2018.12.02

引越物語-刺繍のもの

断捨離の精神は捨てたものの、引越しの荷物整理は悲しい。
 
2階の押入れの天袋の奥からこんなものが出てきた。
 
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妻が私の還暦祝いに作ってくれた赤い座布団である。自分の刺繍を松坂屋で仕立てさせてくれた。
一度も使ったことがない。
さすがに捨てるに忍びず移転の荷物に含めたが、果たして置く場所があるか?
戸塚きく先生について戸塚刺繍をやっていた。刺繍の糸をボストンバッグ2つ、用布を洋服箱2つ、廃棄した。
額は4枚残した。
 
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琥珀磨きの一式は大きな箱に入れて見も知らぬ人に呉れてしまった。

2018.11.24

冬桜

大室山麓のさくらの里に行った。冬桜が咲いていた。
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病院以外への外出は4か月ぶりであった。
 
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冬桜の容貌である。このところ体重が6キロ落ちた。
かってこの石舞台に花を飾った。
森本先生ももう居ない。
 
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ところでこの写真は誰が撮ったとお思いか?
 
私が撮ったのである。右手の自撮り棒で撮っている。
先日千円で購入したが優れ物だ。
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2018.11.22

断捨離

断捨離真っ最中である。
先日はらくだ屋という焼津の古道具屋が来て茶道具、軸など一式を引取って行った。3万5千円であった。
 
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今日は庭の倉庫と屋根裏ロフトの片付けを「伊豆の便利屋<手伝い日和>」という業者に依頼した。
倉庫には工作道具、カーテン、お雛様、人形など、他に頂きもの、引き出物、妻が持たされた源右衛門の食器揃いなどが使われないままくすぶっている。
ロフトには47年分のKAZI誌全冊ほか海図、書籍類、書画の額などで一杯であった。
私一人では絶対に出来ない作業である。
 
男3人で来て3時間、この車で5台分を搬出した。5万5千円であった。
 
 
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ここに見える本は売れない本である。
 
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かく心を鬼にしての断捨離であったが、五木寛之に「75才を過ぎたら断捨離などするものではない。年寄りは思い出と共に生きるのだ。」の言葉があることを知り矛先が鈍った。
たちまち持って行くものが増えた。
 
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引越しを18日後に控えた  黒潮丸

2018.11.16

引越物語-マンションの部屋

中銀ライフケアマンション水口の分譲マンションを購入した。
中銀マンションは熱海に10ヵ所あり、2000人以上入居している。
なにが<ライフケア>なのかというと、看護師の常駐、食事サービスあり、要介護になった場合にケア棟に入居出来る、のサービスがあるからである。
水口は来宮駅からタクシー700円、熱海駅から1400円である。適宜バスもある。
 
部屋は78㎡でまあまあの家具が持ち込める。
先住者は高齢のインテリ男性だったようで、綺麗に後始末してあった。
 
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それでも手入れは必要だ。
1.和室をフローリングに替え、妻の部屋とする。
  障子を板戸にし、カーテンレール設置。
2.洋室を箪笥部屋とパソコン部屋にする。
3.リビングをカーテンで区切り、私の部屋とダイニングにする。
4.照明とエアコンを交換する。
これで150万円となった。
 
12月10日転居予定である。忙しい。
 

引越物語-熱海の新聞

妻と熱海の医院に行ったら待合に熱海の新聞が置いてあった。
 
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起雲閣で華道展が開かれているという。市華道連盟所属の6社中の出展という。
千家古流、京古流、MOA山月光輪花、小原流、池坊、池坊祥流の6派である。
草月が無いのが珍しい。
 
小原流はどんな先生だろう?一度教室をのぞいてみたい。
 
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昨年「蜜蜂と遠雷」(恩田陸 直木賞受賞)を読むまで、浜松国際ピアノコンクールのことを全く知らなかった。
伊東に20年暮らして、伊東の新聞には一度も出なかったということだろう。
 
