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2007.03.25

馬とヨットと花と-2

昭和20年代の後半から30年代にかけての、あの華道界を包んだ熱気は何だったのだろう。
当時、日本の女性はすべて華道の免許を求めて教室に通ったのではなかったか?

華道免許の本山は池坊である。室町以来の華道の家元として、国内の諸流はすべて自派の末裔であるとする。
それに対し、戦後の民主化ムードの中で家元制度に反発して各地に起こった新興いけばなの雄が勅使河原蒼風の草月流であった。
昭和30年当時、池坊200万、小原流100万、草月流70万と言われたが、成長率では草月流が群を抜いていた。
蒼風は「池坊は45代、小原流は3代にくらべ草月はまだ1代だ。わしの時代で追いつき、追い越してやる」と豪語した。
その活動は次第に国際化し、フランスの芸術文化勲章、レジョンドヌール勲章の受章、ニューヨーク「20世紀博・世界の彫刻家20人展」に招待出品するまでに至る。
そして東京青山に壮大な草月会館を建設し、反発したはずの家元制度の確立を進める。
その中心に据わるべきが娘の勅使河原霞であった。
まだ20代になったばかり、その美貌とあわせまさに社交界の華であった。

あろうことかその霞が家を出たのである。1956年(昭31)のことである。
「草月を継ぐことを放棄してでも、あの人と一緒になります。」
霞24才。武田陽信34才。武田には妻と2児があった。

武田は海軍の情報将校を経て商社に勤務していた。
身長180センチ、空手・剣道・柔道など計6段の偉丈夫であったという。
日頃女性に囲まれた男性しか見ていなかった霞には強烈な魅力だったのだろう。
裏千家3男との縁談が進んでいた中を、霞は武田のもとに奔った。

「許さない」と怒った蒼風も、結局は折れ、のちに霞の草月への復帰を乞う。
武田は独立して繊維・雑貨の商社を起こし、草月流の品物を扱うようになり、また草月流の経理の責任者となる。
そして1969年12月、シドニー・ホバートレースに参戦したのであった。

1970年1月、草月会館および全国27ヶ所を200人の国税局査察官が襲った。
巨額の脱税疑惑である。
蒼風は霞に言ったという。「霞、お前にまで苦労をかけたね。」「いいえ、お父さま。」「・・・これで終わりか。」「そんなことをおっしゃらないで下さい。」「・・・でも芸術院会員になるのは、もうおしまいだね。」かっての前衛いけばなのリーダーがこう言ったという。
武田陽信は経理の責任者として、一切の責任は自分にあると主張したが、巨大な家元組織には武田の知らない金がいくらでもあるのであった。
<このあたりの華道界に関する記述は「華日記-昭和生け花戦国史」(早坂暁-小学館文庫)による。幸いまだ入手可能である。>
070325hananikkihayasakahyousi

<武田陽信のシドニー・ホバート挑戦については他に情報がない。「舵誌」の記事がないかと国会図書館に検索したが「舵誌」の保存はなかった。>

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いけばな革新の運動は戦前に発する。
「日本新興いけばな協会」の設立を目指して6人が集まった。重森三玲、藤井好文(評論家)、中山文甫(未生流)、桑原宗慶、柳本重甫、勅使河原蒼風である。1933年、重森三玲が「新興いけばな宣言」を起草する。「懐古的感情を斥ける」「形式的固定を斥ける」「道義的観念を斥ける」など家元制度からの解放を目指すものであった。この中に33才の蒼風がいた。
結局協会は設立されずに終わった。
<いけばな革新運動については労作「前衛いけばなの時代」(三頭谷鷹史-美学出版)に詳しい。>
070325zeneiikebananojidaihyousi


日本美術学校を出て画家、華人を目指した重森三玲はその後日本庭園の美に魅せられる。庭園が各地で荒廃し散逸していくのを惜しみ、独学で学んで全国の庭園を測量してまわる。その数300に及ぶ。1939年、「日本庭園史図鑑」(26巻、有光社)を出す。
アカデミズムの世界にない彼がこの作業を行い、書物として刊行するのにどれほどの困難を極めたか。
その後彼は作庭家として名をなし、測量した庭も500として1976年「日本庭園史大系」35巻を刊行する。
私は重森三玲の庭園測量の業績を文化勲章に価すると評価するものである。

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「テヴィス・カップ・ライド」に挑戦した蓮見清一の物語を読んで、私の想念は「シドニー・ホバートレース」「武田陽信」「勅使河原霞」「勅使河原蒼風」「重森三玲」と飛んだのであった。
「アラビアンホースに乗って」(蓮見明美)はそんな飛翔をいざなってくれた。

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