトが懐かしい。
  乗員はスキッパー・大儀見薫、オーナー・武田陽信、武市俊、ドナルドソン中尉(気象担当)、村本、大沢、山下の7名であった。
  オーナー武田の言動に関する記述は全く無い。

このように<武田陽信>の実像を求めて資料を探したが<武田陽信>の姿はさっぱり見えない。
私はその理由を次のように考える。
1.「オーナーは金だけ出して口を出さないのがよい」とする美学が一部にあり、この当時にはその気風が現在より強かったかもしれない。
2.レース直後の70年1月草月流に脱税容疑の査察が入り武田は渦中の人となった。スキャンダルだけに本人もマスコミも露出を控えたのかもしれない。
3.武田自身が出しゃばりでなかった?
4.大儀見薫の性格?
  記事全体を通して大儀見薫の存在ばかり大きく出て、オーナー武田の影が薄い。これは大儀見の性格によるのではないか?
  大儀見氏は豊富な知識経験を生かして長らくNORC(日本外洋帆走協会)の各種委員会において指導的立場を果たした。シドニーホバートでの21位、<波切大王>によるメルボルン大阪ダブルハンド優勝など実績も残している。ヨット界の功労者である。しかし非常に癖の強い人物だったようだ。
  詳しくは知らないが氏はリーダーズダイジェスト日本社のオーナー一族であった。戦後の一時期一般人には入手出来ないほど人気のあった雑誌である。その最後の編集長塩谷紘氏が「リーダイの死 最後の編集長のレクイエム」において経営陣に痛烈な批判を残しているという。<雑誌出版社でありながら本業に力が入らず社員の士気が低く、そのくせ外資系会社の給与体系で高コスト体質。まさに潰つぶれるべくして潰れたともいえる>
  私は出光在籍時一度大儀見氏の訪問を受けたことがある。「ポーランドで安い帆船を見つけた。絶対に安い。出光も一口乗ってくれないか。」多分現在の<海星>である。私にはなにか儲け話を持ち込まれたように聞こえた。
  NORC副会長だった大儀見氏がどうして協会から消えたのか私は知らない。

日本セーリング連盟(JSAF JYAとNORCが合併)のボード「日本ヨット界の歴史」には、スキッパー名ではなくオーナー名で記録が残る。
<1969年 シドニーホバートレースに武田陽信氏の<バーゴ>が参加>

« 草月流武田陽信とシドニーホバートヨットレース | Main | 三重苦?四重苦? »

Comments

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 草月流武田陽信とシドニーホバートレース2:

« 草月流武田陽信とシドニーホバートヨットレース | Main | 三重苦?四重苦? »