ここでは今年第10回のコンクールで参加者が使ったピアノの銘柄が話題として記事になっている。
ヤマハが何人、カワイが何人、スタインウエイが何人。
 
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タクシーの運転手に和食の美味しい店を訊ねた。
「きときと」「てんしょう」「釜鶴-料理部」・・・
行ってみよう。
 
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熱海に住むことに昂ってきている  黒潮丸
 

引越物語-写真アルバム

アルバムの写真をスマホに移したりホームに入るその日のために>  秩父市高橋
 
いつだったか新聞歌壇で見付けてメモしておいた句である。
今私はまさにそのことを実行している。
 
私は比較的真面目に写真はプリントしてアルバムに貼って保存していた。
2000年頃以降はPCに保存するだけになったが。
引越しを前にして撮りためたアルバムの一部をスマホで撮ってPCに入れようと発心している。
そんなことをして誰が見るというのだ。
 
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貰ってくれるかい

小生、いよいよ熱海への転居を決めました。
詳しくは追々書きます。
 
先立つのは荷物の整理である。整理というより処分である。
何よりもまず本である。一番頭が痛い。
 
わが書庫の奥に「大言海」(大槻文彦 富山房 初刊1904)4冊がある。妻の祖父からうけ継いだ。
 
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祖父は陸軍獣医総監を務め、没後従三位をうけた。
亡くなった後、祖母に「これを頂きたい」と言ったら祖母は「貰ってくれるかい」と返した。
東京農大を苦学して卒業し、結婚後も楽ではない生活の中から総皮装のこの辞典を購うには相当な思いがあったであろう。
祖母はそれらの万感を思い返して、新しく迎えた孫に「貰ってくれるかい」とひとこと言ったのだ。
私はその思いを思ってとてもこの書を捨てられない。
この古い「大言海」を新居に伴う。
 
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もう一つ辞典がある。諸橋轍次の「大漢和辞典」(大修館書店 1959)全13巻である。
これは義父から受継いだ。これも捨てられない。
八方探して栃木県の田舎の古書店に引き取ってもらった。
肩の荷が下りた。
 
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 これも皮装本である。
 
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その他では堀田善衛、須賀敦子、茨木のり子あたりは持って行けそうだ。
岡本かの子、高橋和己は諦めた。
 
老いの道を歩き始めた  黒潮丸

2018.10.31

南瓜

 外つ国の南瓜は笑う十月尽    西川*
 
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一昨年10月にFacebookで見かけた句である。名句だと思う。
西川*氏は俳人ではない。IT技術者で書を嗜む。
 
  馬鹿面を南瓜で隠す十月尽    黒潮丸
 
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わが英国の孫娘
 

2018.10.29

ジュリアナTOKYO

ダンスついでに一題。
 
私がマリーナ建設に打込んでいた1991年11月、丸の内の出光本社に日商岩井レジャー産業部の面々が訪ねて来た。
なんと著名なセーラーでヨットデザイナーでマリーナのデザインも手掛けているロン・ホランドを帯同していた。
ヨット乗りの私はその盛名のご本人を前にして、ただただ恐れ入るばかりだった。
 
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用件は当時計画中だった出光三河みとマリーナにロンのデザインを使ってくれとの提案であった。
そして1週間後には本国の事務所に描かせたラフを送らせて持参した。
 
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そして日商岩井は当時流行りの盛りにあったジュリアナTOKYOのボックスシートに私を招待したのだった。
毎夜数千人が押し掛け、入場すら難しいと言われていたジュリアナTOKYOであった。
 
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結局この提案は既に計画が進行していたため採用に至らなかった。
 
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ジュリアナと言えば折口雅博である。
日商岩井の社員からジュリアナの成功を土台に、グッドウイル(人材サービス)、コムスン(介護サービス)などを手掛け遂に経団連の理事にまで上り詰める。
 
そして現在はトランプタワーに事務所を構え、投資ファンドで成功しているという。
 
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人間が違うな。

2018.10.27

ミスインターナショナル

今年のミスインターナショナル日本代表・岡田朋峰(ともみ)嬢20才である。
 
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この顔貌と名前から某俳優を思い浮かべるのは相当な年寄りであろう。
 
そう、これは二枚目俳優岡田真澄の娘である。
岡田63才の時の子供という!
 
