2017.08.20

灯台モード

このところ俄かに灯台モードである。
きっかけは「灯台はそそる」(不動まゆう)の書籍広告であった。
小さな広告だったが気をそそられて発注した。8/11。
著者は海事には関係の無い普通のOLだが、どこでどう狂ったか灯台愛が嵩じて個人で灯台のブログを運営し雑誌を発行している。
現在も夏休みで遠出してイギリスあたりの灯台を経巡っている。
 
 
内容は私としては特に共感も感動もなかった。飽くなき灯台フェチに感心したのみである。
一番の理由は彼女にとって灯台は「見る」対象なのに、私にとっては「導き」の対象だったからである。
 
~~~位置をとる~~~
私がヨットに最もよく乗っていた時代、GPSもなければ通信機器もない、一旦海に出れば陸と連絡をとる手段は何も無い時代であった。
自艇の位置はチャートに2点の陸標から直線を引き、その交点を自位置としたのであった。最も信頼できる陸標が灯台であった。
例えば東京から熊野灘に向かう場合、剣崎と風早埼から線を引いて交点に時間を記入しておく、そして爪木崎と竜王崎の交点で時間を記録する。その交点と交点の距離をデバイダーで計り、その間の距離で自艇のスピードを割り出すのであった。スピードメーターは持っていなかった。
線を引くのにハンドベアリングコンパスを用いた。目標に向けて方位を測定し記録するのである。
 
これが我が艇ではコンパスに次ぐ2番目の航海計器であった。
 
陸標を頼りに出来るのは沿岸航海である。陸が見えない大洋では天測になる。六分儀と天測表で難しい天測と難しい計算を行う。
私はそれをマスターする気力がなかったから沿岸航海ばかりであった。
 
陸標は夜間には灯台となる。ご存知のように灯台はそれぞれ固有の灯質(光り方)を持っている。
例えば剣崎灯台は「毎30秒毎に2白閃光、1緑閃光」である。石廊崎灯台は「単閃白赤互光 毎16秒」である。
暗夜に目指す方角に目指す光り方の灯台を認めた時の喜びは、固まった我が身を蕩かす思いがした。
 
主だった灯台の灯質(光り方)は覚えているのがクルーザー乗りの心得であった。御前崎とか、大王崎とか、見えてくる前に予見しておかねばならない。
とはいっても全部は覚えられない。そこで「灯台表」である。全国3000の灯台のデータが記載されている。
 
 
私のハンドベアリングコンパスと灯台表は最後の艇を手放した時に積み込んだまま渡してしまった。寂しい。
 
~~~神子元島灯台~~~
東京湾口の大事な灯台に神子元島灯台がある。「群閃白光 毎16秒2閃」
下田港から3マイルほど沖合の無人島である。小さな島にしては異様に大きな灯台が不気味である。
 
先日Facebookにドローンでこの島を写した動画が掲載された。見るほどに無愛想な島である。
ところが昔はここに灯台守が住んでいたのだ。
1913年、若山牧水が灯台守をしている学友を訪ねて島に1週間滞在したという。
牧水の学友と言えば早稲田卒だろうか。そんな人間がこの無人島に住んでいたのか?!
 
<友が守る灯台はあはれわだなかの蟹めく岩に白く立ち居り>  牧水
 
~~~灯台モデル~~~
灯台を好きな人は多いから、灯台の模型・モデルもそこそこ出回っている。
私も幾つか飾っている。
 
 
そこで思い付いたのだが、マイコンを仕込んでこれらの灯台を規定通りに光らせたい。
私にはとても出来ないが、クラウドソーシングで請け負ってくれる人が居るのではないか。
それでココナラに出したところ直ぐに手を上げる人が現れた。
 
しかし提案してきたのは電池とマイコンの入るコントロールボックスだけで弁当箱ほどの大きさになる。
私のイメージでは電池はボタン電池にして一式灯台の中に収まってしまうほどのものだ。
はてさてうまくいくかどうか。
 

2017.07.17

一帯一路対応と北方領土交渉

~~~海の日~~~
今日は海の日である。
中国の一帯一路構想と、ロシヤとの北方領土交渉について考えた。
 
170716
 
一帯は陸路であり、一路は海路である。
日本は一路にどう対応するか。
 
~~~北極海航路~~~
地球温暖化とともに、北極海航路が現実の動きとなりつつある。
 
Routedays
 
一路より北極海航路の方が遥かに経済的である。
 
~~~日露北方領土交渉~~~
北方領土交渉は「2島返還+α」と言っていたのがいまや「0島返還」、加えて1兆円ものカネをロシアに掠め取られようとしている。
2島返還、4島返還はとりあえず横に置いておこう。
それより「カムチャッカ半島に港を作ってあげるよ」と提案したらどうか。
その1兆円でカムチャッカに新港を作るのだ。
 
131011170717




北極海航路を利用してベーリング海峡を抜けた船はまずカムチャッカの港に寄りたい。
そこで荷物を積み替える。
北極海航路ではロシヤの砕氷船が随行するが、荷船自体も耐氷性を求められる重い船になるので早く積み替え​たいのだ。
 
