2017.12.11

読書メモ

私なりに一応読書メモを作っている。
メモしておかないと読んだかどうかも忘れてしまうので、そのための備忘である。
書名、著者名、日付、その他で、合わせて5,6行のものである。
感想など詳しくは書かない。
 
読書メモにはWorkFlowyというアウトライナーがいいと聞いてこの2年ほど使っていた。
最大の利点はスマホに入っているので、朝ベッドの中で記入できることであった。
私の読書は殆どベッドに寝転がって読む。
一々パソコンに向かって読書記録を書くようでは続かない。
 
しかしWorkFlowyは私が使いこなしていないからだろうが、①検索が不確か、②一覧表に出来ない。
だからEvernoteに移管することにした。2年分で約80件であった。
 
Evernoteの威力については既にご存知だろうが、何と言ってもその検索力である。
タイトルもタグも関係ない、文中の単語に至るまで検索してくれる。
例えば「志賀重昂」と検索すると、3年前にサザンクロスの図書館に寄贈したガーデン関係の「寄贈図書リスト」の中から「志賀重昂」を拾い出す。
だからEvernoteへの記録は分類もタグ付けも一切行わない。ただEvernoteに入れる。(後からタイトルにマリン、ガーデン、読書などの文字を加えておくことはある)
FeSnapというアプリがあって、それで写真を撮ると自動的にEvernoteに送り込んでくれる。新聞記事、書籍を撮れば写っている文字は殆ど読み取れる。
 
以下は6年前にEvernoteを使い始める前に書いておいたことである。
evernoteに首を突っ込んで10日になる。
現時点で感じたことをご報告する。
 
私には世の中の森羅万象や身辺雑事を記録する意図はない。
ライフログと称して生活のすべてを記録しようとする一派が存在するらしい)
私のevernote使用目的は、
・<マリン>に関する必要情報と記録
・<ガーデン>に関する必要情報と記録
・関心のある歴史・経済・文化に関する情報と記録
・私自身のアウトプット(ボートの鑑定報告書、雑誌寄稿記事等)の記録
・プライベートライフの記録
である。
 
これまでもこういう作業はしてきたのであろうが、記録媒体の変化、事故、および私自身の姿勢から、過去から現在に続く記録は無いといっていい。
今回、クラウドに保管するevernoteという道具を使ってみる。
これとてどんな変化を受けるのか、事故が起きるのか、分かったものではないと思っている。
なお記録は私自身のためであり、後生に残すほどのものではない。  2011/2
 


大体
​所期の目的通り使っている。​
​私が毎週海に出て最も活動的であった1990年代に​Evernoteが無かったことが残念だ。
 

2017.12.10

ハガキの余白

∞∞∞2017/12/7∞∞∞∞∞∞∞
今年7月に母が103才の天寿を全うしたので喪中欠礼のハガキを出した。
 
そのハガキを書くのに余白が広くて困った。
年賀状なら絵や写真が入ったりするのだが、喪中のハガキに入れる写真は無い。
ついつい何かコメントを書かなければならない。
 
それで、某氏の昨年の年賀状に印刷されていた絵が素敵だったので、<その絵の写真を送ってくれないか>と書いた。
 
するとなんとなんと、写真ならぬ絵の現物が送られてきた。
参ったね。
 
 
 
ヨット乗りなら一目でお判りだろう。ヨット乗りの聖地である。油壷風景である。
彼のヨットはこの中にある。​
 
Fさんへの感謝は当然だが、これも亡き母の遺徳の一つと思おう。
 

相撲協会と文科省

∞∞∞2017/11/28∞∞∞∞∞∞∞
相撲協会の八角理事長が文科省に出掛け、鈴木スポーツ庁長官に深々と頭を下げた。
あの鈴木長官の偉そう振りはどうだろう?
役人はそんなに偉いのか?
 
我が身に振り返ってみる。
もしJリーグで選手間の喧嘩があったら、サッカー協会の会長が文科省に謝りに行くのか?
もしラグビーの国際試合で、外人レフェリーの不審なジャッジに文科省は口を出すのか?
ヴァンデグローブの白石選手の艇に他国の艇がぶつかってきたら文科省は国として抗議するのか?
某国じゃあるまいし。
 
それにしても鈴木長官は偉そうだった。
国税庁長官や警察庁長官と同列と考えているのではないか?
 
八角は役人の前であまりにだらしなかった。
貴乃花や白鵬ならあそこまでへりくだらなかっただろう。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
とにかく役人が威張ることには反発する  黒潮丸

天気予報

∞∞∞2017/11/25∞∞∞∞∞∞∞
私はTVの天気予報が病的に嫌いである。見掛けるとすぐにチャネルを変える。
何故<病的>に嫌いなのか?
 
それはTVが回数も時間も<病的>に天気予報を流すからである。
だから<病的>に嫌わざるをえない。
多分最もコストの安い番組なのだろう。
 
~~~~~~
 
このところ何件かお使いものをしなければならない先があって、考えた末に地元の蘭の生産農家から蘭を送ることにした。
そう決めて手配に掛かって、ハタと気付いた。
送り先に北海道が2件ある。気温零下十数度にもなるらしいが大丈夫だろうか?
 
  
 

​気になって生産農家に聞いた。
「配送のトラックは暖房してあるのでいいのですが、集配所が問題です。大雪などで集配所に留め置かれると凍ります。」
「天気予報を見て大雪のないのを見計らって発送しますから安心して下さい。」
「蘭を贈られると北海道の方は殊に喜ばれます。」
 