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私は若かりし岡田真澄と話をしたことがある。
 

私は一橋文芸部の大和田政也に頼まれて「一橋文芸」発行の資金作りを手伝っていた。
資金作りとはダンスパーテイの開催である。
会場を借り、バンドを頼んで、女子大生にチケットを売る。そして利益を出す。
どうしてか私にはそのノウハウがあった。
 

石原慎太郎が「一橋文芸」に発表した「灰色の教室」が「文学界」の新人賞を獲った。
そこで一橋文芸部は「石原慎太郎・文学界新人賞受賞記念」と銘打ってパーテイを開き、一稼ぎを企んだ。
名前を使うからには石原先輩に挨拶しておかねばならぬ。私がその使者にたった。
「先輩をダシにしてパーテイをやらせてもらいます。」と言ったら、「ダシにするとは何事だ。」と頭から叱られた。
そういう物言いをする人であった。

 


この新人賞をきっかけとして「太陽の季節」の芥川賞につながる。

 


当日の会場は阿佐ヶ谷会館であった。
開場してしばらくして2人の青年が現れた。折り目正しく幹事の私に挨拶した。
石原慎太郎は来なかったが、代わりに弟の石原裕次郎と岡田真澄を差し向けたのであった。慎太郎なりの配慮でありサービスであった。
私も誰も一橋生は誰も2人の青年を知らなかった。まだブーム点火直前の彼らであった。
しかし2人が現れるやあたりは騒然となった。女子大生たちは彼らがなんたるかをすでに知っていたのだ。
確かに2人にはオーラがあった。いや物凄い熱気だった。
60年たった今も忘れない。

 



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石原裕次郎と岡田真澄の挨拶を受けた  黒潮丸
 

2018.10.22

ネット3題

最近面白いと思ったネット3題
 
1.細断
英国の絵画オークションで1億5千万円で落札された絵が、作者の意図により自動的に細断された事件は記憶に新しい。
 
うどん県香川県で或る作家がうどんをぶら下げた作品を作った。
高額な買い手も現れたそうだが、猫が食べてしまったそうである。
 
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2.街灯
中国四川省成都市は2020年までに照明用の衛星を打ち上げ、街灯の代わりに地上を照らして電気代を節約する計画だそうである。
照明衛星は月とともに輝き、月より8倍明るいという。
50平方キロの範囲がカバーされ、電気代200億円が節約されるという。
うまくいけば2022年に追加で3機を打ち上げるそうだ。
地方自治体が考えて実行するところが素晴らしい。 
 
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3.鬼手
将棋竜王戦ランキング戦5組決勝で藤井聡太7段が絶妙な一手で勝利をおさめた。
 
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図は先手が後手藤井七段の飛車の前に7七歩と打ったところである。
万人が万人飛車が避けると考える。ところが藤井は7七飛と歩をとった。
瞬間あたりは静まり返ったという。AI将棋ソフトはフリーズ、もしくは暴走したという。
将来この一手は「将棋ソフトを殺した手」として記憶されるであろう。
 
しかも藤井はこの形になることを十数手前から予期していたという。
 
私なら角をとる  黒潮丸

2018.10.11

豊洲市場

今日豊洲市場の開場だという。
まずは芽出度い。
 
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この写真は1992年11月の撮影である。
私が立っているのは出光江東油槽所の岸壁である。ヨットは我が愛艇「ウインデイ・ホリデイⅡ」号。
 
対岸は東京ガス豊洲工場、既に上物は撤去されている。
ここが汚染土を除染して?豊洲市場となった。
 
出光用地は有明の森につながっていく。
 
 
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黒潮丸、57才。

2018.10.09

「惜櫟荘だより」

作家佐伯泰英に随筆「惜櫟荘だより」がある。
 
佐伯泰英は「居眠り磐音江戸草紙」シリーズなどで知られる時代小説作家である。
出版不況の折から時代小説の出版もままならない中で、毎月<書下ろし時代小説>を文庫本で発行するジャンルを開発し、ベストセラーを連発している。
もともと文庫は単行本として世評が確立したものをアーカイブとして収めるものであった。書下ろし時代小説は文庫本に最もそぐわない。
だから佐伯は自らを卑下して月刊文庫家と自称する。
 
