2016.08.29

豊洲移転

築地市場の豊洲移転が喧しい。
 
それで思い出したのがこの写真である。
 
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1992年(平成4年)11月撮影
出光江東油槽所に着桟する「WindyholidayⅡ」号と私
下の写真の後方左手が東京ガス豊洲工場の跡地である 新築地市場移転予定地
 
出光江東油槽所は昭和20年代に開所した石油基地で、まだ弱小石油商社だった出光の貴重な首都圏の基地としてここからドラム缶を運んだ苦労話を先輩からよく聞かされたものだった。
92年当時には既に閉鎖が決定しており、わが「W・・・」号も翌年には東京湾マリーナから三河みとマリーナに移動が決まっていたので、このクルーズは一種の感傷旅行であった。シングルハンドである。まともに稼働している油槽所ならとてもマイボートは着けられない。
東京ガス跡地が魚市場になるとはこの時は知らなかった。
 
ついでに言えば築地市場内に出光の出張所があり、出入りする漁船に油を売っていた。
私は好きだからよく出張所に行って油を売っていた。中川所長だったかな・・・
 
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Boatmarkkayak150 http://usedboat.jp/
OfficePCC: 森下一義

ゴリラ顔

お盆で、故人の写真に触れる機会が多かった。
写真の無い人もいた。
さて自分の遺影はどれになるのかなと考えた。
 
探してみたがこの1、2年の間に撮った自顔はこの2枚しか無かった。
 
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パソコン講習会で
 
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ベッドで本を読んでいて自撮り 
 
ちゃんとした写真を撮っておかなければいけないと思った。
 
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「顔検」というサイトがあった。 http://www.mryossi.sakura.ne.jp/kaoken/
質問に答えると顔を判定してくれる。
それによると私の顔は「ゴリラ顔」だそうだ。
 
検定結果
あなたの顔はゴリラ顔です。
あなたの顔もうそのまんま!ゴリラに似てるから「ゴリラ顔」です。体格が大きめで顔がごつく、ちょっと丸っこい、まさにゴリラそのものです。これで小柄だと、「サル顔」になります。サル顔が大柄に、ごつくなるとゴリラになるのです。見た目的に体力がありそうに見えるので、就職のときなどは結構体力派として歓迎される場合が多いです。ただし、恋愛やお見合いのときはどうも有利な展開に持っていくことが難しいことが多いようです。相手がどうしても生理的にひいてしまうからでしょう。
ゴリラ顔さんの特徴
とにかくゴリラっぽい、というかサルっぽい?
見た目どおりで、何故かバナナを異様に好む。
結構頭が単純な人が多い。悪く言うと「体力バカ」なのかも・・・。
声もやはりゴリラっぽい。
相性がいいのは「モアイ顔」。逆に相性が悪いのは「キツネ顔」。
 

幸い妻はキツネ顔ではない。
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OfficePCC:中古艇相談とマリンサーベイ
 「ボート民泊試論」出版 http://usedboat.jp/boat-sharing/boatbnb-cover.html
森下一義

2016.08.12

電子書籍「ボート民泊試論」の発行

このたびAmazon Kindleで電子書籍「ボート民泊試論」 <副題:ボート民泊実現の課題を探る>を発行した。
 

<船に旅館業法は適用されない!>

 

国を挙げてのインバウンド対策の焦点の1つが宿泊施設の不足であるという。

そこで浮かび上がったのが民泊だが旅館業法との調整が難しく、必ずしもスムーズなスタートとはなっていない。

 

私はボートオーナーの立場、そしてマリーナを運営した経験を持つ立場から「ボート民泊」の推進を提唱したい。

これは私の発案ではなく、Airbnbでは既に世界の港で多くのボートがホスト艇として提供されている。

わが国でも同じようにやれるはずである。

 


 

首を突っ込んでみれば課題は多い。

ボートは宿泊施設としてのインフラを欠いている。

その欠陥をマリーナの機能で埋めたいと思うがマリーナにはそのマインドが無い。

 

課題は多く私が課題を解決する力は無い。

しかし課題をボートオーナーやマリーナ業者、宿泊関連業者、行政が広く共有することで必ずやよい方向に解決されていくものと信ずる。

 海を愛し船を愛する者として「ボート民泊」の普及を願ってこの試論をまとめた。

 



