2009.11.20

胸にバラの花を挿して

胸にバラを挿して歩いていて、ふと次のフレーズが口をついた。

  丹花を咥えて巷を往けば、畢竟惧れはあらじ

岡本かの子のどこかにあった。

私が岡本かの子を読んだのは大学1,2年当時である。膨大な短歌を除いて殆ど全作品を耽読した。
渋谷宮益坂にたしか<麦書房>という古本屋があり、そこで「鶴は病みき」「老妓抄」「生々流転」の初版本を見付けた時は驚喜したものだ。
「生々流転」の書き出し、<遁れて都を出ました>の一節に痺れた。
かの子の生家大貫家が二子新地にあったというので目蒲線緑ヶ丘のわが家から自転車で何度か探索に行った。田園風景の中、雅びなサイクルージングであった。

その後ドイツ語の講読でニーチェ「ツアラツストラ」のトバ口を読み、<人間は克服さるべきあるものである>としてわが文学趣味を克服したのだった。
アルスツアラツストラドライツイッヒヤーレアルトバル、フェアリースエルザイネハイマート・・・
アッハ。思い出すなあ。
本格的にヨットに乗るのはそれからである。

”丹花”といえば赤い花である。何の花だろう?
かの子といえば牡丹だが、口に咥えて歩く花ではない。トゲのあるバラでもない。
ハイビスカスか。コウショッキか。

いま、わが胸に赤いバラを挿して歩く。
老いの歩みの、いささかでも軽くなろうというものだ。

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2009.11.19

バラのブローチ

先日静岡の目抜き通り呉服町を歩いていて小さなギャラリーに「花に魅せられて-布花展・山下洋子」の看板を見つけて入った。

なかなか素敵な展示だった。

ちょっと壁掛けをと思ったが6万円だったのでやめて、小さなバラのブローチを買った。
作者が手づから胸に付けてくれた。
きれいな人だった。

当分はずさないぞ。

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Aaa


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2009.11.11

森繁久弥とメイキッス号とふじやま丸と佐島マリーナ

森繁久弥が亡くなった。
大きな役者だった。

TVでいろんな人が思い出を語り、業績を偲んでいるが、彼と海との関わりが全然出て来ないのが淋しい。

これから書くことは私のうろ覚えの記憶なので間違いもあると思うが、書いておきたい。
森繁が最初に船を持ったのは「メイキッス号」である。1959年に石原慎太郎に紹介された「天山」という35フィートのヨットが気に入って譲り受けたものという。
そして1964年に白崎謙太郎設計により73フィートの鋼鉄製ケッチ「ふじやま丸」を建造した。
これがいかに大変なものだったか。例えば船舶法、船員法などにより船であり続けるためには専任の船長、機関長が常時必要なのであった。
台風で陸に乗り揚げる事故もあった。
このあたり「アッパさん船長」(現在中公新書にあり)に書いてあったと思うのだが、三河みとマリーナに寄贈してしまって手元にない。

病は嵩じて「ふじやま丸」を係留していた三浦半島佐島にマリーナを作ってしまった。
あれだけ規制の厳しい時代に個人でマリーナを作ったのである。苦労や思うべし。長男の森繁泉が運営にあたった。
しかしさすがに持ちきれず、日産が肩代わりした。現在の日産・佐島マリーナである。

私が出光の社員としてマリーナ建設にかかった頃(1990年前後)、日本マリーナビーチ協会の専務理事をしていた森繁泉さんに大変お世話になった。
おかげで随分海の世界の方たちと知り合うことが出来た。
ちょうどその頃「メイキッスⅢ世」(イタリア製57フィートボート)が東京湾マリーナにあり、私の「ウインディ・ホリデイⅡ号」もそこにあった。

1991年、森繁久弥は「メイキッスⅢ世」で日本一週の航海に出た。泉さんの運転である。
これが最後の海行きではなかったか。
「海よ友よ-メイキッス・日本一周航海記」が出ている。

ご冥福を祈ります

 

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2009.11.08

挿し植えポット

我ながら笑ってしまうのだが、私はまたまた新製品を開発中である。
その名を「挿し植えポット」と名付けた。

「寄せ植え」のサイト開設を宣言したのが今年の7月15日であった。
はじめ「花合わせカード」と称していたが、現在「黒潮丸の寄せ植え・花選び」として試運転を開始している。