日本向けも、中国向けも、アジア、インド向けもすべてここで積み替える。大変な港になるはずだ。
この港の建設を請けることこそ最大の日露交渉ではないのか?
地理的にカムチャッカでの建設工事は日本が最も優位にある。
 
~~~世界一路~~~
中国の一路構想は、北極海航路―カムチャッカ―津軽海峡―上海を加えることでやっと世界一路となる。
中国が津軽海峡を嫌って宗谷海峡を通るなら、宗谷海峡大橋を作る。
いずれにしろ海峡の航行は自由だが、世界一路の一角を日本が握る。
今年の海の日の黒潮丸の夢である。
 

2017.07.14

かかりつけ医

~~~私の常用薬~~~
・尿酸(痛風)
 40年前に発症し飲み続けている。30年前から止めてもいいのだが惰性で飲んでいる。
・アスピリン
 30年前にアスピリンの血液さらさら効能を知り勝手に飲み始めた。当時国内発売は無く、米出張先で買ってきていた。
 今はバッファリンAとかになって病院でもらっている。これも気休めの薬。
・逆流性食道炎
 7,8年前に発症し、はじめは原因が分からず悩んだがこの薬を飲み始めて治まった。唯一必要薬である。
 
これらの薬を貰いに2ヶ月に1度近所のH病院に行く。
ついでに血圧、血糖値、コレステロールを見てもらう。どれも問題無い。
 
~~~かかりつけ医~~~
このところ医療や介護の世界で「かかりつけ医」の文字がやたら目につく。役所が推奨しているのだろう。
それで、<かかりつけの薬局><伊東市民病院の受付><伊東市の老人窓口>に聞いた。
・「かかりつけ医」が定義されている法文はどこにあるか?。
・「かかりつけ医」と患者の間で何か契約するのか? 書面を取り交わすのか? その書式は?
・私の居住地域で「かかりつけ医」に相応しい医院はあるか?
 
どこもはっきりした返事が無かった。
 
~~~H病院~~~
車で5分、徒歩22分のH病院にはもう20年も通っている。
医者10数名の中病院である。
 
しかし10数名中常勤は3人くらいであとは非常勤、そしてしょっちゅう替わる。
夜間診療、休日診療、往診は無い。
 
とても「かかりつけ医」たり得ない。
 
~~~往診医~~~
近くに往診をする医者が居ると聞いたので行ってみた。
40代後半の医師1人のクリニック(内科、泌尿器科)であった。
 
あえて往診のことを聞くと、「患者さんが高齢になって通えなくなったら往診している。動ける人には来てもらう。」と気負いも衒いもなく答えた。
「かかりつけ医」の契約書は無いと答えた。
往診の理由を滔々と述べないのがいい。ここをかかりつけ医にするかもしれない。
 

2017.07.11

やまももの悩み

∞∞∞2017/7/6∞∞∞∞∞∞∞
毎日やまももの落果に悩まされている。
 
 
 
 
日毎に熟し、形も大きくなってきた。
 
しかしジャムはもう十分に作った。
ご近所には差し上げた。
 
写真の状態から人様に差し上げるには、1つ1つヘタを除って水で洗わなければならない。
年寄り夫婦にはもうそのエネルギーが無い。
捨てるしかない。
今朝は10キロ捨てたのであった。
 
 
妻の悲痛な叫びである。
 
あと何日続くやら。

馬が歌った

∞∞∞2017/7/4∞∞∞∞∞∞∞
~~~馬が歌うのを待つ~~~
トーマス・フリードマンが NY Timesに書いたコラムの抄訳がA紙に出ていた。
 
ある死刑囚が王様に「死刑を1年延ばしてくれたら王様の愛馬に歌を教え込む」と約束して延ばしてもらった。
仲間が「馬が歌うわけがない」と笑うと、死刑囚は「1年あればいろいろなことが起きる。王様が死ぬかもしれないし、馬が死ぬかもしれない。」と答えた。
 


これが私たちの北朝鮮政策だ。馬が歌うのを待つように「何かが起きる」のを待っている。
 

~~~This is a horse cry~~~
このほどわが国で王様の馬が嘶いた。
 
T高田、H萩生田、I稲田、S下村、A安倍
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
馬丁  小池○○子
 

2017.06.27

曾孫への遺言

∞∞∞2017/6/24∞∞∞∞∞∞∞
~~~曾孫~~~
私には孫が2人いる。男子である。
1人は今年就職し、1人は大学に入った。
いずれ子を成すであろう。わが曾孫である。
 
もしそれが女子なら申し遺すことがある。
 
<絶対に桜蔭に入れるな>
 
~~~暴言~~~
何故なら、
あの豊田真由子の暴言は、中高を過ごした<桜蔭>で覚えたとしか考えられないからである。 
 
~~~~~~
孫馬鹿  森下一義
 

恐怖の季節

∞∞∞2017/6/23∞∞∞∞∞∞∞
~~~やまもも~~~
これから2週間、恐怖の季節である。
熟したやまももが降り止まぬのだ。
毎日5、6キロ落ちる。
 
 
 
 

~~~ネット~~~
落果を放置できない。
藪に落ちれば拾えないし、そのままにすると発酵して虫が寄る。
 
それでネットを張ってタモで浚う。
 
 
 
~~~収穫?~~~ 
拾ったとてどうなろう?
 
ジャム→食べきれない
リカー漬け→飲まない―アルコールを嗜まない
どちらも何年も前からのが貯まっている。
 
前年は23軒のお宅に加工しないままで配った。
 

次官、大臣、大統領

∞∞∞2017/6/23∞∞∞∞∞∞∞
~~~次官~~~
自民党国会議員豊田真由子が話題である。
 