価格は480円である。

・ボート民泊とは何かを知りたい方

・マイボートで民泊収入を得たいと考えている方

・マリーナの事業多角化を考えている方

・民泊投資を考えている方

ぜひご一読あれ。

 




OfficePCC:中古艇相談とマリンサーベイ

黒潮丸 こと森下一義

HP: http://usedboat.jp/

Mail: pccgarden@gmail.com

 



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プリント版

Word原稿をプリントアウトし、コンビニコピーで手作りした紙プリント版(カラー)があります。

価格:2000円(税込、送料込)

ご希望の方はメールでお申込み下さい。 pccgarden@gmail.com

 



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< 目次 >

はじめに

目次

黒潮丸のプロフィール

第1章 ボート民泊に泊まりたい

第2章 ボート民泊-ホスト艇の条件

第3章 ボート民泊でマリーナの役割

第4章 ボート民泊の収入試算

第5章 民泊ボートは投資物件たりうるか

第6章 マリーナでなければならないのか

第7章 ハウスルール

あとがき


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2016.07.13

囲碁のこと

今朝のTVで、ある碁会所で今月になって15人も会員が増えたとTopicsを流していた。
数日前、新宿歌舞伎町の碁会所の24時間を映す番組があった。
歌舞伎町の碁会所は私も昔行ったことがある、と見ていたが創業35年というから私の行った碁会所とは違う。私が行っていたのは60年前だ。
 
私は大学生の頃、父に碁を教えてもらった。
倉庫を探したらこの写真が出てきた。懐かしい。
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昭和53年頃、阪急六甲の高羽町に住んでいた。
駅までの途中に「鷹羽塾」という学習塾があり、小学生の娘が自分で探してきて行きたいというので行かせた。
面白い先生で時々小旅行に連れて行ってくれた。私もついて比叡山や紀三井寺などに行った。
ある時、ふらりと三宮の碁会所に入ったらその先生が居るではないか。打ったがとても歯が立たない。
その後塾の放課後に寄るようになったが、どうしても3子以上は置かせてくれず、ついに一度も勝てなかった。
神戸を離れてしばらくして、先生の写真が大きく新聞に出た。「虹へ、アバンチュール!」という小説が第1回サントリーミステリー大賞を獲ったのだった。
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昭和58年初版 書棚にあった
 
昭和57年頃、出光静岡支店に松本某君という囲碁の達人が居た。アマチュアの6段で、全国のアマチュア中10指に入ると言われていた。
勿論静岡県のチャンピオンで、当時静岡新聞社が県チャンピオンと時の名人を対戦させる企画があり、松本某君は3子で趙治勲名人と対戦して勝った。最も脂の乗った時期の趙治勲である。
静岡県に囲碁の実業団大会があり、県庁、県医師会、ヤマハ、ホンダなど強豪に伍して出光チームも参加した。松本主将のおかげで一目おかれた。
私も初段格で出場したが全敗であった。私の初段が怪しいというより、みなが下格に詐称していたようだ。
 
雑誌の段位認定の問題を解いて提出したら3段をくれるという。認定証に5万円を払わなければならない。
妻に相談したら馬鹿馬鹿しいというので申請はやめた。
 
社内での昼休みの囲碁はだんだん遠ざかり、将棋を嗜むようになった。食事時間を除いて45分では囲碁は楽しめず、20分ですむ将棋に傾いたのだ。
絶対に歯が立たなかった相手に1年経ったら勝てるようになった。社内将棋大会の優勝賞状がある。
 
リタイア後伊東で碁会所に行ってみたが、タバコの煙に辟易して行くのをやめた。
何人かリタイア老人と打つ機会があったがどうしても3時間はかかる。3番打つまでは離してくれないのでやめた。
 
この15年、石を握ったことはない。

2016.07.09

今年の辞世句

たまたま「ハドリアヌス帝の回想」(マルグリット・ユルスナール 訳:多田智満子)を読んだ。
 
ハドリアヌスが次の次の後継に指名したマルクス・アウレリウス・アントニーヌスは私の高校・大学時代を通じて<尊敬する人物>の筆頭であった。出光への入社時にもその名前を書いた。
「自省録」はいまだに手元にある。
 
