2017.03.25

良い貿易と悪い貿易

∞∞∞2017/3/24∞∞∞∞∞∞∞
~~~エコノミスト~~~
「自由貿易は・・・」に続いてエコノミスト誌(3/28)の「良い貿易・悪い貿易」特集を読んだ。
前者に比べて古典的、歴史的な視点での論文が多かったが、いずれにしろ「自由貿易万歳」の論調ではない。
その時々の大国の事情に合わせての貿易体制だったとの論文が多い
 
はて、われ等が学生時代から受けてきた教育は何だったのか?
 
われ等が経産省の役人はどう考えているのだろうか?
相変わらずトランプ憎し、TPP恋しなのだろうか?
 
~~~dマガジン~~~
エコノミスト誌をスマホのdマガジンで読んだ。
 
画面が小さくて老眼には厳しく滅多に見ないのだが、今月はこれを読んだので540円の元をとった。
 
~~~辛夷~~~
 
 
庭の辛夷(こぶし)が咲き出した。別名<田打ちざくら>というらしい。
田を打つ時季か。
 

自由貿易は・・・

∞∞∞2017/3/22∞∞∞∞∞∞∞
~~~自由貿易~~~
「自由貿易は私たちを幸せにするのか?」(コモンズ 上村雄彦・首藤信彦・内田聖子 2017/2)を読んだ。
ノンポリで経済音痴の私がこんな本を読んだのは新聞広告を見たからである。
そして読んで、感動している。
 
<日本ではいまだに「自由貿易イコール農業・工業の関税問題」と認識されている。だが問題の本質はルール作りの不正義であり、誰もが当たり前に生きていける地域や国を強者から取り戻すということだ。>
 

 
 
本書では、タフツ大学の試算によればTPPによって2015年からの10年間でアメリカも日本も経済成長率はマイナスになるという。参加国全体で77万人の雇用が失われ、特にアメリカでは45万人の雇用が失われる。労働分配率は減少し、不平等はより拡大する。
アメリカでも日本でもそのように説明されてこなかった。
 
また本書では「自由」と「貿易」の意味が変わってきているという
「自由」は多国籍巨大企業のための「自由」となり、各国の伝統・統制すら障害としてISDS(投資家対国家の紛争解決制度=実態は投資家よりの制度)により後進国、弱小国へ賠償を求める。
「貿易」は本来の生産物の国際移動から多国籍巨大企業の社内取引に変貌している。
 
~~~トランプとTPP~~~
トランプ新米国大統領は何をどう理解したのか知らないが、TPPを破棄した。
 
本書を読んだ私にはトランプが救世主のように思える。よくぞ破棄してくれた。
 
~~~安倍と自由貿易~~~
先般のG20で保護貿易非難を強く打ち出さなかったのはアメリカに配慮したためであるとの新聞論調であった。
果たしてそうであろうか?
世界の各国はアメリカ主導の「自由貿易」に嫌気がさしてきているのではないか?
TTIP(EUとアメリカとの自由貿易交渉)の頓挫もむしろ歓迎されているようだ。
 
そういう中で欧州歴訪に出た安倍は各国で「自由貿易」を呼びかけて得意になっている。
メルケルもオランドも多分「この男は自由貿易を分かっているのか?」と思っているの違いない。
 
メガ経済連携協定はTTPもTTIPも、RCEPもCETAも、すべてこの半年で停滞あるいは頓挫の状態になっている。
それが世界の潮流である。
 
~~~RCEP~~~
RCEPはASEAN10ヶ国と中国、印、韓、豪、NZ、日の合計16ヶ国の大規模な自由貿易協定である。
 
日本国民は賛成するも反対するも、中味を何も知らされていない。
そう、大規模自由貿易協定はすべて秘密裏に進められる。締結後の秘密も求められる。
 
多分日本や韓国、中国の大企業がASEAN諸国を収奪する内容になるであろう。
日本は主導すべきではない。
 
~~~~~~
俄か学士  森下一義
 

2017.03.21

キャリコン3-賞の辞退

~~~賞の辞退者~~~
何かの賞に選ばれながら辞退した人を挙げてみよう。
 
国民栄誉賞
福本豊 1983年 プロ野球選手
 ・盗塁王になって
 ・辞退の弁 「立ちションベンも出来なくなる」
イチロー 2001年 プロ野球選手
 ・大リーグで首位打者になって
 ・辞退の弁 「私はまだ現役の選手。引退してからにしてほしい。」
 
文化勲章
河井寛次郎 1955年 陶芸家
 ・辞退の弁 「名利を求めず」として芸術院会員、人間国宝も受けなかった
熊谷守一 1968年 画家
 ・辞退の弁 「これ以上 人が来ては困る」
大江健三郎 1994年 作家
 ・辞退の弁 「私は戦後民主主義者であり、民主主義に勝手な権威と価値観を認めない」
杉村春子 1995年 俳優
 ・辞退の弁 「勲章を背負って舞台に立ちたくない。まだ芝居を続けたい。」
 
~~~キャリコンへの疑問~~~
キャリアコンサルテイング協会、キャリアコンサルテイング講習会の目的は何だろう?
 
