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2004.07.19

縁談

宝塚歌劇の娘と縁談がなかったと書きました。
思い出しついでに縁談のことを書いておきます。すでに廃語に近いようですから。

私の場合、全部で40くらいお話があったと思います。そういえばTV体操のモデルとかスチュアデス、ファッションモデルとの縁談もありました。
そのうちお会いしたのは5,6件、あとはお会いしないまま写真・釣書の段階でお断りしました。いや、この言い方は不遜ですね、断られたのもあったのですから。<お会いしないで話は切れた>と言い直しましょう。
お会いしたうちで、すぐに先方から断られたのが1件、もう1度お会いしたのが1件(これもその後お断りした)、あとはその夜のうちに仲人さんにお断りを入れました。
仲人さんは必ず<会うだけでも会ってみらた・・・>とか、<しばらくお付合いしてみたら・・・>と言いますが、私は<第一印象がすべて>と思っていましたし、<断りは早い方が良い>と一途に思っていました。
そもそも<結婚を前提にお付合いする>なんて気味が悪いじゃないですか。お付合いするのになにも縁談ルートが必要なわけじゃないし。

こうした縁談は主に父やその周辺からでしたが、会社の取引先からのお話も多かったのです。私が営業で外回りをしていたせいもあるでしょうが、そういう時代だったのですね。有難いことでした。

妻の方も私以上に縁談はあったようですが、詳しく聞いたことはありません。
彼女もあまり会わない人のようでした。
私に最初にお話のあった時の仲人さんの口上は、<久留米にこれこれこういうお嬢さんがいる。こんど○○のお茶会に出られるようだから、その時にちょっとお顔を拝見したら・・>というものでした。<平安時代じゃあるまいし、そっと遠くから顔を拝めとは冗談じゃない>とほうっておいたのですが、そのうちに写真交換・お見合いの運びになりました。

最初のお見合いの場は博多の料亭でした。出席は仲人役のYさんご夫婦、先方側の仲人役Kさんご夫婦、先方ご両親、ご本人、当方側の仲人役Yさんご夫婦、私の親代わりとして小倉在住のN叔母、そして東京から出向いた私、の合計11人の席でした。その時ご本人と言葉を交わした記憶がありません。
翌日先方ご両親、ご本人と私で福岡平和台競技場にラグビーを見に行きました。まだ地域対抗があった頃で全九州と全関東の試合でした。岳父は昔ラガーで、私も当時出光ラグビー部の主将でした。
半月後、東京と九州の中間ということで関西で会うことになりました。昼の部は宝塚の七福荘で、気分よくお酒が入り、男同士3人、女同士3人でそれぞれ温泉に浸かる仕儀となりました。裸のチェックをしたわけですね、予定にはなかったことですが。夜の部は大阪・吉兆で招ばれました。
そして翌朝大阪グランドホテルで双方縁談受諾の運びとなりました。昭和39年5月のことです。

娘明子が年頃になった時も(うちは1人娘です)、親として縁談をお願いするのは当然と思っていました。
着物を着せ、洋服を買っては写真館に連れてゆき、写真を撮り釣書を書いてあちこちにお願いにまわりました。
当人は迷惑そうな顔をするばかりで、結局自分で見付けた人と結婚しました。
写真を回収するのに苦労しました。

先週伊豆長岡のかつらぎ山に登ったのですが、妻は山頂の縁結びのお地蔵さんに、孫2人(10才、5才)がいいお嫁さんに恵まれるようお願いしていました。

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