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​多田智満子(1930-2003 福岡生れ、東京女子大、慶大卒)の訳文が心に沁みた。
 
多田がこの翻訳を指導教官の白井浩司との共訳にと願い出たところ、白井は「一文字も直すところは無い。あなたの名前で出しなさい。」と言ったという。
三島由紀夫は「あれは本当は男の翻訳だろう。」と信じて疑わなかったという。
 
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多田は翻訳家と同時に詩人であり俳人であった。
告別式で配られた遺作句集「風のかたみ」の最後の句。
 
草の背を乗り継ぐ風の行方かな
 
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この句を読んで私の一句。
 
波の背を割きて進み̪きわが帆舟(ほぶね)  2016/7  黒潮丸
 
以前、辞世は毎年作り変えるべきだと書いた。
これを今年の辞世の句としておこう。
 

2016.07.06

映画「フラワーショー」

映画「フラワーショー」が7月2日に封切られるというので楽しみにしていた。
アイルランド映画で、無名の女性ガーデンデザイナーがチェルシーフラワーショーに出展して成功を収めてゆく実話に基づいたストーリーらしい。
石原和幸さんの成功物語はわざわざ講演まで聞きに行ったほどだし、是非観ようと思っていた。
 
7月2日になったが静岡の映画館ではやっている様子が無い。
来週東京に行くのでどこかで観られないかと調べて驚いた。
どこも2日から8日まで1週間だけの上映である。
さらに驚いたことには上映館は東京で日劇など3館、神奈川で2館、そして静岡ではゼロ館であった!
 
この調子では2番館、3番館といった上映も無さそうだ。
ガーデニングブームの凋落も極まれり、だ。
DVDになるのかどうか。
 
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2016.07.05

ネット句会-岩たばこ

岩たばこが咲いた。
 
 
このところ妻がスマホでFacebook俳句会などネット句会に夢中である。
写真を撮って、俳句をひねって、投稿する。
毎日毎日、半日はこれに費やす。
周りに歳時記や国語辞書、類語辞典など10冊近くを積んでいる。
そして<いいね!>や<コメント>などの反応に一喜一憂している。
人生でこんなに勉強したことはない、と自分で驚いている。
 
ネットの句会に師匠は居ない。
一応、みんな同列である。没の無い同人誌である。
勢い、みんなで季節の先取り競争になる。
新しい花の写真を撮って出したが勝ちである。
珍しい季語を見付けて使ったが勝ちである。
 
妻が岩たばこの一番乗りの句を作った。
   涼しげに密かに咲いた岩タバコ
私がこう添削した。
   閼伽棚に秘かに咲けり岩たばこ
幸い反応は上々らしい。
 
閼伽棚のことは昨年3月のこの通信に書いた。
60数年昔、高校の国文の時間に熊谷武至先生に習った言葉である。
 


2016.06.30

Kindleで電子出版した感想

初めて自著(?-著作と言えるのかどうか)を出版しての感想。
 
<ほほう、自分が書いた通りに出ている! 良くも悪しくも自分が書いた通りの文章だ。足されても引かれれもいない。 参ったね。>
 
Kindle出版では表紙が重要視されるのだそうだ。多くのKindle手引きには<表紙はプロに任せろ>と書いてある。
私の場合、「外洋クルーザーのスキッパーになる方法」の表紙はイラストだけ「ココナラ」で2000円で描いてもらった。
元絵を提供して著作権に抵触しないように書き直してもらったのだ。
そして自分で表紙を作った。
 
あまりに簡単に出版出来たのでもう次作を考えている。
そして表紙を作った!
このイラストは私の自作だから世話が無い。
 
Hyoushiusedboath
 
中身はまだ1行も書いてない。
 
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黒潮丸書房 森下一義

2016.06.28

Kindleで電子書籍を出版

ご無沙汰でした。
実は執筆に打ち込んでいまして・・・・・ハハハ、いや本当に本をまとめていたのです。
殆どは以前に書いた記事の寄せ集めですが。
 
題して「外洋クルーザーのスキッパーになる方法」  
版元:黒潮丸書房 by Kindle
著者:森下一義
定価:380円
 

まえがき

目次

黒潮丸のプロフィール

1章 ヨットと外洋クルーザー

2章 クルーの役割

3章 クルーの資質

4章 クルーの個人装備品

5章 スキッパーへの道

6章 クルーザースクールの講義内容

7章 外洋クルーザーの取得費用

8章 外洋クルーザーの年間維持費用

9章 共同所有、仲間募集

10章 チャータークルーズ

11章 クルー募集への応募

参考資料Ⅰ クルー契約書

参考資料Ⅱ 理想の外洋クルーザー

あとがき


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これを読むにはAmazonでKindleアプリをダウンロードする必要があります(無料)。