もともと600万人が利用すると豪語する料理レシピ<クックパッド>に触発され、花の名前をクリックすればその花を使った寄せ植え例を表示するサイト開設を目指したのであった。
一応ネットに公開したが、まだまだ手入れやデータの追加が必要である。
1つのサイトを作り上げるのは大変なのだ。

こうして「寄せ植え」への関心を強め、集中しているうちに、植え替えの重要性に気付いた。
例えば1つの鉢に春の花を数種類とチューリップを寄せ植えしたとしよう。
チューリップは華やかで目立つので、開花すれば鉢の中心となる。
しかしチューリップの盛りは短い。開花が終わればその場所は邪魔になる。出来れば抜いてこれから開くチューリップに入れ替えたい。或いは他の花を植えたい。

別に育てておいて植え替えるアイデアはあった。
ジフィーポットやビニールポットを利用する方法も紹介されていた。
しかしそれぞれ問題もある。

そこで私は<防根透水>の草よけシートに着目したのである。各種販売され利用されている農業資材である。
これをポットに作って寄せ植えの植え替えに使用しようというのが新製品のアイデアだ。
名前もすでに決めた。「挿し植えポット」である。
ハッハ。売れるかな?

この程度のアイデアで登録できるとも思えないし、また幾らでも抜け道があるだろう。
もし売れるものならすぐに大手が参入するだろう。
だから私はまず自分が使う分だけ自作するつもりである。

 

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2009.11.06

松井は馬鹿か?

松井は馬鹿か・・・
とニューヨーカーは思っているに違いない。

7年もニューヨークに居て英語をしゃべらないとは、馬鹿である。

この一事をもって松井はヤンキースに残留できない。


 

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バラの移植

10月、11月は出かけない日は連日庭仕事に追われる。

1.観葉植物の冬支度
  先日「ガーデンガーデン」で買ってきた観葉植物を、冬の間外に置けるもの、屋外に取り込むものに分けて、株分け出来るものはして、ポットから鉢に植え替えた。挿し芽はもう時期的に無理だろう。

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2.バラの移植
  私はバガテル公園の会員になっていて、毎年更新する度にバラの苗を1株呉れる。

  いつだったか貰った一重で黄色の花びらの「ゴールデン・ウイング」が素敵だったので、今年の春はピンクの「デインテイ・ベス」をもらった。
  「とりあえずこのまま鉢に植えて、秋に地植えしなさい」とのことだったので実行した。

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  「ゴールデン・ウイング」の場所が良くないので、移して「デインテイ・ベス」と並べて植えることにした。
  この場所選びが大ごとだった。
  空地はないので、その場所を作らなければならない。先住者を移さねばならない。

  ということで大作業になる。

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  やっとやりおおせたと思ったら、直後にアカオ・ハーブ&ローズガーデンで「バタフライ・ウィング」なるバラを見付けてしまった。白にピンクの縁取りである。
  さてどうするか。

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懐古の集まり

どういう風の吹き回しだろう。
この2週間の間にいにしえを懐古する集まりが3つもあり、珍しく3つとも参加したのであった。

1.出光ラグビー部OB会
  我々がオイルメンリーグに初優勝した当時の部長を囲む会があり、その時代のメンバーが集まるというので普段は出席しない私も出たのであった。
  会えば懐かしい。
  別れ際にある後輩から、「歴史を刻むためには証人が必要です。先輩には出てもらわないと困る。」と言われたのが妙に応えた。

2.中学同窓会
  10数年ぶりの集まりであった。卒業以来58年、何回か会合があったらしいが私は殆ど出ていない。58年ぶりに会う顔も多い。
  卒業時の同クラスが10名集まったが、そのうち3人が長い介護の末に連れ合いを亡くし、1人が現に介護中であった。
  そういう年令であることを自覚した。

3.出光同期入社の会
  退社以来10数年、最近はほとんど毎年会合があるようだが私は初参加であった。地元熱海での開催であった。
  初参加であるにもかかわらず、皆が歓迎してくれたのは有り難いことであった。
  ほぼ40年にわたり同じ釜の飯を食ったことは消し難い絆である。誰それ彼それの失敗譚、成功譚、結婚話、それぞれ生活に結びついて今に続く。

1.は江戸の園芸展、2.はマリーナとナーセリー、3.はMOA美術館とアカオ・ハーブガーデン、どの会合も現在の趣味とセットに出来たのが良かった。


 

