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2005.06.16

九州西岸-○○センター

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枕崎から甑島列島の中甑島平良港に向かった。

何もない漁港であった。
風呂も飯屋もない。
近くに隠居漁師の小舟がいたので聞くと、上甑島まで行くとあるという。その距離17キロ。
「これを使えや。」と軽自動車を貸してくれた。

上甑島まで島を2つ渡るのであった。
橋がかかっている。
その橋の豪華さたるやレインボウブリッジもベイブリッジも顔色ないほどのものであった。
そして風呂に着いたらそれは7階建てのビルであった。
宴会場もある、宿泊施設もある、風呂もある。
看板には「甑島交流センター」とあった。

そのあと野母崎に入った時のことである。
どこに着けようかと探していると、小舟の漁師が「そこへ」と港正面にある浮桟橋(ポンツーン)を示した。
何ということか!普通なら流しているだけで大声で追っ払われる場所である。
漁船が少なくなって廃業した漁港かと納得してそこに着けた。
風呂は岬の突端に「野母崎・海の健康村」という施設があってそこへ行った。
7階ではないが立派な3階建てで、風呂と宿泊施設があった。
その風呂からかの「軍艦島」が見えるのであった。全島かっての炭鉱の島で、廃墟となった鉱員の集合住宅がぎっしりと立ち並ぶさまはまるで軍艦のように見えるのである。
あそこの住民にも多くの希望があり、ロマンスがあり、哀歓があったのであろう。

いま各地にあるこれらセンターは軍艦島の住民の汗の結晶なのか、それともリストラに怯える現代のサラリーマンの膏血なのかと思うのであった。

なお野母崎の漁港は廃港になったのではなかった。すぐ隣の浦にまったく新しい港を作ってそこに移転したのであった。
われわれが入ったのは古いほうの港だったのだ。
それにしても快適な風呂に入り、快適な施設に係留しながら、不公正への加担という不快感が消えなかった。

伊豆諸島における過剰な港湾施設についてはことあるごとに不満を述べてきたが、九州においても事態は同じなのであった。
このようなリターンのない投資を続けてきたから日本の経済はおかしくなった。

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