~~~~~~
 
昔のヨットの上では情報はラジオが定時に流す気象情報しかなかった。
固定局もしくは船舶から報告された気圧と風力だけの情報である。
 
毎晩22時に気象通報の時間があり、次の数字を読み上げる。
「東経**度、北緯**度、風向**度、風力*、気圧***ミリバール 」
このずらずらと読み上げられる数字をひたすら図面に書き込むのである。
固定局の位置はすぐ判るが漁船からの報告などは位置どりをしなくてはならない。
風向や風力などは矢印など記号で書き込む。
 
  
 
これらを暗いヨットの船底で聞き難いラジオを必死で聞き取って「天気図用紙」に書き込む。
荒れている時は地獄の作業だった。
そして気圧から等圧線を書いて、天気を予想する。
だいたい天気図をとるのは奴隷の若手で、予想はスキッパー以下の鳩首協議となる。
私にとっての天気予報はこういう作業であった。
 
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天気予報で花を贈る時代となった  黒潮丸

佐川ソンタク像

∞∞∞2017/11/23∞∞∞∞∞∞∞
 
今年3月に例の籠池某が<カワウソに似ている>と書いたが、佐川宣寿国税局長に呈するには<二宮ソンタク像>が適当であろう。
 
このように脇目もふらずに刻苦精励の末に現在の地位を獲得したのであろう。
 
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佐川ソンタクの像
 
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  籠池かわうその像
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眼高手低の   黒潮丸

中古本3冊

∞∞∞2017/11/21∞∞∞∞∞∞∞
今月は3冊の中古本を買った。
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「船で暮らす地中海」足立倫行 講談社 2003年刊
定価1600円  中古価格100円+送料257円
 
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著者足立倫行となっているがこれはルポライターで、内容は我らが学友W組稲次哲郎君の物語である。
2000年にグランドバンクス42クラシックを購入し、彼の地に係留し、地中海中を周航し、欧米の大ラリーに参加するなど真のクルージングライフを満喫した男の物語である。
我らのような貧乏クルージングではなく、広く海外のオーナー層と付き合って日本の紳士として尊敬された男の物語である。
16年間楽しんで、つい先年愛艇「ハイドランジャー号」を手放した。
当然のことながらこの書は発売当時に購入したがヨット仲間の誰かが持って行って失くなっていた。
思い付いて古本で買い直したものである。
 
 
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「茶会記の風景」 谷晃 河原書店 1995年刊
定価:4000円  中古価格:3000円
 
私はかって、<茶道に茶会記あり、華道に花会記あり、庭巡りに何故庭会記無きや>として茶会記に関心を持ったことがある。
その当時読んだのがこの「茶会記の風景」だった。
4千円の定価に惧れをなし伊東図書館に行ったが無く、県立中央図書館から借り出してもらって読んだ。
 
著者は1944年生れ。京大史学科を出て現在野村美術館勤務。
1530年頃から幕末までの茶会記を跋渉している。
茶会記はデータだけの記録である。著者はそのデータから当時の社会情勢、主人や客の置かれた立場、道具の由来などを読み解く。
「松屋会記」など有名な茶会記が4つあり、そこに記録されている茶会だけで3000余りあるという。著者はそれ以外の会記もすべてをパソコンに取り込んで分析し、傾向を探る。しかし決してデータ分析論文ではなく、歴史物語に仕上げている。
(300年の茶会記の歴史の中に、歌舞伎役者は1人も登場しない。)
 
素晴らしい書物で、私がこの20年の間に読んだ本のベスト3に入る。
 
思い付いて中古市場にあるならば買っておこうと思い探したら3000円であったので購入した。箱入りの美本で然るべき奥座敷に愛蔵されていた本だろうと推察した。
 
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「画狂基一」 梓澤要 NHK出版 2017/10刊
定価:1836円   中古価格:700円+257円
 
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まだ先月刊行されたばかりの新刊本だが、中古で安く出ていたので何度も読み返す本ではないので中古で買った。
絵師酒井抱一と鈴木基一とのかかわり、また最晩年の「朝顔図屏風」(NYメトロポリタン美術館蔵)を中心に書かれている。
私には基一の朝顔図はいつも花人・川瀬敏郎が沼津大中寺での自身の花会で活けた「野朝顔」とセットで思い出される。
 
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古書流通は有意義な文化活動だが、著者に印税が渡らない憾みがある。
 

包丁を研いだ

∞∞∞2017/10/28∞∞∞∞∞∞∞
抛ってあった洋裁用の裁ち鋏を出したら錆びだらけになっていた。
だけどよく切れる。
思い立って研ぎに出してみる気になった。。
電話帳で探したら菊光刃物店というのがあった。いで湯橋の近くである。
この4本を持ち込んだ。
 
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見せると、鋏はもう駄目だという。錆が芯に入っているのでもう研げないという。
薄刃包丁もなかごが腐っているという。
生かすのなら刃の部分を少し狭めて切り落としてなかごにする方法があるという。
そうしてもらうことにした。
 
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出来上がり。 なんとなく嬉しい。
どうせグラインダーで切って研いで、最後に砥石を当てる程度の荒い仕事だと思うがきれいになった。
3本で5600円+消費税だった。

成田山 御礼参り

∞∞∞2017/11/07∞∞∞∞∞∞∞
成田で年寄りの寄合があって参加した。
場所は成田山総門のすぐ前の若松屋本店という旅館であった。
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私が千葉で勤務したのは成田空港反対闘争が始まる直前であった。
三里塚の空港予定地内に御料牧場があり、その最後の園遊会に招かれた。招んでくれたのは地元のガソリンスタンド屋さんだ。
美しい桜だった。桃源郷というべきだろう。今は夢幻しの思い出である。
~~~お礼参り~~~
遥か昔、娘の3才の七五三に成田山に参った。
その娘の子供が今年いい会社に入社し、いい大学に合格したのだから霊験あらたかだったと言える。
実に49年ぶりのお礼参りである。しっかりとお礼を申し上げた。
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~~~うなぎ~~~
夕食に鰻が出た。
翌日の昼食も鰻屋を予約してあった。
うな重の松で大きな鰻が2枚載り3100円であった。(食べ物の写真を載せる趣味はない。)
一時ほど鰻の逼迫感が無くなったようで良かった。
 
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私は一足遅れて店に着いたのだが、持っていた旅館の傘を見て皆の席に案内してくれた。いい感じだ。
 