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2009.10.31

「寄せ植え」について

RHSJの中に「コンテナガーデニング協会」が出来て以来、私の住んでいる地域性によるのかもしれないが「コンテナガーデニング」の方が「ハンギングバスケット」より幅広い内容のように感じられて、「ハンギングバスケット・マスター」である私としてはなんとなく恨めしく思っていたのであった。

しかし、このところ「寄せ植えの花選び」サイトを作成しながら「寄せ植え」の写真をたくさん扱っているうちに、<なんだ、花壇の植え込みも、鉢植えもコンテナもハンギングバスケットも、みんな「寄せ植え」じゃないか>と思うようになった。

このほど「寄せ植え関連サイト-リンク集」をまとめてみて、なおさらその思いを強めている。

関連サイトを探しているうちに、観葉植物や多肉植物の寄せ植えが流行っているだけでなく、野菜の寄せ植えまで始まっていることを知った。
そのうちにガーデニングの中で「寄せ植え」がメジャーな言葉になるだろう。

ところで「寄せ植え」の英語は”gathering” でいいのだろうか?



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2009.10.29

豊橋二川の園芸店「ガーデンガーデン」

豊橋二川の園芸店「ガーデンガーデン」に寄った。
ここは2005年7月に初めて行って、その規模の大きさに驚いた報告を書いた。(参照)
~~~~~~
聞きしに勝る園芸店でした。
伊豆界隈の園芸店の5-7倍の広さでしょう。
特に珍品・稀少品を扱っているのではありません。まあまあの品揃えですが、とにかくなんでもある、数が多い、間口が広い、で圧倒されました。
1日潰せる、はオーバーでしたが半日は十分楽しめます。
~~~~~~05・7・9

今回の印象
1.鉢
 染付けの鉢が欲しくて行ったのだが、無かった。相変わらず数多く並んでいるが、染付けは無い。値段も前に行った時ほど安いと思わなかった。
2.苗
 1年草、多年草、鉢物、木本類、とにかく数多く並んでいる。
 特にハーブ類、葉物は種類が多く、伊豆あたりでは手に入らないものが多い。
 値段は必ずしも安くない。むしろ1-2割高い感じである。
3.規模
 前回行った時は伊豆の園芸店の5-7倍と感じたが、今回は3倍程度に感じた。

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今回の買い物
 買ってきた苗の写真を載せたが、ストレプトカーパス(の変わり柄)を除いて花苗ではなく寄せ植えに使う葉物類である。
 どれも地植えで冬は越せず室内に入れねばならないが、春になってこの辺では入手出来ないので買った。
 (アキランサスとアジアンタムはここでも入手可能である。)
 年を越せば4-5月に挿し芽で増やすことが出来るだろう。

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中学の同窓会

愛知県の三谷温泉で「豊橋中部中学4回生(昭和26年卒)」の同窓会があり、参加した。
卒業以来6回の同窓会があったそうだが、私が参加するのは3回目である。正確には58年だろうが「60年記念」と銘打たれていた。
典型的な地方都市の新制中学であり、特に語るべきことはない。

卒業時9組あったから同窓生400-500人と思われるが88名参加であった。
クラスごとに集まり、わがクラスは10名(男子6、女子4)参加だった。半分は60年ぶりの対面であった。
写真の右は級長だったO君、左は終生の友人S君である。

私は中学1年の6-9月を肺浸潤で休学した。敗戦後の栄養不足の結果であろう。
S君はその間私にうなぎの肝や骨を煮たものを届けてくれた。
彼の父親は豊川で魚を獲る漁師であった。うなぎの身を売ったあとの骨を調理して届けてくれたのであった。
昭和23年当時とはいえ、川漁師は厳しい商売である。
S君は結局高校に進まず、海苔問屋に就職した。
そして海苔一筋に努め、最後はその会社のトップにまで上りつめた。

同クラス10名中、3名が長い介護の末に連れ合いを亡くしていた。
そういう年令なのだ。
家内息災でいられることを妻に深く感謝しよう。

翌日、三河みとマリーナに寄り、豊橋二川のガーデンショップ・ガーデンガーデンに寄って帰宅した。
「みとマリーナ」はわが作品、「ガーデンガーデン」は伊豆・静岡には無いほどの大きなガーデンショップである。