東大、ハーバードを出て厚労省課長補佐であったという。
次官になる確率は相当に高かったであろう。
あの喚きようを聞けば、その確率は更に高かっただろうと思う。
 
 
~~~大臣~~~
その次官を捨てて国会議員に立候補したのは、次官で飽きたらず大臣を目指したからに違いない。
 
~~~大統領~~~
世の中ままならぬ。
議員になって5年、42才になったのに未だ2年生のぺーぺーに過ぎぬ。
 
折しも仏国では39才の大統領が誕生した。
遣る瀬無いなあ、真由子さん。
 

品切れ三隣亡

∞∞∞2017/6/19∞∞∞∞∞∞∞
今日は売切れ、品切れが3件も続いて三隣亡であった。
 
~~~中古艇~~~
今朝、ある中古艇について購入可否の問合せがあった。
良さそうな艇で、エンジン交換まで含めて幾らかかるか、幾らなら買ってもいいか、私なりに調査を始めたところ相談者から追っかけて「よそに売れました」と報告があった。
 
残念であった。
中古艇は骨董品と同じで巡り合わせである。
 

 
~~~古書~~~
昨夜、古書通販サイトで「漢詩名句辞典」を見付け注文した。
他所で12000円だったのを2000円で売っていて掘り出し物だった。
 
今日になって、「申し訳ない、もう売れていました」と謝りがあった。
残念だ。
 
~~~インク切れ~~~
グリーンバンクという機関から市民病院植栽の活動に球根などを配布してくれる。
それはいいのだが植えている様子の写真を要求される。これが実に面倒だ。
今時写真をプリントすることなど滅多に無い。
 
今日はライブラリーのボランティアで出先なのに、明日までに出せとやいのやいの催促だ。
帰宅してからさて印刷しようとしたらプリンターがインク切れであった。
もう店は閉まっている。
 
以前節約しようと買った補充インクがあったが、充填が面倒そうなので使わずに置いてあったものである。
背に腹は代えられない。
しぶしぶとやってみて、なんとか印刷出来た。
 
 
~~~~~~
世の中景気がいいのかな? 疲れるなあ!
後になって「コンビニで印刷できる」と教えられた。呆けてるなあ。
 

爺ころり

∞∞∞2017/6/2∞∞∞∞∞∞∞
~~~転倒~~~
2日朝、犬の散歩から戻って玄関前で転倒、右こめかみ上を花鉢にぶつけて裂傷した。
 
抗がん剤で視力聴力を失った犬のために玄関前に仮のスロープを作っている
ここで足をとられて転倒し、右上の花鉢にぶつけて裂傷した。猛烈に出血した。
 
病院で手当て後も出血が続いた
 
∞∞∞2017/6/10∞∞∞∞∞∞∞
~~~サーベイ講習会~~~
体調不調の中、予定していた「マリンサーベイ講習会」を行った。
希望者2名がわが家に来て実施した。
 

 
~~~~~~
どこか狂ったであろう  森下一義

2017.05.31

初島、三島、ルーシー・バートン

~~~初島~~~
21日、伊東のクルーザー「ペーパームーン」(ババリア34)で初島に行った。久し振りのクルージングだった。
1980年代からのヨット仲間Gさんの艇である。Gさんとは伊東港に艇を並べた間柄である。
彼との共通の話題はニール号探索に入れあげたYさんだ。Yさんのことで話は尽きなかった。
タクシー運転手のYさんはどこの営業所に移ってもそこでトップ3の稼ぎを上げた。勘のいい人だったがフィリピンで死んだ。
私の初島の記憶は誰も居ない避難港での停泊だ。本当に誰も居ない港で泳ぎ、魚を捌き、飯を炊いて、静か過ぎる海で寝た。
伊東まで5マイルだから怖さは無い。15分も歩けば人の居る部落もある。
そんなところが日本に何時までもある訳はないな。
開発の手が入り、ホテルが出来、フィッシャリーナと称してマリーナが出来て竜宮は消えた。
 