どういう人が受講するのだろう?
 
この協会を作って天下りポストが幾つ出来たのだろう?
 
こんな協会も資格も無いほうがいい。
 
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何か辞退してみたい 森下一義

ヨット免許反対運動

~~~ヨットの免許~~~
昭和40年代後半の頃だったか、ヨットの「操縦免許」の話が飛び出し大騒ぎとなった。
 
それまで自然の風を利用して自由に動くこと、道の無いところやレールの無いところを自由に帆走することこそヨットの本質と考えていたヨット乗りにとってそれは青天の霹靂の大事件だった。
一体何事ぞ?
 
よく聞いてみれば免許は「動力船」に対するもので、セールだけで走る「ヨット」には適用されないものと分かったが、それにしてもショックは大きかった。
当時「ヨット」といえば殆どディンギーを指し、キャビンを持ちエンジンを備えた「クルーザー」は普及し始めた矢先であった。
エンジンも小馬力で、港の出入りだけに使用する「補機」と呼ばれた。ヨット乗りはいかにエンジンを使用しないで航海するかが尊ばれた。
少し時期は遅れるが、東大船舶工学の教授でヨット「どんがめ」号のオーナー渡辺修治氏が日本一周航海で軽油を70リットルしか使用しなかったことが美談として伝えられた時代であった。
 
~~~反対運動~~~
澎湃として小型船舶操縦士免許に対する反対運動が沸き起こった。
 
 ・スポーツに免許とは何ぞや
 ・水泳やスキーや乗馬に免許を要求するのか?
 ・世界中にヨットの操船に免許を課している国は無い!
 ・免許を取得してもヨットは動かせない
 ・試験にヨット操船に関する内容は全く含まれていない
 
特に舵誌で連載が始まったばかりの「きゃびん夜話」(著者田辺英蔵氏、熱海後楽園社長、「蒼龍」号オーナー)が舌鋒鋭く反対運動の先頭に立った。
ビギナーだった我々も大いに悲憤慷慨したのだった。
まだネットの無い時代である。何で反対意見を表明したのだったか。
仲間内で息巻いていただけだったかもしれない。
 
何か当時の資料はないかと探したが40年以上昔の話で見付からない。
「きゃびん夜話」の中にあると思うが、20年以上にわたり連載されたエッセイでKAZI誌の中から探し出す気力がない。
わずかに日本財団の広報誌「マリーン・エンゼル」に次の一節を見付けた。
昭和四十年代に次第に導入されつつあった小型船舶操縦士制度は、初め自己責任に於いて何の支障もなく海を楽しんでいる我々(私自身も含め)にとっては、煩わしく面倒な法律(資格制度)と思い、導入時に於いて強力な反対運動をした記憶がございます。今となって見れば、様々なプレジャーボートの出現は、海難、水難防止上から、この制度は誠に時期を得た相応しい免許制度だと思うようになってまいりました。  愛知県ヨット連盟安全指導員 中野昌男>
 

お上は強い。
はじめ反対仲間だった漁師には自動的に免許が付与されることになり、戦列を離れた。
私自身が資格免許を取得したのは昭和51年3月である。たしか取得期限が昭和52年だった。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
免許にはまず反対したい  森下一義
 

石原慎太郎へのオマージュ

∞∞∞2017/3/20∞∞∞∞∞∞∞
~~~慎太郎・裕次郎・岡田真澄~~~
私は大学時代、文芸部の大和田政也君に頼まれて「一橋文芸」発行の資金作りを手伝った。
資金作りとはダンスパーテイの開催である。
会場を借り、バンドを頼んで、女子大生にチケットを売る。そして利益を出す。
どうしてか私にはそのノウハウがあった。
 
休刊中の「一橋文芸」を大和田が頑張って復刊し、その号に掲載した石原慎太郎の「灰色の教室」が「文学界」の新人賞を獲った。
次作の「太陽の季節」が「文学界」に載り、芥川賞をとって大ブームとなるのである。
 
芥川賞受賞の前、「一橋文芸」は「石原慎太郎・文学界新人賞受賞記念」と銘打ってダンスパーテイを開き、もう一稼ぎを企んだ。次号の資金である。
名前を使うからには石原先輩に挨拶しておかねばならぬ。私はサッカー部のつながりもあり、その使者にたった。
「先輩をダシにしてパーテイをやらせてもらいます。」と言ったら、「ダシにするとは何事だ!」と頭から叱られた。そういう人であった。
 
当日の会場は阿佐ヶ谷会館だった。
ご本人は来なかったが、代わりに裕次郎と岡田真澄が来た。慎太郎先輩なりのサポートであり配慮であった。
私も誰も一橋生は裕次郎や岡田真澄のなんたるやを知らなかった。売り出す直前の彼らであった。
ところが2人が現れるや会場は騒然となった。女子大生たちは彼らがなんたるかをすでに知っていたのだ。
確かに2人にはオーラがあった。いや、物凄い熱気だった。
 
60年たった今も忘れない。
 