マリーナとガーデン、わが生涯の2大趣味である。
付け加えるとすればサッカー、ラグビー、麻雀、読書であるか。

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2009.10.26

江戸の園芸・花尽くし-太田記念美術館

太田記念美術館(東京・原宿)の特別展「江戸の園芸・花尽くし」に行った。

ここは浮世絵美術館で、今回の特別展も江戸の園芸や花を描いた浮世絵を集めた展示であった。
それに加えて当時の植木鉢が40個ほど並べられていた。

江戸の園芸については「江戸の園芸」(青木宏一郎)や「大名庭園」(白幡洋三郎)を読んだり、青木氏の講演会を聞いたりしていささかの知識があったが、植木や花が描かれた浮世絵を190点も見せられ、あらためて江戸時代の園芸レベルの高さを知らされた。

私が感じたこと
1.役者絵(現代のTV/CMやプロモーションビデオだろう)と多く組み合わされている。植木や花が背景に使われたり、役者自身が植木売りの姿で画かれたり、園芸がハイファッションだったようだ。
2.描かれた植木はどれも立派な鉢仕立てで、ポット苗ではない。育成技術も高いし、大変な購買力だ。
3.ガーデニングでは鉢は水気を逃がすために素焼きの鉢が良いと聞かされてきたが、江戸の世界では立派な染付けの鉢が使われている。もっと鉢を見直そう。

感心したのは、用意されたカタログ(2400円)に展示品全点(約230点)のカラー写真が掲載されていたことだ。
こんなカタログはあまり知らない。

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2009.10.23

出光ラグビー部OB会

昨日は早く出て3つの用を足した。

久しぶりに母を見舞った。95才になる。
私の実家は東横線元住吉で母と末弟一家が住んでいるが、しばらく前から母を近くの老人施設に預けている。
歩いて行ける場所で、本人も望めばいつでも自分の部屋に帰れるから安心している。と思う。
身の回りのことはなんでも自分でするし、歩いて食堂にも行く。その元気さはつくづく有難いと思う。
しかし95才である。2度の脳梗塞を経て、次第に欠落が進む。私の顔を見て判別はするが、子供は何人だったかと何度も聞く。
だんだんに受け入れていかねばならない。

次に原宿の「太田記念美術館」に行った。
東邦生命の太田さんの浮世絵美術館である。駅から3分。
特別展「江戸園芸・花尽くし」をやっていた。
これについては別に書こう。

ついで大崎ニューシテイエリアに行き、「出光ラグビー部OB会」に出席した。
長く部長を務められたK先輩が喜寿を迎えられ、そのお祝いの有志の集まりであった。
私が出光ラグビー部に在籍したのは約45年前、昭和36年から5年ほどだが、その頃からあと15年くらいのメンバーが集まり、楽しかった。
このあたりならまだ顔が判る。出光ラグビー部は創設55年になるそうで、私は東京を離れたりしてそれ以降の人は判らない。
ここでラグビーの自慢話をしても仕方がないが知らない人のために書くと、昭和30年に創部して出ると負けだったチームが次第に核を持ち始め、
私が主将となった昭和38年のオイルメンリーグで初優勝したのだった。
40年に秩父宮でトライしたのも大切な思い出だ。
集まったメンバーはこういった記憶を共有している人たちだった。

長生きするといろんな付き合いが増え煩わしいのも多いが、その中でも身体と身体をぶつけ合った仲間は格別である。
板子一枚下は地獄の世界を共にしたヨット仲間も忘れ難いが。

来週は豊橋中部中学の同窓会である。何人顔が判るか。

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2009.10.22

オープンガーデン講習会

加藤和彦の<やるべきことがなくなった>としての自殺はまことに見事であった。
800年の昔、平知盛が<見るべきほどは見つ いざ自害せん>と壇ノ浦に身を投じたのと並び、百代に残る言葉となろう。

そしてわが日常は。
昨日は静岡県農林水産部主催の「オープンガーデン講座」が伊東市で開催され、その講師を務めた。
定員40名が申込み多数で抽選となる盛況だったそうだ。
プロジェクターは伊東市、パソコンは県庁から、データは私が持参と3者持ち寄りで心配したが、無事に投影することが出来た。
時間の関係でわが庭を含め3つの庭しか巡れなかった。写真はO庭、半分の20名。