 
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~~~惜櫟荘の修復~~~~~~~~~
その佐伯が仕事場として2003年に熱海に別荘を購入した。1930年代に開発された伊豆山の別荘地である。
眼の前の相模灘の眺めや豊かな自然に充分満足していたが、ある時隣りの岩波家の別荘が売りに出されると聞いた。
初めて行ってみるとそれは素晴らしい建物であった。1941年岩波茂雄が吉田五十八と組んで建てた近代数寄屋の名建築「惜櫟荘」であった。
 
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これを壊してはならない、と佐伯は「惜櫟荘」を入手し完全修復を志す。
解体し、すべての部材を保存して復元する。東大寺ばりの修復工事であった。
その過程を毎月岩波の広報誌「図書」に連載したのが「惜礫荘だより」である。
2014年、日本建築学会文化賞を受賞した。
 
~~~中銀ライフケアマンション第三伊豆山~~~~~~~~~
熱海に老人ホームを探す中で、「中銀ライフケアマンション第三伊豆山」に行き当たった。
「中銀ライフケア マンション」は老人ホームではなく分譲マンションであるが介護機能を持っている。熱海に10ヵ所ほど展開している。
その中の「第三伊豆山」に着目して訪ねたのだが、これがまた最高の立地と施設であった。
眺望は真鶴半島から錦ヶ浦まで殆ど170度ひらけ、エントランスやロビー、食堂は一流ホテルの如くである。
そこの最高の1室はさすがに高い値段を付けていたが、「300万ほど下がらないか」と言ったら「検討する」との返事だった。
 
慌てましたね。
よくよく考えたらこれからの老残の姿をあのロビーや食堂に毎日運ぶのはどんなに気疲れすることだろう。
結局断った。
 
第三伊豆山と惜櫟荘は直近の場所であった。
 
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相模灘に黒潮は流れない  黒潮丸
 

2018.10.03

老々介護―クレカの暗証番号

~~~9月30日~~~~~~~~~
仔細あって小樽港から伊豆高原に帰ることになった。
千歳空港に着いたのが12時前、既に関空あたり向けは欠航になっている。鉄道も計画運休とやら。
 
ANAの自動発券機に並んで入力してみたら羽田行き13時30分に空席があった!
これはラッキーと入力を進めていったが最後にクレジットカードの暗証番号を聞かれた。
え?
クレジットカードに暗証番号があるとは知らなかった。それを入力しないと購入出来ない。その機械は現金では買えない。
そもそも暗証番号とは何ぞや?
 
仕方なく発券窓口に並んだが長蛇の列である。
1時間半立ちんぼで並んでやっと順番が来た時にはもう30日の切符は無く、翌1日の8時半の切符となった。
 
ホテルをとらねばならない。
千歳ステーションホテルというのに電話したら喫煙ルームならあるという。
難色を示したらシングルの最後の1部屋ですよというので仕方なくそれをとった。
悲惨であった。
 
~~~10月1日~~~~~~~~~
早起きして7時前に空港に着いた。
それで11時30分発を確保した。
 
 
千歳の空は晴れていた。羽田着13時半。
京急で品川に向かおうとしたら運休。 
結局蒲田まで戻って品川に行き、新幹線で熱海、伊豆急線で城ヶ崎海岸に着いたのが16時45分であった。
 
帰宅してすぐに我が「MY PWリスト」を見たら、ちゃんとクレジットカードの暗証番号が書いてあった。
私は暗証番号を忘れていたのではなく、クレカに暗証番号が存在すること自体を忘れていたのであった。
 
~~~総括~~~~~~~~~
ANAの自動発券機にちゃんと暗証番号を入れさえしたら30日の13時半に乗り、京急のストップも無く帰宅出来たのであろうか。
スマホで航空券を買えるようにしてあれば、1時間半も並ばずに切符を入手出来たのだろうか。
今回の私の災難は老人呆けが無ければ回避できたのだろうか。
 