昔の初島はもう無い。
潜って天草を採り、浜に干していた朝鮮の海女はもういない。
 

昔の浜辺のあたり
 

​今の初島マリーナ​
 
旨い昼飯を食べて、2時には伊東に帰着した。
それだけのことなのに、猛烈に疲れた。筋肉の使い方が畑仕事とは違うのであろう。
22、23日と身体が使い物にならなかった。
玉手箱を開けた浦島太郎の如くであった。
 
~~~「私の名前はルーシー・バートン」~~~
25日、たまたま「私の名前はルーシー・バートン」(エリザベス・ストラウト)を読んだ。
NY在住の作家が原因不明の病気で入院することになり、田舎から母親で出てきて5日間付き添ってくれる、その母親との会話や作家の心情をとりとめもなく書き留めただけの、物語も何もない作品である。何も無くても作品となっているところに文学があるのだろう。
しかし文学音痴の私には日本の私小説、川崎長太郎の抹香町ものとの違いが分からない。
 
これがNYでベストセラーなのだそうだ。
著者が育った時代、一家は貧しく、大叔父のガレージを住処にしていた。母親は今も貧困を引きずっている。著者は作家になってようやく貧困から脱したと感じている。その母娘の会話。
ヒルビリーとはまた違ったアメリカの貧困の記憶。
NYのハイブラウの読書家たちが、何故この本を読むのか?
 

 
私は図書館で借りたこの本を読了して食堂の棚に置いておいた。
妻に特に薦めはしなかった。貧しく育ったことのない妻がシンパシーを感じる作品とは思えなかったからである。
ところが妻は中身を覗いて読み始め、面白いと言ってあっと言う間に読んでしまった。
妻はNYの人士並みの本読みである。
 
~~~三島 楽寿園~~~
28日、三島の楽寿園で「ジャパン・フラワーオープン・in 静岡」なる催しがありハンギングバスケットや寄植えの展示があったので出かけた。
三島に行くには電車である。もう車では行かない。
 
 
 
寄植えにはこれだけの花材を使う
 


​見れば自分でも作りたくなる。生産者直売なる花屋が何軒も店を出して格安で売っている。伊豆では手に入らないハンギング用の花材もあってあれこれ買ってしまった。
両手一杯になり、もう歩けない。もうどこにも行けない。車ではないから駅まで戻って電車に乗らなければならない。
後から買えばいいと言われても、売れて無くなってしまう。
結局駅前で焼肉定食を食べて早々に帰った。
本当を言えば源兵衛川やうなぎ屋、三嶋大社や佐野美術館、大岡信記念館にも行きたかったのだ。
 
~~~値上げ~~~
29日、給油所で6月からタイヤ値上げと言われタイヤ交換した。
 

四十雀の巣立ち

∞∞∞2017/5/21∞∞∞∞∞∞∞
~~~四十雀の巣立ち~~~
我が食卓の先の窓越しに見える場所に、小鳥の餌台が設置してある。
四十雀、ヤマガラ、ヒヨドリ、メジロ、ガビチョウなどに加え、台湾リスがやってくる。
 
 
今年、小鳥の育雛も見られるように餌台の先に鳥小屋を設置した。
そうしたらシジュウカラが営巣し、4月中頃から抱卵に入った様子であった。
 
 
食事をしながら鳥の出入りを見られるので楽しいが、猫やリスが狙っているらしいので気が気でない。
 
2017/5/16
 
親が2匹で代わる代わる餌の虫を運び、糞を運び出す。
健気だと応援していたら、遂に5月21日巣立ちとなった。
4羽飛び立ったが、その間3分ほど、奇跡的に妻が動画で撮影した。
 
最初の1匹が出口で逡巡していつまでも飛び立たなかったら、後ろから次の子がつついて追い出した。
親は3メートルくらい離れて呼んでいる。
 
 
 
頭の毛がふっくらと被っていて可愛い。
 

中国からのお客様

∞∞∞2017/05/19∞∞∞∞∞∞∞
~~~~~~
伊豆ガーデニングクラブ のホームページを見て中国からメールが届いた。
オープンガーデンを見せて欲しいという。
立派な日本文字、日本文である。
 
初めての海外からの問合せでおたついたが、クラブの広報担当の香月さんに窓口をお願いした。
 
いろいろあって、やっと5月19日に来訪が実現した。
女性ばかり6人のグループである。
日本文でメールをくれた周さんは40才前後か、日本での滞在経験もあるらしく流暢な日本語で全く不自由は無い。
 
4軒のお庭を案内し、最後の香月庭でTEASをした。
皆さん、40才台くらいで我がクラブのメンバーよりだいぶお若い。
北京、上海が中心で武漢からの方も居た。
周さんはツアーコンダクターというより園芸関係の出版に関わっている人らしく、今回の訪日もガーデニング愛好家を案内してきたらしい。昨年も来て北海道の恵庭などを回ったという。
皆さん落ち着いていて、テーブルマナーもしっかりしていて、中流の上の奥様方という感じであった。
北京の方のスマホで見せてもらったお庭は200坪ほどもあるように見受けた。イングリッシュガーデン風で、自分で手入れしていると言っていた。北京で200坪の庭と言えば大変なことなのだろう。
 
こういう人たちならちゃんとしたお付合いが出来るなと感じた。
時々黙って庭に入って、挨拶もせず名前も名乗らずに出ていくビジターより余程ましだ。
 
私は歓迎の挨拶をグーグル翻訳してカナでノートに書きとり、読み上げた。せめてもの誠意である。
 
 
 
 
 
170527katsuki3
 
   

バラとガーデニングショー

∞∞∞2107/5/17∞∞∞∞∞∞∞
~~~所沢のガーデニングショウ~~~
「英国王立園芸協会日本支部(RHSJ)」という団体があった。
英国王立園芸協会(RHS)という園芸界における絶対の権威の笠を借りた日本の組織であり、実行部隊はセゾンであった。
理事長は園芸関係のお偉方ではなくセゾンの事務方であった。
そのRHSJが昨年突如解散となった。
会員の我々にも詳しい説明はなかったが、セゾンがRHSに看板料を払うメリットが無いと判断したのだろう。
それだけガーデニングブームも下火ということか。
 