~~~失字~~~
今日の都議会百条委員会で、石原慎太郎は「脳梗塞を患って文字を失った」と自ら述べた。
 
この記事は文字を失った慎太郎先輩へのオマージュである。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
パーティプロデューサー  森下一義
 

2017.03.18

高齢ドライバー用「なるせペダル」

∞∞∞∞2017/3/15∞∞∞∞∞∞
~~~高齢者~~~
高齢ドライバーの運転事故のニュースを聞く度に一々耳に痛い。
他人事ではないのだ。
 
私の場合、運転しないのは週に1、2日である。妻の病院等への送迎が半分を占める。
車が無くては暮らせない。
 
~~~なるせペダル~~~
熊本の町工場が開発した<なるせペダル>なるものを知ったのはもう5、6年も前か。
アクセルを踏み込むのではなく、右側に押す仕組みである。
既存の車に取り付けられ、車検の必要もないという。
 
<これは流行るぞ><カーメーカーが採用するのではないか>と思ったがその様子はない。
世の中は自動運転の方に向かっている。
 
しかし高齢運転批判の眼の厳しさに堪えかねて「なるせペダル」に電話してみた。
なるほど注文殺到しているらしいが相変わらずの町工場で、年寄り婆さんの電話応対で要領が悪い。受注のシステムすら定まっていない。
昨年の10月に注文したら半年待ちであった。
 
~~~装着~~~
やっと部品が到着し、ミノルホンダ(車両購入店)で装着してもらった。
 
私の車は年金生活者に相応しいホンダFIT1500ccである。
 
 
 
 
左方の梯形の板がブレーキである。
中央の縦長のレバーがアクセルで、足の右小指あたりで右に押す。
 
~~~感想~~~
2日ではまだ慣れない。
特にアクセルのふかしようが難しい。
 
年寄りの安全運転に有効かどうか、まだ判らない。
価格は23万円程度である。
 
あまり普及しない理由の1つに、下取り販売が難しくなることがあるのだそうだ。
 
~~~~~~
新し物好きの  森下一義
 

キャリコン-1

∞∞∞2017/3/14∞∞∞∞∞∞∞
~~~キャリアコンサルタント~~~
新聞を見ていてふと「キャリアコンサルタント養成講座」の文字が目に留まった。
「厚生大臣認定」とも書いてある。
キャリアコンサルタントとはなんぞや? 聞いたことも無い。
 
ググると
「キャリアコンサルタントとは、2016年4月より創設された国家資格で、個々人の適性や職業経験に応じて職業設計を行い、これに即した職業選択や能力開発を効果的に行う専門家です。キャリアコンサルタントは、企業の人事・教育関連部門、大学のキャリアセンター、公的就業支援機関、人材紹介・人材派遣会社など、幅広い分野で必要とされています。」  と出てきた。
 
ふーん、こんなものが国家資格か。
 
~~~私の所有資格~~~
私は誰かに認定される資格なるものが大嫌いであった。
誰に認められなくても、私は私であるとずっと思ってきた。
だから資格取得にはいつも背中を向けてきた。
 
私の持っている資格を書き出してみよう。
出光勤務のため
 ・自動車運転免許
 ・危険物取扱 乙種4級
ヨット乗り、マリーナ運営のため
 ・海技免状 1級小型船舶
 ・無線従事者免許2級
 ・古物行商許可 (中古艇取引のため)
ガーデニング
 ・ハンギングバスケットマスター
 ・ガーデンデザイナー(日本ガーデンデザイン協会)
 
見事に必要最小限の資格しか持っていない。
 
この中で「海技免状」については昭和40年代に大反対運動があったのだが、その経緯は別項に書こう。
 
自分から「学びたい、資格を取りたい」と思って取ったのは「ハンギングバスケットマスター」だけである。こればかりは試験を受けるしか学ぶ方法がなかった。
 
~~~私が資格を嫌う理由~~~
私は長らく日本国家の権威に反発する若者であった。
それは敗戦時に北朝鮮に在住し、一切の国家権力の庇護の無いところで生き、日本に帰ってきた体験によるものであろう。
北朝鮮からの脱出は父がチャーターしてくれたエンジンの無い帆走漁船だった。私と弟は家族と分かれて2人で帆船に乗った。
国は何もしてくれなかった。
 