~~~羊羹~~~
千葉に居る頃県東部からの手土産といえば米屋の羊羹か瓜の鉄砲漬けで、羊羹は軟らかくて少し馬鹿にしていた。
 
今回駅からの参道を歩いていたら「米屋」の本店があり、奥に羊羹資料館があり、そこで米屋の最高級羊羹は「宵の紫」だと知った。
表の店に行って探したが「宵の紫」は5日前の予約が必要で1箱1万円という。
こりゃ駄目だと諦めかけたら、奥の喫茶部で「宵の紫」セットが780円であるという。
早速コーヒーとのセットで頂いたが、昔のようにふにゃふにゃ柔らかくなく、といって虎屋のように堅くも重くもなく、結構な味であった。
しかし後で「一口羊羹」(162円)を頂いたら、これも昔とは違って美味しくなっているのであった。
 
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~~~香取神宮、伊能忠敬記念館~~~
 
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∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
成田まで行って、西安―敦煌の旅の遥けきを想った  黒潮丸​

2017.11.06

この血の冷たさは何だろう

「読者の方々の胸にもしばらく、かなりの負担をかけそうである。」
 
読売新聞「編集手帳」の一節である。
 
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かねて名文・達筆で知られた本欄の筆者が竹内政明氏から清水純一氏に代わってまだ一月も経たないのにこの一文である!
 
このコラムはいずれコラム史に残る名文と讃えられるだろう。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

2017.11.03

ホテルオークラ ロビーの生け花

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dマガジンで雑誌「CASA」11月号の特集記事<おさらい 日本の名建築>を見ていてこの写真が目に留まった。
ホテルオークラのロビーの生け花である。
 
ここは谷口吉郎の設計で1962年に竣工した。
そして建て替えのため2015年に取り壊された。
CASAは「金閣寺や法隆寺壁画の焼失にも匹敵する損失だ」と嘆く。
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~~~他のホテル~~~
試みに<帝国ホテルの生け花><ホテルニューオータニの生け花>・・・・を検索あれ。
それぞれに豪華な生け花の写真が沢山現れる。
 
しかしいかんせんオークラ・ロビーの生け花に敵うべくもない。
場が違うのだ。
 
~~~再生~~~
幸いなことにオークラ・ロビーは再建され2019年に披露される。
設計は谷口吉郎の息子だという。
どんなになるのか、楽しみだ。
 
そうだ、再生されたオークラに泊まってワールドカップ・ラグビーを観に行こう!
ホテル以前の大倉集古館時代から知っている爺の最後の望みだ。
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

2017.10.27

三養荘で芸妓踊り

伊豆長岡の三養荘で芸妓さんの踊りを観た。 ハッハッ、豪気なもんだ。
 
~~~三養荘~~~
三菱・岩崎弥太郎の長男久弥が伊豆長岡に建てた別荘である。
3千坪の庭は小川治兵衛の作とされる。
戦後昭和22年から旅館営業となったがかってのご威光から別格扱いされ、伊豆第一の格式を誇った。
 
庭に点在する大きな離れ屋が宿泊棟であった。
私は20数年前に妻と泊まったことがあるが、当時1人1泊5万円したと思う。
浴室の床の伊豆石が印象に残っている。
 
今回行ってみて、プリンス系列になっていることを知った。
料金も1人1泊25千円程度である。プリンス系列の宿泊プランに合わせたようだ。
庭を拝観しただけで部屋には入っていないので詳しくは判らないが、それ相応のレベルになっているように思われた。
庭木の剪定も、掃除も、除草も、それなりにきちんと行われているが、どこか厳しさに欠ける。
 
玄関
 
 
他で見たことが無い燈籠だ
 
 
~~~あやめ座~~~
この三養荘の大広間を使って、伊豆の国市観光協会や長岡見番が「華の宴・あやめ座」という踊りの会を企画した。今年は第2回目だそうだ。
観客は120-130人も集まっただろうか。入場料3000円。
気の置けない楽しい会であった。
 
 
 
 


~~~~~~
年金ではなく稼いだ金で、自分の座敷で芸妓を舞わせたい  黒潮丸
 

2017.10.21

丞相病篤かりき

わが家の老犬ロビーは16才、もう2年2カ月も悪性腫瘍で抗がん剤治療を続けており、その薬害で眼は見えず、耳は聞こえず、足は衰え、やっとこの夏を越した。
犬種はワイヤーフォックステリア、体重10kgの精悍な犬であったが、もういけない。
 
 
この2週間、ほとんど寝ている、立てないので食事は妻が手で丸めて口に入れてやる、排泄は紙おむつで受ける。
医者はもうこの状態で生かしておく意味は無いという。しかし排泄の後おむつ交換を要求して我らを呼んで吠えるのを聞くと、まだ生きたい意志を感じざるをえない。
ロビーの病篤し、命旦夕に迫る。
 
~~~丞相病篤かりき~~~
O兄の西安・敦煌旅行記、漢詩、<病篤し>ときて、<丞相病篤かりき>のリフレインが口に付いて離れなくなった。
 
星落秋風五丈原   土井晩翠
祁山悲秋の風更けて
陣雲暗し五丈原、
零露の文は繁くして
草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光無く
鼓角の音も今しづか。
丞相病あつかりき。
 


清渭の流れ水やせて
むせぶ非情の秋の聲、
夜は関山の風泣いて
暗に迷ふかかりがねは
令風霜の威もすごく
守る諸営の垣の外。
丞相病あつかりき。
 


帳中眠かすかにて
短檠光薄ければ
ここにも見ゆる秋の色、
銀甲堅くよろへども
見よや侍衛の面かげに
無限の愁溢るるを。
丞相病あつかりき。
 

・・・・・・・・
 

何時の頃覚えたものか、あとは忘れた。全篇300行を超える長詩である。
 
 
~~~~~~
老夫婦でやっと老犬1頭を支えている 黒潮丸
 