PC、スマホ、タブレットで閲読可能です。


お買い上げ下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。

「クルー契約書」のひな形など、お役に立つと思いますよ。


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黒潮丸書房:  森下一義


 

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2016.04.18

コーヒーカップのこと

TV映画を見ていてふとコーヒーカップに目が留まった。
あれ、あれは誰のデザインだったか?
確かに一時期傾倒した作家の作品だが、その’だれ’かがどうしても思い出せない。
 
必死で考えた。そして以前静岡のギャラリーで見たことだけを思い出した。
さてどのギャラリーだったか? その’どこ’を思いだせば、ブログにでも記録してあるだろう。
そして同じギャラリーで重森三玲の展示を見たことを思い出した。
こうなればEvernoteがものを言う。これはタイトルだけでなく文中の単語に至るまで検索してくれる優れものだ。
重森三玲の展示を見たのは今は無い「静岡アートギャラリー」だったと判明した。。
そして静岡アートギャラリーから’スージー・クーパー’の名前に辿りついた。
「ウエッジウッドの歴史」展示会(2009/9)でスージー・クーパーを知ったのであった。花柄の食器デザインで名をはせた有名デザイナーだった。
当然窯元のハウス・デザイナーかと思ったらさにあらず、自分で食器会社を持って制作をウエッジウッドに発注する立場だったらしい。
恐れ入ります。
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ひなげし
さて重森三玲である。著名な造園家である。
作品は数多いが、これは東福寺方丈庭園の市松模様である。
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しかし彼の真価はここでは無い。
彼は初めて日本中の日本庭園500庭を実測してまわり、図入りで「日本庭園史図鑑・26巻」「日本庭園史体系・33巻」を刊行した。
これはとてつもない大事業である。成し遂げた重森三玲は巨人である。
彼こそ文化勲章の第一号に相応しい。なのに受賞していない。庭師は対象にならないのか?
 
彼は1896年岡山生まれ、東京芸大を出て絵を志すがまわりに俊秀が多いのに悲観し、生け花や茶道に目を向けたらしい。
1933年、華道界の革新を目指して「新興いけばな宣言」を起草した。集まった仲間は勅使河原蒼風、中山文甫、桑原専渓らであった。
宣言の内容は、「いけばな」は懐古的感情を斥ける、形式的固定を斥ける、道義的観念を斥ける、植物学的制限を斥ける、花器を自由に駆使する、といった昭和初期の世情からすれば思い切った革新的なものであった。
文化勲章をもらえなかったのは案外この「宣言」が原因かもしれない。
戦後、小原豊雲、安達潮花らも加わり前衛いけばなは空前の盛況を迎える。 (三頭谷鷹史「前衛いけばなの時代」)
 
しかしあらゆる形式を排するとした彼らも、集金システムとしての家元制度を斥けることは出来なかった。
のちに勅使河原霞、安達瞳子が家を出て親を悲しませるのも、もとはこの「宣言」にあるのであり、身から出たさびとも云える。
前衛の最たる蒼風が、草月流が巨額の脱税で挙げられた時に「これで勲章が無くなった。」と零したという。 (早乙女貢「華日記」)
 
四国から中川幸夫という華道家が出てきた。三玲に見いだされた彼は文字通り形式を排する「宣言」を実践し、終生家元とならなかった。
幼時カリエスを患った彼は背中にコブを持ったネゴ背であった。
池袋の一間のアパートに極貧の生活を送りながら、時に華道界を驚かす作品を発表し続けた。20万本のチューリップを散らしたこともあるという。赤の使用が特徴である。
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赤といえば私は蜷川実花の作品にいつも中川幸夫の赤を視るのである。
中川の情念が実花に乗り移っているに違いない。
コーヒーカップに蜷川実花の花を貼って中川幸夫へのオマージュとしよう。
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グロリオーサ
 
かくして話はカップに発してカップに収まった。
長生きし過ぎた年寄りの話はかくも、くどい。
 

2016.03.31

梨園の妻

当代きっての人気女優が人気歌舞伎役者と結婚したそうで、’梨園の妻’と囃して喧(かまびす)しい。
梨園とは何ぞや?
 