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皆さんを送って帰宅したら、妻があおい顔をしている。
一昨日飼犬ロビーがゴミの中から肉を包んでいたサランラップを咥えて飲み込んでしまった。
今日になって何度も吐き、ついに水を飲んでも吐くようになったという。

犬医者に連れて行ったら、血液検査、X線、バリュウム飲用と続いた。最悪今夜にも開腹手術だという。
そしてやっと3時間後に排出してくれた。

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それから翌日の東京での会合に備え、名刺の印刷をした。

千葉幕張に住む中学3年の孫が新型インフルにかかった。
先生も、医師も、周囲も、みんな<いい時に罹った>と言うという。
もっと高校受験が迫ってからでなく、今のうちに罹ってよかったの意味だ。
そんなものか。

凡人の雑事は尽きない。

 

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2009.10.19

やるべきことがなくなって

加藤和彦が亡くなった。
自殺だと・・・
<やるべきことがなくなった>が最後に遺した言葉だと・・・

なんと格好のいい死に方か!
あんな天才だから生き方を真似しようたって出来ないが、死に方は真似出来る。
今後、死に方の一つの規範となるだろう。

無残な生に対する、死の規範である。

幸か不幸か、私には今やっている仕事がある。
<黒潮丸の寄せ植え・花選び>サイトの制作である。
7月からかかって4ヶ月目で、まだ工事中だ。
他に類例のないサイトと思うが、われに才なく、いまいち魅力的に仕上がらない。

そのうちに放り出すかもしれない。
そうしたらまた次の仕事を見付けるだろう。
なかなかやるべきことがなくならない。


わが庭には肥えた○○カブトもあるが・・・

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2009.10.16

「不毛地帯」を観た

昨夜、TVドラマ「不毛地帯」を観た。
山崎豊子「不毛地帯」を読んでいないし、瀬島龍三のことも殆ど何も知らないのだが、一見して<ああ、伊藤忠と瀬島龍三の話だな>と思った。

伊藤忠と瀬島龍三についてはこれから追々語られるのだろうが、私が思ったのは伊藤忠に行った人間の多さである。
わがR組だけでも5,6人行ったのではないか。亡くなった黒澤もそうだった。
実は私も就職試験を受けるところだったが、直前に出光に決まったのでキャンセルした。後から何度かCIから勧誘の電話があった。

ドラマによれば瀬島の伊藤忠入社は昭和35年頃だ。最初に大阪の繊維部に配属されたという。
この通信の読者にもその頃伊藤忠大阪に居た人間が多かろう。

それにしても陸軍大学の首席というのは大したものらしい。
われら末席の劣等生には計り知れないものの考え方が出来るらしい。
行かなくて良かった。

 

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浜松立体花博5-再訪

昨日、浜松立体花博に行った。
9/21に行ったのは個人で鉄道・バスで行った。
今回は伊豆ガーデニングクラブの行事で、マイクロバスで行った。
切符は60才以上が1300円、以下が1800円なのだが、一行23名中1800円は1名だけであった。

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今回特に感じたのは赤の色がきれいになっていたことである。
アキランサスやアルセルナンテラ、コリウス、ベゴニアなどの赤が鮮やかになって素敵だった。
台風の影響がどうかと思ったが、ほとんど傷んでなかった。それだけ丈夫に作ってあるのか、素早く修復したのか。
ただ岐阜市の信長の顔だけはひどく傷んでいた。

前回一番の作品だと思ったモントリオール市の「木を植えた男」をゆっくり鑑賞した。
すぐ前にフードコーナーのテーブル・椅子があったので、五平餅(250円)と甘酒(150円)を抱えてじっくり眺めた。
ロープフェンスがあって馬や男は遠くて判らないが、羊の胴体はヘリクリサムと観察できた。頭はアキランサスらしい。
ちょうどカナダ人?ガーデナーが担当職員2人とあれこれ作品に触れながら打ち合わせしていた。遠くて内容は聞こえない。

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しばらくして職員の1人をつかまえて聞いた。
これらの作品は鉄骨フレームにメッシュネットを貼り、内側に土を詰めて、外からネットに穴をあけて植物を植え込むのだそうだ。
なるほど。
私は昨年 「フローラモア」の朝山和代さんを通じてオランダから動物のフレームを幾つか入れてもらった。
今年は手抜き簡便法で内側からヘデラを育ててみたが、うまくいかなかった。来年は土を詰めてヘリクリサムを植えてみよう。
早速なすべき仕事はヘリクリサムの挿し芽をたくさん作ることだ。