私は必ずしもそうは考えていない。
並みの人の行動だったと思っている。
そして老人が人並みに動いて無事に帰宅出来たことを喜んでいる。
 
~~~~~~~~~~~~
 
老々介護シリーズは家人の意向により中断します。    黒潮丸

2018.09.24

旗日

9月は3連休が2回もある。
 
妻はカレンダーの旗日を見て不安だという。
お盆休みや旗日で対処が遅れ体調を崩してしまったことがよほどショックなのだろう。
 
時により過ぐれば民の嘆きなり八大竜王雨やめたまえ    源実朝
 
時により過ぐれば民の嘆きなり八大竜王旗下げたまえ    黒潮丸
 
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老々介護―助言2

ほかにもいろいろな助言がありました。
 
~~~入居後の費用~~~~~~~~~
・施設に払う以外にも必要ですよ。
・介護状態になれば別に費用が発生しますよ。
 
判っています。
「ゆうゆうの里」でも「ゆとりあの郷」でも月例は2人3食込みで25万円前後ですが他に15万円程度は見込んでいます。
2人で20年は大丈夫です。
それから先はトリカブトです。
 

~~~施設の選び方~~~~~~~~~
・施設では何といっても人間関係です。運営している人たちがどういう人なのか、会ってよく確かめておくべきです。
・料理が大事です。口に合うかどうか、確かめておきなさい。
・体験宿泊してみなさい。
 
長期間生活するのだから慎重に観察しろということでしょう。
幸いというかどうか、我々は現在老人施設ではない方向で検討を始めています。
 


~~~~~~~~~~~~

明日から10日ほど旅に出ます。「老々介護」はしばらくお休みです。
 



海に出る 黒潮丸
 

2018.09.23

老々介護―いろんな助言

老々介護一連のブログに対していろいろな助言を頂いている。
 
~~~訪問介護の活用~~~~~~~~~
・いまはいろんな介護サービスが受けられる。それを受ければそんなに草臥れることはない。
・なんと言っても自宅が一番。訪問介護を受けながら出来るだけ長く自宅生活を送るべき。
・公的サービスを受けなければ損。
 
・こう考える人は自宅がいつまでも続くと考えているのではないだろうか。私たちは何時の時点でか自宅は畳まねばならない。先に行ったらそれが体力的に出来なくなる。
・自宅に住むのに大きなファクターが庭の手入れである。今夏は手が付けられなかった。
・訪問介護に庭仕事は頼めない。
・家の価値は年々下がる。
 

~~~老人ホームの生活~~~~~~~~~
・今から老人ホームに入ったら呆けるだけだ。
・入ったら悔やむぞ。
 
・そうかもしれない。
 

~~~家の売却~~~~~~~~~
・そう簡単には進まないぞ。
・時間がかかると思っていた方がいい。
 
・心しよう。
 

~~~資金計画~~~~~~~~~
・家の売却金を当てにして支払いをしないこと。
・支払いは手持ち現金の半分以下に止めること。
 
・拳々服膺しよう。
 

~~~その他~~~~~~~~~
・我々が「なぜ今入居を検討するのか」について理解してくれる人は少なかった。
・「介護付き有料老人ホーム」が夫婦2人入居には双方自立状態を求めることについて、的確な説明をしてくれる人は無かった。
・我々に子供は娘1人だが、1人でもいてくれることがこんなにも心強いこととは知らなかった。
 

2018.09.22

老々介護―居宅の売却

~~~~転宅~~~~~~~~
初め「ゆうゆうの里・伊豆高原」に入ろうかと思った時には現居宅をそのまま維持するのが非常に快適に思われた。
好きな時に行ったり来たり出来るし、すぐに荷物を移動させる必要もない。
面倒なことは何も無い。
 