Wikiによれば、<梨園(りえん)とは中国宮廷音楽家養成所である。日本では転じて、一般社会の常識とかけ離れた特殊社会としての歌舞伎俳優の社会を指す。>とある。
 

谷晃の「茶会記の風景」によれば、3000件もの茶会記の記録の中に、歌舞伎役者は1人も居ないそうである。
 
歌舞伎役者は茶会に加われなかった?

2016.03.15

信長公茶会記

「癒しと憩いのライブラリー」でたまたま「草庭」(堀口捨己 1968年刊)という本を手に取った。
ガーデニング関係かと思ったらさにあらず建築関係の本だったが、中に「信長公茶会記」なる1章があった。
44ページにわたり、100項目の注記のある力作であった。偉い人の書くものは違う。
最初に書かれたのが昭和12年、「草庭」に納めて出版したのがS23年、再販したのがS43年、それを私はS91年の今年手に取った。
堀口捨己(1895-1984 建築家 芸大教授 芸術院賞 歌会始召人)
 
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実は私は茶会記に関心を持った時期があった。
オープンガーデンなど「お庭拝見」の際に「庭会記」の記録を残すことを考えたのであった。
 
わが家にあった「茶会記百選」(裏千家茶道教科15 淡交社 1980年刊)に、信長が津田宗及を招いた茶会記が出ていた。 
天正2年(1574)2月3日  「天王寺屋会記」
堺衆であり本願寺門徒である津田宗及にとって、堺に矢銭を課し石山本願寺を攻めた信長は許せざる相手であった。しかし天下の趨勢に抗すべくなく、天正1年に京都での信長の茶会に列席、翌2年信長の本拠岐阜に参賀して、信長から茶会に招かれたのであった。
会記には道具類から料理に至るまで細かく記されているが、中に「紹鴎茄子」という名器がある。これはもと武野紹鴎の所蔵であったが、娘婿の宗及が預かり、信長に献じたものであった。これにより宗及は千石を拝領したという。招かれたとはいえ茶をたてるのは宗及である。信長は宗及の点前を見ていて自らは服さず、宗及に賜って宗及が自服したという。
 
茶会記あるがゆえに、われらは今この光景を瞼に見ることが出来る。
 
毎度言う、茶に茶会記あり、花に立花図あり、何ゆえ庭に庭会記の文化なきや。  1996/06/14記
 
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​「茶会記」とはまことに潔い詞章である。
名詞と数詞の羅列による叙事であり、形容詞は入らない。
茶会記の記述こそ茶道修業の真髄であろう。​
 
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写真が判りやすいのでこれを載せた。
 
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「庭会記」の普及を目指してそのネット化を志した。
「掲示板」を考えたり、WordPressでのサイトを考えたりしたが、どれもわが能力不足で挫折した。
今ならスマホアプリ化であろう。
 
しかし、もう無理だ。
これが夢の残骸である。
 
Titleillustgardenersnfieldnote11061

2016.02.28

追悼句会

「癒しと憩いのライブラリー」(サザンクロスゴルフ内)に郷土資料の一角がある。
そこで「山川家の祖先と八幡野」(山川速水 千秋社 1990)なる1冊を手に取った。
八幡野の昔を知りたかったのである。
 
山川家は播州三木市から流れて江戸初期に八幡野に住み着いた落ち武者の一統らしい。
港の上の称名院に過去帳や墓石が残っているという。
変遷はあったが、大正から昭和初期には医院を開いていたようだ。
 
大正15年5月、院長山川某の妻が亡くなった。享年42歳。
院長は各地から会葬に集まってくれた人たちが散じないうちにと、すぐに追悼の句会を開いた。
参加15名。題「ほととぎす」。
喪主院長の句、<ほととぎす啼いて帰らぬ夜なるかな>
第1席の句、<かあちゃんは今どこにいるほととぎす>
 
