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2004.11.23

Re:一吟一詠2-大名庭園

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S.O 兄

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九十嫗(でいいですか)の達筆お見事と拝見しました。
きわめて若々しくかつ女性的な筆と思います。
ところで「一吟一詠」ですが吟と詠とはどう違うのですか。
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母の書をお褒め頂きまことに 有難うございます。
母および兄弟一同に代わりお礼申し上げます。
私は2年ぶりに母の書を見て、<鋭さがなくなったなあ。線が甘い。>と感じました。強い字を書く人でした。
私の妻は、<柔らかくなって、よくなった。>と申します。


さて「一吟一詠」のことですが、私はさして考えもなく、「吟」は<声に出して吟ずること、朗ずること>、「詠」は詩歌を作ることと解していました。
この当時(江戸時代)の大名庭園は大変な饗応・饗宴の場でした。例えば将軍がお成りになる、大奥のお局様がお成りになるとなると数百人の一行を一挙に接待しなければなりません。そしてそれを充分にこなしたのです。主客を接待する建物、供の接待、足軽などの接待、すべてを至れり尽くせりに行います。もちろん庭の趣向はそれぞれに大変な工夫を凝らし、お狩場や舟遊びなど運動の場もあり、模擬店もあり、とにかく1日が終わると上から下まで充分に酔っ払ったといいます。模擬店も、例えば柳沢吉保の六義園でいえば小田原の宿の37軒の店をそのまま再現し、商品を揃え店員を配して客を迎えました。もちろん六義園だけがそうではなく、各大名が妍と贅を競ったのです。当時江戸市内だけで大小1000もの庭があったといいます。
その機能は現在の大ホテルの宴会場と似ています。そしてもっとずっと大掛かりでした。各大名家は現在の大企業でしょう。企業は新製品発表、社長就任、創立周年記念、従業員慰安などに大ホテルを使います。江戸時代の大名家にもそういう行事があり、ホテルではなく自分の庭を使ったのです。
というわけで、「帯笑園」は接待のための庭ではありませんが、ふくべを携えて微醺に一吟を朗ずる姿があったのでしょう。

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