しかし千葉でのホーム探しを始めた途端にこのアイデアは消えた。
よその土地に移るのであれば居宅を残す意味は無い。
直ちに処分しなければならない。
 
そして熱海にターゲットを変えてもこのテーゼは厳然としている。
・よそに行ってから売るのは至難の業である。
・時を置けば置くほど価値は下がる。
 
かくして居宅の売却を考えることになった。
 
~~~~わが家~~~~~~~~
わが家は、
・土地490㎡  家屋145㎡  宅地  「城ヶ崎海岸駅」徒歩7分
・築昭和58年 鉄筋コンクリ 2階建て
・温泉付き 日照良し
 
利点
・なんと言っても「駅まで歩ける」ことである。
・鉄筋コンクリ造り 耐用年数長い
・温泉付き
・ガーデニング
 
不利点
・築年昭和58年を見ただけで検討対象から弾いてしまう人がいる
 
~~~~業者選び、価格設定~~~~~~~~
出光OBで一時期不動産業の手伝いをしていたT君に相談をかけた
すると地元のミモザ不動産がいいだろうと言う。
呼んで話し合った結果1800万円程度となった。
そこで売出価格1950万円、腹積もり1800万円とした。
 
他に伊豆急不動産とロイヤルリゾートに声をかけた。
どちらも好きでないが、ネットで探す時代だから網を広げる意味はあるだろう。
 
~~~~現状、見通し~~~~~~~~
まだ各社写真撮影も終わってないし、広告は始まっていない。10月に入ってからか。
 
いつ売れるかは判らない。すぐ売れるか、1年も2年も売れないか。
ただ立地条件から値段を下げれば必ず売れると言われている。
幸い売れなければ動けない状況ではない。
 
1983年に建て、1996年から住んでいる現居宅だが、去ることに悲壮感は無い。
行先も未定である。
最近の物の本では、人生設計は100才まで考えろとなっている。
庭に植えたトリカブトを持ってゆけるかどうか。
 

2018.09.20

老々介護-熱海のホーム

千葉での老人施設探しは嫌になった。
 
それで思い付いたのが熱海周辺である。
熱海なら伊豆高原より娘の負担は1時間軽減される。それに我ら夫婦にとっても馴染んだ伊豆暮らしを継続出来る。
 
~~~~~~~~~~~~
そもそも我々の望みは何か。
・これからの人生が15~20年として、そのうち半分は自立しての生活となるだろう。当然ながら2人で住める居室で60㎡以上は欲しい。
・2人入居で入居1時金は4000万以下。
・要介護になった場合の介護体制があり、看取りもしてもらいたい。
 
何故今なのか?
・2人入居が条件だと必ず入居時自立を求められる。妻が何時まで自立でいられるかの不安がある。
・現居宅を売却するのに、先に行けば行くほど不利になる。
 
こう考えると、私の理解では所謂「介護付き有料老人ホーム」に自立しているうちに入居するしかなくなるのである。
「そうでもないよ。他の対象もあるよ。方法もあるよ。」と言われる方は是非教えて頂きたい。
 
~~~~~~~~~~~~
かくして熱海周辺の「介護付き有料老人ホーム」として3件が浮かび上がった。
・ゆうゆうの里湯河原  61㎡ 5950万
・ネオサミット湯河原  52㎡ 3270万
・ゆとりあの郷  60㎡ 3800万
 
ネオサミットとゆとりあの両方を訪問した。環境、眺望、交通、全てでユトリアが勝った。
 