さて東海交通のツアーバスで「国際バラとガーデニングショウ」に行った。
所沢の西武球場で開かれて第19回という。案外古いような、新しいような。
毎回20万人超の入場者数という。
都の西南の我らからすると所沢は遠い。これだけの人数を運べば電車賃収入は相当なものだろう。
バスも西武系のバスでないと駐車場が取り難く、ツアーを組むのが大変だとの話も聞いた。
 
バラのショーの場所が何故西武なのか。主催の組織委員会の構成は毎日新聞、NHK、スポ日である。
後援には役所、園芸関係団体が名を連ね、企業名はプリンスホテルのみ。
どれだけのスポンサーシップで西武が開催権を獲ったのか?
 
RHSとバラ&ガーデニングショウは関係は無いが、いずれ所沢開催はがたつくかもしれない。
 
~~~~~~
そんな眼で観た私の感想を幾つか述べる。
1.勅使河原茜の「世界最大のバラのいけばな」が大看板のようだったが、感心しなかった。竹のオブジェは草月流のお家芸であり、目新しくもない。そこでバラが活きていない。
何年前だったか、生け花各流派がこのショーで出品作を競ったことがある。あの気迫をまた見たいものだ。今の実行委員会には各派を糾合して参加させる力がないのか?
わが生け花の師匠森本香恵子だったらどう活けたか考えてしまった。森本作品を考えるなら、自分ならどう作るかも考えなければいけないと思った。
 
 
2.鉢植え、盆栽、寄せ植え、切り花
バラ単体の展示があった。
昨今のガーデニングでは花単体よりも庭作りが主流になっているが、花そのものを楽しむ人たちも居るのだから、展示の方法や入賞の表示をもっと華やかにして欲しかった。
 

 
3.コンテストガーデン
ホームガーデン―23㎡、バルコニーガーデン―11㎡、フロントガーデン―5㎡と3サイズで計35庭もの庭が出品されていたが、多すぎるし配置もシンメトリーでなく、訳が分からなくなった。
審査員の名も、審査の基準も判らず、入賞とか奨励賞とか付いていても有難くなかった。海外からの参加も目につかなかった。
ハウステンボスでの世界各国からのコンテスト参加作品の展示の方がずっと楽しかった。
それと、主催協会は石原和幸や吉谷桂子のようなスターを作ることにもっと注力すべきだ。それには賞金や参加補助を増やさなければいけない。
さしずめ次のスター候補は一葉の高橋さゆりか。静岡の我々で盛り上げよう。
 
一葉さんの~精霊の棲む森から~
 
4.ハンギングバスケット
吊り玉タイプと壁掛けタイプに分けて多数展示されていた。知らなかったがハンギングバスケット協会はバラ&ガーデニングショーの後援団体になっているらしい。
出品作はさすがにレベルが高く、先日の韮山の展示とは段違いだった。
ただしバラの使用は殆ど無く、このショーでの展示は場違いの感じもした。
根付きのバラでハンギングに挑戦したら凄いことになるだろう。
ハンギングバスケットの皆さん、是非挑戦して下さい。
 
 
 
​​​​~~~~~~
1日バスに乗ったら翌日はごろ寝の  森下一義

20年咲かせているカトレア

∞∞∞2017/5/15∞∞∞∞∞∞∞
~~~カトレア~~~
写真は20年前にアルジャン会(大学同級会)の諸兄から引越し祝いに頂いたカトレアである。
稀に花芽を傷つけたりして失敗することはあるが、20年間ずっと咲かせてきた。
今年も2芽、大きな花を開いてくれた。
余程良い株だったのだろう。
 
 
~~~オープンガーデン巡回バス~~~
今日は東海バスの庭巡りバスが寄ってくれた。
さっぱり手入れが行き届かず、恥ずかしい。
 
 
 
 
~~~今庭に咲いている花~~~
 
 クレマチス
 
一重のバラ デインテイ・ベス
 
ヒメシャガ
 
ジギタリス
 
ワトソニア
 
ジャーマンアイリス
 
ペチュニア ロベリア イソトマ
 
つるばら アンクル・ウオルター
 
山野草類は殆ど終わっている。
 

水没事故からの回復

∞∞∞2017/5/11∞∞∞∞∞∞∞
~~~万歩計の水没~~~
妻が自分の万歩計を洗濯機に入れてしまった。
「Omron活動量計」という。
 
 
早速取り上げて電池ケースを開き乾かしたが動かない。
電池を新品に換えたが駄目である。
 
知恵を絞ってヘアドライヤーで7,8分ほど熱した。手で触れないほど熱くなった。
見ると液晶の文字盤の内側がすっかり湯気で曇っている。内部の水分が熱で気化したようだ。
一縷の望みをもって更に8分熱した。するとだんだんに曇りが薄らいでいく。
遂に曇りが無くなって文字盤はクリアになった。
筐体内の水分を飛ばしたようだ。
 
あらためて新しい電池を入れたら無事に動作を始めた。
めでたし、芽出度し。
 