今更頼らないよ、と思って生きてきた。
 
最近は違う。年金をもらっていて勝手は言えない。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
勉強嫌いの言い訳ばかりの 森下一義
 

城ヶ崎桜ほか

∞∞∞2017/3/12∞∞∞∞∞∞∞
~~~城ヶ崎桜~~~
富戸漁港から富戸コミセン、富戸駅に向かう海沿いに城ヶ崎桜の並木がある。
海岸に転がっている大きな角石は江戸城の築城石である。大き過ぎて運べなかった分であろう。
 
 
土地の人に言わせると交雑の無い純粋な城ヶ崎桜だそうだ。
 
下は富戸幼稚園の敷地内にある桜で城ヶ崎桜の原木と言われる。
2017/3/10 撮影
 
伊豆にはいろいろな桜があるが、城ヶ崎桜はもう40年前には品種登録がされている。
 

~~~韮山のハンギングバスケット~~~
 
韮山反射炉で行われた花フェアで、金賞をとったハンギングバスケットである。
シックな色合いが素敵だ。
作者の望月さとみさんは勿論友達だ。
 
江川くんと森下くん
 
~~~姫踊子草~~~
 
妻はこの写真に次の俳句を付けた。
 
<我愛す姫踊り子の小花咲>  信子
 
<我愛す>とはよくぞ言ったものだ。子規の句に使用例があるそうだ。
 
~~~貝母(ばいも)~~~
 
咲き出した 早春の花だ  スノードロップの次だな
~~~リナリア~~~
 
​この園芸種はもう3ヶ月も咲いている
 

伊東の定置網-ぶりの大漁

∞∞∞2017/3/8∞∞∞∞∞∞∞
~~~川奈の定置網~~~
ここ数日、伊東市の定置網はぶりの大漁に沸いている。
今日の川奈は40Tも揚がったという。1本平均8.5Kという。
 
 
 

~~~姿なり~~~
出光神戸支店在勤当時、香住で揚がった6Kくらいのブリを姿のまま得意先に届けたりしていたが、今から思えば迷惑なことだったと思う。
 
 

確定申告-カードの表裏

∞∞∞2017/3/7∞∞∞∞∞∞∞
~~~確定申告~~~
ようやく確定申告をまとめて送信した。
 
このところずっとeTaxで作成、送信しているが、毎度何かで引っ掛かって苦労する。
今年新たに変わったのは「マイナンバーカード」で、随分心して取り掛かったのだが案の定引っ掛かった。
初日(3/5)環境作りに着手したが、どうしても<カードを認識できません>と出る。何度やっても駄目だ。
途中<ドライバーをダウンロードしろ>とか何とか回り道させられて結局進まない。 この日は諦めた。
 
カードリーダーが古いのではないかと、翌日近くの量販店カインズに行ったが無い。
11時過ぎ遂にサポートに電話した。延々と待たされることを覚悟していたが、なんと6,7回のコールで担当の女性に繋がり、状況を説明したら一発で回答を得た。
要するにカードの挿入が裏向きだったのだ。
 
この挿入が違っていた。顔を裏側にしなければいけなかった。
 
~~~神対応~~~
パソコンでも家電でもサポートに電話してすぐに用が足せることなどついぞないのに、国税庁のこの対応はどうだ!
恐れ入りました。
 
あとは一瀉千里と思ったが、そうはいかない。
そもそもInternetExplorerでなければならない。普段はChromeを使っているのでIEに切り替えた途端に動作が遅くなる。
じれて早打ちするとフリーズする。するとまた一からdataファイルを読み込まなければならない。何度やったことか。
 
3日目、やっと医療費を入力して(これも2回やった)、午後2時過ぎに完成して送信した。
7万5千円返してくれるという。
 
~~~年たけて~~~
つくづく老いぼれたと思う。状況にすぐに対応出来ない。
僅かな還付金欲しさのこんな仕事、あと何回やれるか判らない。
 
<年たけてまた出すべしと思いきや僅かなお恵み確定申告>  黒潮丸
 
<年たけてまた越ゆべしと思いきや命なりけり小夜の中山>  西行
 
~~~~~~
会計士を雇えない  黒潮丸
 

自彊術のこと

∞∞∞2017/3/2∞∞∞∞∞∞∞
~~~自彊術~~~
週に1度、健康体操・自彊術に通っている。
名前からすると何やら道術めいているが、内容は年寄り向きの健康体操である。
でもラジオ体操とは違う、太極拳とは違う、ヨガとは違う味を持っている。
明治30年頃四国に中井房五郎というやんちゃ坊主がいて寺に追いやられた。寺にも納まらず、13歳で山に入って何年も戻って来なかった。
そして戻ると異能を発揮して人々の難病を直した。
その才能を認めた人々が病気予防の健康術・自彊術にまとめて広めた。
明治の末には東京に道場を持ち、折しも軍国主義の台頭期であり、文部省の体育にも取り上げられ昭和初期には隆盛を極めた。
先年妻の従兄弟たち(米大学教授、国連職員)が集まった時、自彊術の話が出ていきなり皆で第1動(肩の上げ下げ、切迫呼吸)を始めたのには笑ってしまった。
そんな経緯もあって戦後は寂れていたようだが、近年復活気運である。
伊東でも4教室(図書館、富戸、池、八幡野、それぞれ20-30名)で活動している。
毎回は1通りの体操が40分、少し休んで型直しとか雑談があって1時間半で終わる。
自分で毎日やりなさいということだが、私は家ではしたことがない。
私と妻は富戸の教室に通っているが、なんといってもその立地が素晴らしい。
目の前が海である。
海を見下ろしながら体操をする。
2016/9/9 正面は相模湾に浮かぶ伊豆大島
 