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好天に恵まれ楽しいツアーだったが、東名の集中工事期間にぶつかり、2時間ほど余分にかかった。

 

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2009.10.14

焼却炉

今日は庭の廃材(枯れ枝、腐った木材、古よしず、枯葉など)を燃やした。

山のように溜めてあったので3時間かかった。燃やしてしまえばすっきりする。

私の庭仕事は半日(それ以上は辛度い)なので、今日はこれだけ。

これくらいの仕事の塊りがあと15くらいある。

かくして毎日忙しい。

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2009.10.13

庭三昧

今月後半から来月始めにかけて庭巡りバス5台来庭の予定で、庭の整備に追われている。
いくらやってもきりがない。

秋撒きのタネを撒いたり、球根を埋め込んだり、来春に向けての作業もこの時期だ。
伊豆ガーデニングクラブのお祭りの「花の苗フリーマーケット」での売品の用意が急がれる。
10/21には県農林水産部主催の「オープンガーデン講座」の講師である。パワーポイントで資料作りだ。

昨日、修善寺虹の郷にハンギングバスケット・コンテストの発表を見に行った。
最初の写真は私の知人の作品、これだけ植え込むには相当の苗代が必要だ。
次の写真は鮎の塩焼きをしている構内の店で、ここで昼飯を食べた。鮎の大きさを見よ。

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今日は「多肉植物のメンテ」講習会で、昨年作った作品を持ち寄って修復した。
昨年作った時の写真と、今回手入れ前の写真を載せる。

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明後日はまた浜松立体花博に行く。
前回は私個人、今回はIGCの行事参加である。

10月は毎年忙しい。

 

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2009.10.12

「寿命論」を読む

「寿命論」(高木由臣 NHKブックス 09年1月刊 970円)を読んだ。

著者は発生遺伝学、細胞生物学専攻の理学博士、奈良女子大名誉教授。

題名に釣られて読んだが、この本は文学、人文科学、社会科学とは関係のない、まさに<発生遺伝学、細胞生物学>の世界の本だった。

この本の<はじめに>はこう始まる。
~~~~~~生の彼方に死があること、生が誕生と死で縁取られていることは、誰にとっても自明のことに思われる。私たちの生には寿命がある。寿命について疑問があるとすれば、なぜ死を迎えなければいけないのか、なぜ生の期間が生物ごとにほぼ定まっているのかといったことだろう。しかし生物が寿命をもつのは当たり前と思う私たちの常識も、人間が1人として例外なく寿命をもつこと、私たちの身近な動物たちもやはり例外なく寿命をもつことから感じる経験則である。~~~~~~

ここまではいいのだ。これを読んで面白そうだと買ったのだ。
しかしここから先がいけない。私なんかにはとてもついていけない。

<1961年、ヒトの皮膚細胞には約50回という分裂限界があるという衝撃的な論文が発表された。ヘイフリック限界という。>
<原核細胞から真核細胞という細胞の進化が、分裂性細胞から非分裂性細胞という死を内包するものになった。>
<個体の自己同一性は無性生殖(二分裂)の継続によって保たれる。したがって誕生と死という概念は、無性生殖の永続性を喪失した真核生物に特有なものである。>
こんな調子ならまだいいのだが、世界で発表される論文や、自分や研究室の学生・院生の実験結果を図表で示され、どうやら世界の最先端の部分の議論を開陳されるともういけない。
半分以上は眠り読みをしたのであった。

こんな本を読むのも、私なりの三途の川への旅の準備であるか。

 

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2009.10.09

台風見物

昔から台風の海を見るのが好きで、海岸に行っては眺める癖があった。

近年、妻から「いいトシをして、もう絶対にそんなことはやめて下さいよ。」ときつく止められている。
不承不承従っている。

8日の朝、ちょっと雨が降り止んだ時に飼犬ロビーを朝の排泄に連れ出した。
近所で無事に済ませて戻ろうとしたが、もう5メートル行くと伊豆大島がよく見えると思い先に進んだ。
当然のことながら荒れた海の先の大島は見えなかった。

この5メートルが仇であった。
わが家に入る寸前に大粒の豪雨が降り出し、すっかり濡れてしまった。

 

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