2017.10.15

子規と漱石の漢詩

先信で「子規は漢詩のルールを覚えられなかったから俳句に逃げたのだろう。」なんて書いて大恥を晒した。
所詮私は文墨の士ではない。
 
子規と漱石は慶応3年(明治元年)の同年生まれである。
2人は同じ下宿に暮らすほど親友であった。
 
~~~子規~~~
 
夏目漱石の伊予に之くを送る
 

去(ゆ)けよ三千里
君を送れば暮寒(ぼかん)生ず
空中に大岳(たいがく)懸かり
海の末に長瀾(ちょうらん)起こる
僻地交遊少なく
狡児(こうじ)教化難からん
清明に再会を期す
後(おく)るる莫かれ晩花の残(そこな)はるるに
 
明治29年1月、正月で帰京していた漱石が任地の松山に戻るのを子規が新橋駅に送った時の作という。
このあとすぐ子規は脊椎カリエスを発症し以来癒えることがなかった。
 
~~~漱石~~~
 
客中春に逢いて子規に寄す
 

春風 東皐(とうこう 東の丘)に遍き
門前 碧蕪新たなり
我が懷は 君子に在り
君子 嶙峋(りんじゅん 険しい山)を隔つ
嶙峋は 跋ゆ可からず
君子 空しく穆忞(ぼくびん 純粋な心)
悵望(ちょうぼう 嘆く)するも 就く可からず
碧蕪 徒らに神を傷ましむ
憶う昔 交遊の日
共に 管鮑の貧しきを許しき
斗酒 乾坤を凌ぎ
豪氣 星辰に逼る
 
松山に戻った漱石はすぐに熊本に転任になる。
これは熊本から子規に送ったもの。
 

2017.10.14

漢詩-3題

~~~王維・渭城の朝雨~~~
先日、学友O兄より「西安から敦煌まで」の旅行記をもらって感動した。
80才を超えて1800kmのバスツアーへの単独参加である。
彼は30年前に同じコースを旅した経験があるというが、それにしても何たる気力、体力であろうか。
 
途中の祁連山脈は平均高度4000m、長さ2000kmという。
 
学識経験に裏打ちされたその所見は並みの旅行記とは隔絶した深みにある。
豊富な写真が添えられているが、私の気を引いたのはこの1枚であった。
 
 
敦煌の郊外陽関に立つ王維の像である。​
なんだ、これは! 王維は友を西安(長安)の郊外渭水まで見送ってあの有名は送別の詞を作ったのではなかったのか?
王維の思いがこの石像に乗り移って陽関まで飛んで来たのか?
 
元二の安西に使いするを送る   王維
渭城の朝雨 軽塵をうるおし
客舎青青 柳色新たなり
君に勧む 更に尽くせ 一杯の酒
西のかた陽関を出づれば 故人無からん
 
送別の詞といえば万人が思い浮かべるこの詞を、65年前に我らに教えてくれたのは豊橋東高校の坂柳童麟先生であった。
今に脳裏に刻まれて消えることがない。遥かに師恩を憶う。
 
~~~杜甫・春望~~~
妻は10年前に乳がんの手術をうけ、その薬害であろう、めっきり髪が薄くなった。
それで今年になってウイッグを付け出した。
最近、「地髪が薄くてウイッグが留まらない」と嘆く。
 
たちまち私は杜甫の<春望>を想起した。
太平洋戦争敗戦後の我らには殊更に身に沁みた詞である。
国破れて山河あり
城春にして草木深し
・・・・・・
結句2区
白頭を掻けば更に短く
すべて簪(しん)に絶へざらんと欲す
 
~~~漢詩の作法~~~
たまたま漢詩を思い出すことが重なり、はて自分でも作ってみようかと、ちょっとだけ思った。
 
しかしその世界は予想以上に厳しい世界であった。
かって連歌に、何句目に花の句を入れろ、月の句を入れろ、恋の句を入れろとと約束事があってなんと面倒な世界かと思ったが、漢詩はそれ以上にきまりの多い世界であった。
「押韻」の言葉は知っていたがとても簡単なものではない。何万字とある漢字が必ず106個の韻目のどれかに属し、同じ韻目の中で押韻しなければならない。
「平仄」(ひょうそく)はもともと漢字の発音に由来するもので、どの字も平声(ひょうせい)、上声(じょうせい)、去声(きょせい)、入声(にゅうせい)のどれかに分類される。
漢詩を作るためには使用する字の韻目と平仄を知らねばならない。漢和辞典をひけば出ている。この確認作業を「圏発」というらしい。
 
「押韻」の規則
1.5言句では偶数句末に、7言句では初句と偶数句末に押韻する
2.押韻は「平声」30韻の中の同じ韻目に属する字で揃える
3.押韻には同じ字を使わない
4.押韻しない句末には「仄声」の字を用いる
特別ルール: ・通韻 ・冒韻 ・踏み落し
 
「平仄」のきまり
1.二四不同
2.二六対
3.一三五論ぜず
4.孤平の禁
5.下三連の禁
6.反法・粘法
7.同韻の禁
8.同字重出の禁
9.押韻には平声を用いる
10.韻を踏まない句の末字は韻字と逆の平仄にする
11.末字と5字目(5言句では3字目)の平仄不同
12.各句の頭字を同じ平仄にしない
例外.挟み平
 
老生の頭では何度読んでもこの規則を覚えられない。
 
「李白一斗詩百篇」と言われるが、李白の詩はどんなに酔っていてもこのルールを外れなかったという。
漱石も鴎外も立派な漢詩を作っているが、幼い頃からこのルールを叩き込まれたのであろう。
子規は案外このルールも連歌のルールも覚えられずに俳句に逃げたのではないか?
~~~~~~
漢詩作成アプリを開発してノーベル文学賞を窺う  黒潮丸
 