~~~ゆとりあの郷訪問記~~~~~~~~~
概要
・来宮駅から山道を登ってタクシー950円。 帰途はシャトルバスで広い道を市街地を回って熱海駅まで22分だった。
・270戸 常時10戸程度は空いているようだ。
・築30年。 玄関、食堂などネオサミットよりずっときれいである。標高250m。
・殆ど全室から熱海港を見下ろす眺望が開けている。
空室
・L室60㎡ 2LK 1階で鳥の餌台が置ける部屋が1室あったが仮押さえがあり9/25日に結論が出るそうだ。流れたらすぐに連絡くれるよう頼んだ。
・A室43㎡ 2K 1階の角部屋で窓が2面に開いている部屋があり、これなら我慢できるかと半分思った。
一時金 83才と78才の2人入居として
・L室 3830万円
・A室 3470万円   その差360万円でしか無い
・毎月の費用は食費込2人で25万円程度。安い方だろう。
感想
・ここの設備グレード、環境、眺望ならなんとか暮らせそうだ。
 
~~~~~~~~~~~~

2018.09.19

老々介護-エスコート

朝9時に家を出て、帰着は16時だった。 7時間!
 
妻を病院に送った。
市民病院、高野医院(内科)、藤井クリニック(耳鼻科)
通院を今日1日に纏めたのではない。それぞれ関連して高野医院の指示による。
 
7時間の大半は待ち時間である。
勿論主役は妻であり、妻が一番大変だったのだが、エスコートの私も疲れ果てた。
帰宅してベッドに倒れ込み1時間半寝た。
夕飯の食欲が無い。
 
老々ではなく老老と書くべきか。
 

2018.09.18

老々介護

妻が熱中症をこじらせたことは先に書いた。
 
8月初めに体調不調になり数日ベッドに横になっていたが堪らず医者に行った。
すると熱中症の診断で、寝ていたのが悪かったという。
水を摂り、身体を動かさなければいけなかったのだ。
「そのままだと死んでいましたよ」と脅かされた。
 
水を摂り身体を動かすようにしたがそれからお盆の時期になり、病院はどこも休みになってしまった。
遂に8月20日に入院となり、何も口を通らず点滴だけの日が続いた。
28日退院。
 
9月に入りちょっと元気が出てきたと思ったが不調は続く。
とにかく胃が動かず、食欲不振が続く。体力は衰える一方である。
 
今日9月15日、この間の食事、家事、通院はすべて私が支えた。
そして私も疲れた。
破綻は一挙に起きた。
 