~~~お江戸風景~~~
昨日所用で上京し、10時過ぎの中央線に乗ったらスーツを着た男性の全員がノーネクタイであることに気が付いた。
よくよく見て、10人に1人のネクタイ着用もあったが。
 
自分は10人の1人であった。
 
背景は新宿駅  田舎の爺さんがスマホをいじっている
 

ヒルベリー・エレジー

∞∞∞2017/5/9∞∞∞∞∞∞∞
~~~ヒルビリー・エレジー~~~
「ヒルビリー・エレジー」(J.D.ヴァンス 光文社)を読んだ。
 
トランプ大統領がラストベルトの票を固めて当選して以来そこに住む白人労働者層=ヒルビリーに注目が集まり、この書もマスメデイアに多く取り上げられたので書評などお目に留められた方も多いであろう。
 
「ヒルビリー」とは田舎者の蔑称で、ここでは特にアイルランドのアルスター地方から米アパラチア山脈周辺に住み着いた「スコットアイリッシュ」のことを言っている。
著者ヴァンスの故郷ミドルタウンは、AKスチールの本拠地として知られるオハイオ州南部の地方都市である。かつて有力鉄鋼メーカーだったアームコが川崎製鉄と資本提携して急場を凌いだのがAKスチールだが、ほかの製造業と同様に衰退してしまった。
失業、貧困、離婚、家庭内暴力、ドラッグが蔓延するミドルタウンの高校は州内でも最低の教育レベルで2割は卒業できない。地域に大学に進む者は居ない。
10代での妊娠、低い進学率、アルコールや薬物に対する依存症、家庭内暴力、非正規雇用や失業による高い貧困率、生活保護への依存体質など、ヒルビリーと呼ばれる人々の生活は困窮をきわめる。
こうした社会で暮らす著者も幼少期はやはり典型的なヒルビリーとして過ごす。シングルマザーの実母は育児能力を欠き、次々とボーイフレンドを変え、薬物依存症に陥る。
「貧困は家族の伝統だ。祖先は南部の奴隷経済時代には日雇い労働者で、次世代は小作人、その後は炭鉱夫、機械工、工場労働者になった。アメリカ人は我々のことを、ヒルビリー、レッドネック(陽に焼けているから)、ホワイトトラッシュ(白いゴミ)と呼ぶ。でも私にとって、彼らは隣人であり、友だちであり、家族である」
 
トランプが「ラストベルト」の人心を浚ってブームを引き起こして以来ラストベルトは米国の産業の衰退を象徴する言葉のようになっているが、ヒルビリーは必ずしも産業の衰退によって発生した階層ではない。もっと昔から続く人々の生活や信仰や文化に基づく階層である。粗野で無責任で向上心が無く勤勉でもない、褒められた文化ではない。
そのような文化で生きている人々があることを音楽用語の「ヒルビリー」を通して知ってはいたが、私はそれが19―20世紀前半のものと思っていた。
しかしこの書によって現在に生きていることを知った。
ヒルビリーが我らと同世代人とは!
 
ヒルビリーが黒人やヒスパニック、アジアンに対して差別感を持たないはずはないが、この書では注意深くそこを避けている。
 
アメリカでもイェールのロースクールに学ぶことは特別なことであるらしい。殆ど社会の最底辺からイェールに進んだ著者の文化ギャップの叙述も面白い。
 
~~~ウイスコンシン~~~
この書によってウイスコンシン州もラストベルト地帯であることを知った。
 
実は妻の従兄弟が若くして米国に渡り、親の援助もなしに苦学してウイスコンシン大学の教授となった。
私は何も知らずもっとスノッブな大学と思っていたが、ラストベルトでは彼も随分苦労したのだろうと今更に思う。
 
   
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
T高校からH大学も文化ギャップではあったが、イェールには遠く及ばぬ。
 

ギタースタンド

∞∞∞2017/5/6∞∞∞∞∞∞∞
~~~ギタースタンド~~~
私は30年前ギターを習っていた。
50才前後の数年間である。若い頃やっていたわけでもないので随分晩学といえる。
静岡から東京に転勤する時には送別会で弾き語りをした。
曲目は「ワインレッドの心」(安全地帯)、「夢一夜」(南こうせつ)だったと思う。
 
東京に行ってやめてしまって、残念に思っていた。
 
昨今<メルカリで何でも売れる>と評判なので置いてあったギターも売ろうかと取り出した。
 
 
なんとなく未練で触ってみるが、完全に忘れている。
 
取り出したら寝かせてもおけないので、<どこかにスタンドがあったな>と探したら庭の倉庫にあった!
埃を拭いて部屋に持ち込んだ。
 
手作りである。
 

 
~~~チューニング~~~
Amazonでみたら1200円でチューナーを売っている。
申し込んだら翌日届いた。
 
 
 
昔はこんなに便利なチューナーは無かった。
 
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半年後にはYoutubeで独演会をお届けしよう。 ハッハッハ
 

大当たり!