希望の党の公約―ベーシックインカム

希望の党(小池百合子代表)の選挙公約が発表された。その中に「ベーシックインカム」の言葉がある。
正確には「ベーシックインカムの検討を開始する」であるが。
懐かしい。
私がこのブログで「ベーシックインカム」に触れたのは2008/10であった。
~~~2008/10/24~~~
「ベーシック・インカム」とは、一定額の所得を、すべての人々に、個人ベースで、無条件に交付しようという構想である。
現在の財産や所得、過去の就労経験、将来の就労希望とは無関係に支払われる。
私はゲッツ・ヴェルナーの「ベーシックインカム―基本所得のある社会へ」(現代書館 2007/11刊)を読んで感銘を受け、「ベーシックインカムのこと」と題して次のように書いた。
1.この書でヴェルナーは、「近代工業化社会は大規模化、生産性の向上により、社会の成員のすべてに労働の場を与えることが出来なくなった。しかしそれでは資本主義社会が成立しない。職のない者にも購買力=ベーシック・インカムを与えなければならない。」という。
一見社会主義思想のように見えて、資本主義社会の維持を目的とする。この解釈でいいのかどうか?
日本国内の<グローバル化に負ける>議論とレベルが違うところである。
2.世界中でいろいろ議論されているが、決定的に<この構想は成り立たない>と証明した人はいない。
Googleで「ベーシック・インカム 議員」と検索すると幾つか出てくる。わが国会でも何度か質問されている。(2008年当時で)
しかし殆どは、「私はこんな言葉も知っていますよ」というひけらかしである。
政府の答弁も、「難しい。検討不十分。不可能。」と官僚の作文通りになっている。
そりゃそうだろう。こんなことが実現したら官僚は飯の食い上げだ。
~~~2017/6/12~~~
「隷属なき道―AIとの競争に勝つベーシックインカム」(ルトガー・ブレグマン 文芸春秋 2017/5刊)が発刊され、評判だったので読み始めた。
新たに得た知識
・1960年代、米大統領ニクソンはベーシックインカムの法案に着手し、圧倒的賛同を得て下院を通過、しかし上院で民主党の反対に遭い、数年後に廃案になった。
カナダで1970年代に世界最大規模のベーシックインカム実験「ミンカム」が行われた。実験の結果は、町では入院期間が8.5%減り、家庭内暴力も減少、メンタルヘルスの悩みも減った。
・ブラジルからインドまで、メキシコから南アフリカまで、2010年にはすでに45か国の1億1千万を超える家庭に現金が届けられている。
しかし30%ほど読んで面倒くさくなり、あとは未読で抛ってある。
~~~2017/10/6~~~
今あらためて「希望の党の公約」と聞いて、<今更なによ><新しそうな単語のひけらかしだろう>の感が強い。
官僚に忖度させて実現に結びつければ大したものだ。
一応「隷属なき道」を最後まで目を通すか。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
年金制度をやめてベーシックインカムになっては困る  黒潮丸

さくらの里の石舞台

9/29~10/1と伊東さくらの里で「クラフトの森フェスティバル」があった。
並みの露店市やフリーマーケットと違ってこの「クラフトの森」は出展に審査があって格式が高いのだそうだ。
好天に恵まれていい人出であった。
 
毎年森本先生社中で石舞台に花を活けていたのだが、先生が亡くなってこの2年は花が無く、淋しかった。
今年、花が復活したという。
楽しみにして出掛けた。
 
 
 
 
 
あたりに関係者は居らず受付で聞いたら作者は日吉鈴子先生、教室を開いて教えるのではなくホテルなどのディスプレイを仕事にしている方だという。
このすすきの穂の赤は染料を吸わせて染めたものである。
 
~~~森本先生~~~
思えば私はこの石舞台で森本香恵子先生の作品に魅せられ、中伊豆まで訪ねて弟子入りしたのであった。
それまで花は専ら植えるものであったが、初めて切って楽しむことを覚えた。
一昨年、亡くなられた。
 

2014年10月、ここでの最後の作品となった
 

​手前の緑色の花器と、奥の白い壺が森下の作品​
 
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師恩を偲ぶ  黒潮丸

カード取扱い-事始め

~~~20年前~~~
もう20年も昔、私がアメリカでマリンサーベイの講習を受けた時、講師であるサーベヤーの爺さんが(75才、今の私より7才も若い!)いとも簡単に現場(ボートの上)でクレジットカードでの入金を受け付けていたのに衝撃を受けたものだ。
 
 
日本でその当時のカード取扱いはしかるべき店舗を持った営業体でどこぞ?の協会の審査に合格し​、5万円もするカードリーダーを購入し、規定の伝票を揃えて扱うものであった。
とても個人営業のマリンサーベヤーに許可?は出なかった。
諸兄の中にはその許可を出す側にいた人も居るであろう。
 
7、8年前にその基準が緩和されたらしいので再度申請した。
却下された。
 
​~~~カード決済のニーズ~~~
現在わが家にとってカード決済のニーズは小生のマリンサーベヤー業務より、妻の「琥珀磨き体験工房」にある。
通常の客単価は6、7千円だが家族4人で来れば3万円にもなる。
やはり旅先での現金支出は抑えたいところであろう。
カード可なら大きな石を選ぶかもしれない。
 