右手に利島、新島、奥の方には三宅島が見える
 
富戸漁港  いるかの追込み漁の許可を持っている 定置網にはボラが何千本も入る
 
新年会風景
 


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劣等生  森下一義

2017.02.24

冬の水

∞∞∞2017/2/22∞∞∞∞∞∞∞
~~~冬の水~~~
友から里歩き会の報告を頂いた。立川、国立、府中など武蔵野の崖線を歩いたという。
その中で、中村草田男の句碑が紹介されていた。
 
<冬の水一枝の影を欺かず> 中村草田男 昭8年
 
草田男の代表句の1つという。
「ホトトギス」の武蔵野探勝会でこの句が披講された時、虚子は「ムー」と唸って言葉が無かったという。
虚子の娘が記録している。
 
いい句だ。
 
~~~冬の海~~~
あやかって私も1句と考えた。
 
<いやはやに暁最寒(あかつきまさむ)冬の海>  黒潮丸 
 
伊豆から東京に向かう時、夕方に出て朝の到着を目指す。
冬の海では明け方前が最も気温が下がる。城ケ島から観音崎あたりである。
1人ワッチ、じっと寒さに耐えてティラーを握る。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
oldsalt  黒潮丸

フルーツ・バレンタイン

∞∞∞∞2017/2/14∞∞∞∞∞∞
娘からバレンタインのプレゼントをもらった。
 
 
チョコレートならぬ全部フルーツである。
 
どれも、小さなキューイまで甘く完熟していた。 なかなかの労作だった。

諫逐客書

∞∞∞2017/02/13∞∞∞∞∞∞∞
~~~李斯「諫逐客書」~~~
秦の始皇帝がまだ天下統一する前、国内に諸々の乱が起り、その多くが趙、韓、燕など外国人が基となっていたため外国人を排除する「逐客令」が発せられた。
その害を憂いた李斯は「諫逐客書」を上呈し、始皇帝はこれを容れて「逐客令」を撤回する。紀元前237年のことである。
その名文は司馬遷「史記-李斯列伝」に遺る。
 
 
 
私がこの史実を知ったのは小説「始皇帝の永遠」(小前亮)による。
 
~~~トランプ令~~~
今日、米国のトランプ令に対し「諫逐客書」を呈するは誰か?
 
縁戚のメイか?
隣国のトルドーか?
 
アベは既に「その立場にない」と逃げた。
メルケルやオランドはそもそもその立場にない。
 
案外喧嘩したターンブルが適役かもしれない。それとも蔡英文か。 
 

2017.02.06

私の運動歴-岡野俊一郎と石原慎太郎

∞∞∞2017/02/05∞∞∞∞∞∞∞
~~~岡野俊一郎氏の訃報~~~
元日本サッカー協会会長岡野俊一郎氏(1931年生れ)の死去が報じられた。
 
 
実はこの人とは同じグランドに立ったことがある。
 
淡青クラブとの対抗戦だったと思うのだが、相手の4年生に岡野が、こちらの3年生に石原慎太郎(1932年生れ)が出ていた。
私(1935年生れ)は1年生の補欠未満だったが、人数が足りなくて僥倖にも出られたのだった。
どうしてか岡野俊一郎の名は轟いていた。
勿論Jリーグは無く、実業団もどうだったかおぼろげ、そもそもテレビの無い時代である。
何故岡野の名を知っていたのか分からない。
 
石原慎太郎は湘南高校のエースとして聞こえていた。田舎高校出身の私には眩しい存在だった。
勿論芥川賞受賞の前である。
 
グランドで2人はどこか張り合っていた。
私はその2人と同じグランドに居ることを、非常に重く認識していた。
 
なお淡青は東大のスクールカラー、一橋は赤である。
箱根駅伝で見られるように各大学のスクールカラーは昔から決まっている。
対抗戦はリーグ戦と異なり、特定のクラブ同士で行う定期戦である。
 