∞∞∞2017/4/30∞∞∞∞∞∞∞
~~~くじ引きで大当たり!~~~
市内の某催しに参加して余興のくじ引きを引いたら、なんと1等賞の大当たりだった。
 
箱車を回すとボールが転がり出る抽選機である。1人2回づつ引かせてくれる。
後ろから並んで見ていると大きなアンスリウムの鉢を引き当てた人がいていいなと思ったが、殆どは白玉の残念賞だ。
 
 
わが順番がきて引いたら紫色の玉が出て、2回目もまた紫玉が出た。
紫玉は「花鉢」で、私はカーネーションとあじさいの2鉢をもらった。
 
左はカーネーションとラベンダーの寄せ植え
 
手前の鉢は「トキ草」
 



 
~~~1等賞~~~
次に妻が引いたら、赤玉が出た。
いきなりジャランジャランと鐘を鳴らして係員が叫ぶ。「1等賞!
「ディズニーランドへの旅行券」だそうだ。
社長まで出てきて記念撮影の騒ぎになった。
 

​実際にはどこへでも行ける旅行券だった。
 
2人してこんな大当たりとはまことに芽出度い限りなのだが、実はそうとも言いかねる。
まあ最後まで聞いて下さい。
 
~~~○○フェア~~~
この催しは葬儀社が主催する「終活フェア」であった。
終活に関連するいろんな業者がブースを出して相談に乗るスタイルである。
 
我々は「介護から看取りまで」という講演を聞きたくて参加したのだった。
結局自宅で看取られるためには往診可能な医師をホームドクターにしておかねばならないと判ったが、この辺りにそんな医師は無い。
 
くじを引くには幾つかのブースを回ってハンコをもらわねばならないので、配膳とか散骨とか不用品引取とか回った。
遺影撮影の注文を狙っている写真屋のブースで無料の撮影サービスもしてもらった。
 
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「終活フェア」で大当たりとはどういうことだろう?
最初に来て下さいねということか?
 
2人揃って大当たりだったのが救いである。
 

2017.04.28

白河以北一山百文

∞∞∞2017/4/27∞∞∞∞∞∞∞
~~~大臣更迭~~~
 
今日の投稿川柳の欄に出ていた。
<本心は「白河以北一山百文」>   福島・船山重二
 
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もともと明治維新後に薩長の官軍が東北を蔑んで言った言葉という
今村某は佐賀である。
 
仙台の新聞「河北新報」は、この語に意地を見せるべく「東北日報」から改題したものという。
 
岩手出身の平民宰相原敬は「一山」と号した。
 
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号の無い  森下一義
 

2017.04.16

4月12日の花

∞∞∞2017/4/12∞∞∞∞∞∞∞
~~~12日に咲いていた花々~~~
 
30年前に植えたソメイヨシノ 当時は他の桜を知らなかった
今なら早咲きの城ヶ崎桜か、葉の色を愛でて山桜を植えるだろう
 
ガーデン入口のキャロライナジャスミン
 
イカリソウ
 

​黄色いイカリソウ 葉の色がきれい
 

​ウラシマソウ  
伸びた弦を浦島太郎の釣竿の糸に見立ててこの名がある
 

​シラユキゲシ
 
イベリス  この場所でもう10年も咲いている
 
黄色いスイートアリッサム
昨年珍しいので買って、夏の間枯れない程度に水をやっていたら今年こんなに大きく咲いた
 
アマギカンアオイ  これは10日前の撮影
 
辛夷(こぶし)  これは3月20日撮影
 

​番犬
 

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季節が来れば花は咲く  森下一義

ロビーの渡り板

∞∞∞∞2017/04/09∞∞∞∞∞∞
~~~ロビーの病状~~~
わが家の飼い犬ロビーの最近の病状である。
 
一昨年8月に悪性腫瘍を発見して以来抗がん剤を服用している。
昨年7月には肛門まわりの手術をした。その後週に一度点滴を受けている。
癌に関してはなんとか抑え込んでいるようだが、副作用であろう、眼が見えなくなり、耳が聞こえなくなり、臭覚も殆ど無い状態だ。哀れでならない。
最近は眼が殆ど明暗も判じえない。
食欲だけは旺盛で、しっかり排泄する。
体重は最盛期11kgから現在9kgである。
 
 
眼が見えないのでトイレの場所が判らない。
それで出来るだけ外に連れ出して散歩するのだが健気に歩く。
日中は2時間おきに、夜も遅くまで、朝は5時に連れ出す。妻と手分けしてだが妻も大変だ。
 
食欲があり歩けるうちは面倒をみてやろうと思っていたが、ここにきて足が弱ってきた。
後ろ足がよろける。
 
~~~渡り板~~~
玄関前の段差と、側溝のグレーテイングに間に合わせの渡り板を設置した。
いつまで使うことになるか。
 
 
 