~~~Square~~~
3年前頃からスクエアSquareという会社がスマホに小さなカードリーダーを取り付けるだけでカード決済が出来るサービスを始めた。
最初は無料でカードリーダーを呉れたがあまり冴えなかった。このところリーダーが有料になって機能改善されたというので申し込んだ。
リーダーは5千円、決済手数料は3.25%である。
 
 
このカードリーダーをスマホのイヤフォンジャックに差し込み、客のカードのICチップを挟んで読み込ませるのである。
 
 
Squareのアプリを起動し、試しに私のカードを挟んで1000円を​決済させたら一発で成功であった。
 
~~~iphone7~~~
実際に取り扱うのは妻のスマホである。
はたと困ったのは妻のiphone7にはイヤフォンジャックが無いのである。(私のは1型古いiphone6S)
さてさてと調べたら、iphone7の購入時の箱にコネクターが入っていた。
 
 
 
問題解決! 早速500円の決済に成功した。​
 
~~~現金とカード~~~
私はずっと支払いには現金の方が相手に親切だと思っていた。
カードでは手数料を引かれるし、実際の入金に多少のタイムラグがある。
しかしこれは老人の考えであった。
昨今では忙しいレジの現場などで現金は煩わしいのだそうである。
数えなければならないし、釣りを渡さなければならない。
カードならすっと通してそれで終わりである。
 

神縄断層―伊豆半島の付け根

、妻が「神縄断層見学」のバスツアーに参加した。
「神縄(かんなわ)断層」とは静岡県小山町で見られる伊豆半島が本州にくっ付いている現場である。
私は数年前に行ったことがあり、その感激をあまり語るものだから今回東海バスのこのツアーを見付けて妻だけ参加したのであった。
 
 
これが現場である。
無造作にコンクリの擁壁が迫っているが、この工事をした時には断層と知らなかったらしい。
右側の礫層が伊豆半島側であり、左側の凝灰岩が本土側である。
伊豆半島側が礫層なのは、酒匂川や黄瀬川から流された砂利が伊豆島に堆積して礫層となり、そのまま本土に押し付けられたのだそうだ。
 
これは妻が撮った写真だが、7年前に私が撮った写真と全く同じである。
私より余程生物や地学に関心が強い妻には大感激であったようだ。
 
ところで妻たちのツアーバスはこのあと「景が島渓谷」にまわったらしい。
山の中で大きな柱状節理が見られる景勝地だという。
そしてそこの説明版に西行の歌を見付けた!
 
 
<ひさたへて我が後の世を問へよ松あとしのぶべき人もなき身を> 
西行といえば900年も昔の歌人である。手植えの松もあったという。!
にわかに信じ難く、ちょっと調べてみた。
すると西行の家集「山家集」にある歌であった。 ただし数文字違っている。
 
<ひさに経て我が後の世を問へよ松あとしのぶべき人もなき身ぞ>
 
そして四国善通寺玉泉院にも歌碑と手植えの松があるのであった。
 
 
900年昔に西行は御殿場をまわって奥州に行ったということか。
それにしても1000年を経ても人情は変わらないのう。
 

2017.09.06

灯台3-若山牧水と神子元島

前に若山牧水が神子元島に友人を訪ね滞在したと書いた。
どんな所だったのか。
 
たまたま牧水の「灯台守」という短編小説を見付けて読んだ。大正2年(1913)に書かれたものという。
当時牧水は28才、結婚し1子が生まれたものの生活は安定せず、自身の短歌結社の機関誌「創作」の発行に苦労している時期であった。
 
牧水は神子元島の灯台に勤務していた早稲田時代の学友Kに誘われるままに島を訪ねた。
Kは熊本の金満家の息子で大学卒業後実家から2万円の大金をもらって家を出た。
その金で長崎で島を買ったり種子島に住んだり勝手な暮らしをしていたが、アメリカに渡って放浪した挙句金が無くなり下級船員をしながら帰国した男であった。
もう実家には顔を出せない。そこで神子元島に灯台守の職を得たのであった。
 
「この島は周囲15,6丁くらいの岩礁で、固い子葉の一種の磯草が僅かに岩陰に生えているほか磯馴松一本をすら見ることが出来なかった。水も無論無い。洗濯や入浴のためには天水を溜めるように丁重な仕掛けがしてあり飲料水その他の食物および日用品等をば1週間に1度ずつ数哩を距てた対岸の下田港から灯台付属の便船で運んで来ることになっていた。」(灯台守)
Imgmikomotojima170901
 
 
Kは4人居る灯台守の次席であった。
牧水は便船で島に渡ったがその荒寥に恐れをなし、その日の帰便で帰ると言った。
するとKは激高し、「こんなに待っていたのに帰るとはなんだ!」と牧水を押し倒し続けざまに殴りつけた。
結局牧水は1週間留まることになった。
 
ある日、Kは牧水に「灯台守にならないか」と言い出した。
「6ヶ月の講習を受ければいい。そうすれば25円の給料になる。ここでの生活費は5円だ。毎月20円の貯蓄が出来る。」
Kはよほど淋しかったのだろう。なんとか牧水を引き留めたかったのだろう。
牧水も東京での生活苦を考えると惹かれないではなかったが、さすがに断って島を去った。
 