~~~近影~~~
 
 
 石原慎太郎氏の近影  自分も同じようなものだろう
 
~~~昔話~~~
昔話ばかり書いていると、なんだか自分だけは年を取らないような錯覚に陥る。
 
~~~運動歴~~~
私の運動歴を書いておこう。
 
・サッカー
 高校から大学2年まで。 体調不良で3年で辞めた。
・ゴルフ
 20才から45才頃まで。 ヨットに傾いてから予約にあくせくし朝から晩までを費やすゴルフが嫌いになった。 葛城のメンバーだったこともある。
・ラグビー
 24才から31才まで。 出光ラグビー部。 ハイライトは秩父宮でのトライ。
・サッカー
 32才から36才まで。 出光の支店で。 ソ連の通商代表部との試合では相手にオリンピック選手が2人もいた!
・ヨット
 21才から、貸しヨット等で。  36才で自分のクルーザーを所有 72才まで。
共通しているのはどれも頑張らなかったことである。
どれも遊びだった。
役所から補助金をもらうような遊びはしなかった。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
頑張ったのは麻雀だけか  森下一義

神田神保町

∞∞∞2017/02/03∞∞∞∞∞∞∞
~~~神田神保町~~~
爆笑問題が神田神保町の古書街を巡る番組(NHK)を観た。
 
私は大学受験で田舎(豊橋)から生れて初めて東京に出た時、かねて憧れの日本橋・丸善と神田神保町に行ったのであった。
 
丸善ではエブリマンズライブラリーの「宝島」(スティーブンスン)を買った。
ブルーの装幀が若者を魅了した。丸善で初めて洋書を買ったことに昂奮した。
 
 
田舎の若者には都会の喧騒が耐え難く、また神保町の書店の多さに圧倒されて頭が痛くなって宿に戻った。
 
神田神保町が神田一ツ橋の隣りであり、如水会館や学士会館の並びであることは後から知った。
 
 
​~~~~~~
昔話ばかりの  森下一義
 

私の作句術

∞∞∞2017/01/30∞∞∞∞∞∞∞
~~~日本国語大辞典~~~
「日本国語大辞典」(全20巻 小学館 金田一京助ほか)は初版完結が1976年のほぼ日本最大の国語辞典である。
その「精選版」(全3巻 2006年)のアプリ版(定価7800円 2016年)が発売された。
1月31日までは特価4800円というので購入した。
 
  
 
たまたま手元にあった国語辞典や歳時記など十数冊、全部妻に持っていかれ私のデスク回りには無くて不便していたのでこれで助かる
 
妻のスマホにも「入れるか?ただし4800円は自己負担ぞ」と言ったら、「それは言葉を知っている人が使うものでしょうから結構です」と謝絶された。 そうかな?
 
~~~花の鈴~~~
私の年に一度の作句の時がやってきた。
松崎那賀川の「大沢温泉さくら祭り俳句大会」への応募である。
ここは句を竹の短冊に書いて川辺の桜の枝に下げてくれるまことに風流な句会なので十数年来ずっと参加している。
4句書いて送って1000円である。
 
妻は暮れから「作らなきゃ、作らなきゃ」と騒いでいるが、私は「4句くらい20分で出来る」とゆっくり構えている。
 
私の作り方はまず使う季語を決め、それに後先をくっ付ける方法である。
すこぶる簡便である。
 
今年は新しいアプリで、まず季語で「花」の付くものを探した。
すると「花の鈴」というのがあったのでこれを使うことにした。
小鳥が蜜を吸いにきて花びらを落とすので、その対策に枝に結び付ける鈴のことだそうである。初めて知った。
 
すぐに出来た。
<大沢の河辺に欲しや花の鈴> 黒潮丸
 
次々に出来た。
<大沢の水面に浮かぶ花の波>
<あの辺り婆娑羅の峰か花の雲>
 
 

ビットコインを買った

∞∞∞2017/01/27∞∞∞∞∞∞∞
~~~ブロックチェーン~~~
「ブロックチェーン・レボリューション」(D&Aタプスコット ダイヤモンド社)を読んだ。
 
 
何やら怖ろしいことが進行しているようだ。
<怖ろしい>というのは、何か世の中を変える大きな変革が確実に進行していて、そこで変化を見通した人々が大きな富を得ようとしているのに、知らない人・理解できない人は抛っておかれて、タプスコットがそれらの人々に一顧だに与えないことだ。
世界で抛っておかれる人が99%だろう。
 
私も理解できない。
私に判ったのは移民・難民・出稼ぎの人たちが払う送金手数料がいかに高いものだったかということと、ブロックチェーン・レボリューションでそれが劇的に下がることだけだ。
つまり金融界という既存のエスタブリッシュメントは特権を失う。
 