~~~認知症?~~~
いろんな症状を医者に話すと、「認知症も進んでいるのでしょう」と言う。
 
さて、どうしたものか。
 

松崎大沢温泉桜祭り

∞∞∞2017/4/6∞∞∞∞∞∞∞
~~~伊豆の桜異変~~~
どこもそうらしいが今年の桜開花は大狂いである。
河津の桜まつり(河津桜)の会期は2/10~3/10だったのに、2月のうちに花が終わってしまった。
伊豆高原の桜まつり(染井吉野)は4月1日からなのに未だに咲いていない。
わが家の近くの大島桜は例年3月中旬に咲くのに今年は4月に入って咲いた。
 
近所の大島桜  4月4日撮影
 
~~~松崎那賀川・大沢温泉桜祭り~~~
例年3/30~4/2に行くのだが今年は4/6に設定して出掛けた。
それでもまだ早く3分咲きであった。
 
この川上が婆娑羅峠、下田に至る   下流5、6kmも川沿いに桜並木が続いて松崎港へ
 
昼食はスーパー青木で買ったお弁当
 
ありました!  那賀川の流れに任せ花の盃  一義
 
ときめきて花見衣や枕もと  信子
 
珍しく2人の短冊が並んで提げられた
花明り色濃き川の流れかな  信子
あの辺り婆娑羅の峰か花の雲  一義
 
もう15年もこの桜祭りへの投句を続けているが、この5年ほど投句数がめっきり減っている。
短冊の数は最盛期の5割くらいか? 世の中の俳句熱はむしろ高まっているようなのにどうしてだろう?
こんなに楽しく風流な俳句イベントはないのに。
 
松崎町外の人でも投句できるし短冊を提げてもらえます。
松崎町役場から用紙を送ってもらい、句(4句まで)に1000円添えて送ればOK。
 
~~~なるせペダル~~~
伊豆高原から松崎まで、湯ヶ島、船原温泉、土肥、堂ヶ島を経て2時間のドライブである。
誤アクセル操作の「なるせペダル」を装着してから初めての長距離ドライブであった。
どうもまだしっくりこない。アクセルの踏み込みならぬ<右へのタッチ>が思うように反応しない。
加えて3日前から風邪気味で元気がなかった。今年の正月以来なんだか元気がないことが多い。年令相応か。
 
というわけで往復4時間半のドライブには相当の覚悟を要した。(帰路は婆娑羅峠から下田経由)
あと何年続けられるか。
というより来年も行けるかどうか。
 
夜、生垣に車側を擦ったり、黄信号を渡ったりするような夢を見た。
よほどのストレスがあったのだろう。
 

雛と獺

∞∞∞2017/3/29∞∞∞∞∞∞∞
~~~雛の句~~~
<雛もあり娘もありて子規悲し>
今週の朝日俳壇の入選句である。作者はオランダ在のモーレカンプふゆ子さん。
雛の句が今頃出るのも、遥かオランダからとことこと届いた投稿句らしく風情がある。
 
この句を見て「やられた」と思った。
元句は<雛あらば娘あらばと思いけり―子規>である。
私は全く俳句読みではないので、子規の句といって<柿食えば・・・>とこの句しか知らないほどこの句が好きだ。
病床六尺の子規が<娘あらば>と詠んだ気持ちが哀れでならない。
雛を出すたびにこの句を想い、このブログにも何度も書いた。
 
今年は骨惜しみして雛を出さなかったら、オランダのふゆ子さんにとられてしまった。
何とか巻き返したいと思った。子規の命日を糸瓜忌とか獺祭忌というらしい。
<雛と娘と酒瓶ありて獺祭忌―黒潮丸>と作って命日の9月19日までとっておこうと考えた。
一発アウト! 9月に雛は出さない。
 
 
 
正岡子規 享年35才!
 
~~~かわうそ~~~
関係ないけど、籠池某の顔はなんとなく獺を思わせる。
 
 
 
 
   
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
糸瓜顔の  森下一義
 

忖度

∞∞∞2017/3/27∞∞∞∞∞∞∞
~~~忖度~~~
諸兄は「忖度」について辞書に出ている程度の意味は既にご承知であろう。
池田信夫が次のように書いている。
<森友学園の騒動で、「忖度」という古風な言葉がよく出てくるのはおもしろい。これは臣下が天皇の「御意」をおしはかることで、これに対して天皇は臣下を「しらす」という形で受動的に統治する。天皇は監査役のようなものだから、臣下は「上奏」する説明責任を負うが、天皇は事後承認するだけなので無答責である。天皇が判断すると、失敗した場合に責任を負って退位しなければならないからだ。>
「忖度」が天皇制上の用語であることを、池田氏はどこで知ったのであろう?
ということは漢語ではないのか?
出所は書いて欲しい。
 
~~~わが家の「忖度」~~~
私の妻は家庭でどういう躾を受けたのか、私に対し自分の意見は常に質問の形で言うのであった。
自分の意見として断言しなかった。
 
例えば今夜の料理を言う時に、「魚にしますか?」と言って、「今夜は魚です」と言い切らないのであった。
 
一々が質問だから、私はそれをまともに受けて一から考えて返事していた。
妻は自分の意に反する返事に傷ついたことも多かっただろう。
 
結婚後40年もしてから私はそれに気が付いた。
もっと「忖度」してやるべきだったと反省している。
 

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