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2005.06.20

九州西岸-長崎の街

Nicole-Kidman2


∞∞∞∞∞∞∞
長崎の街を3日間歩いた。
最初長崎市内観光バス6時間コースに3人一緒に乗り、あとは各自自由行動であった。


バスのコースは、出島、グラバー園、孔子廟、平和公園、原爆資料館といったところである。
出島は内容たっぷりでもっと時間が欲しかった。
グラバー園は3-40年昔に見たグラバー邸とはすっかり変わっている。いろいろ建物を移設・建設しエスカレーターを設置して<邸>から<園>に、大観光施設になっている。
切支丹と原爆は苦手なので詳しく見るのはサボった。
永井隆の如己堂でバスガイドが「長崎の鐘」を歌ったのには泣かされた。作詞:サトウハチロー、作曲:古関裕而、歌:藤山一郎だという。すごい顔ぶれだ。昭和24年の歌である。

長崎ではちゃんぽん、皿うどん、しっぽく、スペイン料理などいろいろ食べた。
街のどこでもそうなのかどうか判らないが出島ワーフでは注文しないつき出しを出して2-300円を徴収する。3軒目ではアルコールもとらないのに勘定に入っている。レシートを要求したら手書きで明細のない総額の領収書を出した。頭にきて文句を言ったら300円返してくれた。この細かさは老人・年金生活者の悲哀である。

長崎訪問は16年ぶりであった。前回は出光長崎油槽所がマリーナとして適地かどうかを見るために来たのだった。
多分否定的見解を出したと思う。
帰りに建設中であったハウステンボスを見学した。当時、資金のほとんどを出した興銀、オランダ村以来神近氏に密着して工事の主体を獲得した日本国土開発は先見の明をうたわれたものだが、両社ともすでに存在しない。

半日を映画鑑賞に費やした。「ザ・インタープリーター」である。主人公は国連のアフリカ少数民族言語の女性通訳。ニコール・キッドマンが美しい。微かにそばかすが見える(?)のも、いかにもオーストラリア人らしく好ましい。

長崎大丸で平松礼二の展覧会を覗いた。鮮やかな色彩の日本画で、モネの睡蓮の池を描く。

長崎滞在中の風呂は出島から徒歩10分の「丸金温泉」であった。名前は素晴らしいが中味はすっかり旧式の銭湯である。一緒になった外人のセーラーたちもみんな喜んでここに通った。

長崎の港の中心はなんといっても三菱の造船所である。ドックは一杯で活況を呈していた。造船所の動向は街中から見えるのである。
それにしても目の前で燃えるダイヤモンド・プリンセスの火災騒ぎは長崎市民にとってどんなにショックだったか。久しぶりに契約をとった豪華客船だったというではないか。その気持ちを思うと胸が痛むのである。
実はわが夫婦の結婚の媒酌人は長崎造船所所長も務めた四神会先輩の森米次郎さんである。佐世保重工社長当時に出光の日章丸を建造してもらったご縁もあって仲人をお願いした。森さんが生きていらしたらどんなに悲しんだだろうと思うのであった。

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