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2004.12.23

トルコ絨毯

0412turkey_142
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塩野七生は若くしてイタリアに渡り、今ではイタリアに住んでイタリアに関わる歴史・物語を書き、日伊両国で尊敬されている。
才能があって、努力して、苦労もしたのだろうが、幸せな人だと思う。

さて。
トルコでカッパドキアという地方に行った。奇岩や地下遺跡で有名である。
アンカラからバスで6時間も7時間も走る。途中は樹木の生えていない高原で、麦やバレイショ、羊の放牧が産業らしい。所々部落が望見されるが、「あの部落からこの部落に嫁にくればそれは国際結婚みたいなものだ」とガイドは言う。それほど未開な土地だと言いたいらしい。
すでに雪がつもっていたが1月には零下30度にもなるという。
カッパドキアに国営のじゅうたん会館があった。そこでノスレット・サンジャックリ教授からトルコ絨毯の詳しい説明を聞いた。
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<農民には年金はない。このあたりの農民は若いうちに織った絨毯を年取ってから売って生計をたてる。>
<草木染めのトルコ絨毯は3、40年たって本当の色が出てくる。二つ結びのトルコ絨毯は150年、200年も長持ちする(ペルシャ、中国は一つ結び)。だから新品より50年以上経ったものの方が値段が上がる。>
<このあたりでは女の子に小学校以上の教育を受けさせることはない。彼女たちが唯一生活を変えられるのは良い結婚をすることである。そのためには良い織り手にならなければならない。>
<嫁を探す親は年頃の娘のいる家を訪ねる。娘の親は彼女の織った絨毯をかけて客を迎える。よい絨毯の織り手は料理も家内の取り仕切りもすべてが上手いとみなされる。>
<娘は8才から指ならしを始め、本格的に織るのは14才頃からである。>
実際に各家に何枚もの絨毯がストックされていて、夏の間1ヶ月絨毯を日光に曝す。小学校の校庭一杯にぎっしりと絨毯が敷き詰められている写真を見て感嘆した。こうした方がムラなく色が出るのだそうだ。
~~~~~~

ノスレット教授は大阪外語を出て東大でも学んだトルコの碩学である。日本の風俗営業のトルコ風呂という呼称をやめさせる運動を起こしたのはこの人だという。
この人の発議で絨毯会館が出来たらしい。農民はここに絨毯を販売委託し、会館は10%の手数料をのせて販売する。作品は(彼らは製品とは言わない)すべて写真入りで登録され作者と責任者のサイン入りの保証書が添付される。そして会館で購入するとただちに現物が日本で宅配便手配されるシステムが出来上がっている。完璧なシステムである。
私も2枚買ってしまった。

教授は近くの大学で日本語を教えているが(会館の従業員はみんな教え子で日本語の実習中)、昨年初めて女子学生を募集した。
すると40人の募集に430人もの応募があったという。
私はその40人の中からきっと日本とトルコを研究し著述する女性が現れると信ずるのである。


追記1
塩野七生に度々言及するが彼女に心腹しているわけではない。ヴェネツイアあたりのことはともかく、「ローマ人の物語」の彼女の歴史解釈を必ずしもすべて肯うことは出来ない。
好き嫌いで言えば同じイタリアを書いて須賀敦子の方が遥かに好きである。
須賀敦子の著作は殆ど所蔵しているのに対し、塩野七生は殆ど図書館で借りて読む。その違いがある。

追記2
だからといって私はイタリア大好き人間ではない。

追記3
画像の女性は17才の織り手である。


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