とにかく数多くのレボリューションのケースを挙げ、そこで既に新しいシステムを築き始めているヒーロー達にインタビューしている。
私には縁の無い世界だ。怖ろしい。
 
~~~ビットコインを買った~~~
ビットコインを買った。
 
昨年の中頃に1ビットコイン(1BTC)が6~8万円だったものが、この正月以降10万円を切らない。
そもそもそんなことを知ったのが今日初めてである。
 
 
ものは試しで0.5BTCを買った。約5万円である。
メープル金貨を買った気分である。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
金儲けを語らぬが信条の  森下一義
 

2017.01.22

蜜蜂と遠雷

∞∞∞2017/01/21∞∞∞∞∞∞∞
~~~「蜜蜂と遠雷」に直木賞~~~
「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)を読了した翌日に、この作品の直木賞受賞が発表された。芽出度い。
 
昨年秋に発売されたこの話題作を今頃読んだのは図書館で待たされたからである。
なにせ図書館では1ヶ月に2人しか進まない(貸出し2週間)から、6,7人も待ちがいればたちまちこうなる。
 
私は音楽の素養を決定的に欠いている。学んだことも習ったこともなく、何も知らない。
その私がこの本を読みたいと思ったのは書評や、帯の惹句があまりに魅力的だったからだ。
 
 
何も知らない世界だからこそ、読めば新しい世界に触れられると思った。
 
それにしても何も知らないのであった。
コンテストで弾かれる曲名が次々と出てくる。しかし私の頭には何の音も鳴らない。
この本の多くの読者には曲名だけで素晴らしい音楽が鳴り響くのだろう。
そういう読者のための本なのだろう。
作中のコンクール「芳ヶ江国際ピアノコンクール」のモデル「浜松国際ピアノコンクール」を同じ静岡県に住みながら聞いたこともなかった。
 
私はヨットの名前を聞けばどんな姿で、キャビンの中はどうなっていて、と思い浮かべることが出来る。
花の名前を聞けば調べる術を知っている。
音楽は何も出てこない。
 
しかし面白かった。
恩田陸さんはよく書いた。
 
~~~~~~
これからも音痴の  森下一義
 

朝の時間の使い方

∞∞∞2017/01/21∞∞∞∞∞∞∞
~~~朝の時間の使い方~~~
あさ、4時か5時に起きる。
早過ぎる。
判っているのだが、理由がある。
 
わが家の飼い犬(ロビー、ワイヤーフォックステリア、15才、9kg)はずっと室内で飼っている。
1階の半分を動き回っていた。
ところが1年半前に悪性腫瘍が発生し抗がん剤を呑み始めてから眼が見えなくなり、耳も聞こえなくなった。
その結果トイレの場所が判らなくなりそこらじゅうでするようになった。
あまつさえ踏んづけて撒き散らす。
 
10才当時の写真
 
仕方なく夜9時と朝4-5時に外に連れ出すのである。
ちょっと遅れると大惨事になるので大決心して起き出す。
散歩と後始末で約40分かかる。
そのあと、どうするか。
 
1.また寝る。  20%
2.新聞を読む。  40%
  わが家では朝2時半に新聞が届く。前夜10時半の出来事が記事として載っている!
3.スマホ。  10%
  ネットニュース、dマガジン  朝の貴重な時間にSNSは見ない
4.TV。  10%
5.読書。  20%
 
新聞には論説もあるし囲碁の棋譜もある。書評欄もあるし歌壇俳壇もある。広告もある。
とてもとてもネットでは代替出来ない。
 

漁師カレンダー

∞∞∞2016/12/30∞∞∞∞∞∞∞
~~~カレンダーの掛け替え~~~
カレンダー掛け替えの時期である。
皆さま、それぞれにお気に入りがあるだろう。
 
私の今年のお気に入りは気仙沼の漁師カレンダーである。
 
 
 
 
 
みちのくに飛沫いて晴れて海匂う   黒潮丸
 

蝋梅を活ける

∞∞∞2016/12/27∞∞∞∞∞∞∞
~~~ロウバイ~~~
 
ご近所から見事なロウバイの枝を頂いた。
なんとか活けてみたが我が陋屋の玄関には余ってしまった。
 
 
 
 


​蝋梅や我が門先に余りけり   黒潮丸
 
年用意夫の活けたる一壺なり   信子
 
~~~~~~

2016.12.20

孫が来た

∞∞∞2016/12/16∞∞∞∞∞∞∞
~~~孫の手~~~
千葉から孫が来た。
娘の次男で高3のA君が学校推薦で上智大学理工学部に入学が決まり、久しぶりに時間の余裕が出来て来てくれたのだ。
 
早速孫の手を借りた。
まず家じゅうの照明器具を見て回り、電器屋に行って器材を買った
これまで3年毎くらいに蛍光管を取り換えなければならず、これが高所作業で危険で億劫になってきたのだ。
しばらく前まで照明器具ごとLED用に換えなければならなかったのが、今は電球だけLED電球に換えられるようになっている。
一部は器具ごと換えねばならないのもあった。
 