いま対岸の須崎に立つ歌碑の歌には確かに神子元島での苦い思いが滲み出ている。
 
<友が守る灯台はあはれわだ中の蟹めく岩に白く立ちおり>   牧水
 
*4人の灯台守が居た灯台が今は無人である。
*25円の給料に魅力を感じる時代に2万円がいかに大金であったか。

2017.09.05

灯台-2

前に私が灯台フリークである所以を書いた。
 
Imagelighthouseyacht170902
 
 
それぞれの灯台の光り方(灯質)を光る灯台模型を作ってみたいと書いた。
あわよくば売り物にしたかったのである。
灯台フリークは日本より海外に多いので世界に売ってみたかった。
 
~~~電子回路の外注~~~
思い通りに灯台を光らせるにはLEDライトと電子回路が必要である。
私にはその基礎知識すら無いので外注することにした。
1セットで1000円以内を想定した。
 
 
ケース1
​出来上がりで1個3500円。しかもサイズが大きく灯台模型に収まらないのであった。
 
ケース2
着手金10万円。その後も1灯台毎に設計料2500円、1個1500円であった。
 
いずれもわが想定を大きく上回った。
 
~~~自作~~~
自分で作れないものかと考えた。
 
私にはその素養はまったく無い。
用語もままならない中、やっと「LED実験・工作キット」に辿りつき取り寄せた。約2500円。
 
 
ピカピカと光るキットが1揃い入っている。
しかし光るだけである。「何秒毎に・・・」というような指示は別に勉強しなければならない。
さて入り込むべきかどうか、まだ手つかずである。
 
~~~灯台模型~~~
自分でもわずかに灯台模型を持っていたので、あちこちの灯台模型を簡単に入手出来ると思っていた。
ところがそういう世界ではなかった。神子元島の灯台、大王崎の灯台といって揃ってはいないのである。
注文して作ってくれる業者も無い。
理由ははっきりしている、ニーズが無いからである。
 
各灯台をデザインし、型をおこして制作し彩色し、幾つ売れるものか。
各灯台の売店に置けば少しは売れるだろうが、誰が型代を出すのか。有名灯台だけで50~100ヶ所ある。
売価は@3000円程度であろう。
 
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いつも思い付きだけの  黒潮丸
 

2017.08.20

灯台モード

このところ俄かに灯台モードである。
きっかけは「灯台はそそる」(不動まゆう)の書籍広告であった。
小さな広告だったが気をそそられて発注した。8/11。
著者は海事には関係の無い普通のOLだが、どこでどう狂ったか灯台愛が嵩じて個人で灯台のブログを運営し雑誌を発行している。
現在も夏休みで遠出してイギリスあたりの灯台を経巡っている。
 
 
内容は私としては特に共感も感動もなかった。飽くなき灯台フェチに感心したのみである。
一番の理由は彼女にとって灯台は「見る」対象なのに、私にとっては「導き」の対象だったからである。
 
~~~位置をとる~~~
私がヨットに最もよく乗っていた時代、GPSもなければ通信機器もない、一旦海に出れば陸と連絡をとる手段は何も無い時代であった。
自艇の位置はチャートに2点の陸標から直線を引き、その交点を自位置としたのであった。最も信頼できる陸標が灯台であった。
例えば東京から熊野灘に向かう場合、剣崎と風早埼から線を引いて交点に時間を記入しておく、そして爪木崎と竜王崎の交点で時間を記録する。その交点と交点の距離をデバイダーで計り、その間の距離で自艇のスピードを割り出すのであった。スピードメーターは持っていなかった。
線を引くのにハンドベアリングコンパスを用いた。目標に向けて方位を測定し記録するのである。
 
これが我が艇ではコンパスに次ぐ2番目の航海計器であった。
 
陸標を頼りに出来るのは沿岸航海である。陸が見えない大洋では天測になる。六分儀と天測表で難しい天測と難しい計算を行う。
私はそれをマスターする気力がなかったから沿岸航海ばかりであった。
 
陸標は夜間には灯台となる。ご存知のように灯台はそれぞれ固有の灯質(光り方)を持っている。
例えば剣崎灯台は「毎30秒毎に2白閃光、1緑閃光」である。石廊崎灯台は「単閃白赤互光 毎16秒」である。
暗夜に目指す方角に目指す光り方の灯台を認めた時の喜びは、固まった我が身を蕩かす思いがした。
 
主だった灯台の灯質(光り方)は覚えているのがクルーザー乗りの心得であった。御前崎とか、大王崎とか、見えてくる前に予見しておかねばならない。
とはいっても全部は覚えられない。そこで「灯台表」である。全国3000の灯台のデータが記載されている。
 
 
私のハンドベアリングコンパスと灯台表は最後の艇を手放した時に積み込んだまま渡してしまった。寂しい。
 
~~~神子元島灯台~~~
東京湾口の大事な灯台に神子元島灯台がある。「群閃白光 毎16秒2閃」
下田港から3マイルほど沖合の無人島である。小さな島にしては異様に大きな灯台が不気味である。
 
先日Facebookにドローンでこの島を写した動画が掲載された。見るほどに無愛想な島である。
ところが昔はここに灯台守が住んでいたのだ。
1913年、若山牧水が灯台守をしている学友を訪ねて島に1週間滞在したという。
牧水の学友と言えば早稲田卒だろうか。そんな人間がこの無人島に住んでいたのか?!
 
<友が守る灯台はあはれわだなかの蟹めく岩に白く立ち居り>  牧水
 
~~~灯台モデル~~~
灯台を好きな人は多いから、灯台の模型・モデルもそこそこ出回っている。
私も幾つか飾っている。
 
 
そこで思い付いたのだが、マイコンを仕込んでこれらの灯台を規定通りに光らせたい。
私にはとても出来ないが、クラウドソーシングで請け負ってくれる人が居るのではないか。
それでココナラに出したところ直ぐに手を上げる人が現れた。
 
