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2005.04.17

先生-2

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先に<今時の芸人は売れるとみな先生となる>、と書いた。

永井荷風は露伴の12才年下であった。
荷風は生涯で3人だけを<先生>と呼んだ。露伴と鴎外と巌谷小波である。他はすべて君づけか呼捨てであった。
露伴と荷風は生涯会うことはなかったが、昭和22年露伴が80才で死んだとき、荷風は葬儀に出向いた。
日記「断腸亭日乗」に書く。<午後2時露伴先生告別式、小西小滝の二氏と行く。但し余は礼服なきを以って式場に入らず門外に佇立してあたりの光景を看るのみ。>
あの荷風が礼服でないとして式への参列を憚ったのである。先生に対する礼である。

後年、幸田文が文章を書くようになり「露伴の語った荷風」を書いた時、文は中央公論社から紹介状を貰って荷風に会いに行った。<お目にかかって書くことの許可を頂くのが、なすべき礼儀だったと思う>と文は書く。
来意を告げた時の荷風の挨拶は、<そんな固い挨拶なんぞあなた、何でもどんどんお書きなさいよ。>だった。
文は荷風を「先生」とは呼ばなかった。「永井さん」である。
他人を「先生」と呼ぶにはそれなりの心構えがいることを、文は父・露伴からきびしく聞かされていたからである。

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