喪主の句は、どこぞ俳書に先出は無いか?と思うほどの名句であろう。
句会には小6の長男も参加していた。みんな第1席の句はその子の作だろうと投票したのであった。
実はそれを当て込んで受けを狙った神主さんの作であった。
 
葬儀直後の句会といい、喪主の句といい、神主さんの茶目っ句といい、当時の八幡野の文化度が偲ばれる。
現在妻のはまっている「facebook俳句会」のレベルをはるかに超えている。
 
大正から昭和の初期、八幡野の医者は池や赤沢までの往診(午後は往診が常であった)に馬に乗ったそうである。
馬丁を雇えないので家族で馬の世話が大変だったそうだ。
夜の急患の往診依頼にはカゴを担ぐ若い衆を連れてきた。
伊東から八幡野港までは東海汽船に乗った。
 
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追悼

句会

2016.02.18

雛あれば

雛の季節である。

 
雛あらば娘あらばと思いけり   子規
 
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私には娘が1人いる。
 
病床六尺に呻吟し、<雛あらば・・・><娘あらば・・・>と詠む悲痛を思う。
 

華胥の国に遊ぶ

熊本の友も米寿を迎えたりときには華胥(カショ)の国に遊びて   諏訪兼位
 
今朝の朝日歌壇高野公彦選第1位の句である。
 
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諏訪兼位氏については大島兄よりご教示を受けた。
1928年生まれ。地質学者で、名古屋大学理学部長、日本福祉大学学長を歴任。朝日歌壇への投稿者としても名高い。
 
ランボオの辿りしあとを訪ね行くアビシニア地溝を風吹きわたる
ザンビアの銅延べ棒に腰おろしコカコーラ飲みし国境の町
足立たば雪くわましを子規の夢三浦雄一郎エヴェレストに立つ
 
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私はこの2,3年すっかり昼寝がくせになってきた。「昼寝が上手になったわね。」と妻に言われる。
昼寝が上手いと言われて返事のしように困るが、<華胥の国に遊ぶ>と言えば恰好がつく。
 
「列氏」にある言葉だそうだ。さすが先覚はいい言葉を知っている。
 

2016.02.03

「蠣崎波響の生涯」

先に「夷酋列像」にふれ、「蠣崎波響の生涯」(中村真一郎)なる著述のあることを知ったと書いた。
古書価格で5500円と知り入手を諦めた、と書いた。
 
伊東図書館のネット検索で探したが無い。
それで県内図書館の相互利用検索で探したらあちこちにある。
伊東図書館に出掛けて利用を申し込んだら、ごそごそしていて、「うちにありました」と出してきた。
どうやら「蠣崎」の字が難しくて誤字で登録されていたらしい。
 
出てきたのは写真のように大きくて部厚い大著であった。
A5判というのだろう、685ページもある。
 
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1984年北海道新聞の記者が「夷酋列像」がフランスのバルビゾン美術館にあることを伝えた。それまで日本人の誰もが知らなかった。
中村真一郎この時66才。若きより波響に関心を持ち、この時点で数百点の資料を集めていたが未だ「夷酋列像」を観たことがなかったという。
中村は驚喜してこの著にかかり、1989年新潮社より刊行した。
 
私にはとてもこの大著を読み通す気力はない。
 
たまたま宇江佐真理に「蠣崎波響」なる一篇があることを知った。
「桜花を見た」という中篇集の中の一篇である。現在文春文庫になっている。
宇江佐氏については世話物の時代小説を書く人、という程度の知識しか無く、何故蠣崎波響かと思ったが、氏は函館出身で現在も函館在住という。
 
軽く読了した。
非常に抑えた筆致の好著であった。
当然中村氏の大著も読み込んでの作品であろう。
 

「夷酋列像」展

大島兄より佐倉市にある歴史民俗博物館で蠣崎波響の「夷酋列像」展を見た感想と、24日の夜にTV番組があるとの情報を頂いて早速TVを見たのであった。
 
蠣崎波響の名前はなんとなく聞いたことのあるような、であったが、「夷酋列像」の絵は初見であった。
松前藩家老の波響がアイヌの酋長を描いた絵である。
描かれた当時から評判で、時の天皇(光格天皇?)の天覧に浴したというが、12枚揃いのこの国宝級の傑作は海外に流出し現在フランスから里帰り中なのだそうだ。
長州閥の圧政で一新後の松前藩がよほど窮したか。
 
