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2005.06.21

九州西岸-長崎から大村湾

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長崎から大村湾に向かうには北上して佐世保湾に入り、厳しい針尾の瀬戸を抜けて大村湾に入る。

佐世保湾の手前に大島、その外側に崎戸島があり当初崎戸島を外回りする予定だったが九州本土と大島の間が抜けられることが判り、長崎港を出て岸沿いに北上した。
正面に松島が見えるがこの内側は通れない。進んで行くうちに左手に小さな島が現れた。チャートによれば池島である。
池島になにやら建物が見える。コンクリートのアパートである。それも何棟も並んでいる。
あれは何だろう?まさかここから本土に通勤してるわけもないだろう。
いよいよ池島を過ぎる時になってあっと気付いた。池島炭鉱だ!その跡地だ。おう、おう、これが池島炭鉱か!それにしてもこんなに小さな島だったのか!
とすると正面松島は松島炭鉱か!これが松島炭鉱か!

一時代を築いた炭鉱はこんな形で存在していたのだった。
私はその石炭からユーザーを奪った石油業界の、しかもその営業の最先端にいた。
昭和36年から40年頃のわづか5、6年で鉄鋼業界、紙パ業界、セメント業界など大工場のエネルギーを根こそぎ石油に転換したのだった。
その間石炭業界の人たちと触れ合う機会も多く、彼らに対するシンパシーは常人以上であったとは思うが、こういう島で暮らしていた石炭人に思いを致したことはなかった。滅び行く石炭産出の現場を想像したことはなかった。
無知の傲慢であった。

それにしても松島、池島とチャートに見ながら、松島炭鉱、池島炭鉱が思い浮かばなかったのはまさに老人性の反応の鈍さである。
老人の悲哀を感じた。

老人の悲哀といえば、近年何を食べても最初の一口で旨いか不味いかが判ってしまう。これは不幸である。若いうちは何を食べても旨かったのだ。

若い男女がいちゃいちゃしているのを見ると昔は不快に感じたものである。しかし最近は違う。いいぞいいぞ、早くくっついて、早く子供を産んでくれ、と思うようになった。
老人の悲哀である。

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池島のそばをヨット(?)で通ったらしい人のブログを見つけた。あんな外海の波の高いところでもヨット(?)で安全にいけるものかと感心した。だって、冬になればあの辺は白波とすごいうねりで、みんな船酔いしてたし。 文中、石油と石炭の話になってますが、池島の炭に限って言うと、単なるエネルギー用途ではなく、製鉄用のコークスとして主に使用されていましたので、あんまり関係はないです。一番の問題は、露天掘りの外国炭との価格差です。 などとトラックバックの練習がてら書いてみたりして。... [Read More]

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