電器屋での品選びに1時間かかった。
そして帰宅しての取付にも大汗をかいた。
彼とて電気器具に知識はないが身軽さがある。爺の経験と組んでなんとかやり遂げた。1時間半。
これで当分蛍光灯のチラつきにストレスを感じないですむ。
 
翌朝はもっぱらスマホの勉強だった。
妻から山ほど質問が出て、それに対応してもらった。
溢れたアプリを整理したり、大変だっただろう。
私はLINEの手ほどきを受けた。アプリはあるのだが使ったことがない。
入ってみるとアプリ側から30―40人の友達候補を挙げてきたが、LINEで話したいほどの人は居ない。どんどんブロックして結局残ったのは子や孫など6人だけだった。
面白くもなんともない。
 
~~~案内~~~
久し振りに来た孫なので近隣を案内した。
 
来豆当日は門脇灯台とつり橋、ぼら納屋に行った。金目の煮付が旨かった。
ヤマダなど電器店での買い物。
夕食はわが家で鮟鱇鍋。夫婦2人だと鍋にしてもつまらない。若者が来て張り切って鍋にした。
 
翌朝八幡野来宮神社に御礼参りして稲取漁港の朝市に向かった。
振舞い酒ならぬ振舞い味噌汁をご馳走になる。
 
昼食は回転寿司で、あと伊豆高原駅で見送った。
妻が稲取で買った花束(カーネーション)を土産に渡そうとするが固辞される。
来るときは各駅停車で来たので新幹線の切符を買ってやり、帰宅報告を待ったがさっぱり連絡が無い。
聞けば秋葉原に寄って買い物をしていたという。
若者はこんなものだ。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
孫満喫の  黒潮丸
 

映画「海賊と呼ばれた男」を観た

∞∞∞2016/12/13∞∞∞∞∞∞∞
映画「海賊と呼ばれた男」を観た。
ちょうど車検の日で代車で山越えして三島の映画館まで行ったので、<年寄りが事故して傷つけた!>と言われないように気を使って疲れた。
老年の哀しみである。
 
出光佐三を映画で岡田准一が<国岡鉄造>として演ずる。
老けづくりしているといえばその通りなのだが、「永遠の0」から思えば随分年令をとったなと感慨深い。
門司港での機帆船への燃油売り込み、満鉄へ車軸油の納入、戦後引揚者の全員受入れ、ラジオ修理、タンク底油の回収、日章丸アバダンへ、と我ら出光社員には何度となく語られた歴史が綴られる。
 
私は昭和33年入社で、28年の日章丸のイラン原油積取りから5年後だった。
我々を直接指導してくれる先輩は皆中国や南方からの引揚げ者であり、タンク底の経験者だった。
筋金入りの出光人だった。
彼らから見ればイラン原油以降入社の我々は異人種であっただろう
 
私の入社当時、出光は会社の業種分類で<商社>であり<石油業>ではなかった。
私は伊藤忠商事を目指していたのだが直前になってゼミの教授から「出光に行ってみろ」と言われ、映画に出てくるあの歌舞伎座隣の出光ビルに行ったのだった。
それ以降の私の出光における事務所遍歴は次の通りである。
昭和通り4丁目-歌舞伎座隣出光ビル
仙台東一番丁―国分町
八重洲埼玉銀行ビル
皇居前パレスホテル
帝劇ビル
千葉栄町給油所2階
神戸新開地給油所2階
清水駅前-清水支店
静岡駅前―静岡支店
青山一丁目-東京支店
帝劇ビル
三河御津マリーナ
事務所の由来や環境を書き綴ればそのまま物語りになるような華やかな事務所遍歴である。
これにも佐三の個性が反映していると思う。
 
出光佐三を描く映画はこれが初めてではない。過去何本も出来ている。
佐三のどこが映画になる魅力なのだろうか?
 
現在の孫正義が、ホリエモンが、三木谷浩史が映画になる日が来るのだろうか?
 
岡田准一
 
出光佐三
 
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謦咳に接した世代の 森下一義
 

2016.12.11

花八つ手 ほか近況

~~~吹き矢~~~
先日ガーデン関係先の集まりで「吹き矢」の講習があった。
力一杯息を吹くのは爽快だろうと思って参加してみた。
 
初めての体験だった。
それなりに作法らしき手順もあり、奥は深いのだろうが、意外に口先だけで軽く飛び出し、腹式呼吸という感じがなかった。
続けることはなさそうだ。
 
 
~~~大きな鯛~~~
巨大な鯛の写真である。駿河湾。
 
 
~~~重岡先生~~~
彫刻家の重岡先生から来年のカレンダーを頂いた。
例年頂くのだが、今日は先生ご自身がわが庭に持参して下さって、恐縮した。
 
 
~~~花八つ手~~~
庭で伐った花八つ手
 
 

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