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Google「蠣崎波響」で詳しい情報はいくらでも見られるし、写真もたくさんある。
また番組もNHKオンデマンドで見られるであろう。
ここに上げた写真は私がTVの画面を撮ったものである。
 
もっと知りたいと思って探したら「蠣崎波響の生涯」(中村真一郎)があることを知ったが、売り切れで無い。
「スーパー源氏」で探して1冊見付けたが、5500円だったので諦めた。
 

2016.01.10

快挙? 新聞書評欄の話

私は新聞の書評欄を見るのが好きで日曜日が楽しみである。
購読紙は朝日新聞だが、ときにはネットで他紙(日経、読売など)の書評欄だけ覗くこともある。
 
新聞書評では通常新刊書が取り上げられる。
こんな本が出版されましたよ、という紹介なのだ。古い本が取り上げられることはまず無い。
 
ところがである。
今朝の書評欄に私が既に読んだ本が2冊も出ていたのだ!
新聞紹介に先んじて本を読むなんてことは、かって無かった!
「植物は<知性>を持っている」 S・マンクーゾ
「ロゴスの市」  乙川優三郎
 
新刊本やベストセラー本を他に先んじて読もうなどという性向も趣味もないが、それにしても快挙であった。
 
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昔は気になった書評は切り抜いたものであった。
どれでもすぐに買うことも出来ないのでじっくり考えて買うためだ。
以前は書名だけ覚えていても著者や出版社が判らないと本屋に注文出来なかった。
今では断片を覚えていればAmazonなどですぐに検索出来るが・・・
 
今は切抜きはやらない。
スマホのアプリで「FE Snap」というのがあり、紙面をカメラで撮るとそのままEvernoteに送り込んでくれる。
世話いらずである。
 
しかし抽斗いっぱいに溜まった数年分の切抜きを、あとから繰って見る楽しみは無くなった。
 

2016.01.04

初夢

皆さまの初夢は如何でしたでしょうか?
 
小生の初夢は奇しくも一昨年と同じで、宗谷大橋と北極海航路でした。
一昨年の正月にこのテーマで5,6本の記事を書いた記憶があります。
そのURLを拾い出して並べることは出来ますが、老人の昔語りはやめておきます。
 
同じ初夢を見た機会に最近の動きを少し追ってみました。
北極海航路については日本政府に大きな動きがありました。
北極海航路研究のために平成28年度予算として海洋研究船に3.5億、無人探査機に2.5億を計上するということです。 そして平成32年の就航を目指します。
中国や韓国の船が北極海航路を通った記事は一昨年に比べて目につきませんでした。
 
宗谷大橋については殆ど動きが無いようです。
そこで私の初夢の延長は橋建設のスポンサー探しになりました。
はじめ孫さんが頭に浮かびましたが、いや中国系だからどうかなと思いました。
ビル・ゲイツさんが日本に来たばかりですが、まったくご縁がありません。
他に金持ちはいないかなと考えているうちに、元日の夜中に「日本のジレンマ2016」と題して堀江貴文氏や川上量生氏が対談した番組を思いだし、あのあたりに食い付いてみるかと録画を観ました。
すると堀江氏、川上氏はもう別格のロートルで、実際はもう一世代若い人たち12人の討論でした。そして彼らの関心はもう金儲けにはないのです。
金はベーシックインカムにすればいい、くらいの議論です。
 
こりゃ駄目だ、爺が寄付をたかりに行く相手ではないと思いました。
 

2015.12.30

植物の知性

今年の読書でもっとも感銘を受けたのは、「植物は<知性>をもっている」(ステファノ・マンクーゾ NHK出版)であった。
原著は2013年にイタリアで出版され、2015年に英訳、2015/11に和訳が出版されたばかりの新しい学問を承けた本である。
 