~~~~~~~~~~~~
 
老老介護とはこういうことかと思った。
そして知人の居る老人施設「ゆうゆうの里・伊豆高原」への入居を考えた。
 
伊豆で老人施設に入るのは我々夫婦には望ましい。
しかし娘は千葉の海浜幕張に住んでいる。千葉から伊豆に通う負担は大きい。
我々が千葉に行くべきなのか?
 
~~~~~~~~~~~~
 
実は私は老々介護になったことで商機を2つ失った。
 
1つは「[男飾り・ユニークネックレス]の販売である。ネックレスの制作に全く手が付かない。
せっかく2つ売れて勢い込んだ時だったのに作る時間と気持ちの余裕を失った。
手作り工房では作らなければ売る商品が無い。
Facebookは広告を出せ出せとやかましく言ってくるが、売る物が無ければ広告も出せない。
 
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もう1件は本業のマリンサーベイである。
横浜でナウテイキャット33のサーベイを頼まれたが、体調不良を理由に断った。
下の写真は数年前に同型艇のサーベイを行った時のものである。
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こうして年寄りは次第に活動の場を狭めていく。
 
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先行きを考え、終の棲家は千葉にすべきかと思うに至った。
それで、千葉の施設を探した。
 
「ゆうゆうの里・伊豆高原」は40㎡2人入居で入居金は4000万であった。
「ゆうゆうの里・佐倉」があったが、52㎡2人入居で5000万であった。
我が夫婦に5000万は厳しい。
 
千葉の施設を探し始めて気付いたのだが、なんだかやたらと数が多い。
入居金は殆どゼロか数十万である。どうやらこれは「サービス付き高齢者住宅」というものらしい。
しめしめと思ったのだが、このサービスとは「見守り」サービス程度であり、要介護になったら退去させらると判った。
しかも居室面積は18㎡~20㎡と小さい。
 
我々の望みは、これから15年20年の居住を考えて60㎡以上は欲しい、そして要介護になっても介護してくれる施設である。
こういう施設を「介護付き有料老人ホーム」というらしい。
こんな初歩的な知識も無しに探していたのだった。
 
やっと探すべきターゲットが見えてきたが、困難はその先にもあった。
ネットで施設の概要は判るのだが、そこに空室があるかどうかは訊ねてみないと判らない。そして即答されることはまず無い。
大需要地とあって空室は希少である。待機者がいる。老いの辿る道は厳しい。
景色、環境、交通とチェックするたびに気は滅入るばかりである。
 
草臥れて千葉は嫌になった。
 
-続く-
 

2018.08.31

メタボ

前回のTV番組「ためして合点」でメタボについてやっていた。
メタボとは腹囲85cm以上で、<高血圧><高血糖><脂質異常>のうち2つ以上が当てはまる人のことを言うのだそうだ。
 
私は身長176cm、体重82kg、腹囲100cmだから完全にメタボだと思っていたが、<高血圧><高血糖><脂質異常>の
どれも該当しない。
つまりメタボでない。 恰幅が良い、と言えばいいのだそうだ。
おい、おい、本当かよ?
 
あまつさえメタボの人は体重を3%落とせばいろんな数値が改善されると言っていた。
5kg、10kgと大きな目標を達成しなくてもいいのだそうだ。
 
私はこの夏の熱中症騒ぎで痩せて79.5kgになった。
 
アッハッハ。
 
メタボでない黒潮丸

2018.08.29

退院-入院?

昨日やっと妻が退院しました。
20日の入院から8日間、月曜から金曜までは経口での摂食は全く無く、点滴ばかりでした。
 
要するに熱中症への対応の初動遅れと、各病院のお盆休みで治療を受けられず、体力を消耗し尽くしたためと思われます。
初動遅れには私のボランテイア活動が関わっていて、年寄りは自分だけでなく連れ合いの体調を含めて活動を考えなければなりません。
 
帰宅後もまだすっきりとせず、食事家事はすべて私がやっています。
 
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折も折、近しい知人が「ゆうゆうの里-伊豆高原」に入所しているので訪問しました。
この方は93才、東京の大病院の婦長をしていた方で勲5等の勲章をもらっている女傑です。
感想を聞くと「なかなかいいよ」でした。ここは看取りまでしてくれます。
 
入所金は1人2700万円。2人だと4000万円。
毎月の費用は2人で20万円。
 
病んで気落ちしているせいか妻が俄然興味を持ちました。
距離が3キロですから当分は自宅と施設を行ったり来たりすればいいと乗り気です。
 
さてどうしたものでしょう。

2018.08.24

今秋のファッション

新聞に今秋のファッション紹介の記事が出ていて、その中でヴァレンティノのジャケットが目に留まった。
 
 
はて幾らするものだろうか調べようとした。しかし初めての世界で調べ方が判らない。
 
BUYMAなどというブランド物のサイトに入ってみたがこんな新作は出ていない。
それにTシャツとかパーカーとかばかりで、ジャケットなどは殆ど出ていない。
 
ブランド物の中古品を扱うサイトもあった。
しかし同様に軽いものばかりでジャケットはない。サイズも私の布袋腹を納めるようなのは無い。
 
BUYMAにあった旧モデルのブルゾン 242千円
 
一時のお遊びと思って入ったが、時間が掛かり過ぎる。
もうこんなことはしない。
 
ユニクロとコナカしか持っていない 黒潮丸

熱中症

妻が8月4日の土曜日以来体調不良で遂に入院してしまった。きっかけは熱中症だった。
 
実は4日私は碁打ちに出掛け、勝って気を良くして帰りにすきやの鰻丼を食べたりして帰宅したら臥せっていた。
翌日は日曜、月曜はライブラリーのボランテイアがあって医者に連れて行ったのは夕刻になった。
熱中症と診断され2時間の点滴を受けた。医師に抛っておいたら死ぬところでしたよと言われた。
 
その週はあと2度点滴に通ったが不調のままである。食欲がまったく無い。食事の支度をしなくなった。
 
週が明けて先週金曜、私が夜中に腹痛を起こし土曜に医者に行ったが待合室で椅子に座っていられないほど身体がきつかった。
夫婦で並んだベッドで点滴を受け笑いあった。
私の症状は部屋に籠ってネックレス作りに熱中していたための熱中症らしい。
 
私はもう日曜には回復したが妻は相変わらずである。
月曜はまたライブラリーのボランテイアで、妻を病院に連れて行ったのは夕方になった。
そしてそのまま入院となった。
 
今日金曜、まだ退院の目途はたたない。
 
 
老老介護の黒潮丸

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