しかし提案してきたのは電池とマイコンの入るコントロールボックスだけで弁当箱ほどの大きさになる。
私のイメージでは電池はボタン電池にして一式灯台の中に収まってしまうほどのものだ。
はてさてうまくいくかどうか。
 

2017.07.17

一帯一路対応と北方領土交渉

~~~海の日~~~
今日は海の日である。
中国の一帯一路構想と、ロシヤとの北方領土交渉について考えた。
 
170716
 
一帯は陸路であり、一路は海路である。
日本は一路にどう対応するか。
 
~~~北極海航路~~~
地球温暖化とともに、北極海航路が現実の動きとなりつつある。
 
Routedays
 
一路より北極海航路の方が遥かに経済的である。
 
~~~日露北方領土交渉~~~
北方領土交渉は「2島返還+α」と言っていたのがいまや「0島返還」、加えて1兆円ものカネをロシアに掠め取られようとしている。
2島返還、4島返還はとりあえず横に置いておこう。
それより「カムチャッカ半島に港を作ってあげるよ」と提案したらどうか。
その1兆円でカムチャッカに新港を作るのだ。
 
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北極海航路を利用してベーリング海峡を抜けた船はまずカムチャッカの港に寄りたい。
そこで荷物を積み替える。
北極海航路ではロシヤの砕氷船が随行するが、荷船自体も耐氷性を求められる重い船になるので早く積み替え​たいのだ。
 
日本向けも、中国向けも、アジア、インド向けもすべてここで積み替える。大変な港になるはずだ。
この港の建設を請けることこそ最大の日露交渉ではないのか?
地理的にカムチャッカでの建設工事は日本が最も優位にある。
 
~~~世界一路~~~
中国の一路構想は、北極海航路―カムチャッカ―津軽海峡―上海を加えることでやっと世界一路となる。
中国が津軽海峡を嫌って宗谷海峡を通るなら、宗谷海峡大橋を作る。
いずれにしろ海峡の航行は自由だが、世界一路の一角を日本が握る。
今年の海の日の黒潮丸の夢である。
 

2017.07.14

かかりつけ医

~~~私の常用薬~~~
・尿酸(痛風)
 40年前に発症し飲み続けている。30年前から止めてもいいのだが惰性で飲んでいる。
・アスピリン
 30年前にアスピリンの血液さらさら効能を知り勝手に飲み始めた。当時国内発売は無く、米出張先で買ってきていた。
 今はバッファリンAとかになって病院でもらっている。これも気休めの薬。
・逆流性食道炎
 7,8年前に発症し、はじめは原因が分からず悩んだがこの薬を飲み始めて治まった。唯一必要薬である。
 
これらの薬を貰いに2ヶ月に1度近所のH病院に行く。
ついでに血圧、血糖値、コレステロールを見てもらう。どれも問題無い。
 
~~~かかりつけ医~~~
このところ医療や介護の世界で「かかりつけ医」の文字がやたら目につく。役所が推奨しているのだろう。
それで、<かかりつけの薬局><伊東市民病院の受付><伊東市の老人窓口>に聞いた。
・「かかりつけ医」が定義されている法文はどこにあるか?。
・「かかりつけ医」と患者の間で何か契約するのか? 書面を取り交わすのか? その書式は?
・私の居住地域で「かかりつけ医」に相応しい医院はあるか?
 
どこもはっきりした返事が無かった。
 
~~~H病院~~~
車で5分、徒歩22分のH病院にはもう20年も通っている。
医者10数名の中病院である。
 
しかし10数名中常勤は3人くらいであとは非常勤、そしてしょっちゅう替わる。
夜間診療、休日診療、往診は無い。
 
とても「かかりつけ医」たり得ない。
 
~~~往診医~~~
近くに往診をする医者が居ると聞いたので行ってみた。
40代後半の医師1人のクリニック(内科、泌尿器科)であった。
 
あえて往診のことを聞くと、「患者さんが高齢になって通えなくなったら往診している。動ける人には来てもらう。」と気負いも衒いもなく答えた。
「かかりつけ医」の契約書は無いと答えた。
往診の理由を滔々と述べないのがいい。ここをかかりつけ医にするかもしれない。
 

2017.07.11

やまももの悩み

∞∞∞2017/7/6∞∞∞∞∞∞∞
毎日やまももの落果に悩まされている。
 
 
 
 
日毎に熟し、形も大きくなってきた。
 
しかしジャムはもう十分に作った。
ご近所には差し上げた。
 
写真の状態から人様に差し上げるには、1つ1つヘタを除って水で洗わなければならない。
年寄り夫婦にはもうそのエネルギーが無い。
捨てるしかない。
今朝は10キロ捨てたのであった。
 
 
妻の悲痛な叫びである。
 
あと何日続くやら。

馬が歌った

∞∞∞2017/7/4∞∞∞∞∞∞∞
~~~馬が歌うのを待つ~~~
トーマス・フリードマンが NY Timesに書いたコラムの抄訳がA紙に出ていた。
 
ある死刑囚が王様に「死刑を1年延ばしてくれたら王様の愛馬に歌を教え込む」と約束して延ばしてもらった。
仲間が「馬が歌うわけがない」と笑うと、死刑囚は「1年あればいろいろなことが起きる。王様が死ぬかもしれないし、馬が死ぬかもしれない。」と答えた。
 


これが私たちの北朝鮮政策だ。馬が歌うのを待つように「何かが起きる」のを待っている。
 

~~~This is a horse cry~~~
このほどわが国で王様の馬が嘶いた。
 
T高田、H萩生田、I稲田、S下村、A安倍
 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
馬丁  小池○○子
 

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