著者は知性を「問題を解決する能力」と定義した上で、植物は知性を持っていると言い切る。
植物は多くの問題を解決し、乗り越えていく。植物は外界から与えられる刺激に適切に対応する。植物は自分が何もので、自分のまわりに何があるかをきちんと自覚している。と言う。
 
植物は私たち人間がいなくてもなんの問題も無く生きることが出来るのに、私たちは植物無しではたちまち絶滅してしまう。
 
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非常にショッキングであった。
来年から少しこの方面を勉強してみよう。
 
といって私が今更世界の食料や薬を学ぶ時間はないので、生け花・ハンギングバスケット・ガーデンデザインにおいて植物の知性とどう向き合うか考えてみたい。
 
植物が美しい花を咲かせるのは昆虫を惹き寄せるためだ、とは聞いたことがあるが、人間にあちこちに持って行ってもらうために考えているのではないかとまで言う学者がいるそうだ。
植物の知性はそこまで奥が深い。
 
 
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2015.12.26

数え日

「数え日」という季語を知った。
「年末、残りの日がもう指で数えられるようになったこと」をいうらしい。
いい言葉だ、
 
<数え日や排気ファンの掃除俺当番>  黒潮丸
 
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わが家のキッチンは32年前の造作である
 
 
<数え日に数うこと無き齢の暮れ>   黒潮丸
 
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<数え日のプールは楽し一人占め>   信子
 
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2015.12.16

伊豆にいらっしゃい

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皆さん、これをご存じだろうか?
ラグビー・ワールドカップののスポンサー大正製薬がリポビタンDの販促品として作ったミニ・ストラップである。
リポビタンを2本買うと1つもらえることになっている。
コンビニの中でファミリーマートだけで扱っている。
 
いま街場のラグビーファンの間ではこれの争奪で大フィーバーが起きているそうだ。
15番狙いとか8番狙いとか、ファミリーマートをはしごするのだそうだ。
どんどん欠番、品切れになっているらしい。
 
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この人はリポビタンを何本買ったことやら。
 
私が歯医者にいたら妻から電話があった。「ファミリーマートに寄ってこい」という。
「そういえばFaceBookで話題になっていたな」と思い出して135号のファミリーマートに寄った。
どこにあるか判らない。
店員に聞いても知らないらしく、奥の店長に聞きに行った。
 
ある、ある。欠番の心配など全くない。
リポビタンを4本買って15番と4番(昔の私の背番)を持って行ったら、店長が「幾つでもいいですよ」と言う。
欲しがった人がいなかったらしい。
結局4個もらった。2つ孫に送ってやろう。
 
都会の皆さん、伊豆にいらっしゃい。

2015.12.10

誕生プレゼント

私事にわたる。
 
1965年10月6日、出光ラグビー部は秩父宮ラグビー場でのナイター試合に出場することになった。
実業団リーグにも入れない弱小チームの出光にとって秩父宮での試合は夢の夢であったが、オイルメンリーグでの3連覇を認められて許されたのだった。
相手は損保リーグで同じく3連覇した東京海上であった。長年の対抗戦相手であった。
 
同じ日、10月6日はわが第1子の誕生予定日であった。
生まれようがなにしようが試合出場のつもりであったが、妻は健気にも10月5日に女児を出産した。
芝白金の船員保険病院であった。これもヨット乗りに相応しい。
 
試合で、私は自らもトライを決め勝利した。
わが子に贈る人生最大のプレゼントであった。
 
あの、深い芝生に押えたボールの感触を終生忘れない。
 
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改装前の秩父宮ラグビー場
 

慰安婦像

今朝の新聞俳壇に金子兜太選でこんな句が出ていた。
<老いてみよ老いて親しき冬の水>  東京都・井原三郎
 
咄嗟に私の頭の中でこんな句に変わった。
<老いてみよ老いて親しき冬厠(かわや)>  黒潮丸
 
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果たして<冬厠>という季語があったかな?と調べているうちに、
韓国水原市に「解憂斉(へうじぇ)-トイレット博物館」があることを知った。
 
展示物がいろいろある中に、こんな像があった。
 
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なんじゃ、これは。 韓国が世界中に建てようとしている慰安婦像にそっくりではないか
 
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並べてみた。
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ふむふむ、これは韓国の文化なんだとつくづく思ったのであった。
 
 
 

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